風土病
神々の森から帰って見ると
店は静かなままだ。
開店準備も始まってもいない。
というか、誰も店にいない。
一体、如何したっていうのか?
二階に向かって見ると
部屋には居る様だ。
灯りが見える。
覗き込んで見ると
一緒の部屋で
アヤメとカンナが寝込んでおり
それをノーラとシュリが
看病していた。
「何が有った? 病気か?」
顔を覗き込むと
酷い発疹である。
「レンド病です!」
ノーラが答えた。
そう言われても、全くピンと来ない。
「それって、何?」
その問いに、シュリが答える。
「風土病です。
彼女達は、それにかかってました!」
「それって、すぐに良くなるの?」
「無理です。一度罹ると
一生治らない!」
一生治らないって、何だそれ!
なおも不思議そうな顔をしていると
「レンド病は、この国特有の病気なんです。
発病原因も、何も分かっていません。
最初は軽い発症で、すぐに回復しますが
発症する度に、症状が重くなって
最後は死んでしまいます」
抜かった!
もっと早くに気付くべきだった。
予期出来た事案で有った。
彼女達は、生贄だった。
生贄は、
なにも元気でなければならないとは
限らない。
美人である必要も無い。
口減らしの意味も有った筈だ。
だったら、選ばれた何らかの理由が
有った筈。
それがおそらくこの病気であろう。
彼女達は長生きが出来ない。
元気にも働けない。
だからこその生贄。
しかし、気付かなかった事を後悔するのは
後回しだ。
兎に角現状の把握と
その打開策を考えなくては。
「医者は呼んだのか?」
その言葉に、カンナが答える。
その声は、いつもの元気さが微塵も無い。
「私が呼ばなくってイイって言いました。
時間の問題だって、判ってましたから」
「私たち、それ程長く無いって、判ってたんです。
オーナー、ごめんなさい」
カンナが言葉を続ける。
「その事を言ったら、雇って貰えないと
思ってましたから。
だから黙ってたんです。
ホントにごめんなさい」
まあ、そうだなって自分でも思う。
好き好んで、病人を雇う人間などいない。
彼女達も、そう思ったから
言えなかった筈だ。
「シュリ、医者を呼んで来てくれ。
金の心配はいらない。
一番良い医者を頼む。
金は弾むからと、そう説得してくれ。
時間がもったいないから
馬車を使って。急いで!」
その言葉に、シュリが飛び出して行った。
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「末期のレンド病です」
医者のその一言に
二人は納得したように
力の無い笑顔を見せる。
ノーラとシュリは
思わず顔を伏せた。
「助かる手立ては有りませんか?」
その言葉に、首を横に振って
「今の我々では、何の術も有りません。
ただ、苦痛を少しは和らげることが
出来る程度です」
「特効薬とかは、無いんですか?」
その医者は、苦笑いをしながら
「そんな特効薬があったら
この国全ての人々が欲しがるでしょう」
二人に鎮痛薬を与えながら
「この病気が蔓延する随分と前に
そんな薬が有ったらしいという
言い伝えを聞いた事は有りますが・・・」
それって、もしかしたら・・・
あの薬か?
「カミノムラサキですか?」
「違います」
即座に否定される。
安直な希望は断たれた。
「だれかその薬の事を
知っている人はいませんか?
例えばモーガン商会とか・・・」
その言葉に医者が反応する。
「モーガン卿ですか。
成程、あの人なら何かご存じかも
知れませんが・・・」
「シュリ、すぐにモーガン商会へ向かってくれ。
レンド病の薬は無いのか、と」
その言葉に、またもシュリが飛び出して行った。
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「レンド病の薬は、当店にも御座いません。
鎮痛薬のみです。
それは御用意させて頂きました」
シュリが連れて来たのは
モーガン商会の店員で有った。
以前に見た顔である。
その店員は
鎮痛薬を準備しながら
医者に用法を伝えて行く。
二人に投与すると
遥かに楽になった様だ。
呼吸が落ち着いている。
「店主からの伝言です。
急ぎのご様子ですので
こちらにいらっしゃるので有れば
手元の資料を出来るだけ調べてみましょう
と、言って居りました」
その言葉に
躊躇する余裕は無かった。
何としてでも、情報が欲しい。
一緒に馬車で向かう事にした。
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「シンイチ様、貴方でしたか?」
モーガン卿は、驚きの顔を見せる。
「先日は有難うございました。
ところで、レンド病の事ですが・・・?」
早速話を進める。
こちらには世間話をする余裕は無い。
時間が惜しいのだ。
「風土病と言う事は、御存じですか?」
「それは少しだけ聞きました」
「この国特有の、病気です。
石の国ならではの病気の様です。
誰が発症するかは、判っていません。
何が原因かも、見つかっていません。
一度発病したら最後
発症を繰り返し、最後は死に至ります」
モーガン卿は研究者らしく
淡々と説明する。
「昔は特効薬があったらしい、との事ですが」
「薬草が有ったようですが
今では採取が不可能な薬草の様です」
「採取が不可能、とはどうしてですか?」
資料を紐解きながら
「古い文献によりますと
薬草としては、それ程珍しく無い様です。
断崖によく生える薬草と有る。
だから、昔は手に入ったようですが・・・」
文献を見つめながら
「発症する人が増えると共に
薬草自体が入手出来なくなった、と有ります。
ずいぶんと昔の事の様です」
「取られ過ぎたと言う事ですか?」
「そうでは無いようですね」
資料を机に置くと
「正確には
生えているのを見つけられない」
言ってる意味がわからない。
「どういう事ですか?」
「大抵根っこだけになっている。
成長しているのを確認出来ないと
言う事です」
「生えていない?」
「特殊な植物の様で、断崖にしか生育しない。
にもかかわらず、見つけても
根っこしかない。
だから入手出来ないと書いて有ります」
「断崖ですか?」
その言葉に、少しだけ光明が見えた。
「断崖に生える植物ですね。
見れば分かりますか?」
「資料には詳しい解説が有りますから
確認は出来ます」
慌てて収納から
崖で採取した草を全て取り出すと
「これを見て貰えますか。
この中にその薬草は有りませんか?」
モーガン卿は
目の前に積み上げられた草々を
丹念にチェックし始める。
薬草と、ただの雑草を選り分けると
その薬草の中から
数本を手に取って、資料と照らし合わせ
計測器で調べ始めた。
それを
自分の前に示すと
「それがレンド病に効く薬草です」
「この薬草ですか! 有りましたか!」
その言葉に、少し安心する。
「これを使えば、助かるんですね?」
しかし、自分に向かって
モーガン卿は
静かに首を横に振った。
「無理ですね」
あっさりと言い切った。
その言葉に耳を疑う。
「どうしてですか。効果の有る薬草ですよね」
モーガン卿は
その問いに言い含める様に
口を開く。
「確かにこの薬草で間違い有りませんが
これでは量が足りません。
一人分にもならない」
「量ですか?」
「量です。これでは少な過ぎます」
そう言われて
頭の前に、タイムテーブルが浮かぶ。
採取に行くしか無いのか?
今からゲートを使って
あの崖に向かったとして
必要な分量を手に入れて
そこから帰って来る。
そもそも今、生えているのか。
でも行かなくては
助かる者も、助からない。
それを持って帰って
薬にしてもらって
果たして二人に間に合うのか?
間に合わなくても
行かなくては成らない。
二人を助けるには
それしか方法が無い。
「これから採取に向かいます。
どれ位の量が必要ですか・・・」
そう言って立ち上がると
その薬草を手にする。
あれっ、何か引っ掛かる。
手当たり次第に
あの崖で取ったのだが
この薬草は記憶に残っている。
この草って確か・・・!
一度気を取り直すと
冷静になって
収納に手を突っ込む。
中から緑色の粒を10個ほど取り出し
モーガン卿に差し出した。
「これを見て貰えませんか?」
差し出した粒をモーガン卿は手に取ると
「丸薬ですか? これはどういう薬ですかな?」
そう言って
計器に差し込んだ手が
ブルブルと震え始めた。
「まさかとは思いましたが・・・」
もう一度しげしげと
その粒を見つめながら
「特効薬です。間違い無く、レンド病の・・・
この薬草の丸薬ですか。
まさかこんな薬が存在するとは」
その言葉に、こっちが驚かされる。
「特効薬ですか? 間違い有りませんか?」
「そう思って、出されたのでしょう?」
「あっ、いやっ、そのっ・・・」
こんな所で、考え込んでいる暇は無い。
こっちには時間が無いのだ。
特効薬と聞いたのなら
尚更急いで帰らなくてはならない。
「どれ位飲ませれば良いんでしょうか?」
モーガン卿は計器を見ながら
一粒ずつ確認すると
「丸薬にばらつきが有りますので
正確には言えませんが、基本一粒で大丈夫でしょう。
元気になったら
念の為もう一粒飲ませれば
完治する可能性が高いと思われます」
「それを聞いて、安心しました。
すぐに帰って飲ませます」
粒を手に取ると、すぐに収納に突っ込む。
それを見たモーガン卿が慌てて
「もしよろしければ、その丸薬を一粒研究用として
頂けませんか? それと・・・」
急いで言葉を続ける。
「今出されている薬草も、
是非全て買い取らせて頂きたい。
お願いします。珍しい薬草も有りますので」
研究家らしい一言だ。
その研究熱心さに、少し笑ってしまう。
「判りました。
ここに出したのはすべてお任せします。
あと、どれが薬草か知りたいので
サンプルを作っておいて下さい。
見かけたら、また採取しておきますので」
「代金の方は・・・」
「それも後日で結構です。
今は一刻を争いますので。
馬車をお願い出来ますか?」
そう言い残すと
すぐに出口へと向かった。
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これが特効薬か。
一粒を取り出して
馬車の中で
しげしげと見つめる。
まあ、これで助かるのなら
誰も文句は言わないだろう。
これがどういう物か
自分さえ黙っていれば
特に問題は無い。
あの薬草を
断崖で摘もうとしていると
もの凄い数の鳥が
飛んできた。
自分の真横でも平気で
その草を啄ばんで行く。
人を恐れる気配が無い。
餌に集中していた。
自分が握っている薬草も
例外では無かった。
横取りしようとする。
その形相は凄まじい。
餌にかける執念は、尋常ではない。
慌てて収納に押し込んだのが
あの数本で有った。
それ以外は
全てその鳥達が食べ尽して行った。
薬草を取りに行っても
根っこしか残っていないのは
そのせいだろう。
その鳥達が去った後には
確かに
根っこしか残っていなかった。
凄まじい食欲。
これではすぐに生えて来ても
食べ尽くされてしまう訳だ。
この有様では採取出来ないのも
理解出来る。
啄ばんでいる鳥達を見ている時
自分の横で
その薬草を食べていた鳥が
プリっと〇ンチをした。
転がった緑色のその〇ンチは
鹿の糞みたいに
丸くてころってしてるから
何となくお金になるかもって思って
その鳥たちが飛び立った後に
崖の下に落ちていた
20~30粒を
収納の中に突っ込んでおいた。
モーガン卿の説明を聞いて
示された薬草を見た時
根っこしか残っていないという話と
鳥の食欲が合致した。
あの鳥の大好物が
この薬草で
その〇ンチは
おそらくこの薬草の塊に違いないと
踏んだのだが
思った通り
それが正解だった様だ。
成分のバラツキは多分
食べた鳥のエサの配分の違い。
他の草が混じっている為だろう。
もしかしたら
他の薬草も混じっているかもしれない。
でも主食は
あの薬草に違いないと思う。
どう見ても、大好物なのだろう。
鳥の〇ンチが
レンド病の特効薬なのは
何とも言えないが
世の中そんなものだと思っている。
馬車の中で、一安心する自分がいた。
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丸薬と称する緑色の〇ンチを
飲んだ二人は
翌日にはケロって元気になって
もう既に
開店の準備を始めていた。
念の為にもう一粒ずつ飲ませたのは
言うまでもない。
自分もレンド病に掛かったら
飲まなくてはならないのだろうか?
いや、薬草をあの鳥より早く
採取して
それを飲もうかな。
〇ンチは最後の手段だろう。
そう決心した。




