人としての日々
風邪をひいた。
多分寒暖差だと思う。
寝る。
下の階では
御客さんの声が聞こえて来る。
人が居る。
カンナとアヤメの声も
響いている。
ここならではの騒音。
でも嬉しかった。
ここには人がいる。
神々の森では感じられない
街の騒音や人の声が
何故か嬉しい。
ここは人の住まう場所なのだ。
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次の日。
まだ風邪が治っていない。
熱い御湯に浸かって
暖かくして
また寝る。
カンナとアヤメが
気を使ってくれるのだが
それは
素直に感謝しておこう。
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朝起きて見ると
それなりに良くなった様だ。
自分が人で有る事を
実感した日々だった。
こんな事でも無いと
自分が人である事を
忘れてしまいそうになる。
この世界に来てからは
特にそうだ。
神々の寵愛。
魔法。
どれをとって見ても
この世界の人のレベルとは
自分は全く異なっている。
バケモノではないのか。
ホントにそう思ってしまう事が
有る。
でも、風邪をひいた。
昔の様に・・・。
苦しいのだが
何故か素直に嬉しい。
少し笑けてしまう。
今日はどうしようか。
取り敢えず
一旦風呂に入って
スッキリしてから考えようか。
そんな事を思っていると
何やら表が騒がしい。
何事だろう?
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店の前に出て見ると
大声を上げている人が居る。
『責任者と話がしたい!』
そう叫んでいた。
その隣には
巨大な影が見える。
魔獣だ。
その前に進み出ると
周りのギャラリーから
声が飛んで来る。
『若いの、危ないぞ』
『すぐにその場から離れろ』
そう言っている見たいだ。
まだ風邪で、少しボーっとしていた。
その隣にいたのは
どうやら魔獣使いらしい。
と言う事は、この魔獣は使い魔かな?
魔獣使いは
なおも声を上げる。
『当方の主が、この店の買い取りを
所望である。
とっとと責任者よ、出てこい!』
まだ店を始めて間もないのに
もう買い取り交渉か?
まあ、珍しい店舗だから
気になる人間はいるだろうけど
こんな魔獣を連れた魔獣使いを
交渉に使わすのか?
これってもしかしたら
力尽くで手に入れたいって事なのかな?
最後は魔獣をけしかける
心算なんだろうか?
なんだか風邪で、
やっぱり頭がよく回らないでいる。
魔獣を見上げると
その魔獣が、顔を近づけて来た。
よだれを垂らして・・・。
少しバッチイ。
何だか目がトロンとしてやがる。
こいつ、眠ってるんじゃないのか?
もしかしたら、
催眠術で操られているとか?
魔獣の顔が
目の前に来たので
取り敢えずデコピンで
鼻っ柱を
思いっきり弾いてみる。
まあ、魔獣だから死ぬ事はないだろう。
ビシっ!
思いっきり大きな音が響くと
魔獣がビックリした様に
キョトンとして
目を大きく見開いた。
どうやら、目が覚めたらしい。
自分と同じだ。
こっちは風邪だけど。
その魔獣は、こっちをじっと見ている。
何か、見覚えも有る気がするのだが
思い出せない。
魔獣なんて、どれも同じにしか
見えていないし。
その魔獣は
また顔を近づけると
ベロン、と舌で
顔を舐めて来やがった。
うわぁ、バッチイ。
「あのなぁ!」
その様子を見ていた魔獣使いは
魔獣に向かって
盛んに何か命令しているようだが
こちとら病み上がりで有る。
何を言っているのか
さっぱり判らない。
ただ、周りのギャラリーだけは
それが判った様で
「早く逃げろ」
「喰われるぞ。早くしろ」
そんな事を言っている様だった。
喰われる? 誰が?
魔獣を見上げると
その魔獣は
隣にいた魔獣使いを見ると
おもむろに
ぱっくりと飲み込んだ。
その光景に、周囲は唖然としている。
魔獣はもう一度こっちを見ると
少し頷いてから
そのまま足早に去って行った。
その方向は
神々の森で有ろう。
無事に帰る事を祈ろう。
魔獣使いも、魔獣もいなくなったので
ギャラリーは一安心したのか
その場を去って行く。
自分も風呂に入らなくっちゃ。
なんせ
魔獣にベロンと舐められたのだから。
少し、魔獣臭かった。
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店の中に入ると
アヤメとカンナが
話し込んでいる。
「どうかしたか?」
その声に二人が反応した。
「あっ、オーナー」
「もう風邪は良いんですか?」
「大体、大丈夫みたい。
で、何かあったの?」
その質問に、二人は早口で捲くし立てる。
どうやら、最近になって
この店を買い取りたいと言う
商人が現れたらしい。
再三再四やって来るのだが
二人は持ち主が今はいないと
断り続けて来た。
でも商人は、この店の事を
きちんと調べたらしく
名義はアヤメとカンナに成っている事に
気付く。
嘘で断られたと思った商人は
魔獣使いを使って
魔獣をけしかけ
交渉の切っ掛けにする気だった様だ。
そんな事に成っていたのか。
二人には悪い事をした。
「今、その魔獣使いが魔獣を連れて
店の前まで来ているんです」
「オーナー、どうしましょう?」
「あっ、ううんとっ」
少し考えると
これはもう、とぼけるしか無い。
「多分、もう来ないんじゃないのかなぁ?
店の前に、誰もいないし。
もう帰ったんだと思うよ」
魔獣使いが、
魔獣にぱっくりされたことは
二人には伏せておこう。
その方が、余計な心配を与えないで済む。
その言葉を聞いて
二人は安心した様だった。
「それより、御粥さんを作って欲しいんだけど」
「御粥さん? それって何ですか?」
「お米を柔らかく煮込んで欲しいんだ。
希望は米1に対して、水7位が好きなんだけど」
そう言うと、収納から
供物で貰っていた米を取り出す。
勿論、コシヒカリ。
自分が一番好きな銘柄である。
新しい品種も数多有るが、これだけは譲れない。
お米の粒の弾ける力は、コシヒカリが一番である。
「塩は後で、好みで入れるから、でも卵は落としてね」
「何か、美味しそう?」
カンナが興味を示した。
「二人も食べて見れば? 風邪にはこれが一番だから」
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風呂から上がった頃には
御粥さんは出来上がっていて
三人で食べる事に成った。
七分粥は、粒感の残った
腹持ちがそこそこ有る、御粥である。
六分粥だと、
ぽってりしたお米感が強い御粥だから
茶碗に盛る事が出来る。
さらさらが好きなら
十分粥なのだが
それではコシヒカリの良さが出ない。
アヤメは自分の希望を、きっちりと守ってくれていた。
やはり七分粥は美味しい。
ここに醤油か出汁、
梅干しか塩昆布が有れば
言う事は無いのだが。
それは今後の
生活改善計画で考えて行こう。
今は、人としての平凡な営みを
普通に喜んでおこう。




