選択肢は一択?
「という訳です」
事務局長のその言葉に唸ってしまった。
ここは天界の事務局の一室で有る。
どうやら神々の都合で、自分は死んでしまった様だ。
「そう言われても・・・」
正直どうした物か、全くと言っていいほど
イメージが湧いて来ない。
死んだのは事実だ。
多分、今の話しだと
元の世界に生き返る事も可能なのだろう。
あの閉塞感溢れる世界へ、戻るのが良いのか。
それとも、新天地へ向かうのが良いのか。
正直、悩みは尽きない。
「神々が酒が欲しくって、転生が手っ取り早いって思って
その結果地面に豆をまかれ、すっ転んで頭を打って
自分は死んだって事ですか?」
「その通りです」
その言葉、何となくウソ臭い。
確かに豆に足を取られ、すっ転んで死んだようだ。
その事自体は間違い無い。
問題は其処ではなくって、酒を造らせたいって事だ。
まるで神様の暴走で、事故だったかのように言っている。
そこがそもそもウサンクサイ。
自分があの酒を神様に奉納したのは
一年も前の話しだ。
それが何で今、死ななければならない?
この一年の開きは、何なのだ?
嵌められている様にしか思えない。
策略の匂いを感じる。
でも、この状況も現実だ。
思案している姿を見て、事務局長が言葉を続けてくる。
「転生する場合、御願いしたい事が有ります。
是非ともあの酒を、神々の為に造って頂きたい!」
事務局長は、真面目な顔で
「あなたには、神々への供物酒造りを御願いしたい。
その対価も、当然用意させて頂きます」
出た、ストレートなホンネ!
これが一番の目的だって当然判ってたけど
ここまではっきりと言うかなぁ?
でも、その事を顔には出さない様に気を付けながら
「やはり酒を希望ですか?」
「あの酒です」
「神酒かぁ!」
少しとぼけて見せた。
神酒。
去年手掛けていた、酒の事だ。
古い文献を解読していると、古の酒にまつわる神々の話が
山ほど出て来る。
その酒って、どういう物だろう、とずっと調べて来た。
いにしえの神々が好んだ酒。
きっと美味しいに違いないって考えたら
研究せずにはいられなかった。
そこで辿り着いたのが、米麹『神威』の存在である。
伝承の真偽は定かでは無い。
“あまのたむざけ”が起源とされているが
それとて噂に過ぎない。
と言うか、結構眉唾モノ?
それでもその米麹を使ったら
どんな酒が出来るのだろうって
苦労に苦労を重ね、造ってみたら
出来上がった酒は、美味しくない。
というか、何故か不味い。
とにかく不味い。
アルコール分はそこそこ有るので、酔えるのだが
はっきり言って飲めた物ではナイ。
何だこれっ?
すぐに処分してしまおうと思ったが
何かが引っ掛かる。
頑張ったし、結構モッタイナイ気が・・・。
何故この麹が、現在まで伝えられてきたのか。
酒造りの麹で有る事に、間違いは無い筈だ。
手順も衛生面にも問題は無い。
にもかかわらず、この不味さである。
この酒は一体何なのだ?
考えても考えても、結論が出て来ない。
飲み続けていれば
いつか美味しいと思える時期が来るのかなぁ?
つらつらと考えて
せっかく作ったし、もったいないから
瓶詰めにして神様に奉納しようか。
そういう結論に達した。
で、神様に奉納して
一年後に自分は死んだ。
あの酒は、ホントに神様向けの酒だったんだ。
自分が死んだ事によって得た結論である。
そんな結論かぁ!
冗談では無い。
そんな勝手が神様だからって、許されて良い筈は無い。
自分達の都合で、殺されるなんて。
「とんだとばっちりですよね」
「まあ、そうですね」
「冗談じゃ無いですよね!」
ここでふっと一息付く。
間髪を入れず、事務局長が話を畳み込んでくる。
「死んだのは、あくまでも偶然です!
確かに神々はイタズラをしましたが
それで死ぬとは思ってもいませんでした」
何という御都合主義な一言。
実際死んでるし。
「結果的に亡くなったのであって
決して殺した訳では有りません」
「でも、何もされなければ、死ぬ事も無かったですよね」
「そうとも言えますが・・・」
事務局長は少し間を置いて
「ですから、事務局としては転生の場合
最大限の便宜を図る予定です」
手元のリストを見ながら
「転生先が異世界なら
最大限の加護が与えられる世界をと考えます」
この展開、何か既読感を感じる!
「転生先をどの様な世界にするかは
今後の検討課題ですが
酒造りのミッションをこなして頂ければ
更なる便宜の上積みも可能です。
また、それ以外の時間に関しましては
どう過ごして頂いても構いません。自由です」
ホンネ言いやがった。
あめ玉作戦かぁ?
続けて
「それ以外は
ホントに自由に時間を使って頂いて結構です。
その事に口出しは致しませんし、させません」
ここまでは想定通りの、御約束なのかな。
「全ては事務局で対処致します。
神々はおそらく、無理難題を言ってきますので。
その点は安心して下さい。
我々が防波堤となり
人としてまっとうな生活が出来る様に
最大限のサポートを致します」
「人として、ですか?」
「神々は、人の限界を知りません。
出来る事、出来ない事の判断が出来ません。
時に無理難題を押し付ける事も
過去には結構ありましたし」
おっ、言い切った。
神様批判。
「事務局の方で、きちんと判断し
その旨を神々に伝えます。
神々に拒否権は有りませんから」
何か凄いこと言ってる。
事務局には、そんな力が有るのか?
「一番大切なミッションは、酒造りです。
ある程度の量さえ造ってもらえれば
それ以上の無理強いはしない事を、確約致します」
「一定量とは?」
「神々の会議で必要とされる酒量です」
「それはどれ位ですか?」
「1000柱分、年6回の会議分が希望量です」
「はあっ?」
1000柱とは、1000の神様の事だろう。
どれだけ呑むかは知らないが
例えば一人1,8リットルとして、1800リットル。
約1,8トン。
それを年6回。年間11トン弱。
「無理です! そんな量一人で出来っこない」
「お忘れですか? 神の御加護が有る事を」
ふっと笑いを堪えながら
「あなたには神の御加護が与えられます。
地上界に於いて
それに勝るものは有りません」
「神の御加護?」
「転生する世界にもよりますが
出来ない事は何も有りません。
思った事は、全て出来ます。何でも!」
「何でも?」
「何でも、です。それらは全て事務局がサポート致します。
国を作りたければ国を、王に成りたければ王に成れます」
「そんな事が?」
「神々を甘く見て貰っては困ります。
これは神々の希望で有り、意志ですから」
それって殆ど神だよなぁ。
とにかく神様の力を前面に出して来てる。
でも、なんかおかしくないか?
事務局がそんな御約束を出来るのかぁ?
ブラフじゃないのか?
酒を造らせる為の・・・。
「何で自分なんかに? 自分達で作ればいいのに?」
その言葉に、真顔になると
「神が人に命令する事は出来ないからです。
神は望まれて、その手伝いをするだけですから」
「だって、今現に・・・」
「今のあなたは人では有りません。
だからこうして会話が出来ます」
「人では無い?」
「そうです。今は人では有りません。・・・しかし」
事務局長は言葉を選びながら
「神の手によって
かなりの寿命を残しながら亡くなったあなたを
救済するのが事務局としての判断です。
そのお詫びとして
我々は最大限の助力を考えて居りますが
同時に、ミッションもお願いしたい。
その内容によって利益享受も
上積みの名目が立て易くなります。
どの神々からも理解が得られるでしょう。
もちろん
現世への帰還が望みであれば
現世への転生もすぐに手続き致します」
現世への転生? もう一度あの世界に戻れる?
でも転生って言ったよな。
「生き返るわけではないのですか?」
「もうあちらでは、一段落しているようですので
かなり難しいでしょう。
今いるこの世界の時間は
あの世界とは異なっていますから。
これからですと
あの世界に戻る事は、転生になると思います」
「生き返れないと?」
「かなり難しいと思います。
多分、事故の後遺症も有るかと・・・」
「元通りとは行かないんですね」
「御希望ならば、善処致しますが」
しばしの沈黙ののち・・・。
「転生するしか無いのかな?」
「我々は、その方がベストだと思っています」
「少しだけ考える時間をくれませんか?」
「どちらを望まれても構いませんが
早い方が転生するにも楽ですので
出来るだけ早い結論をお願いします」
どうやら結論を急がせたいらしい・・・。
というか、別の世界に転生させる気満々?
戻す気は感じられないし。
どうしたもんじゃろのう。
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どう考えても怪しい。怪しすぎる。
何かを隠している。そんな気がしてならない。
そもそも
あの事務局長そのものが怪しい。
事務局なんて、合理主義の塊だ。
その頂点にいる事務局長である。
自分達に利の無い行動を、する訳が無い。
この事も、事務局の目論見では無かろうか?
そんな気がしてならない。
しかし、である。
自分が死んだのは間違い無いだろう。
転生も多分、させてくれるに違いない。
別の世界に。
現世へは、事務局の頭には無い。
出てくる話は酒の事ばかり。
それは全て、向こうの都合の話しだ。
要は酒を、是が非でも造らせたいのだろう。
でも、どこで、どうやって。
転生有りきで話が進んでいる。
でも、転生先の希望を聞いては来ない。
どういう風に転生するかも、言って来ない。
はっきり言って、何も決まっていない。
こちらの希望も二の次で有る。
問題は自分がどう生きて行くかだ。
こちらの希望も
どんどん強気で主張しなければ
なあなあで話が進められるに違いない。
向こうの都合で
自分の残りの人生が、全て決められる。
それは御免被りたい。
生きたい様に行きる。
その為には
神々の干渉を排除し、関わりを極力減らす。
出来ればアドバンテージも取りたい。
現世への転生か、
それとも新たな世界への転生か?
少なくとも現世では、酒造りは難しいであろう。
あの酒では、絶対に売れない。
とにかく不味い。
変な味がする。
そんな酒を造って商売になる筈は無い。
元の世界では量産も不可能だし
造る意味も何も無い。
神様への酒を造ったとしても
自分へのメリットが、一向に見つけられない。
神様の力を使って
その対価として世界征服とかっ?
そんな力をくれる保証が何処に在る?
信用出来るか?
あの事務局長だぞ。
現世への転生は、
ゼロからのやり直しに違いない。
だったら新たな世界への転生は
どうだろう?
神の加護が与えられるという。
助力もしてくれるらしい。
これは魅力的だ。
しかしその条件が、酒約11トン。
自分に作れるのだろうか?
これは交渉次第かな?
半分とか10分の1とか。
今の自分では、その量すらも判断出来ないし。
少なくとも完遂するまで
助力して貰わないと
このミッションは失敗するに違いない。
だって工場なんて、作れないもの。
現世だって、酒造りは大仕事。
一人で出来る筈が無い。
せいぜい濁酒造りが関の山。
いっそ魔法が使える世界だったら
どんどんコピーして増産させればいいかも。
これって割といいアイデア?
それは検討課題だ。
要は交渉次第かな?
条件を受け入れられれば新天地。
無理なら現世。
もう少し好条件を考えなければ・・・。