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神様に殺された!  作者: 猫めっき
18/82

一期一会


食材探しに市場へ向かう途中で

公園の噴水広場で

一休みしている老人を見かけた。


ー声を掛けてあげてー


ふっとそんな声が聞こえた気がする。


長く伸びた白髪に白い髭。

大賢者と言われても

誰からも文句の出ない風貌だが

旅人なのか

薄汚れた身なりをしている。


声を掛けなくてはならない。

自分でもそんな気がしていた。


おもむろに近付くと


(うち)に来て休まれては如何ですか」


自然とそんな言葉が出る。


その老人は

こちらの顔をしばらくじっと見るなり

笑みを溢して


「オマエさん、結構苦しまされておるのぉ。

おまえさんこそ、困っとりゃせんか?」


その一言で理解した。

この老人が、そういう存在であると言う事を。


何も言わなくても、判って貰える理解者が

ここに居る。

飛び上がりたいほど、嬉しくて仕方が無いのだが

しかしそれを言葉にするのも

何となく野暮ったい。


この老人は、全てを判っている。

なおさら自分がお世話をしなかればならない。


「今のところは、何とかなってます」


「そうか。無理はして居らんのか?」


何故か安心した様に


「だったら、お言葉に甘えるとするかのう」


そう言ってゆっくりと腰を浮かせると


「その前に頼みがあるんじゃが・・・

神殿に連れて行ってくれないか?」


「随分と遠いですが、大丈夫ですか?

歩けますか?」


するとその老人は笑って


「お前さんなら、造作も無い事じゃろう」


「まあ、そうですが」


どうやらこちらの事情は、全てお見通しの様である。


人目もはばからず移動ゲートを開くと

その老人は何も言わずに、先に入って行く。

慌てて自分も続いた。


移動ゲートの向こうは

もう神殿の中で有る。


神殿の奥に

ひっそりと飾られているのは

言わずと知れた戦の女神

“モカ”の像。


老人はその像を見上げると


「よく似ている」


そう呟いた。


「特に花を持つ姿が“モカ”らしいのう。

相変わらずのお転婆さんかの?」


「そうらしいですよ」


「ホントによう似ておる」


老人は目を細めながら

しばらくじっとその像を見つめていたが・・・

やがて


「ありがとう。すまんがそなたの家に

連れて行ってもらえるか?」


その言葉に

自分は再度ゲートを開く。

老人はまた何も言わずに、ゲートの中へと入って行った。



移動先は、言わずと知れた店内だ。

スタッフの二人は、夜の開店の準備中である。


そこに突然老人が姿を現して来たものだから

二人はびっくりしていた。

慌てて説明する。


「しばらくの間、当店に逗留して頂くお客様です。

二人とも、宜しくお願い致します」


二人に向かって、老人が挨拶をする。

二人も頭を下げる。


「失礼の無い様にね。

仕事が増えますがこの方のお世話を、

くれぐれもお願いします」


そう言うと

奥の部屋に案内する。

ここでは初めての御客様だ。

中を案内すると


「どうぞゆっくりと休んで下さい。

判らない事が有ったら、さっきの二人に聞いて下さい」


「ありがとう。暫く世話になるよ」


そう返すと

その老人は、もう大丈夫と言う感じで

そのままベッドに入ると

横になった。



*****************************************



自分は厨房に向かうと

どうしたものかと、少しだけ考えて

異空間収納を呼び出し

薬草の生薬“カミノムラサキ”を取り出す。


そしてそれを磨り潰し

“シンスイ”と混ぜ合わせ

冠水瓶に入れてトレーに乗せた。


もう一つ冠水瓶を用意すると

そこには“シンスイ”だけを入れて置く。


「この二つを、あの方の部屋に運んどいてくれる?

今お休みになったから、枕元に置いといてあげて」


「それだけでいいんですか」


「見れば分かると思う。それから・・・んーーーとっ」


さて、どうしたもんじゃろのう?


「何かお願いされたら、

その時は、聞いてあげてくれるかな。

出来る範囲で構わないから。


あと、食事の準備もおねがい。

食事は、起きて来たら希望を聞いて出してあげて。

お店のメニューの中の物でもいいし!


難しい注文だったら、後でこっちで何とかするから」


そう言い残すと

自分はもう一度ゲートをつかって

今度は市場へと向かう。


服とかゲスト用の一式を、準備しなければ。

他に足りないモノはっと・・・?

タオルとか、洗面器とか、他には・・・?

とにかく歩き回って

足りない物を補充しなければ・・・!


大急ぎで市場を回り始めた。



******************************************



ゲスト用の一揃いを

市場で調達した頃には

随分と遅い時間になっていて

店に戻って見ると

もう開店した後で有った。


中では珍しく賑やかな声が聞こえる。


入って見ると、あの老人を中心にして

客同士で話しが弾んでいる様である。


聞けば旅のよもやま話を

周りは楽しんでいるらしい。

そんな姿を見ているだけで

こちらも嬉しくなってしまう。


楽しんでくれている。

それだけで自分には十分だった。

お迎えして、本当に良かった。


今の内に部屋を整えておこうと

中に入ると

薬液の入った冠水瓶はカラに

もう一つの冠水瓶は、半分に減っていた。


体調は戻ったのだろうか?


ベッドを仕立て直し

新しい服も用意して

冠水瓶も補充して置く。


時間を見て、風呂に入ってもらって

旅の疲れも癒して頂こう。

他に何かできる事は無いのか?

喜んでもらえる事は無いのか?

今の自分に出来る事を、精一杯探してみる。


出来る事は僅かだ。

でも、精一杯の事をしなければ・・・。

それが使命で有るかのようにも思えた。



理解者と言うのは難しい。

同情してくれる人は山ほどいても

それは理解者とは違う。


理解者は、こちらの立場に立ってくれる。

だからこその理解者だ。


あの方は理解者だ。

おそらくこちらの事を

何もかも理解してくれている。


そして自分も

あの老人の良き理解者で有りたいと願う。


最も向こうは

おそらくそんな事は

望んではいないと思うのだが。


だからこそ

今を楽しんで欲しい。

楽しませてあげたい。


一期一会。


そんな言葉がふと浮かんだ。


そうなのだ。

これは一期一会。


そう自分で納得していた。



*************************************



二日目の朝

食堂に向かうと

部屋から老人が姿を現した。


先導して席に付くと、店の二人が食事の準備をする。

老人はおもむろに


「時に聞くが、ナナイロは元気かのう?」


どうやら“シンスイ”の出所も

御存じの様だ。

やはり、何もかもお見通しだ。

七色とは、七色龍の事であろう。


「変わりないと思いますよ。

時折り見かけますので」


「もう随分と見て居らんからのう。

あやつらも元気か。それは良かった。


一つ教えといてあげよう。

この世界には、天の好むものが

実は無数に存在する。

知っておるな?


それを探し出す事だ。

そうすればお前さんの一生も

もう少し楽になるかも知れん。

見分け方は簡単だ。

お前さんなら、見えると思うが」


「何となく見えています」


「この世界には、

最上を授かったものが、何人もいる。


その者達の痕跡が、あちこちに無数にある。

それを探して見なさい。

その為に、この店を開いたのだろう?」


最上とは、寵愛の事だろう。

それを他人には判らない様に

言い直してくれている。

この助言は、何よりも有難かった。


未来への展望が見えた気がした。


「有難う御座います。

少し希望が見えた気がしました」


「それは良かった。

まだわしも人の役に立つようじゃ」


老人は、嬉しそうに笑った。

こちらもつられて、笑みが零れた。



**************************************



老人がこの店に滞在して三日目の夜。

思わぬ珍客が来店した。


その客は店に入るなり

その老人を見つけると

飛びついて行く。


「ミカドサマ、ミカドサマァ!」


嬉しそうに抱き付いて行く。

店の奥から、それを見かけて驚いた。


戦の女神、モカ様である。


モカ様は、老人の横に座ると

とにかく話しかけている。


これは不味い。


モカ様が帰るまでは、店に顔を出せない。

ここが自分の店だと

知られてはマズいのだ。


モカ様は

依り代に憑依する事によって

地上界で遊べることに気付いたらしい。


神官からそういう話は

聞いていた。

度々遊びに来ていると。

その度に、神官が付き合わされている事も。


困ったモノである。


この店の事は

神々には秘密である。

事務局にもこの店の事は知らせていない、というか

そもそも興味も持っていない。


彼らは酒造りしか、こちらに関心が無い。

それはそれで、こちらとしても有難い。


でもだからこそ、神々には知られてはマズいのだ。

この店に来られても困る。


ここは人としての自分の拠点だ。

表も裏も画策する場所だ。


ここに来れば自分が居る、なんてことが

知られたら

どれだけの神々が

出入りする事になるだろう。


その前に

大量の依り代作りを依頼されるかも知れない。

面倒この上ない。


それは願い下げである。


モカ様が帰るまで、店には絶対に

顔を出せない。

そう考えて、二人に部屋で休むと伝えて

この日は引き籠った。


結局

明け方までモカ様は居座り

老人に話し掛けていたらしい。

付き合わされた店の二人も

いい迷惑だが

神官長代理も最後まで付き合わされている。


御愁傷様。



***********************************



朝方までモカ様と話し込んでいた老人は

それからベッドに入り

夕方まで目を覚まさなかった。

起きると

そのままお風呂に向かったらしい。


結局その日は

店に顔を出す事も無く

夕食は自室でとっていた。

食事を終えると厨房に居た二人に


「今日はこのまま休ませてもらうよ」


そう言うと

もう一度自室に戻って行ったとの事。


店内では

老人の話を心待ちにする客も

何人かいたのだが


「疲れてお休みになっています」


と客に答えると

さもありなんと、皆納得していた様だ。


この日は前日と違って

静かな日の終わりを迎えていた。



************************************



次の日のまだ早い明け方

老人が旅支度を済ませ

店を出て行こうとしている。


店の二人はまだ熟睡の最中だ。


「もう行かれるのですか?」


そう声を掛けた。


「気付かれていたか。まあ、そうか」


「二人に挨拶も無しですか?」


「よろしくと伝えてくれ。

老人は朝が早いと」


少し気まずそうに


「まさかモカが顔を出すとは思わなかった。

許してほしい」


「やはりそれが切っ掛けですか?」


「そなたは顔を見せなかった。

この店は、知られていないのであろう。


人として生きるのに

神に邪魔されてはならない。

邪魔をしてもならないと私は思っている。

しかしそれを理解出来る神は、ごく僅かだ」


老人は言葉を続ける。


「そなたは人として生きたいのであろう?」


その言葉には、温もりが有った。


「そなたの背負わされている物は大きすぎる。

だがその事が、永遠に続くとは思えない。

理解しているな!


だからこそ、人としてどう生きるかを

考えなくてはならない。

その事も、理解出来ていると思う。


だったら、神々は邪魔モノでしかない。

しかし、排除も出来まい。ならば・・・

神々と対等に話せるように成るしかない。

判るな?」


「そう思っています。

そうなる様にと、この状況を作ってくれた

神様もいましたから」


「あやつもそんな事が出来る様になったのか」


どうやら思い付く神が

いるらしかった。

何となく嬉しそうである。

こちらへ向き直して


「周りに優しくしなさい。

その見返りを求めてはならない。

そうすれば、

周りも優しく見守ってくれるはずだ。


見返りは、決して望まない事。

何もしてくれないからと言って、

それを恨まない事。


人として在りたいと思うのなら、

人に優しく在り続けなさい。


年寄りの最後の忠告だと思いなさい」


その言葉に、忘れかけていたものを思い出した。


店の二人の顔が浮かぶ。

初めて会ったあの時は

そんな事を思える余裕すら無かった。

見捨てる事だけを考えていた。

邪魔とすら思っていた。


老人の言葉は

優しくも有り、厳しくもあった。

あの時は

余裕が全くと言っていいほど

無かった事を実感する。


これは教えだ。

今受けとめなければ

この先に、人としての自分の未来は無い。


考え込んでいる自分の

その表情を

嬉しそうに見つめると


「そう言えば、何も御礼をしておらんかったのう」


その言葉に慌てて


「それには及びません。

この数日、本当に楽しかったですから。

客を迎える事が、こんなに嬉しいなんて

思っても見ませんでしたし・・・」


それは本音だ。

これほどまでに心地の良い日々は

この世界に来て

一度も無かった。


「こちらに顔を向けなさい」


言われるままに、かしずいて顔を上げると

老人は額の部分を指でなぞる。

さっとそれを済ませると


「そなたに加護は無用じゃが、それも永遠とは限らん。

でもワシのは、生涯そなたを守ってくれるはずだ」


これは一番嬉しい加護だ。

どんな神々の寵愛よりも

この加護は嬉しい。


加護の力の問題では無い。

この加護は、自分に寄り添ってくれている。

何の打算も無い加護。

初めての本当の加護である。


「有難う御座います」


その優しさが何よりも嬉しい。

涙が溢れて来そうになる。

それを、ぐっと我慢する。


「では行こうかの。世話になった。有難う」


そう言って、こちらに背を向けると

外へと歩き始め・・・そして

霧散するように消えて行った。


途端に涙が溢れて来る。

もう我慢する必要が無い。

泣き始めると、涙が止まらなかった。

こんなに泣いたのは、いつ以来だろう。


多分もう会う事は無いだろう。

お互いにそう思っている。

こんなに名残惜しい別れは

初めてだった。

面影の優しい人だった。

忠告も頂いた。

良き理解者でも有った。


それは永遠に変わらない。

これからもずっとそうだ。


いつかこの同じ思いを

他に人に

伝え与える事が出来る日が

来るのだろうか。


この老人は師だ。


ここから先の人生において

永遠に私の師である。



************************************



この時

自分の真のステイタスボードの

寵愛の神々の一覧に

天帝(アマノミカド)』の名前が

他の神々を押しのけて

一番先頭に

刻まれていた事に気付くのは

随分と後の事であった。





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