モーガン卿
薬屋の店主は、その来訪者を丁寧に見送ると
店員に目配せをする。
その事を察知した店員は、ゆっくりと店を後にした。
店主の名は“モーガン卿”
その愛称で親しまれているが
本来は“元モーガン公”である。
しかしその事実を知る人は
この近辺には、先ずいないだろう。
その位にこの場所では
身近で親しみ易い人物であった。
モーガン家は
有る意味変人の家系である。
学者肌の人間ばかりを
輩出して来た。
最も重要なのは
薬に関する研究を
代々受け継いでいる事である。
先ず現代における
薬の第一人者として
その名が国内外にまで
知られており
諸外国の王侯貴族が来店する事も
珍しい事では無い。
それ故に
モーガン卿は
秘密を遵守し
常に来る人に対して、平等に対峙した。
ここにモーガン卿の強みが有る。
モーガン卿は
息子に公位を譲って
その職務から離れ
研究三昧の生活を送っているのである。
戦争が起こっても
どちらの側にも立たない。
中立で在り続ける。
たとい国王でも、その事を平気で明言する。
モーガン卿にしか出来ない
芸当で有った。
モーガン卿は
店員の一人に向かって
「すぐ城に向かって、王に伝言を。
モーガンが薬を持って向かうと。
大急ぎだ。馬車で向かいなさい」
その店員が
あわてて外に飛び出して行く。
モーガンは
“カミノムラサキ”を持って
調剤室に向かった。
“カミノムラサキ”
この薬草の存在を知る者は
極めて少ない。
希少な薬草だが
その使い方が問題だ。
毒草だからである。
そのまま口にすれば
先ず間違い無く即死だろう。
人には猛毒だが
神には薬だと言い伝えられてきた。
そこに
伝承の落とし穴が有った。
人には猛毒の部分が
年月を経て
欠落したので有る。
神の薬
その部分だけが強調され
神薬として
万病に効く薬と
後世に伝えられてしまった。
その一方で
モーガン家はこの薬草に付いての
研究を
代々続けて来た。
確かに猛毒だが
薬でもある。
その使い方さえ間違わなければ
本当に神薬として
使えるだろう、と。
今目の前に
新鮮な状態での
“カミノムラサキ”が有る。
薬効を計ると
ほんの僅かな分量で
劇的に改善する可能性が有る事が
見えてくる。
これは
自分で立ち会わなければならない。
使い方を間違えられない。
“カミノムラサキ”を
液状に加工し
特殊な薬瓶に注ぎ入れると
それに合わせる薬剤を選別し
自らの鞄に押し込み
大急ぎで馬車で
城へと向かった。
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城に着くと
そのまま中に入って行く。
“モーガン卿”は
誰にも止められる事無く
奥に進む。
「おお、モーガン卿」
と声を掛けて来る者がいる。
特に名前を憶えていないが
確かどこかの薬屋の店主だったような
気もする。
「急ぐので失礼」
舌打ちが聞こえた気がしたが
そんな事にはかまっていられない。
さらに奥へ向かうと
国王自らが出迎えて来た。
「モーガン」
「遅れてすまない、リチャード」
「構わぬ。こっちだ」
王自らが先導する。
目的の部屋に入ると
ベッドの中には
老女が横たわっていた。
それを医師等が見守っている。
「すぐに準備を始める。
用意をしてくれ」
その言葉に医師達も準備を始めた。
病人は高齢である。
回復薬をつかって
体力を戻したいのだが
それを急ぐと
病気も悪化を加速しかねない。
回復薬と
“カミノムラサキ”の配分が
重要になる。
回復と解毒を
ゆっくりと進めるには
かなりの長丁場になるに違いない。
モーガン卿は慎重に、
病人の状態を
医師に細かく判断させながら
その度に配合を変え
投薬を行った。
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一昼夜の投薬を経て
その病人の症状が
明らかに好転したことが
目に見えて分かった。
「もう大丈夫でしょう」
担当医のその言葉に
国王もモーガン卿も安堵した。
モーガン卿に
どっと疲れが襲い掛かる。
国王が嬉しそうに声を掛けるが
モーガン卿はへとへとである。
「有難うモーガン。本当に有難う」
その言葉を聞いて
笑みを溢したモーガン卿であったが
体は流石に重い。
「帰る」
そう言うと、帰り支度を始める。
「ここで休んで行けばよい」
「ここでは気が休まらん。自宅へ帰るよ」
そう言うと
すぐに部屋を出て行く。
「有難う、この礼は必ず・・・」
国王が付いて来ようとするが
「お前はここにいろ!」
命令口調で返すと
モーガン卿は出口へと向かい
馬車で自宅へと帰って行った。