歩く話
イメチェンってやつですな
「……っ……はっ………はぁ…ふっ!」
拳を振るう、足で刺す、肘で抉る、膝で打ち込む、体で弾く、頭もフル稼働だ…頭突きという意味では無い。自身の構え、重心、視点、意識…つまり体勢だ…そして彼我の距離は、敵の体勢は、企図は、それに対処できるのか、出来ないのならどうやって立て直すか。考えるべき事は限りなく存在し、その全てを並列に思考して…否
思考の全てを振り切って
貫くは人中。最短、最速、理合いの極致に至る一撃が…空を切る。
刹那
空を切った拳は何処へ消えた?
言うまでもない。交差するように放たれた左拳によって敵の視界を閉ざした瞬間、自身の右腰に戻っている。即ち次弾は装填済み、いや、もう既に水月へと放たれている。先刻の人中打ちに勝るとも劣らない武の理想の体現。が、空を切る。
空を切る。空を切る。空を切る。
当たるはずも無い。今私が闘っているのは、過去の幻想。あの時よりどんなに強くなろうとも、既にいなくなった魔王には決して届かない。
「…くっ」
思考が乱れてしまった。一度トレーニングを切り上げることにしよう。
水分を補給して元来た街の方へと戻る。今は…武威とかいったか。魔王軍…魔王不在で魔王軍を名乗るのは如何なものかと私は思うのだがみなそう呼んでいるので仕方なくそう呼んでる…は、拠点を常に変えている。そのため多少の当たり外れはあるものの、修行のバリエーションが豊富で悪くは無いのだが、いまいち土地勘が無いため、油断をするとすぐに道に迷う。なるべく大通りを選びながら歩いて行く。
(1年…か。)
時間で考えるとそう長い月日というわけでも無い。だが、わけもわからぬままこの世界に転移してきて、まだ2年も経っていないことを考えると決して短くは無い期間なのだろう。何より魔王が残した影響はあまりに大きく、それらを目にする度、強い意志を宿した眼差しが、胸を張った堂々とした立ち振る舞いが、そして圧倒的な強さが思い出され、郷愁に駆られる。あぁ、胸に関しては反らすように張っていても見事な水平線で、まな板だとか抉られてるとか母性?(笑)などと散々な言われようで涙目になっていたな。思い出し笑いをしそうになり、それ以上の寂寥感で胸が締め付けられ、結局無表情のまま歩き続ける。
私は魔王が失踪した後もなにも変わらなかった。ただひたすら修行に明け暮れ、強さを求めた。敵兵では物足りず、敢えて敵勢力に潜り込み本気の魔王軍と戦ったりもした。強くなった。本当に強くなった。1対1ならば魔王軍でも誰一人相手にならないくらいには。とは言えそれぞれ自称で決めていた名前も、私だけ勝手にチャンプと呼称を変えられたのはどうかと思うが。とにかく、それぐらい強くなったのだ。しかし
魔王はもういない
いつか倒すと決めた。そのために拳を磨いた。志半ばにして道は途絶えた。道が無くなっても私は未だ歩み続けている。
何のために続けるのか。私自身にもわからない。この世界を生き抜くため?否、生きるためならば既に十分な強さはあるだろう。魔王がもし再び現れたときのため?否、そうあって欲しいと願ってやまないが、あまりに儚い希望だ。そのために人生を全て捧げる事はできない。後悔?否、誰かを守ろうとして守れなかったわけでは無い。強ければ、謎の失踪を止められたとでも言うのだろうか。そんなわけが無い。
答えは未だ、出ていない。だが、歩みは決して止めることなく進んでいく。どこへ辿り着くかはまだ見えていないけれども。少なくとも今、目の前には
「あ、チャンプさんお帰りなさい(≧∀≦)
今日は早かったですね、もしかして怪我とかしちゃいました?た、大変だーΣ( ̄□ ̄)」
「問題ない」
そこに仲間がいるから。
チャンプが無口キャラに…こんなつもりじゃ無かったんだが