林檎の木に桜の花が咲く頃に 下編
この小説はフィクションです。
上編のアフターストーリーとしてお楽しみください。
これは、結城広夢のいなくなったその後の物語である。
プロローグ
「あの大ヒット小説がついに映画化!!死の宣告を受けた一人の小説家が体験した物語。近日公開!!」
ビルの巨大モニターに宣伝が大音量で流れている。人混みが目眩を誘い、車の走行音が耳を奪う。
8月の猛暑日である。
「なんか今日あっついねぇ」
「そうだなぁ。辛かったら言ってな、カナ」
「うん、ありがと」
私は今日、彼氏であるオサム君とデートをしている。
デートと言っても学生のありがちな食べ歩きである。
「あ、あれ美味しそう!」
「どれどれ?……お!いいねぇ」
私が指を差したその先にはいちごの専門店があった。
ノープランのデートな為、気になったところに入っては食べるという方式で楽しんでいた。
「美味しかったぁ!」
「いちごめちゃくちゃ美味かったよな」
いちごのパフェも食べ終わり、再び私たちは歩き始める。
歩きながら当たりを見回しているとある店が私の目に入った。
「気になるの?」
「……え?い、いやいやそんな私が入るべき場所じゃないから」
「行ってみよっか」
「え!?ほ、ほんとに?!」
私が視線を向けていた場所はジュエリーショップ。カジュアルなお店が立ち並ぶ中で、この店だけは異彩なオーラを放っていた。
彼に連行され店内に足を踏み入れると、そこには数々の宝石たちが神々しく輝いていた。
「どういったものをお探しですか?」
「お、お探しというか、見るだけなんですけどいいですか?」
私は初めて経験するこの雰囲気にビクビクしながら尋ねる。
「はいよろしいですよ。
お客様などの若い世代の方々はこちらのラインナップをよくご購入されますよ」
「は、はぁ……」
私たちはただ案内してくれる彼女について行った。
そこには派手なネックレスやリングなど、先程見ていたものよりは少しカジュアルな雰囲気のものが置いてあった。
「あ、名前入れられるんだってよカナ。美島佳奈っていれられるよ?」
「へぇ……」
この店には購入のサービスとして自分の名前を金属部分に刻めるらしい。
「……みしま、かな?」
「え?」
声のする方へ私が振り向くと、そこには両手で自分の口に手を置き、まるで「信じられない」とでもとれる表情でこちらを見る案内人がいた。
「あなたの名前?」
「は、はい。そうですけど」
「ありえない……こんな所で会うなんて」
「え?」
まだ状況が呑み込めない私たちなど気にせず、彼女はひとりぶつぶつと呟いている。
「あの、カナのことをご存知なのでしょうか」
耐えきれなくなった彼が彼女に尋ねる。
「ご存知どころか、
彼女は私の娘なんです」
店頭にいた従業員を含め、その場にいた彼女以外の全員が唖然としていた。
第一章 ここだけの話
「カナ~。なーに書いてんの?」
私の耳元で女の子の声が聞こえる。
肩を掴んで覗き込んでくる彼女を私はシャーペンを持っていないほうの手で後方へ押しのける。
「もー。知ってるでしょサクラは」
「てへてへ。あたしも作品に入れてよね」
後ずさりして自分の席に着こうとする彼女はニコニコしながら私にお願いしてくる。
私の横目に映るのは肩に乗っかるほどに伸ばした艶のある髪、ぱっつん前髪、とがった唇に赤いリップ。
釣り上がった目にはアイシャドウ。いかにもJK満喫状態である女の子だ。
「はいはい、わかりましたよ」
私は生返事を返し、また執筆に没頭する。
放課後、旧校舎の3階にある部室で私と彼女は窓際のテーブルに対面し、背もたれのない椅子に座ってカーテンをなびかせる風に耳を傾けていた。
2年生はもう既に帰宅し、居残っている私は託された思いを形にし、彼女はその様子をただ眺めている。これが毎日の日課であった。
「今日はお墓参り行かないの?」
あくびをし終わった後、とうとう頬杖をついた彼女はぼーっとした口調で話を振る。
「毎日のように行ってたら向こうもうんざりするじゃない?それに交通費も馬鹿にならないし」
「ふーん、そうなんだ」
「うん」
「そういえば、カナってパソコン使わないの?」
彼女のどこを見つめているのか分らないほど適当な質問に私も溜息をつく。
「はぁ……いや学校にパソコン持ってこれないでしょ」
「あぁーそれもそうだね」
そんなくだらない会話をしながらも、私の筆は止まらない。
ふと、彼女がポンっと手を叩き、私のほうに視線を向け尋ねてくる。
「ねぇねぇー、それどんな物語かあたしにだけ教えてよ~。お願い!」
掌をパチンと合わせ彼女は顎を突き出してお辞儀をしている。そんな彼女に私は一瞬戸惑った。
なぜ戸惑ったか、それは私の作品が世に出回る前だからである。
だがしかし、彼女にはこの作品の内容を日頃、日常会話でペラペラと話しているのである。
「知ってるでしょ?」
「いや忘れたー」
「はぁ」
私は溜息をどっぷりと吐き、迷った結果彼女に全貌を話すことにした。
「誰にも言わないならいいよ」
「やったやったー!」
彼女はこれから聞かされることが周知の事実だというのに嬉しそうである。
私はシャーペンを一度テーブルに優しく置き、改まって話し始める。
「3年前、小説家結城ひろむは癌で亡くなった。そこら辺は知ってるでしょ?」
「うんうん。あの小説はちゃんと最後まで読んだからねー」
彼女はえっへんと言わんばかりに胸を張って答える。
「そうね、どこから話そうかな……」
私は彼女の顔から窓の外のほうに視線をそらす。
ここからは校庭に植わっている桜の木がよく見える。
私は緑の葉っぱが枯れ始めているその桜の木を見つめながら当時の出来事を思い出していく。
◆
3年前の春。
私は手術を前に怯えていた。
おじさんは寝たきり状態になってしまい、院内での心細さも感じていた。
本当に手術が成功するのだろうかとか、もし失敗して私が死んでしまったらどうしようとかを常に考えてしまうようになった。
いつもの明るさは消えてしまい、看護師や昼間に話している老人にとても心配されていた。
そんなとき、私のもとに一人のお見舞客がやってきた。カズキさんである。
彼はいつもの気さくな態度で私に話しかけてきた。
「カナちゃんに今日はいい報告があるんだ」
「……なんのこと?」
私はこのときかなり落ち込んでいたためしゃべりたくもなかったのだが、なぜか彼とはかろうじて話せた。
「あいつの小説、よんでみたくねーか?」
私は一瞬なんのことか分からなかった。自分でも驚くほどにその約束をすっかり忘れていたのである。
自分の手術に対する気持ちが全ての思考回路を閉ざしていたことにその時気付かされた。
「本当にカナが最初に見てもいいの?」
「俺もみてーけどよぉ、今回はあいつのお願い優先だ」
「ありがとう」
彼は私にまだ原稿のままであるその物語を私に束で渡してきた。
受け取ったそれを私はペラペラとめくり続けた。
カズキさんがいなくなったことにすら気がつかず、私はそのあと夢中になってめくり続けた。
気がつけば、朝方になっていた。
夜更かしをしたのは初めての体験であった。しかし、読み終わる直前に私は睡魔に負けてしまった。
「……ちゃん。カ…ちゃん。カナちゃん」
看護師に揺さぶられ起き、朝食を食べた後、私は最後の10枚分を読み進めた。
ただ、10枚のうち、3枚は1文しか書かれていなかった。
その文字たちを1文字ずつかみしめて読んだ。それらを何度も何度も何度も何度も頭の中で繰り返した。
するといつの間にか私の手術に対する不安は消えていた。
それからは沢山おじさんのもとを訪れた。
おじさんは私の姿に気がつくと一生懸命目を開き続けてくれた。そして私の話を軽くうなずきながらよく聞いてくれた。
そして迎えた私の手術日。
再び何度も小説のメッセージを読み返し、勇気を振り絞って手術を受けた。
2時間後、手術は成功した。
成功はしたものの、もともと体の弱い私は体の変化になれず、1週間ほど立つことすらできなかった。
1ヶ月ほど経ち、やっとリハビリが開始した。
そのころにはもうおじさんは植物状態になっていた。
病室に訪問しても私が一方的に話すだけで、うなずいてくれることはなかった。
私は約3年ぶりとなる帰宅をした。
家に帰るとお父さんが冷蔵庫から「退院おめでとう」と書かれたチョコのプレートが刺さっているホールのイチゴのショートケーキを持ってきてくれた。
「カナ、本当におめでとう」
「……うん……う゛ん」
初めてうれし泣きというものを体験した。
私はあふれ出てくる涙を必死に服の袖でこすりながらお父さんに抱きついた。
「つらかったよな。一人でよく頑張ったな」
「……う゛ん……」
お父さんは私の後頭部をゆっくりと撫でてくれた。
そこにはおじさんに抱きしめられた時と同じようなぬくもりがあった。
それから半月後、おじさんは息を引き取った。その頃にはもう既にあの桜が満開になっていた。
もともと1ヶ月しか生きられないといわれていたのにも関わらず、2ヶ月ほど生きれたのはおじさんの中に何か執念があったのではないかと感じた。
そのことをカズキさんに話すと「ちゃんと小説読んだのか?」と笑われてしまったが、私には訳が分らなかった。
数日後、私はおじさんの葬式に来ていた。彼の最期の顔を見て、なんだか私が喋っていた彼とは全く違う人を私は眺めているのではないかと不思議に感じた。
「おじさん、本当に死んじゃったんだね」
「そうだな」
黒い礼服に身を包み相槌を打つカズキさんは、遠い日々を眺めるかのように彼の顔を凝視していた。
「こいつ、やりたいこと全部叶えて逝ったんだよな。根性あるぜ、まったく」
「……?」
私が疑問を抱いたことに意もせずに彼はずっとおじさんの入った棺桶を見つめている。
少し時間が経ち、彼の棺桶が運ばれた。
お坊さんの御経とかたくさんの涙とか、私は初めての体験した。
私は学校があったため行けなかったが、その後おじさんは火葬され、実家の近くのお墓に入ったらしい。
私はそのころにはもう既に中学2年生になっていて、新しい学校生活を送っていた。
体育の授業なども最初のほうは見学が多かったが、2学期に入ってからは体力もつくようになり、人並程度のことならできるようになった。
友達もできた。中学にこれまで足すら運んだことがなかったので、私は人間関係に不安を感じていたのだが、幸い心優しい同級生に恵まれて楽しい学校生活となった。
「カナ、これってもしかしてカナのことだったりするの?」
放課後、夕日が差し込み、教室が橙色に染まったころ。課題で居残っていた一人の少女が一冊の小説を私に見せつけてくる。
「……ん?あー、そうだよ」
私がおじさんの小説に出ていることが初めてクラスメートに知られたのは3学期に入ってからのことだった。
おじさんの書いた小説は『遺言小説』として話題になり、この当時には累計発行部数50万という、かなりの有名作になっていたのである。
「えー!すごいじゃん!カナがここまで有名人ってこと全然知らなかったぁ!」
「あんまり大きな声で言わないでよみーちゃん!」
「えーいいじゃーん」
私は友達の加藤みなみに小声で注意する。この子はなかなか口が軽くて、しゃべっていないときはなさそうなクラスに一人はいるお茶らけ女子である。
この時なぜ注意をしたのかというと、本来私がこの小説の中の人物ということを知られるのはグレーゾーンだったからである。
私は一応、続編を期待されている人物で、自分で言うのもなんだが出版社にとって重要な役割を担っている立場だ。書いているネタやおじさんの作品について聞かれるのは私としても面倒くさい。
正直、荷が重いというか、私にそんな事が出来るなんて思っていないので、なんだか曖昧な感情なのだが。お世話になったおじさんの最期のお願いというのならさすがにやらざるを得ないという状況に陥っていた。
「ねーねーさくらー、カナって実はすっごいひとなんだってよ!」
私の注意も耳に傾けない彼女はもう一人の友達である、林桜に話しかける。彼女はかなり人見知りなのだが、心を開いた相手にはべたべたするタイプの人間だ。
ちなみに彼女は今でも同じ高校に入ってつるんでいる。
「あ、そうなの?まぁよかったじゃん」
「つまんねーのー!」
後から聞いたが、サクラは課題に集中しているあまり、話が筒抜け状態だったらしい。
◆
「ほんとにあたし覚えてないんだよねーそれ」
「みーちゃんがあんな興奮してうるさかったのに、そんな課題に集中できるのは逆にすごいよ」
「高校入ってから聞いた時、びっくり仰天だったよぉ」
「しかも今と全然キャラが違うんだよねーサクラ」
「いやー。みーちゃんに影響されていったよねほんと」
「だねー」
◆
私はなるべくその話題を遠ざけて毎日日々を送っていたが、校内での私の知名度は少しずつ上がっていった。
中学3年生になったときには学年の違う生徒から、時折サインを求められることもあったが、当時サインなど何も決めていないかったので断っていた。
そうして私は中学3年生になって、3学期を迎えた。
クラスでは私立組と公立組のいざこざが起きた。
私たち3人は公立を志望していたので、受験が終わった私立組がうるさくなったり、はしゃいでいる姿を見るととても気分が悪くなった。
特に私は1年生の分は習っていなかったので追い付くのに必死だったため、より一層気分を害していたのである。
ただ、私はその時一人の男の子に救われるのであった。
「大丈夫?わかんない所あったら教えようか?」
「……え!?うん、あ、ありがとう」
昼休み、周りが騒がしい中で勉強をしていた私の隣の席から突然声がして、驚きを隠せなかった。
「いつも勉強してるし、なんか分らないことあるのかなって」
急に話しかけてきた彼は立ちあがって私の解いている問題をざっと見まわす。
「ここ、わかんない?」
彼は何度も計算をしてはその式を消したワークの最期の問題を指でさした。
なかなか距離が近く、彼のその大きな眼と高い鼻が横目に見えていた。
「うん……教えてくれるの?」
「いいよ」
彼はニコッと爽やかな笑顔で快く引き受けてくれた。
彼の名前は飯塚統と言い、学校内でも学年1・2位を争う学力の持ち主である。
彼とは3年生になってから初めてクラスが一緒になったが、1・2学期でたまーに話す程度の仲にはなっていた。
「ここはこうで……そうそう、いいね。覚え早いじゃん」
「えー?そうかな」
それからというもの、私と彼は何度も一緒に勉強した。
昼休みだけに限らず、放課後も最終下校時刻ぎりぎりまで共に過ごした。
クラスの中では「あいつら付き合ってんじゃねーか?」とうわさになるほどだった。
時には帰り道も途中まで一緒に帰り、いま思えば本当にカップルみたいなこともしていた。
◆
「ひゅーひゅー!」
「もううるさいってば!話進まないでしょ!?」
「……はい、すんません」
◆
一緒に帰路についているとき、ふと思ったことがあった。
「オサム君って、私に構ってばっかだけど、自分の勉強はしてるの?」
2人揃って自転車を転がしながら歩いていた時に尋ねた。
「うん。俺も家で勉強してるよ。美島に教える側が勉強できなきゃ意味ないでしょ」
「いや、そういうことじゃなくてさ……」
私は迷惑ではないか、ということを聞きたかったのだが。
「迷惑じゃないよ。俺、美島から感謝されるのが結構嬉しいし、こっちも楽しい」
なんだか心の中を覗かれているようで恥ずかしかった。
「なんか照れるなぁ」
私は彼の発言に照れはしたものの、特にほかの感情は湧かなかった。
入試当日。
彼の教えてくれた問題がかなり出てきて、スラスラ解けた。
今でもその節は感謝しきれないと思う。
「いやー、難しかったわぁ!」
「そうかなぁ」
「まぁカナはイチャコラ勉強してたしねー」
「なにそれ」
そして私たち3人組とオサム君は無事に第一志望に合格した。
卒業式。
「卒業証書授与。3年生、起立!」
がたがたと椅子がずれる音が少し聞こえる。ひそひそとどこからか話し声が聞こえる。
「これが卒業式かぁ」
私は思わず声が漏れる。
私は小学校6年生の時も入院していたため、卒業式には参加できなかった。よって、これが人生最初の卒業式である。
「加藤みなみ」
「はい!」
名前の順で一番早いみーちゃんが呼ばれた。
「こえでかっ!」
隣の席にいるサクラが思わず突っ込みを入れる。
私は必死で笑いをこらえるが、笑ってはいけない場面だと思わず笑みがこぼれそうになる。
次にサクラが呼ばれた。
このころのサクラはもうみーちゃんのテンションが移っていたので、みーちゃんの次に大きい声で返事をしていた。
「美島佳奈」
「……はい」
私はいたって平坦な口調で返事をした。
無事に卒業式も終わった。
長丁場だったため、体力が回復したとはいえ万全ではない私は少し立ちくらみを起こしたが、気合いで何とか乗り切った。
卒業式の後、先生の話があり、その後私たちは解散した。
しかし私は1人の男の子に呼び出されていた。
「どうしたの?オサム君」
「あぁ、突然呼び出しちゃってごめん」
彼はなんだか煮えたぎらないように私の顔ををちらちらと見つめ、何かを言おうとしては口を結んだ。
私は何を言うのだろうと永遠に待っていた。
「あ、あの…さ」
「うん」
「もっと早く言えばよかったんだけどさ」
「うん」
「俺……か、カナのことが好きだ」
「……え」
これまで見たことの無いような、少し恥ずかしそうな表情を浮かべた彼に告白された。
この時私は突然の告白よりも初めて名字でなく名前で呼んでくれたことに驚いた。
なんだろう、この気持ち。私は既視感があったが、そんなことどうでもよく、ただただ嬉しかった。
「付き合ってくれないか?」
彼は真剣な眼差しで私の目を見つめる。
私は彼の目をずっとは見ていられずに、今度は逆の立場になってしまった。返事をしようと思ってものどから上に出てこなかった。
必死に出て来いと念じてやっと開いた口から言葉を漏らす。
「……ずっと名前で呼んでくれるなら」
「うん。ありがとう」
私と彼は付き合うことになった。
◆
「素敵!」
「いちいち反応してくんな!」
「いて、そんな強くぶたないでよぉ。」
「合いの手とかいらないから。」
「はいはい。でさ、そのあと2人は今でも?」
「はぁ……だからこれから話すってば。」
第2章 小説研究部
私たちは高校へ進学した。
サクラは私と同じ高校へ、みーちゃんは私たちの通う学校よりも少し遠い高校へと入学した。
オサム君はというと、かなり偏差値の高くてここから電車で1時間もかかる男子校へと入学。
私たちは少しだけ離れ離れになっていた。
高校になっても私と彼の恋愛は続いていた。3日に1回位の頻度で電話をし、月1で遊ぶようになった。
「ねーカナ~」
「ん?」
昼休み。中学の休み時間とは別物で、クラスにはだいたい数個のグループがあり、その中で食事をとるのが普通だった。
そんな中、偶然同じクラスになったサクラと私は一緒にお昼御飯を食べていた。
「どの部活に入るの?」
「小説研究部かな」
「え~。あんな陰気臭そうなところ?」
「もとはといえばその部活に入りたいがためにこの高校に入ったんだから」
そう。私がこの高校を選んだ理由は、『小説研究部』に入部するためなのだ。
執筆を落ち着いてするにはこの部活が一番しっくりくるだろう。部活見学にいった感じも3年生が活発に動いていて雰囲気は良かった。
「じゃ、あたしもそこにしよーっと」
「え、そんな適当でいいの?」
「別にやりたいことないしなぁ」
「陸上は?」
彼女は中学時代陸上部のキャプテンであった。
「一応見学行ったんだけど、なんか練習がつらそうだったからいいや」
「えぇ」
意外ではあった。
中学時代、彼女が何かに没頭するというものは陸上くらいしかなかったのだが。
その後、本当に彼女は私と一緒の部活に入部した。
「「よろしくお願いします」」
2人揃って自己紹介を済ませ、先輩方からこの部活の概要について教えられた。
要するにこの部活は
・読む
・観る
・書く
を基本とし、観るというのは原案が小説の映画などを視聴するという意味で、それらにインスパイアを受け、自分の小説等を書いてコンテストに応募することによって部の活動として成り立っているらしい。
新入部員は私たちだけだったらしく、面倒見のいい先輩方がいろいろ教えてくれ、何とか打ち解けた。
小説研究部で私は有意義な時間を過ごしていた。
私は部に入ってから初めての小説づくりで、おじさんとカズキさんが夢見ていたバカンスを題材にミステリー小説を書いたところ、賞をもらえた。
ちなみにカズキさんの家族は、小説のヒットのおかげで数年後に海外旅行を計画しているらしい。私も誘われたのだが、流石に気まずくなるのが分りきっていたため断った。
そんな充実した部活動をしている私に対して、サクラはいつも暇そうで小説を書くどころか、小説を読むことさえしようとしていなかった。
「あんた本当に何でこの部活入ったの?」
私はある日の放課後、2人きりになった部室で彼女に尋ねた。
「カナがいるから」
「でも全然楽しくなさそうじゃん。今からでもほかの部活に入ったらどう?」
「あたしはカナが一生懸命努力してるところを見るのが楽しい」
「なによそれ」
彼女は「えへへ」とはにかんでいた。
◆
「なんだか照れますなぁ」
「自分で言っといてなによそれ」
「ごめんごめん……あ、そういえばお母さんと会った話はどうなったの?」
「はぁ……サクラは本当にせっかちねぇ。今から話すってのに」
「えへへ」
第3章 あの人
それから少し経って私たちの高校生活の歯車は噛み合ってきた。
お父さんも仕事で職級があがり、私の周りも順調に回っていた。
休日のある日。
彼と予定が会い、デートをすることになった。
「あの大ヒット小説がついに映画化!!死の宣告を受けた一人の小説家が体験した人生の物語。近日公開!!」
ビルの巨大モニターに宣伝が大音量で流れている。この広告はもちろんおじさんの小説のことである。
おじさんの小説はなんと今や累計発行部数80万を突破していて、映画化に向けてカズキさん達も大忙しだという。
「なんか今日あっついねぇ」
「そうだなぁ。辛かったら言ってな、カナ」
「うん、ありがと」
デートと言っても学生のありがちな食べ歩きである。
「あ、あれ美味しそう!」
「どれどれ?……お!いいねぇ」
私が指さしたその先にはいちごの専門店があった。
ノープランのデートな為、気になったところに入っては食べるという方式で楽しんでいた。
「美味しかったぁ!」
「いちごめちゃくちゃ美味かったよな」
いちごのパフェも食べ終わり、再び私たちは歩き始める。
歩きながら当たりを見回しているとある店が私の目に入った。
「気になるの?」
「……え?い、いやいやそんな私が入るべき場所じゃないから」
「行ってみよっか」
「え!?ほ、ほんとに?!」
私が視線を向けていた場所はジュエリーショップ。カジュアルなお店が立ち並ぶ中で、この店だけは異彩なオーラを放っていた。
彼に連行され店内に足を踏み入れると、そこには数々の宝石たちが神々しく輝いていた。
「どういったものをお探しですか?」
清潔な雰囲気なスーツ姿の女性が迎えてくれた。厚化粧で髪を後ろに束ねる彼女は見た目的には若く見える。
「お、お探しというか、見るだけなんですけどいいですか?」
「はいよろしいですよ。お客様などの若い世代の方々はこちらのラインナップをよくご購入されますよ」
「は、はぁ……」
私たちはただ案内してくれる彼女について行った。
ふと彼が1枚の張り紙に気づく。
「あ、名前入れられるんだってよカナ。美島佳奈っていれられるよ?」
「へぇ……」
その紙には「名前彫りサービス」と書かれていた。
この店には購入のサービスとして自分の名前を金属部分に刻めるらしい。
「みしま、かな?」
「え?」
振り返ると従業員の彼女がなぜだかたじろいでいた。
「あなたの名前?」
「は、はい。そうですけど」
「みしまって美しいにただの島?」
「は、はい」
彼女は念入りに私に問い詰めてくる。
「かなって佳扇のカに奈良のナ?」
「ええ」
彼女は指で文字をなぞるようにして積極的に尋ねてくる。
「ありえない……こんな所で会うなんて!」
「え?」
突然声を上げて驚く彼女。
まだ状況が呑み込めない私たちなど気にせず、彼女はひとりぶつぶつと呟いている。
「あの、カナのことをご存知なのでしょうか」
耐えきれなくなった彼が彼女に尋ねる。
「ご存知どころか」
彼女は言うのを躊躇っているのか、一度深呼吸をしてもう一度口を開く。
「彼女は、私の娘なんです。」
「……え?」
店頭にいた従業員を含め、その場にいた彼女以外の全員が唖然としていた。
私はその瞬間には意味を理解することは出来なかったが、少し時間を置いて勘づいた。
「あ……もしかして、カナデさん?」
「はい。そうです」
私は事実を伝えられた後、お父さんからお母さんの名前や容姿などの話を詳しく聞いていた。
彼女の名前は廣田奏。よく見てみれば、彼女が首から提げている名札には『廣田』と刻まれている。
私は思わぬ出会いに言葉を失っていた。
まさかのまさか、こんな所でお母さんに出会うなんて。
すると、彼女の方から申し訳なさそうに話し始めた。
「私ごときがあなたの母親を名乗るなんて烏滸がましいですがね」
私はそれでも何も言葉を発することが出来ずにいた。
「それよりも、離婚しているというはもう流石に知ってますよね」
「……は、はい」
私は質問をされてようやく小さな声で返事をした。
「どのくらいに知ったんですか?」
「あ……えっと、3年前です」
「さ、3年!?あの人もよく続けていましたね。本当にあの人らしい」
彼女は微笑んでいるのか、それとも苛立っているのか分からないような表情を見せた。
いや、そう思ってしまうのはお父さんから、お母さんのことを悪く聞いていたからかもしれない。
「あ、あの人はあの本読んでくれましたか?」
「あの本?……あ、『バベルの城』のことですか?」
私はあの本というワードを頭の中で模索しつつ、変換して理解した。
「そうそう。でも私、余計なことしたわよね。怒ってなかったかしら」
彼女は不安そうにしながらも私の前では無理に笑顔を作って見せた。これが苦笑いというものだろう。
「いえ、そのおかげでお父さんも私も力を貰えました!」
「あなたも?」
彼女は不思議そうに私を見つめる。
「はい。あの小説がなかったら……いや、あの作家がいなかったら、今の私はいません。そのくらい大きな存在です」
彼女は私の言葉を理解できないようで、戸惑ったようにして次の言葉を探す。
「は、はぁ……よく分からないけど、迷惑じゃなかったならそれでいいの」
彼女は前の行動とは裏腹に、本当に嬉しそうにはにかんだ。
「今や映画化されてますよね。その作家の小説」
隣にいた彼が口を挟む。
もちろん彼は私がその物語に出ていることは承知している。
「そ、そうなんですか?……すみません、あの作品以外私知らなくて」
彼女は『バベルの城』以外の結城ひろむ作品を認知していないらしい。
そして私がその作家と関わっていたなんて彼女には想像もつかないだろう。
「彼氏さん?よね」
「はい」
彼女は不意に隣にいる彼の存在を確認するとホッとしたように胸を撫で下ろした。
そして「そうよね、大丈夫よね」と小さな声で呟いた。
その声は一番近くにいる私でさえ聞き取れるか聞き取れないかの瀬戸際な程に小さかった。
そして彼女は改まったように姿勢を正し、また申し訳なさそうに言葉を放つ。
「一応、名刺渡しときますね」
「あ、ありがとうございます」
彼女はテーラードの胸元に手を突っ込み、折りたたみ式の名刺入れを取り出した。その中の片側から1枚「廣田奏」と刻まれた名刺を私に渡した。
「結婚指輪。もし良かったらうちで買っていってね」
彼女は少し冗談交じりの発言をした。私は「ぜひぜひ」と苦笑いをしながらもその言葉に応じた。
「あ、ごめんなさいね。せっかくの2人の時間を奪っちゃって」
彼女は自分の失態に気づき、会話を強制的に途切らせた。
「いえ、大丈夫です。いつかは会いたいと思ってたので」
お父さんは「あいつに謝られたことがない」って言ってたが、この彼女の様子を見ていたらまるで想像ができなかった。
去り際、私はあることを思いついた。
「今度、結城ひろむさんの最新作見てください。きっと心を打たれますよ」
彼女は再び話しかけてきた私に驚いたのか、すぐには返事をしなかったが、しばらくして口を開いた。
「……はい!またのご来店お待ちしております」
◆
「これが今に至るまでだよ」
私は目の前にいる女子高生に話しかける。
「まんまあたし出てるじゃん。なんならあたしが主人公なんじゃないかって思ったよ」
「まぁ、それは大袈裟だけど。確かにね」
彼女は自分で話を聞きたいと言った割にやはり自分の周知している話ばかりでつまらなそうであった。
ついに机に突っ伏してしまった彼女は気だるそうに私に尋ねてくる。
「結局お母さんはいい人だったの?」
「んー、分からない。でも……」
「でも?」
私は母親に出会った時のことを思い出す。
「もう悪い人じゃないはずだよ」
「その心は?」
間髪入れずに次の言葉を催促される。
私は何度もお母さんの顔を思い浮かべる。
「だって、あの人の名刺入れの中に私たち家族の写真が入ってたもの」
名刺を渡された時、その名刺入れの中が見えた。名刺の入っていた場所の反対側の透明のポケットに1枚の小さい写真が挟まっていた。
その刹那、ちらっと見えた写真の中の3人は素敵な笑顔を浮かべていた気がした。
「ふーん……あ、あたしカナのお母さんがどうしてお父さんに小説を送ったのか、わかった気がする!」
「えぇ?どうして急に」
彼女は体制を一気に変え、椅子を吹っ飛ばして立ち上がった。突然すぎるその発言に私は疑いの目を向ける。
しかし私も少々気にはなっていたところであるので、ひとまず耳を傾けた。
「きっとさ、お母さんも後悔してるんじゃない?人って失わなけりゃ気付かない生き物っていうし」
「……いいこというね。サクラらしくないけど」
ごもっともな意見かもしれないと思った。それを彼女から聞かされることになるだなんて思ってもいなかったが。
彼女は私の皮肉にも気がつかず、えっへんと胸を張っていた。
確かにお母さんはその小説を送った当時、お父さんや私の大切さに気がついたのかもしれない。
思っているよりも、未練が残ってたのはお母さんのほうだったということもあり得ない話ではない。
そんな事を想像していると、いつの間にか時間がかなり進んでいた。
そしてしらけた2人だけの空間に、風の音だけがただただ響いた。
「かえろっか」
「うん」
しばらくして私たちは帰宅の準備を進めた。
とは言っても彼女はこの部室に入ってから一度もカバンを開いていないので、私を待つだけであった。
下駄箱で靴に履き替え、アスファルトの上をつかつかと歩き出す。
「ねーねー。あたしの名前、サクラって言うじゃん」
「うん」
「ででん!ここで問題です!」
「なぁにまた〜」
帰り道。
私たちは体中を夕日でオレンジ色に染めながら並んで歩く。
いつもの光景。
いつもの笑い声。
いつもの関係。
いつもの夕焼け。
いつもっていつまで?
いつもってそもそもなんだろう。
いつもって実は、小さな可能性が積み重なったものなのかもしれない。
「あたしのお母さんの名前はなんでしょう!?」
「あははっ!ぜんっぜん関係ないじゃん」
そうでしょ?
おじさん。
エピローグ
「今日の街角ニュースのコーナーはこちらのお店。ご存知の方も多いかもしれません。『遠山ミート』!このお店、あの話題の映画に登場してくる、いわゆる聖地なのです。」
夕方のテレビニュースをぼーっと見ていると、気になる話題が登場した。
「店主に話を聞いてみました。
────いやー、こんなに繁盛するなんてびっくり仰天ですよぉ。新商品も沢山売れちゃったりなんかして。
本当にあのふたりには頭が上がんないよねー。天国行っても元気してるかしらねぇヒロム君は」
窓を全開にして居間で寝っ転がってくつろぎ、私はそのニュースを眺めていた。
春の訪れ。
私は一通りニュースが流れたあと、重たい腰を持ち上げて出かける準備を整える。
「いってきまーす」
玄関のドアをゆっくりと開け、私はある場所へと向かう。
電車で揺られて1時間、最寄り駅から歩いて10分ほどのその場所に着き、私は地面に尻もちをつかないようにして腰をおろす。
「ほらみて?咲き始めたよ〜」
頭上には芽が少しずつ開花している桜の木があった。
「今日はちょっと暑いね」
私は寺の桶を借りて彼の頭から水をかけていく。
「もうすぐ3年経つね。そういえば私、続きの物語書き終わるよ?」
風が私の言葉に反応するかのように目の前を通り過ぎる。
「……褒めてくれたのかな、ありがとう」
この季節は気温が暖かくなるのに、心が切なくなる。
「あ、あとね」
私が今日ここに来た理由。
伝えたかったんだぁ。
おじさん、見つけたんだよ私。
本当に気づかないうちに周りに沢山いたの。
「受け止めてくれる人……みつけたよ」
ザワァザワァ
暖かくて、優しくて、大きな風が木々を巻き込んで、2人を包み込んだ。
ありがとう。おじさん。
あとがき
上編に続き、下編をご朗読頂きありがとうございます。
私の身に起きたこと、私が感じたこと、私なりに文に表してみました。
本当に私の自己満足に過ぎないこの小説ですが、手に取って見てくださった皆さまのご期待に添えたなら良かったなと思います。
「林檎の木に桜の花が咲く頃に 下編」
著:美島かな
初版:2019年4月3日
上編での主人公の死後の物語、いかがだったでしょうか。
わずかに口調や書き方を変えることによって作者の違いを表しました。
上編よりは短くなっていますが、その後の展開もプロローグ、エピローグで想像してみてください。
これからもこの作品をよろしくお願いします。