家族
読んで戴きましたら、倖せです。
夕方、車を借りる為エリザベータへ行った。
店に入ると魁威が暇そうにテーブルで漫画を読んでいた。
「おや、どうした?
二人して飯でも食いに来た? 」
「どうしたの?
ガラガラじゃない! 」
隆一朗は店内を見回して言った。
「うちの看板男が入院したもんでね
看板男目当てに来てた女性客の足が遠退いてこのざまだよ」
「すげえ、隆一朗の効力
そう言えば隆一朗が入院してから、魁威さん一人で切り盛りしてたもんね
そうかあ、みんな隆一朗目当てに来てたんだ」
「ごめん、魁威にまで迷惑掛けて
とっくに新しいバイト雇ってるって思ってた」
「バイト雇う余裕も無いって
で、なに? 」
「瑞基が里帰りするから、車借りようと思って」
「キーなら、いつもの処に掛かってるよ
次の仕事はもう決まってるの? 」
隆一朗は肩を竦めた。
「まだ、何も考えてないんだ」
「じゃあ、うちに戻って来たら? 」
「いいの? 」
「隆一朗が帰って来たら、去ってった女性客も戻って来るかも」
「有り難う、凄く助かる」
「うちも助かる
これ、ウィンウィンな関係ね」
魁威は親指を立てて見せた。
隆一朗がキーを回すと瑞基は慌ててシートベルトを締めた。
「隆一朗、頼むから安全運転でね」
「街の中では飛ばさないから安心して」
隆一朗は後ろをみながら上手く車をバックさせ道路に乗せながら言った。
「ねえ、瑞基のお父さんは何飲むの? 」
「親父?
えーと、何飲んでたかなあ」
「瑞基のお父さんの年代だとビールかウィスキーって処かな」
「そう言えば、うちのサイドボードにウィスキー並んでたかなあ」
「お母さんとお姉さんは甘い物とか大丈夫そう? 」
「そんなに気を使わなくてもいいよ」
「大事な息子さんを貰い受けに行くんだから、それくらいはしないとね」
「はあ? 」
瑞基はまじまじと隆一朗の顔を見た。
「冗談だよ」
「焦った
そんな事になったら、うちの親たち腰抜かすよ」
隆一朗と瑞基は途中、商店街の酒屋とケーキ屋に寄って瑞基の家へと車を走らせた。
隆一朗が呼び鈴を鳴らすと、直ぐにドアが開けられた。
綾子は笑顔で二人を出迎えた。
隆一朗を見ると暫く動きが止まった。
ぽーっと隆一朗にみとれていたのだ。
「母さん、隆一朗がどうかした? 」
「あ、ううん
あんまりお綺麗だから
よく、いらっしゃいました
さあ、どうぞ中へ
瑞基、あなたまで遠慮してどうするの」
「あ、そうだ
ここオレん家だった」
隆一朗がクスクス笑った。
「お邪魔します」
隆一朗はキッチンとリビングが繋がる部屋に通されると、キッチンにある食卓の上に買って来たケーキとウィスキーを置いた。
「どうぞ、皆さんで召し上がって下さい」
綾子は恐縮して言った。
「あらら、こんな気を使わなくても
ずっと瑞基がお世話になってるのに、ご挨拶もまだでごめんなさいね」
「隆一朗、ご飯まだみたいだから、オレの部屋来ない? 」
瑞基は隆一朗の肩を叩いた。
「気を付けないと頭ぶつけるよ、この家」
隆一朗は綾子に軽く頭を下げて、瑞基の後に続いた。
階段を登りながら隆一朗が言った。
「さすがに緊張した」
「だと思った
でも、母さんまで隆一朗に見とれて、母さんも女なんだなあ」
瑞基は笑った。
通された瑞基の部屋はきちんと片付けられていた。
隆一朗は瑞基の勉強机の椅子に座った。
「えっと、飲み物と灰皿貰って来るよ」
瑞基が部屋を出ると隆一朗は机に頬杖をついて部屋を眺めた。
机と黒いベッドが窓際に置かれ、部屋の一番奥には大きめのテレビと、その下に何台かの違う機種のゲーム機が納まっていた。
その隣にはCDラジカセとCDと数札の本が、無造作に置かれていた。
出入り口のドアの横に、チェストと洋箪笥が置かれている。
ドアに幾つかの写真が留められていた。
クラスメイトと高1の頃の瑞基が小生意気そうな顔で笑っていた。
隆一朗は初めて瑞基に逢った時の事を思い出した。
ステージから目が合った時、何故か懐かしい気がした。
キャリーバッグを引き摺って精一杯自分を誇示していた瑞基が、家を飛び出した頃の自分とリンクして思わず声を掛けた。
それが総ての始まりだった。
瑞基の隆一朗に対する姿勢はあの頃から何も変わらない。
ずっと、真っ直ぐ隆一朗に寄り添おうと必死だった。
瑞基がコーラと、隆一朗一人が使うには大き過ぎる硝子の灰皿を抱えて戻って来た。
「ごめん、うちタバコ吸う人居ないから、こんなのしかなくて」
瑞基はコーラと灰皿を机の上に置いた。
隆一朗は瑞基の手を引いて腰に腕を回し、瑞基のみぞおちに額を押し付けた。
「どうかしたの? 」
「キミが居てくれたから、ボクはこんなにも穏やかで居られる」
「どうかしたの、急に? 」
隆一朗は瑞基を見上げた。
「ボクは誓うよ、もう決してキミから逃げない」
「隆一朗…………………」
瑞基は隆一朗の髪に指をうずめた。
「やっとオレの魅力に気が付いた? 」
隆一朗は真剣になって言った。
「瑞基は魅力的な恋人だよ」
「そんなに素直に言われると、逆に気持ち悪いよ」
「どうせボクはひねくれてるよ」
「そうそう、そろくらい棘がある方が信憑性上がるね」
隆一朗は笑った。
「ねえ、レーシングゲームあるよ
やってみない? 」
「ボクにもできそう? 」
「車運転できるんだから、楽勝だと思うよ」
確かに隆一朗の方が勘が良かった。
ゲームは瑞基が惨敗して終わった。
瑞基と隆一朗がレーシングゲームに白熱している間に、孝久が帰宅し、姉の香奈美も帰って来た。
隆一朗たちが二階から下りて、リビングのドアを開けると丁度孝久が食卓に着こうとしている処だった。
隆一朗は孝久に挨拶した。
「藤岡聖詞と言います
今日は甘えてしまってすみません」
「藤岡? 」
綾子が野菜を切る手を止めて寄って来た。
「藤岡って、藤岡真聖さんの? 」
「次男です
父をご存知ですか? 」
綾子と孝久は顔を見合わせた。
綾子はぎこちなく笑って言った。
「ああ、あの昔ちょっとお世話になった事があって…………
でも、隆一朗さんて…………? 」
「それはボク、バンドをやっているので源氏名です」
「そう、そうだったの
どうぞ、座って下さい
珍しくも無い物ですけど、遠慮なんかしないで沢山召し上がって」
「今日は本当に有り難うございます」
孝久が座ると瑞基は隆一朗の隣に座った。
隆一朗の前に綾子が座り、少し遅れて着替えた香奈美が瑞基の前に座った。
隆一朗が香奈美に挨拶すると香奈美も綾子と同じ反応したことに瑞基は笑った。
瑞基も初めて隆一朗と逢った時に一目惚れした事を、本人は忘れてしまっているらしい。
「隆一朗さんは、音楽がお好きとか」
香奈美が必死にお上品ぶっているので、瑞基は声を殺して笑った。
香奈美は笑う瑞基の脛を笑顔で蹴飛ばした。
瑞基は香奈美を睨み、テーブルの下で香奈美の脚を蹴った。
「父が、クラシックが好きなので小さい頃からピアノを習わされていました」
「二人共、いつも食事はどうしてるの? 」
綾子が訊いた。
「いつも隆一朗が作ってくれるんだ
破綻し………って………………」
隆一朗がテーブルの下で瑞基の足を思い切り踏んづけた。
「隆一朗さん、お料理ができるの
男の方は豪快に作るんでしょうね」
「うん、豪快過ぎていつも不気味……いっ…………」
隆一朗は笑顔で瑞基の脚を思い切り蹴飛ばした。
香奈美が訊いた。
「ロックバンドもされてるとか」
「始めて五年になります」
「パートは何を…………? 」
瑞基は可笑しくて笑いを堪える事ができない。
香奈美が笑顔でまた瑞基の脛を蹴った。
瑞基は香奈美を睨んで蹴飛ばした。
隆一朗は笑って言った。
「ギターです」
黙々と食べていた孝久が言った。
「みんな足が落ち着かないようだが」
その台詞に隆一朗は堪え切れず俯き声を殺して笑った。
こうして、表向きは平和に食事が終わった。
リビングのソファーに座り、孝久は隆一朗が持って来たウィスキーを隆一朗と酌み交わした。
孝久が訊いた。
「隆一朗君は酒は強いのかい? 」
「いえ、付き合い程度です」
それを聞いていた瑞基は吹き出した。
『ザルの癖に、めちゃくちゃ白々しい』
隆一朗を見るとオーラが見えた。
『余計な事を言ったら後で殺す! 』
瑞基は震え上がった。
『こわー』
こうして隆一朗の池旗家訪問は無事(?)終わった。
アパートに戻ると隆一朗はベッドに座って項垂れた。
「大丈夫?
気の使い過ぎで疲れたんじゃない? 」
隆一朗は顔を上げた。
「いや、とても楽しかったよ
家族っていいなって思った」
瑞基は隆一朗の隣に座った。
「姉貴に蹴飛ばされたとこ、まだ痛いよ」
瑞基は脛を撫で、ズボンの裾を捲った。
「あーぁ、痣になってるう
どんだけ思い切り蹴ったんだよ、あの莫迦姉貴」
「パワフルなお姉さんだよね」
隆一朗は笑った。
「オレ蹴られ損ね
隆一朗に足踏まれるわ、姉貴には蹴られるわでさあ」
「キミが余計な事言おうとするから」
「オレは真実を言おうってしただけじゃん」
「それが余計な事なんだよ」
「だってガチで隆一朗の料理は問題ありじゃん」
「でも食べられない物作ってる訳じゃ無いだろ」
「限界ギリギリでね」
「ギリギリでも毒入れてる訳じゃ無い」
「色が毒入りに見える」
「でも、身体に悪い物は入って無いよ」
「どうして、日本酒の代わりに赤ワインて発想になるんだよ」
「どっちもお酒だよ、効果は同じだろ」
「着目する点が隆一朗の場合ずれてるんだよ」
「何処がずれてるって言うの」
「醤油に赤ワインて発想がもう普通じゃ無い」
「でも、いつも食べてるじゃない」
「そりゃ食べるよ、育ち盛りだもん」
「食べられるんだから問題無いよ」
「ああもう、オレ疲れてるから寝る!
おやすみ! 」
「おやすみ! 」
瑞基はパジャマに着替え、隆一朗は全裸でベッドに入った。
毛布の中で隆一朗と瑞基は抱き合い口唇を重ね合わせていた。
「キスだけでいけるか試してみる? 」
「オレ、もういきそう」
読んで戴き有り難うございます。
今日は忙しくて疲れました。
出掛けたのですが、道を歩いているとつくしが地面に低く生えて、福寿草が咲いてました。
沢山の花や草の芽が出ていて、生命の伊吹を感じて、倖せな気持ちになりました。
まだ、雪がちらついたりしてるんですけどね。
硬質化した雪が埃かぶって汚いけど、確実に溶けていってます。
よそさまのお家の庭を眺めながら歩くのが大好きです。
そう言えば、猫柳見なくなりましたねえ。
子供の頃、何処の家の庭にも在って、空き地とかには必ず生えてたんですけど。




