9
「おい、起きろ!」
「ふぁっ」
「変な声出すな、朝だ」
目の前には腕組みをしてわたしを見下ろす髭。
「今日はダンジョンの入り口まで行かなきゃならん。早く準備しろよ」と言い残して調理をしてるヘンリーの所へ行く。
「よかったね」
隣で毛皮を畳んでいたレナがわたしと髭を見る。
「昨日はごめん、14。わたし……」
「みんな我慢してるんだもん。吐き出したくなる時だってあるよ」
「うん」
「でも教官長が食事持って行ったのに、13手を出さないんだもん。心配しちゃった」
「見てたの!?」
「私だって心配だったんだよ」
そう言われると弱いわね。
「ごめんね」
「13が元気になってくれたんだからいいよ。それより早く準備しなきゃ怒られちゃうよ」
「そうだね」
レナと笑い合う。
「お前ら、飯にするぞ~」
おっと、その前にご飯ご飯。
二日目にもなると前の人の足跡をたどるのも慣れてきて、少し余裕が出てくる。
「見て、14。大きな鳥」
「え? どこ?」
「ほら、あそこ」
鳥のいる所を指差す。
「分からないよ、13」
う~ん、わたしがレナの前を歩いてるから説明しづらいわね。
「15、あなた見える?」
レナの後ろを歩くジョンに聞こえるように大きな声を出す。
「でかい鳥~? そんなん見えねえぞ」
おかしいわね。
「髭は見える?」
わたし達の横を歩く髭に話しかける。
「お前、いい度胸してるな。私語を見逃してもらってるだけじゃ足りないのか」
文句を言いつつもわたしの指さす方向に目をこらす。
「あぁ、なんか見えるな。お前の言う通り鳥みたいだな。だけどよく見つけたな、ふつう見えないぞ」
「教官長、13は食べられるもの探すんで目が鍛えられてるんですよ」
「そうだな、違いない」
ジョンの言葉に髭が楽しそうに笑う。
つられてみんなに笑い声が伝染する。
太陽がだいぶ傾く頃、わたし達は目的のダンジョンの近くの野営予定地に着いた。
「みんな、食事しながらでいいから聞いてくれ」
焚火を囲って夕食を取っている時に髭が立ち上がって話し出す。
もちろん夕食は昨日獲った鹿肉だ。
今日は焼くんじゃなくて、スープに入れて煮込んだんだけど、なんでも獲物の解体処理が良かったから臭みが無くておいしいんだって。
髭がヘンリーの事ほめてたもん、さすが猟師だって。
でも本当においしいんだよ。
もう何杯でも食べられるって感じ。
「ん? なに?」
「いや、食事しながらでいいとは言ったが、おかわりまでしようとするとは思わなかった」
「ちゃんと聞いてるよ」
「いや、雰囲気ってものがあるだろ」
周りを見るとみんな食事の手を止めて髭を見てる。
「えっ、もしかして食べてるのわたしだけ?」
「もしかしなくてもお前だけだ」
そっと食器を地面に置く。
でも出来立てが一番おいしいんだよ。
ヘンリーなんか煮込んだ方がおいしいって言うんだけど、あんまり柔らかくなったお肉って食べた感が無くて、わたしは少しくらい噛み応えがあった方が好きなんだけどな。
でも、レナとジョンもそっち方が好きだって言うし、わたしだけなのかな?
「いや、もう食べながらでいい。みんなもそうしてくれ、ぜひ」
いったん立った髭が今度は座る。
みんな顔を見合わせた後、思い思いに食事を再開しだした。
食べていいなら文句言わなきゃいいのに。
鍋から器にスープをよそうと、髭が待ちかねたように話し出す。
「明日はいよいよダンジョンの探索だ。すでに冒険者によって探索済の枯れたダンジョンだが、モンスターは必ずいる」
座学で習った事を思い出す。
この地にはダンジョンと呼ばれる地下迷宮が無数に点在するんだって。
なぜそんなものが作られたかはわかっていないみたい。
今はあまりいないけど、昔はたくさん魔法使いがいて、自分の魔法の研究のために作ったとか、大昔悪魔がこの地を支配していて、奴隷として働かせた人間達に作らせたとか、超大昔にはドワーフがたくさんいて、掘った穴をどうするか悩んだ挙句ダンジョンにしたなんて話も有るみたい。
まあ、そんな眉唾物の話はいいとして、ダンジョンには魔力がたまり、モンスターが過ごすのに快適だからモンスターがどこからともなく集まるみたい。
そんなダンジョンに挑んで不幸にも亡くなった冒険者は、魔力の影響でスケルトンになったり、ゴーストになる事もあるんだって。
大きくて、深いダンジョンほど魔力が濃くたまって、強力なモンスターを呼び寄せたり、生まれたりする可能性が上がるみたい。
冒険者達がなんでそんな所にいくかっていうと、近くにある村や町から冒険者ギルドへの依頼だったり、モンスターが集めた金品や、ダンジョンを作った人が残したアイテムが高価で、一攫千金が狙えるから。
でも、明日向かうダンジョンは、浅くて小さいらしいから、危険なモンスターもいないし、珍しい物が隠してある場合は罠もあったりするらしいけど、探索済の枯れたダンジョンだからみんな解除されてるはずだって髭が言ってた。
まあ、わざわざ解除した罠をご丁寧に設置しなおして帰る人はいないもんね。
少なくても、めんどくさくてわたしは嫌だ。
「まあ、今まで訓練で学んだ事を発揮すれば問題ないはずだ。ダンジョンを進む隊列は、前列にクリスとレナ。後列にジョンとヘンリーだ。その後に俺達が続く。万が一危険なモンスターに出会ったら俺達が戦うから心配するな。その時は、俺達以外は速やかに後ろに下がること。それと、訓練とはいえ、一緒にダンジョンに潜る俺達はパーティーだ。それぞれ訓練所の呼び方にこだわらず、呼びやすいように呼べ」
髭が突然わたし達を名前で呼ぶから驚いたけど、ダンジョン潜ってる時はわたし達も好きなように呼んでいいのね。
だったら……
「髭の事は髭って呼んでいいって事よね」
「……お前、今まで散々呼んでおいてよく言うな。まあ、好きにしろ」
「ラッキー、じゃあみんな髭って呼ぼうか?」
「呼びなれてるのは、……クリス位だろ」
お、ジョンわたしを名前で呼ぶの一瞬躊躇したわね。
「そうだね。みんなの事は名前で呼んでもいいけど、教官長と教官はそのまま呼んだほうが、私は呼びやすいかな」
「レナの言う通りだと思います。呼びなれない名前を呼ぼうとして、声を掛けるのが遅れたら大変ですもんね」
「レナとヘンリーの言う通りだ。呼びやすいように呼ぶのが一番いい」
そっか、残念だな。
まあ、呼び方にこだわって怪我したら大変だもんね。
「食事を終えて、当直を決めたらさっさと寝ろ。明日が本番だからな」
最後にそう言うと、髭は食事を始めた。
ダンジョンに潜る日、わたし達はいつもより遅い時間に起きて準備を始めた。
教官達の乗ってきた馬にくくり付けていた荷物から、みんなの分のソフトレザーアーマーを出して装備する。
腰の所に短剣の鞘を吊るして外れたりしないか確かめ、バックパックの中に何が入っているかをもう一度確認した。
森の中に入ると、少し盛り上がった地面の横にダンジョンの入り口があった。
中に入ると光が入らないので、ヘンリーと教官がたいまつを持つ。
野営で使った焚き火の残り火で火を付けると、いよいよダンジョンに潜るんだと、めちゃくちゃ緊張してきた。
「用意はいいか?」
髭が言うと、みんな小さく頷く。
「じゃあ、行くぞ」
昨日の話の通り、先頭がわたしとレナ。後にジョンとヘンリー。
そして最後尾に髭と教官A。
すでに武器を手に持ちゆっくりとダンジョンの入り口を潜った。
最初に感じたのは、湿った空気とカビの臭い。
ヘンリーと教官Aが持つたいまつに石造りの通路が浮かび上がる。
「なんで石作りなんだろ?」
なんとなくつぶやいた言葉がダンジョン内で響く。
「昔、魔法使いが何かの研究するために作ったらしいぞ」
後ろから声が聞こえてきた。
「なんで髭がそんな事知ってるの?」
「前に来た事があるからな」
「えっ、ここに来た事あるの?」
「ああ、冒険者してる頃にな。それよりちゃんと前見ろ」
怒られちゃった。
前に神経をとがらせながら話を続ける。
「それで何かあった?」
「いや、小さなダンジョンだし、俺が来た時にはもう探索は終わっていた」
「……何で行ったの?」
「まあ、それまではモンスター討伐とか、商隊の護衛とかして稼いでたんだが、ダンジョンの探索をしようと思ったんだ」
「そっか、一発当てようとしたんだ」
「そんな所だ。そのための練習みたいなもんだ」
「ふ~ん、なんか意外ね」
「慎重すぎるくらいで丁度いいんだ。お前こそちゃんと集中しろ、あんまりなめてると怪我するぞ」
「分かってるわよ」
話しながらだって、ちゃんと前を警戒してるわよ。
松明の炎でゆらゆらゆれる影を踏みながら歩いていると、このままずっと通路が続くような気がしてくる。
「丁字路ね」
実際にはそんなに歩いていないんだろう。
左右に道が分かれた所で足を止める。
「クリス、どっちに行く?」
レナの問いに、少し考えてからみんなに聞く。
「右から行きましょ」
「別にいいけど、なんで右にしたんだ?」
ふむ、いい質問だよ、ジョン。
「なんとなく?」
「聞いた俺がバカだったよ」
じゃあ、さっさと行くわよ。
少し歩くと、部屋があった。
「扉は壊れて無くなっちゃみたいね。石壁に付いてた跡があるわ」
「暗いのによく気付いたね」
言われてみると、たしかに松明の明かりだと見にくいわね。
レナがどこに跡があるか目をこらしてる。
わたしはその間に部屋の中に何かないか見とこう。
「……なにも無いわね」
部屋なのに、見事になにも無い。
みんな持ち出されたのかな?
「枯れたダンジョンなんてこんなもんだ。最初は高そうな物から無くなるが、最後は落ちてる石だって持ち去られるぞ」
そんなバカな?
髭を見るとニヤニヤ笑ってた。
「だまされないわよ」
「たとえ話だ。冒険者なんてものは、金になれば何でも持ってくって事だよ」
「だからって、石を持ってく人はいないでしょ」
「分からんぞ。もしかしたら魔力のある特別な石かもしれん。どこでも精霊を呼び出す力を持った石もあるらしいしな」
「そんなもんがそこらへんに落ちてる訳無いでしょ」
一応もう一度辺りを見回す。
あっ、石が落ちてる。
とりあえず拾ってみるけど、どう見てもただの石よね。
「おっ、それが初めて手にしたお宝か」
髭がわたしの手を覗き込む。
「髭が言ったんでしょ、特別な石が落ちてるかもしれないって」
「そうだな」
含み笑いを残して離れていった。
「クリス、なにかあった?」
一通り部屋を見たレナがわたしの所に来た。
「なんにも無いわね」
「でも、何か持ってる?」
覗き込むレナから見えない様に石を隠す。
「ああ、なんでも貴重な石を見つけたらしいぞ」
離れた所から声を掛けてきた髭に、思わず手に持った石を投げつける。
「危ねっ」
ちっ、上手く避けたわね。
次に石を拾ったら必ず当ててやるんだから。
髭をにらむ。
「こんな所なんにもねえよ。先に進もうぜ」
部屋の探査にあきたジョン。
まあ、たしかにこんな狭い何にもない部屋にいてもしょうがないわね。
「ヘンリー、もういい?」
真面目に部屋の中を調べてるヘンリーに声を掛ける。
「何にもありませんね」
頷き返すと、隊列を整えて元の道を戻った。
最初に右に曲がった丁字路を直進する。
未探索の場所に足を踏み入れると、さすがに緊張する。
少し進むと行き止まりになり、右側と左側に一つづつ部屋があった。
先ほどの部屋と同じで、扉はすでに無い。
どちらの部屋も、ちらっと覗き込んだだけで何も無い事が分かる。
取り合えずモンスターの気配もないので、右側の部屋から見る事にした。
ざっと見回してみると、奥の角に土がむき出しになっている場所がある。
「何だろ?」
一応出入り口にジョンに立ってもらってから奥に向かう。
「いい石でもあったのか?」
髭の言葉を無視して、むき出しの土の前で考える。
見た感じ、石壁が崩れたりした感じではない。
いくら冒険者でも、壁の石を持ち去ったりはしないだろう。
だったら……
「トイレかな?」
横から顔を出したレナがつぶやいた。
「そう思う?」
「うん。今は埋まってるけど、当時は穴が開いてたんじゃないかな? 住んでたのが魔法使いだったら、後で処理してたんじゃないかな」
「まあ、いちいち用を足しに外に出たりしないかな~」
「掘ったら、土瓶が出てくるかもね」
なんか話してたら近くにいたくなくなってきた。
「隣の部屋に行こうか?」
「うん」
「何かあったか?」
ジョンに首を振って隣の部屋に入る。
一応一通り見て回るけど、
「何も無いわね」
自分で思ってたより落胆した声色がでた。
「こっちの部屋も何もないみたいね」
部屋を見たレナも肩をすくめる。
「どうだ?」
部屋の出入り口でちらちら見ているジョンに答える。
「何にもないわね。ジョンも見る?」
わたしが声を掛けると、ヘンリーに見張りを変わってもらったジョンが隣に立つ。
「何にもないな」
「でしょ」
最初は緊張してたけど、終わってみると大した事無いわね。
「どうだった?」
ニヤニヤしながら髭が歩いてくる。
「これだけ?」
「ああ、これだけだ」
「なんか、緊張して損した気分よ」
「当たり前だ。初心者用って言っただろ」
「でも、もうちょっと何かあるでしょ」
「だがダンジョンに初めて入った時には緊張しただろ。そんな状態で探索しつくされてないダンジョンに行っても、力を発揮できなくて死ぬ。だから、最初はこの位で丁度いいんだ。俺が来た時には、もうこんな状態だったからな」
「まあ、髭がそう言うんだったらいいけど……」
「じゃあ、探索も終わったし、帰るか。アメリア達の向かったダンジョンもここと大して変わらないから、帰り道で笑い話にでもしろ。初めて手に入れた宝物は石でしたってな。……クリス、どうかしたのか?」
笑っていた髭だったけど、わたしが石壁をじっと見ている事に気づくと、同じ所に視線を向けた。
「なんか壁の色おかしくない?」
「いや、普通だと思うが。お前の気のせいだろ」
「ねえ、ヘンリー。ちょっとたいまつかして」
ヘンリーから明かりを奪い取ると、石壁に近づく。
なんか気になるのよね、手で触れてみる。
「おかしい所があるか?」
髭が横から覗き込む。
「ここの所だけ、石壁が妙にきれいじゃない?」
「気のせいじゃないか?」
納得しないわたしは、石の隙間に短剣を突き立てようとするが、何度試しても切っ先が全く入らない。
「おかしくない?」
眉をひそめた髭が腰から短剣を抜き、わたしと同じように石の隙間に突き立てようとするが
「入らないな」
髭が教官Aを呼んで、場所を少しづつ変えながら短剣を突き立てる。
調べてみると、丁度人一人通れる大きさだけ短剣が入らない壁だった。
「どう? わたしの言った通りだったでしょ」
「そうだな……」
ドヤ顔してやろうと思ってたら、髭は上の空でこっちを見ない。
「聞いてるの?」
「ああ……」
全く聞いてないわね。
「それで、どうするの!?」
「うおっ!」
耳元で大きな声を出すと、やっと反応する。
「で、どうするの?」
大事なので、二回言いました。
「どうするのって言われても、出来る事なんて無いだろ。魔法使いでもいれば何かわかるかもしれんが」
う~ん。
でもせっかく見つけたんだから、このまま帰るのももったいないわね。
「短剣の刺さる壁の石を崩して、少し掘ってから横に掘れば、崩れない壁の裏に行けるんじゃない?」
「そんな簡単にいくか?」
「やってみなきゃわかんないじゃない」
「それはそうだが」
ごねる髭を説得して掘ってみると……
「通路に出ましたっと」
「誰に言ってるんだお前は」
髭と二人で崩れない壁の後ろにあったと思われる通路を覗き込む。
「で、どうする? わたしはこの先見てみたいんだけど」
「だがな…… このダンジョンに隠し扉があるなんて聞いた事無いぞ。もしかしたら、俺達が最初に発見したのかもしれん。だとしたら、この先にトラップやモンスターがいるかもしれん」
「ねえ、髭」
「なんだ?」
「あんた、自分の家に秘密の通路を作ったとして、その奥にモンスター隠したり、トラップ作ったりする? わたしはしないわよ」
「そりゃ俺もしないけどな。でも、このダンジョンを作った奴はするかもしれないだろ。盗まれたくないものとかあるかもしれんし」
「じゃあ、少し覗いて危なそうだったら帰るってのはどう?」
「だがな~」
「全員じゃなくていいから、どう?」
「全員じゃなくていいって言うが、お前は行く方に入ってるんだろ?」
「当たり前じゃない。わたしが見つけたんだもん。それに、一回掘っちゃったんだもん、元に戻したとしても、次に来た人は絶対に掘り返したのわかるよ。そしたら、この先も枯れちゃうよ」
「そうだな……」
「髭が初めて来たダンジョンなんでしょ。リベンジできるよ」
通路の先を見透かすように目を細めていた髭が自分に言い聞かせるように言う。
「危なかったらすぐ戻るぞ。それと、俺の言う事は絶対聞けよ」
「もちろん!」
「二人だけって訳にも行かないよな」
「髭とわたし、それにレナで行こうよ」
「なんでだ?」
通路の幅を見ながら答える。
「ここの通路は今までより狭いじゃない。髭とわたしかレナだったら並べるけど、髭とジョンやヘンリーじゃちょっと狭いでしょ」
もちろん教官Aとじゃ武器なんか振るえない。
「……分かった。三人で行こう」
よし!
髭といったん戻ってみんなに説明した後、レナを連れて通路に足を踏み入れる。
「さあ、はりきっていきましょう!」
「クリス、声大きいよ」
前列にわたしと髭、後列にレナで進む。
松明はもしもの時のために、予備を出して髭とレナが一本ずつ持った。
通路や壁を注意しながら歩く。
「わたし達が初めてって訳じゃないみたいね」
「そうみたいだな」
床には砂やほこりが溜まっているけど、通路の中央は明らかにそれらが少なかった。
「どこか別に出入り口があるのかもしれんな」
「それで、あそこが行き止まりだと思って引き返したって所かしら?」
残念、わたし達が最初かと思ったのに。
髭を見ると、初めて足を踏み入れるダンジョンに緊張してるみたい。
まあ、わたしも十分緊張してるんだけどね。
さっきのダンジョンとは違い、髭が神経尖らせてるのがよくわかる。
自然とわたしもちょっとの変化も気付けるように集中する。
「なんか音しない?」
しばらく進んだところで、隣の髭に声をかける。
髭は足を止めて前方の音を逃さないように耳に手を当てる。
「よく聞こえたな」
髭もわたしの聞いた音を聞き取ったのだろう、ちょっと驚いた顔をする。
「若いからね」
「言ってろ」
小声で軽口をたたき、なるべく音を立てない様に進む。
松明を焚いてるから目のあるモンスターには気付かれちゃうんだけど、目の見えないモンスターもいるから、音は立てない方がいいんだって。
でも、目が見えないのにどうやって物の位置とかわかるんだろ?
まあ、後で髭に聞けばいいか。
「あれだな」
ギリギリ松明の明かりに照らされたのは、ボロボロになった鎧を身に付けたスケルトンと呼ばれるモンスターだった。
不幸にもダンジョンで亡くなった冒険者が、ダンジョンに溜まった魔力でモンスターになったと言われている。
手に持っている錆びた剣は、生前使っていた武器なのかな?
「どうするの?」
髭は小さく笑った後、わたしとレナを見た。
「やれるか?」
レナを見ると、緊張はしてたけど『クリスに任せる』って言ってる様な気がした。
「当たり前でしょ」
髭は頷くと、足音を消して歩き出す。
わたし達がある程度近づくと、スケルトンの顔がこちらを向く。
目が無いけど目が合うとゆっくりと歩いてくる。
わたし達は足を止めて迎え撃つことにする。
相手に向かって行って、途中にあるトラップに引っかかったら大変だからね。
「来るぞ!」
武器の間合いに入る直前に、髭が声を出す。
わたしは右手に握る短剣を握りしめ、敵の動きを見逃さない様に目を見開く。
骸骨の目あった場所が真っ暗ながらんどうになっているけど、なぜか生きている者に対する憎しみを感じてほんの少しだけ、怖いなと思った。
けど、スケルトンが剣を振り上げるより早く、髭のショートソードがスケルトンの頭蓋骨を砕いていた。
髭は、床に崩れ落ちたスケルトンを蹴って動かない事を確かめるとニヤリと笑う。
「初めてのモンスターだ。ちびったか?」
「ちびんないわよ!」
失礼ね!
「レナはどうだ?」
「私も平気です、教官長」
「もう少し進むか?」
髭が聞いてくるけど、答えは決まってるでしょ。
わたしが頷くと、髭は笑いを引っ込めてゆっくり歩きだす。
「……またスケルトンだな」
「今度は…… 3体いるみたいね」
「よく見えるな」
「若いからね。でも、今度のは腕がなかったり、頭が半分無い奴とかいるけど」
「だったら、生前に失ったんだろうな。死んだ時に損傷してる部位はスケルトンになる時には失ったままになるが、スケルトンになってから大きく損傷すると動かなくなるからな」
さっき髭にやられたスケルトンみたいになるって事ね。
「クリス、他のモンスターの気配とか感じないか?」
「? 分かんないわよ、そんなの。髭はわかるの?」
「いや、分からん」
「自分の分からない事聞かないでよ」
「いや、若いからわかるかと思ってな」
若いからって分かる訳ないでしょ。
「それで、どうするの?」
「どうするって言われても……、やる事はさっきと変わらん。ただ、相手が多いから、お前も戦わなければならないだけだ」
スケルトンから視線を外さず髭が言う。
わたしにどうするか決めろって訳ね。
さっきの敵の動きも見てるし、
「じゃあ、さっさと行きましょ。相手が気付くまで近づくんでしょ?」
「よし、じゃあ行くぞ」
わたしに笑いかけてから髭が少しづつ敵に近づく。
すると、ある程度の距離まで近づくと、さっきと同じようにスケルトンがこっちを見る。
わたし達が足を止めて待ち構えると、敵はがらんどうの目でこちらに向かってくる。
「来るぞ、倒せなくてもいい。攻撃が当らない様にしろ」
さっきより長い言葉を言ってから髭が腰を落とす。
乾いた唇をなめてから、わたしも戦うために短剣を構える。
ほんの少しだけ髭の方が早くスケルトンと戦いだすけど、それを見る間もなくわたしの前にスケルトンが立つ。
「クリス、がんばって!」
レナの声を聞きながら、髭の言った通り敵の攻撃を避けるために意識を集中する。
スケルトンが錆びた大きく剣を大きく振り上げ、想像してたより速いスピードで振り降ろしてくるけど、クルトやレナに比べればゆっくりしたものだった。
わたしは軽く体を横にずらし、敵の腕に攻撃する。
「硬っ!」
簡単に砕くことができると思ってたけど、わたしの短剣は敵の腕を叩いた後跳ね返されていた。
スケルトンは、今度は横なぎに剣を振るって来たため、その場で踏ん張り受けようとするけど、思ってたより力が強くて体が流される。
続けて相手が袈裟懸けに攻撃してくるのを受けようとすると、わたしと相手の間にレナが割り込んできた。
「レナ!?」
わたしが声を上げると同時に、レナが両手に構えた短剣をスケルトンに振るうと、背骨を砕かれたスケルトンはその場に崩れ落ちる。
それを確かめる間もなく、レナは3体目のスケルトンに近づくと、相手に攻撃させる間もなく倒していた。
「大丈夫? クリス」
髭もスケルトンを倒しているのを見たレナが、大きく息を吐きだした後わたしを見る。
「ありがと、レナ」
「大丈夫か? クリス」
わたしがレナにお礼を言ってる間に、スケルトンがもう動かないか確かめた髭が心配そうに見ていた。
「ええ、平気。でも、思ってたより硬くて、力があったから驚いちゃった」
「魔力でモンスター化した骸骨だからな。思ったより頑丈で、力もある。お前は元々相手の攻撃を避けて隙をつく戦い方を得意としてるからな。ダンジョンの中だと空間も限られるから、お前のよさが十分発揮しずらいんだ」
「でも、わたしと体格の変わらないレナはスケルトンを倒してるよ」
「レナは踏み込んだ時の勢いを上手く短剣にのせてるんだ。そして、右手で攻撃した時の反動を左手での攻撃にのせている。だから、非力な女の子でも力負けせずに済むんだ」
「わたしは避けるのに必死で攻撃に力がのらないって事?」
「まあそうなんだが、これからまだ背も伸びるし、体重も増えるだろ? 今はお前の長所を伸ばす事だけ考えればいい。力は後からついてくる」
髭の言いたい事はわかるんだけど、レナはもうモンスターを倒せる力があるって事よね。
なんか悔しいな。
それはそれとして、
「髭、レディーに対して体重増えるとか無いんじゃない?」
「最初の頃はお前ガリガリだっただろ。ちゃんと食べるようになって、今の方がかわいくなったぞ」
「ばっ! なに言ってんのよ! こんな所で!」
急に変な事言うからびっくりするじゃない。
レナが左手に持っていた短剣を鞘にしまい、床に置いていた松明を拾うと髭が真面目な顔をする。
「どうする? まだ時間はありそうだが、そろそろ戻るか?」
「先に行くわよ!」
わたしがすぐに答えると、髭が苦笑する。
「じゃあ、行くぞ」
髭が合図をすると、レナが隊列の後ろに下がりながら笑いかけてきた。
「わたしも、今のクリスの方が女の子らしくてかわいいと思うよ」
「……ありがと」
レナ、はずかしいじゃない。
とにかく、気を取り直して行きましょ。
少し歩くと、途中でモンスターに遭う事も無く、扉の無い部屋の前に着いた。
中を覗き込むと、それほど広くない部屋の中はがらんとしていた。
「なにもいないみたいね」
つぶやいて部屋の中へ入ると、髭に突き飛ばされた。
「ちょっと!」
突然押されたわたしはこらえきれずに床に倒れる。
髭に文句を言ってやろうと振り向くと、そこにはお尻から出した糸で天井から下がった大きなクモが髭に襲い掛かっていた。
「髭!」
立ち上がり短剣を握りなおして髭に襲い掛かっているクモに向かう。
今だったら、敵の後ろから攻撃できる。
だけど、わたしが切りかかる前に髭が叫ぶ。
「逃げろ! もう一体いる!」
髭の視線がわたしの後ろに向いている。
やばい!
とっさに横にステップすると、わたしのいた所の床をクモの足が叩く。
着地した軸足を中心に半回転して後ろを見る。
「っ!」
髭を襲ったやつより大きい、子牛位の大きさがあるクモが天井から降りてきてた。
「ジャイアントスパイダーだ!」
上から襲い掛かって来たモンスターから距離を取れた髭が声を上げる。
じゃいあんとすぱいだー?
なんか聞いた記憶があるんだけど…… なんだっけ?
「このクモの名前?」
「あたりまえだ! お前、俺の座学聞いてなかったのか!?」
ちょっと、どなんないでよ。
気が散るじゃない。
目の前のクモから目を離さずに答える。
「聞いてたけど、覚えてない!」
「えばるな、バカ! ジャイアントスパイダーって言うのは、森やダンジョンで不用意に通りかかった動物や冒険者を襲って餌にするんだ。尻から出す糸でぐるぐる巻きにして、生きたまま食うんだ!」
げっ! それはごめんこうむりたい。
「どうするの?」
「……お前らは逃げろ!」
「えっ」
「お前らは逃げろ! ここは俺が引き受ける!」
「ちょっと、髭! 一人じゃ無理だよ!」
「はっ! 俺はお前達の教官なんだよ! 相手がどんなモンスターでも、お前らを守る義務がある!」
「でも!」
「いいからいけ! 早くしろ!」
髭がこちらを見て笑う。
目の前にいるクモはわたしを見たまま動かない。
逃げるなら今がチャンスだ。
子牛ほどのサイズのあるモンスターだ、わたしなんかたくさんある足の一撃でも当たったら動けなくなる。
大きな牙の生えた顎で噛みつかれたら、腕なんか簡単にかみちぎられるだろう。
糸にまかれて後で食われるなんて最悪だ。
いつ殺されるか分からない恐怖に耐えなきゃならない。
いや、耐えた所で助かる訳じゃないから、いっそ発狂した方が楽だろうな……
「早くしろ!」
髭がまた叫ぶ。
目の前のクモは、髭が言ってる事がわかるのかな?
髭が一人になるのをまって、二匹で襲うつもりなのかな?
髭を置いて逃げるなんてできない。
でも、目の前にいるジャイアントスパイダーの複眼や牙を見ると、怖い。
だから、ごめんね。髭。
今までの感謝を込めて叫ぶ。
「髭を置いて逃げるわけないよ! ここに来る前に、俺達はパーティーだって言ったじゃない!」
「お前! そんな事言ってる場合じゃ「うるさい!」」
髭の言葉をさえぎる。
冗談じゃない。
誰かを犠牲にしてまで生き残りたくない。
でも、レナを巻き込みたくない。
だから、レナには
「恰好よかったよ、クリス」
「レナ?」
クモから目を離さないようにしてたら、いつの間にかレナが隣に立っていた。
「なに?」
「レナは……」
逃げてって言うより早く、レナは左手に持った松明を床に落としながら短剣を鞘から抜く。
「クリスと一緒だったっら、ドラゴンだって倒せるよ」
「そんな訳無いじゃない。でも、クモ位だったら倒せるかもね」
思わず笑う。
「じゃあ、さっさと倒して、教官長を助けましょ」
レナも笑ってる。
だったら、楽勝ね!
目の前のジャイアントスパイダーも、わたし達が戦おうとしている事がわかったのか、牙をカチカチ鳴らして威嚇する。
面白いじゃない。
あんたもやる気だって言うのなら、遠慮しないから!
ひとつ息を吐くと、クモに向かって駆け出す。
急に向かって来たわたしに右の前足? で攻撃してくるけど、軽くかわして懐に潜り込む。
がら空きの胴に向けて短剣を突き立てる。
「浅いっ」
体の表面に生えていた短い毛が思ったより硬い。
足の内側に入られたクモが、今度は口から生えた左右の牙で噛みついてくる。
だけど、そんなのにかまれるほど間抜けじゃない。
後ろに軽く避けると、クモはたくさん生えた足を器用に使って追いかけてくる。
けど、
「クリスばっかり追いかけていいの?」
クモの意識がわたしに向いた事で、避ける事を考えなくて済むレナが大きく踏み込んで短剣を振るう。
「Kya!」
クモの足が一本、いや二本中を舞う。
新たに攻撃してきた敵に向き直ろうとするクモだけど、レナはさらに踏み込んで胴に短剣を突き立てる。
「Ksyaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!]
苦痛に満ちた鳴き声を上げるクモをいちべつすると、レナは短剣を引き抜いて距離を取る。
敵に息を付かせる間を与えない様に、今度はわたしが相手の傷ついた懐に潜り込もうとすると、嫌がるようにクモが残った前足を振って、近づかせない様にしながら後ろに下がる。
そして、そのままわたし達が入って来た通路の反対にある通路に逃げて行った。
よかった、上手く追い払えた。
それより髭だ!
わたしが後ろを振り返ると、
「良くやったな、お前ら」
髭が偉そうに腕を組んでいた。
「えっ? 倒したの?」
髭の足元に転がるジャイアントスパイダーを見る。
「ん? ああ、倒したぞ」
「でもさっき、お前達だけでも生き残れみたいな事言ってなかった?」
「そんな事言ったか俺?」
小首を傾げる髭。
おっさんがやっても可愛くないわね。
「教官長は、ここは俺に任せて、お前達は逃げろって言いました」
うん、レナの言う通りだ。
「ああ、それは言った。ジャイアントスパイダー位、俺一人で十分だからな」
「えっ、でも二体いたわよ」
「それがどうかしたか?」
「いや、どうもしないけど…… ここは俺がおとりになるから、お前らは生きろって聞こえたの」
「耳悪いのか?」
「悪くないわよ!」
だったら、髭一人に戦わせればよかった。
なんか、わたしの感動返せって感じよね。
「でも、誰もケガしなかったんだから良かったね」
そうだけどさ、レナ。
でも、なんか釈然としないのよね。
「それより、そろそろ戻るか?」
髭が松明を見て言う。
たしか、松明の状態でどのくらい時間かわかるって言ってたわね。
結構な時間がたったのかしら。
それに、なんか疲れたわね。
「そうね。今日は戻りましょうか」
レナを見るとレナも頷いていた。
「じゃあ、戻るぞ。一本道だったし、途中でモンスターに遭う事は無いだろうが気を抜くなよ」
髭に頷くと、元来た道を戻った。