8
翌日、いつもの様にみんなで食堂で朝食を食べていると髭が前に立って声を上げる。
「来週から野外訓練を行う。毎週初めに3グループずつ出発して、週末に帰還する。目的は火の起こし方や、調理、野営の仕方などを学ぶと同時に、ダンジョンに潜る」
お、この間言ってた野外訓練のことね、だけどダンジョン行くの?
この間はそんなこと言ってなかったのに。
「潜るのは冒険者達によって探索が終わったダンジョンだ。そこには危険なモンスターはすでに駆除され、いないと思われる。だが決して気を抜かずに実戦での訓練を積むように」
そこまで言って髭が下がり、代わりにリベットが前に出る。
「では、最初に出発するグループと目的地を言う。第一グループ 13から16 リーダーは13、目的地は南南東のダンジョン。第二グループ 17から20 リーダーは19、目的地は南のダンジョン。第三グループ 33から36 リーダーは35、目的地は北東のダンジョンだ。いいか、外に出られるからといって変な気を起こすんじゃないぞ、どのグループにも馬に乗った教官が監視に付いて行く。もし一人でも脱走したグループは全員その場で切り捨てる!」
リベットがじろりと食堂を見まわした後、教官達は食堂から出て行く。
よく見ると髭ぶぜんとした顔をしてるわね。
「おい! 聞いたか?」
「外に出られるって本当かよ!」
教官達がいなくなると、みんながさわぎだす。
それもそうね、この施設から出たのなんてわたしとレナぐらいだもんね。
「聞いた13! 外に出られるんだって!」
興奮したアメリアが話しかけてきた。
「ダンジョンに行くみたいだし、不安じゃないの?」
「でも外で料理をしたり火を起こしたりするなんて、キャンプみたいじゃない!」
そりゃわたしだって楽しみだけど、やけにテンション高いわね。
「先に行った子達からどんな感じだったか聞ければ安心なんだけど、わたし達が最初じゃない? だからちょっと心配で」
「……そっか、13の言う通りだよね。方向が一緒だから途中まで13達と一緒だったら楽しいな、なんて思ったんだけど、ダンジョンに行くんだもんね。浮かれて怪我でもしたら大変だもんね」
そうか、途中まで一緒に行けるかもって思ったからあんなに嬉しそうにしてたんだ。
「ううん、わたしが心配しすぎたみたい。教官達も付いてくるって言ってたし、髭も危なくないって言ってたから、帰って来たらみんなにどんな感じだったか話してあげようよ。でも、わたし料理とかできないよ、どうしよう」
なんかダンジョンよりそっちの方が心配になって来た。
「私は少しくらいだったら料理できるけど……」
君は料理位できると思ってたよ、アメリア。
「僕も簡単な料理だったらできますよ」
ジョンと騒いでいたヘンリーがこっちを向く。
「料理なんてできるの?」
「家が猟師でしたから、獲物の解体とかしてましたし、それを焼いたりする位の簡単な料理ですけどね」
「すごいじゃん! とりあえず外で餓死する心配はしなくて済みそうね!」
わたしがヘンリーの肩を叩くと、ジョンが口を出す。
「あんまり浮かれるなよ、13。途中でモンスターに出くわすかもしれないんだからな」
「分かってるわよ」
でもどうせ行くんだったら楽しまないと損だもんね。
そして、あっという間に野外訓練の出発日になった。
まだ薄暗い中、わたし達は街の外に出た。
背中にはバックパックを背負って、腰にはみんな思い思いの武器を吊り下げている。
もちろん荷物は重かったけど、そんな事は気にならない。
だって、
「あ~、やっぱり外の空気はおいしいわね!」
夜明けの前の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。
「お城に出かけてても、馬車の中からは出られないからね」
レナも嬉しそうにしてる。
「本当! 久しぶり!」
アメリアは大きく伸びをしてるし、後ろではジョン達が騒いでる。
「お~し、お前ら出発するぞ!」
髭の号令で太陽がやっと昇りだした薄暗い中をみんな歩き出す。
アメリアの言った通りわたし達は途中まで一緒に行く事になった。
付いて来た教官はわたし達のグループには髭とその他にもう一人。
アメリアのグループには運の悪い事にリベットとその腰ぎんちゃくだった。
教官達は馬に乗ってたけど、髭だけはバックパックを背負い、自分の馬を他の教官に引かせてわたし達と一緒に徒歩で歩いていた。
「たまには歩かないとなまるからな」なんて言って。
せめて荷物を馬に乗せたらって他の教官に言われたけど、「俺はそんな年じゃねえ」って断ってた。
髭は戦闘訓練でも他の教官に比べるとわたし達に良くアドバイスしてたし、そっせんして戦闘の相手もしてたりするから変な所で真面目なんだよね。
そんな髭とリベットは馬が合わないみたいで、リベットは危険が無いか見るとか言って腰ぎんちゃくと一緒にさっさと先に行っちゃったし。
「ちゃんと周りに注意しろよ、ぼけっと歩いてて昼寝中のゴブリンを踏んで起こしたりしたら面倒だからな」
ゴブリンを踏んで起こすなんて、誰でも知ってることわざを髭が言う。
「いや、そんな奴いないっすよ」
笑うジョン。
さっき心の中で思った言葉を取り消すよ。
「15。ゴブリンを踏んで起こすっていうのは、間抜けのやる事だからちゃんと注意しろって事だよ。あれ? もしかして知らなかったの?」
「ばっか! 知ってるよ!」
顔を真っ赤にして否定しなくても……
アメリア笑ってるじゃん。
「まあ、なんにしてもだ、注意を怠るな。普段から気を付けていれば自然に出来るようになる。ダンジョンなんかではちょっとした不注意で命を落とすんだ」
真剣な表情をした髭にみんなが頷く。
なんといっても最後にはダンジョンに潜るんだ、みんな真面目に話を聞く。
「ドアには毒針の飛び出すトラップや、通路には落とし穴のトラップが有ったりする。不注意にドアを開ければ、目の前にモンスターがいるかもしれん。後ろに注意を払っていなければ、突然後ろから襲われるかもしれない。前を歩く奴も後ろの奴を気にかけておかないと、気付けば一人ぼっちって事もある」
誰かがつばを飲み込む音が聞こえる。
「いいか、周りに注意を払え。仲間の状態を常に確認しろ。それが自分を、そして仲間を守る事になる。分かったか?」
「「はい!」」
みんな答える。
「じゃあ最初のレッスンだ。前を歩く奴の足跡の上を踏んで歩け」
「なんでですか?」
ヘンリーが聞く。
「もし追っ手がいた場合、我々が何人いるかを察知されづらくなる。すると、追っ手の人数が少なければ追うのをあきらめるかもしれないし、多ければ見くびって気付かれないようにするための面倒を省くかもしれない。そうすれば、身を隠して追っ手をやり過ごせるかもしれないだろう?」
「へ~、なるほどね」
そんな事考えてるんだ髭。
「だから今から慣れるんだ。疲れたりしたら、だんだん雑になるからな」
「じゃあ、先頭はわたしか14。それか17がいいのよね」
「なぜそう思った?」
「だって、18が先頭じゃ歩幅が違いすぎて、わたし達が大変だもん」
「そうだ。最初の先頭は歩幅が狭い者が立つんだ。結局は一番歩く速度の遅い者に合わせなければならないからな」
髭が笑ってるけど、おかしい事言って無いわよね。
「分かったら、さっさと先頭に立ってきりきり歩け。もう少ししたら朝食の時間だが、予定の距離進めなかったら飯抜きだぞ」
それは嫌だ。
急いで歩かなきゃ。
「じゃあ、みんなあいつの後に続け」
髭の合図でみんなわたしに付いてくる。
だけどしばらく歩いていると……
「おなか減ったー」
「おい、13! 歩くの遅くて後ろが詰まってるぞ!」
うるさいなジョンの奴。
お腹がすいて力が出ないんだよ。
「もうちょっとがんばれ。本当に飯抜きにするぞ」
分かってるよ、髭。
お腹がぐーぐー鳴く中、なるべく気にしない様にして左右の足を出す。
がんばってそうしてたけど……
「もう無理……」
もう一歩も動けないもん。
「しょうが無いな。ここで飯にするか」
髭が苦笑する。
「いいの?」
「もう動けないんだろ?」
「うん」
「じゃあしょうがないだろ。だけど、食事の準備ぐらいはしろよ」
「分かった」
わたしが返事をすると、髭が辺りを見回す。
「よし、あそこにある木の根元で食事を作るぞ。歩きながら燃えそうな枝を集めろ。男どもは大きめの石を拾え。それでかまどを作る」
髭が歩き出すと、みんな必要なものを集めながら後に続く。
もちろんわしたも燃えそうな小枝なんかを集める。
目標にしてた木の根元に全員が集まると、髭が指示をする。
「よーし、じゃあ2、3人で穴を掘って、周りに石を置いてかまどを作れ。そしたら乾燥した小枝をそこに入れろ」
クルトとジョンとヘンリーが穴を掘りだすと、髭は背負ったバックパックを降ろして中から穴の開いた木の板と棒。小さな箱を取り出す。
箱の中を覗き込むと、沢山のふわふわした綿が入っていて、その中からいくつかを取り出してから、沢山ある枝の中から乾いた枝を選んで腰のダガーを抜いて薄く削りだした。
「教官長、かまどの設置終わりました」
クルトが声を掛けると、髭がかまどを一瞥して満足そうに頷く。
「よく出来てるな。じゃあ、次は火起こしだ。今回は俺がやるからよく見てろ。夜はお前らにやってもらうからな」
石の上に綿を置いて、その上に穴の開いた木の板を置くと、穴の所に木の棒を当てる。
そして、両手の手のひらで木の棒をはさむと、勢いよく手を前後に動かす。
煙が一筋立ち昇ると辺りに焦げた匂いが充満して来て、それからしばらくすると髭が綿に息を吹きかける。
「火だ!」
誰かが声を上げる。
わたしも火を起こす所は初めて見たからびっくりしたよ。
家にいた時は火種が消えない様にしてたし、消えちゃった時は隣に火を貰いに行ってたしね。
髭が急いでかまどに燃えた綿を移して、息を吹きかけると小さな枝に火が燃え移って、それがだんだん大くなる。
「こんな感じだ。わかったか?」
髭が自慢げにしてるけど、ハアハア言ってて素直にすごいって言えないんだよね。
「悪かったな格好悪くって。結構大変なんだよ、別におっさんだからって息切れしてる訳じゃないんだぞ」
「口に出てた?」
思わずアメリアを見ると、首を振ってる。
じゃあ、また髭が乙女の心を覗き込んだんだ。
「なんで俺がにらまれるんだよ……」
うるさいジョン。
たまたまあんたが近くにいるのが悪い、間の悪い男ね。
「さあ、じゃあ食事の準備だ。鍋を持ってる奴はかまどにかけてお湯を沸かせ。食材を持ってる奴は適当な大きさに切ってスープの具を作れ。一週間あるんだから、ちゃんと考えて量を決めろよ。最初にたくさん食って、最後の日は固いパンだけ食いたいんだったら気にしなくていいけどな」
髭の言葉で、適当に切ろうとしてた子の手が止まる。
「16、あんまり一度に使いすぎるなよ。スープも無いのに、あのがちがちのパンを食って喜ぶのは13位だぞ」
「うん、分かってるよ」
ちょっと待て君達。
レナ、なんであんたも頷いてるのよ。
まったく、人の事なんだと思ってるんだか。
「ちょっと、16。いくら何でも少なくない?」
お湯の沸いた鍋に、塩漬け肉を入れようとしてたヘンリーがこちらを向く。
「でもこのくらいの量にしとかないと、帰りの分が無くなりますよ」
「もうちょっと位多くていいんじゃないの?」
「13にからまれる前に早く入れろって言っただろ」
ジョン、どういう意味よ?
「どうしたの?」
わたし達が言い合っていると、隣で調理していたアメリアが声を掛けてきた。
「13が肉をもっと入れろって聞かないんだよ」
「そうなの13?」
横からジョンが答えると、アメリアが困ったような顔をしてわたしを見る。
「もう少し位多くてもいいんじゃないと思ってね」
アメリアがヘンリーの持っている塩漬け肉を見る。
「でも、これ以上入れると、スープしょっぱくて飲めなくなっちゃうよ。お肉足りなかったら私の分けてあげるよ。初めての旅で緊張しててあまり食欲ないし」
む、なんか気を使われてるわね。
「いいよ、そんな気を使わなくって。16早く入れちゃいなさい。17が心配するでしょ」
「お前、誰のせいで……」
「お前ら何じゃれてるんだ。野営の時の見張りの順番も決めなきゃならないんだ。さっさと飯を作れ」
ほらジョン、あんたが小姑みたいなこと言ってるから髭が来ちゃったじゃない。
「16、貸しなさい」
ナイフを奪い取って塩漬け肉を適当に切る。
「ちょっと13」
もう遅いわヘンリー、鍋に肉を投入!
「もう準備できたから平気よ、髭」
髭に微笑む。
「じゃあ少し待って食っちまえ。俺は向こうのグループで飯を食うから」
お、髭がいないんじゃ食べられる量が増えるわね。ラッキー。
「しょっぱくて食えねーよ!」
ジョンが顔をしかめて言う。
「そんなわけないじゃん。って、しょぱ!」
レナも少し口を付けたら、後はパンをモゴモゴ食べてる。
「やっぱり入れすぎですね」
めずらしくヘンリーが責めるような目を向けてきた。
「なんで? たくさん入れた方がおいしいはずでしょ?」
「保存用の塩漬け肉なんですから、入れすぎたらしょっぱくて食べられませんよ」
「でもひとつかみ分くらいだよ」
「ひとつかみって言っても13の手じゃなくて、教官長の手位の量だっただろ。どう考えても入れすぎだ」
「だったら何で止めなかったのよ、15」
「止めたじゃねーか」
むー。
ジョンとにらみ合う。
「よーし、さっさと食えよ。あっ、もし残す奴がいるなら土に埋めとけよ。臭いでモンスターが来るかもしれないからな」
髭がニヤニヤこっちを見るし、もう最悪。
硬いパンを急いで食べる。
食事を終えて食器を片付けると当直の順番決める事になった。
「私2番目か3番目がいいな」
レナが途中で起きなきゃならない一番嫌なはずの順番を希望する。
「いいの?」
「うん、いいよ」
はにかむレナかわいいわね。
思わず頭をなでる。
「どうしたの、13、くすぐったいよ」
本気で嫌がってる訳じゃないのは分かるから、さらに頭を撫でまわす。
そうすると、レナもあきらめたのか大人しくなった。
まったく、愛い奴じゃ。
「で、あんたはどうするのよ15」
「しょうがないな、3番目でいいよ。16、お前は最初だ。13は最後にやれよ」
「いいの?」
思わずレナをなでる手を止める。
「いいのも何も、お前一度寝たら起きないだろうが」
「そんな事無いよ、訓練だもん。でも、ありがと15」
舌打ちしながら横を向くジョン。
「お前ら、決まったか? あっちは決まったぞ」
「あっ、髭。今決まったよ。16、15、14、わたしの順番ね」
「そうか、お前が最後か。妥当な所だな。じゃあ、さっさと寝るぞ」
髭が毛皮にくるまる。
反対を見ると、もうひとりの教官が当直みたいね。
まあ、わたし達だけに見張りをやらせる訳無いもんね。
「私達も寝ようよ」
レナの言葉を合図にジョンも横になる。
「ねえレナ。ちょっと寒いから、一緒に寝ようか」
髭が地面からも冷えるって言ってたし。
「うん、いいよ」
獣避けの焚火から少し外側にレナが移動する。
「気を使わなくていいよ14。焚火から離れたら寒いでしょ」
「いいよ。あんまり暖かいと交代の時起きられないかもしれないから。13が当直の時に、焚火のそばで寝るよ」
何この子、めちゃくちゃかわいいじゃない。
「だったら、わたしの毛皮の中に入りなよ。二人だったら寒くないよ」
「うん」
顔を赤くしてわたしの毛皮になかに入ってくるレナ。
「じゃあ、わたしが起きたら場所を交代ね」
「うん」
……なんて言ってる事もありました。
「もしかしたらと思ったけど、やっぱり起きなかったな、13」
ジョンの蔑む視線にもぐっとこらえる。
「いやー、訓練だからとか言ってた割りには、ぐっすりお休みになって、結構な事ですね」
「……」
「その上、焚火に近づきすぎて暑くて起きるなんて、当直してた奴に文句を言わなきゃなりませんね」
「……」
「あ、俺か! 13さんを起こそうとしたんですけど、起きなかったんでそのまま俺が続けたんでした。いやー、気付かなくて申し訳ありませんでした。そういえば、14は風邪ひいたりしてないか?」
「15、私は平気だよ」
「よかった。14は13ほど面の皮が厚くないと思ったから、風邪をひいてないか心配したよ」
「ありがとう、15」
そこでジョンがレナから視線を外してわたしを見る。
「13さんも、だいぶ焚火に近かったんで、汗をかいて風邪とかひいてませんか?」
「……ひいてないわよ」
「それは良かった。俺の気配りが足りなくて13さんが風邪をひいたら悔やんでも悔やみきれませんから」
くそっ、ジョンの奴。
ちょっと寝坊したからって、言いたい放題言って!
「……ごめんなさい」
「あれ? 何か謝る事でもしたんですか? 13さん」
「寝起きが悪いのは分かってるの。でも、起きた時に隣に妹がいないのが嫌で、目を開けるのが怖いの。だから……」
「13……」
俯くわたしの手を、レナが握ってくれる。
「……悪かったよ、からかって」
ジョンがばつの悪そうな顔をする。
「いいよ。わたしが悪いんだから……」
「まあ、これからなるべくちゃんと起きるようにしてくれればいい。すぐにじゃなくてもいいからな」
鼻の頭をかきながら、あっちの方を向いてジョンが言った。
よし!
「本当~、ごめんね~。これからなるべく起きるようにするけど、起きられなかったらよろしくね~」
「てめぇ! 笑ってるじゃねえか!」
おほほほほ。
さてと、朝食ね。
今度はヘンリーに任せてるから、味の濃い食事にならなくて済みそうね。
わたしが食器を取ろうとすると……
「13、私はずっと隣にいるからね」
ジョンは気付かなかったけど、たぶんわたしの手が震えてたんだろう。
レナがわたしの手を握りしめる。
「ありがと」
小さな声で返事をして、レナの手を握り返した。
「おはよう、13。今朝はちゃんと食べられたみたいね」
「おはよ、17。昨日のも良かったけど、今日の方がおいしかったかな」
「くすっ。そうなんだ、よかったね」
アメリアめっちゃ笑ってるし。
「17とも今日で別々ね」
「うん。でも帰りもここで合流でしょ。三日後に会えるもんね」
「気を付けてね、17」
「うん、13もね。14も平気だと思うけど、ケガしないようにね」
「17もケガしちゃだめだよ」
レナもアメリアにほんのちょっとのお別れの挨拶をする。
「いつまでもダラダラするな。17のグループはさっさと準備して出発するぞ!」
いつの間にか合流したリベットが威張り散らす。
「じゃあね。13、14」
手を振るアメリアにわたし達も手を振り返してると、
「気を付けろよ、アメリア!」
ジョンが番号ではなくて、名前で手を振るアメリアを呼ぶ。
普段なら絶対に許されない事に驚くアメリアだったけど、我に返るとジョンに向かって大きく手を振る。
「行っちゃったね」
アメリア達のグループを見送ったレナが呟く。
「うん」
さて、気を取り直さなきゃね。
三日後にまた会えるんだし。
それより、
「ずいぶん思い切ったことするね、15。髭が睨んでるよ」
わたしが言うと、ぼぉっとアメリア達の方を見ていたジョンの顔が引きつる。
「まずかったかな?」
「さあ?」
震える声を出すジョンに、いたずらっぽく笑い返す。
「まずいよな、絶対……」
不安そうな顔をするなジョン。
でも、多分髭は聞こえなかった振りをすると思うよ。
「お前達もさっさと準備しろ! こいつの寝坊のせいにするなよ!」
ちょっと髭! 頭をわしづかみにしないでよ。
「痛いんですけど」
「さっきの事を見逃してやるんだ。我慢しろ」
ほらね、ジョン。
結構髭は甘いんだから。
朝食の後片付けをして、焚火の始末をしたらわたし達も歩き出す。
(リベットはアメリア達に焚火の後始末をする指示を出さなかったから、わたし達がした。とは言っても、土を掛けただけだけど)
それから、しばらく歩いてその日の野営地の辺りまでたどり着いた。
「今日はここで野営だな」
辺りを見回しながら髭が言う。
「火起こしからですか?」
「そうだな……」
髭が少し考えるしぐさを見せる。
ん? 目が合った。
「俺と、お前。森に入って狩りをするぞ」
ヘンリーを指さす髭。
「僕ですか?」
「たしか、狩りの経験があったと思うが、違うか?」
「はい。家が猟師だったので」
「初めての森だし、上手くいくか分からないが、入るぞ」
「はい」
「残った者達は竈と火の準備をしろ」
「「はい」」
わたし達が答えると、髭は持って来た弓を持ち、ヘンリーにはもう一人の教官の弓を持たせて森に入る。
その時に「日没までには戻る。必ず獲物を捕らえられる訳じゃないから、あまり期待するなよ」と言い残して。
最後にわたしを見たのはなんでだろ?
「遅いな、教官長と16」
ジョンが意識しないで呟いたんだろう、視線はもう少しで沈もうとする太陽を見てた。
少し離れた所にいる教官も森を不安そうに見ている。
それからしばらく待っていると、レナが呟く。
「平気かな? 二人とも」
レナの言葉に、わたしの胸も不安に押しつぶされそうになる。
こんなに暗くなって森で迷ってたらどうしよう。
危険なモンスターに出会って逃げてるんじゃないか。
もしかして、逃げきれなくて……
だから、太陽が沈んで辺りが夕闇に包まれそうになる頃、髭とヘンリーが森から姿を見せるとわたしは思わず走り出していた。
だけど、笑いあいながら歩く髭とヘンリーが見えてくるにしたがって、ふつふつと怒りがわいてきた。
「遅い! 心配したんだから!」
本当は、無事に戻って来た事を喜びたかったんだけど、わたしの口ら出たのは二人を責める言葉だった。
「おぅ、悪い」
わたしの剣幕に髭が驚く。
「日が暮れるまでに戻るって言ったじゃない!」
「心配させたか?」
「バカ! 心配なんかしてないわよ! 森で迷ったり、怪我したんじゃないかって不安だっただけ!」
無事な二人を見て、自分でもう何言ってるか分からない。
「いや、悪かった。ちょうど狩れそうな獲物を見つけて追ってるうちに遅くなった」
「そんなのどうでもいいじゃない! 二人が無事帰って来てくれた方が、狩りが上手くいくより全然いいもん!」
「悪かったよ。謝るから許してくれ」
髭がわたしの頭に手をのせる。
「むぅ~」
わたしが睨むと、髭が背負ってた物を見せる。
「大きかったから、持ち運べる分だけ解体してきた。立派な鹿だ。お前に一番うまい所を食わせてやるから機嫌を直せ」
「いらない!」
走ってレナの所に戻る。
バカ! 本当に心配したんだから。
「喜ぶと思ったんだけど、怒らせちまったな」
「13は、心配性なところがありますからね」
うるさい、もう二度と心配なんかしないから!
それから二人の猟果をみんなで喜んでみんなは料理を始めたけど、わたしはジョンの起こした焚火に背を向け膝を抱えて反対方向を見ていた。
「13、もう許してあげなよ」
「やだ」
子供っぽいってわかってるけど、心配してるレナを見ないように答える。
「13に食べてもらいたかったんだよきっと。だって、昨日の夕食13不満そうだったじゃない」
「だったら、もう言わない」
「本当に二人が心配だったんだね」
「心配なんかしてないもん」
しばらくわたしの隣で声を掛けてくれてたレナだったけど、さすがに呆れたちゃったのか、焚火を囲むみんなの輪の中に行った。
食事を終えたみんなが当直の順番を決めて眠りに着く。
「隣いいか?」
わたしが返事をする前に髭が座る。
返事をする気も無かったけど。
「暗くなった森が危険だってさんざん言ってた俺が約束守らなくてすまん」
髭が珍しくまじめな顔で頭を下げる。
「いや、昨日お前が肉食いたいって言ってたから深追いしちまった」
「わたしが悪いの?」
「いや、そんな事無い。悪いのは俺だ。お前のせいにするような言い方して悪かった」
「別にいいよ。どうせわたしなんて使い捨ての駒だもんね。髭が気にする事無いよ」
本当はもういいよって言いたいのに。
「お前、聞いて……」
髭が黙り込む。
わたしは自分の膝に顔をうずめる。
髭がわたし達を大切にしてくれようとしてるのはわかる。
でも、今までの胸の内に溜め込んでた暗い感情があふれ出す。
わたしは、髭に甘えてるだけなんだ。
でも……、苦しいよ。
「……俺もお前達と大して変わりなかった」
髭がぽつりぽつりと話し出す。
「俺はスラムに生まれたんだ。親父もお袋も俺を捨てて、新しい男、新しい女を作って出て行った。俺は生きるために、どんな事でもやった。やらなかったのは殺人位だ。なんとか生きてこれたが、いつ死んでたか分からない。冒険者として成功出来たのは運が良かったからだ」
髭が思い出すように暗闇を見つめる。
「親のいない子供達を集めて、国のために働くスキルを身に付けさせるって聞いて、少しでも俺みたいな子供を減らせて場と思って受けた仕事だったが、本当は金で買ってきた子供をアサシンにする仕事だった。俺は、こんな事をしたかった訳じゃない!」
うっすらと照らされる髭の顔が苦しそうに歪んでいた。
「だが、俺がやめた所でお前達の扱いが変わる訳じゃない。少しでもお前達に未来を残せれば、
そう思って残ったんだが……。結局俺も他の教官達と同じだ。お前達を救ってやる事もできない。少しでも、お前がよろこんでくれればと思たんだが、本当にすまなかった。言いたかった事はそれだけだ。お前の分の夕食だ。俺の作った飯なんか、嫌だろうができれば食ってくれ。明日が辛くなる」
髭が立ち去ろうとする。
「待ってよ。こんなの食べられないよ」
「そうか……」
本当に、悲しそうな髭の声。
「だって、今までみんなで食事をしてたんだもん。一人じゃさみしいじゃない。髭が持って来たんだから、わたしが食べ終わるまで冒険者時代のつまんない話でもしててよ」
顔を上げて髭を見る。
ちょっと、なに泣きそうな顔してんのよ。
わたしまで泣きそうになるじゃない。
焼いた鹿肉を持つと大きな口を開けたかぶりつく。
わたしをじっと見る髭。
「なによ?」
「俺がいてもいいのか?」
「髭がわたし達を気にかけてくれてるのはみんな知ってるよ。じゃなきゃみんな逃げ出してるよ」
「……」
「それに、今日のはわたしが髭に甘えてただけ。わたしが子供っぽい事言ってたのは分かってたの」
「だが……」
「今日は、ごめんなさい」
「クリス……」
「髭、わたし達を番号で呼んだ事ないよね」
「それは……」
「ありがと、嬉しかったよ。だけど、教官長なんだからちゃんと番号で呼ばなきゃ。たとえ髭が番号で呼んでも、わたし達には名前で呼んでるように聞こえるよ」
「っ!」
なにいい大人が泣いてんのよ。
今食べてる肉がしょっぱいじゃない。
その後は、焚火を見ながら黙って口を動かした。