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そして、待ちに待ったお城へ行く日がやって来た。

驚いちゃだめよ。その日にはなんと、迎えに馬車が用意されてたの。

それも偉い人が乗るようなやつだよ。

ここへ連れて来られる時に乗った、青空が見えるようなオープンな奴じゃなくて、屋根がついてて、乗り込む所にぴかぴかな扉がついてて、中に入るとふかふかな座席にきれいな布が張られてるんだよ。

しかも、御者がいて、乗りやすいように踏み台まで出してくれた。

こんな馬車、普通の人は一生乗れないよ。

わくわくしながら乗り込み、しばらく走る馬車の窓から外を見ると――


「見て、レナ! 人がいっぱいいる! わたしの村の全員より多いんじゃないの!? あ、今の通りに露天が並んでた! なに売ってるか見たかったのに、よく見えなかった!」


いや~、テンション上がるわね!


「クリス、お前もう少し静かにしたらどうだ?」


「なによ、良いじゃない。減るもんじゃないし」


髭が顔をしかめている。

あ、そうそう。訓練所を出たら番号じゃなくて、名前で呼んで良いんだって。

きっと、王女様に番号で呼んでる事が知られたら、まずい事になるんじゃないかな。


「減るんだよ、俺の気分が。それと、お前の考えている通り、番号で呼ばせてるなんて王女様の耳に入ったら、注意されるかもしれないからちゃんと気を付けてくれよな」


「分かってるって、だいじょーぶ。あ! あれがお城!? こんな遠くからでも大きいのが分かるのね! レナ! お城だよ、お城!」


「うん、ちゃんと見えてるよ、クリス」


本当?

なんか、わたし一人ではしゃいでるみたいじゃない。

それにレナの態度、まるで見たことある景色みたいね。


「もしかして、レナってこの街出身だった?」


「えっ ……うん、そうだよ」


あちゃー、じゃあレナは生まれた場所を通ってたんだ。

そりゃ喜べないよね。

だって、わたし達はこの街の中を歩く事なんてできない。

帰りたくても帰れないんだもん。


「ごめん、レナ。わたし……」


「気にしないで、クリス。少しでも街の様子を見られた事はうれしいし、何よりクリスの事を名前で呼べることが、すごくうれしいから」


うを、うれしい事言ってくれるわね。

本当、レナはいい子だよ。


「そろそろ着くぞ。降りる用意しとけよ」


髭、あんたはちょっと場の空気を読め。




立派なお城の門を潜り、馬車を降りると侍女と思われる人が出迎えてくれた。


「ようこそいらっしゃいました。お連れ様は先に応接間でお待ちになっています。ご案内させていただきます」


侍女の後に付いて行きながら髭に聞く。


「お連れって?」


「リベット教官の事だ」


「げっ! 来てるの?」


「当たり前だ、リベットがらみの話だと言っただろ」


「それは聞いてたけど、馬車に乗ってないからいないと思ったの」


「残念だったな、お前らと一緒の馬車に乗りたくなかったんだろ」


いや、わたし達だって一緒にいたくないけど、一人で先に行くってどうなのよ?

連帯責任ってさんざん言ってるくせして、自分は無視するんだ。

まあ、いいけど。


「それよりお前。あまりきょろきょろするな」


馬車を降りてから目に留まった、大きな石で作られた城壁やお城の外壁。

お城の中に入ると、壁に飾られた高そうな絵を見てたら髭が文句を言う。


「えっ? 良いじゃない別に。減るもんでもないし」


えっ、なにこれ?

通路に敷かれた真っ赤な毛織物の上に足を乗せたらふかふかだ。

わたし達が寝る時に体に掛けてる毛織物とは厚さが違う。

あっ、あっちには鎧が飾られてる!

あれを身に着けて戦ったりするのかな?

でもすごく重そうよね。

わたしの体重くらいあるんじゃないかしら。


「……」


じっとわたしを見てた髭が視線を外す。

よし! これで口うるさく言われずにゆっくり見られるわね。




「どうぞ、こちらの部屋でお待ちください」


お城を満喫してたら目的の部屋に着いたんだろう、侍女が立ち止まって部屋の扉を開けてくれた。

中に入ると、色とりどりの糸を使ってきれいに刺繍された椅子に、職人が手間隙かけて作ったと思われる繊細な彫刻の施されたテーブル。

壁には絵画が飾られ、天井にはシャンデリアが吊るされていた。

見たこともない高級な家具が置かれた部屋の雰囲気に圧倒されていると――


「城の門番に追い返されずに済んだか」


リベットの嫌味がわたし達を出迎える。


「おいおい、今日はこいつらが主役だ。あまりいじめるな」


おお! 髭がリベットに文句を言った。

普段はそれとなく注意するだけだったのに。


「それはそうだが…… 前から言うと思っていたんだが、あなたは少し甘やかしすぎじゃないのか?」


珍しくリベットが強気だ。

普段は髭が少し言ったら大人しくなるのに。


「お前には子供がいないから分からないだろうが、叱るだけでは子供は育たないぞ」


「甘やかすだけでも駄目だと思うがね。とにかく、今回の件については、私が任されているという事を忘れないでくれればいい」


なるほど、リベットが持ってきた話だから髭に出しゃばるなって事ね。

おっと、誰か来たみたい。


「リベット、待たせたな。今日はご苦労。それでこっちが?」


部屋に入ってきた人に目を向けると……、オーク!?


「はい、伯爵。教官長のコルトと、今日王女の相手を務めるクリスとレナです」


「そうか、今日はしっかりやれ。くれぐれも王女に怪我などさせないように注意しろ。お前達の首くらいでは済まないぞ」


じろりとわたし達を見る白豚(オーク)

いや、モーリス伯爵。

職人が丁寧に仕立てたと思われる豪華な服を着ているが、どこから見ても禿げたブ――

危ない危ない。変なこと口にしたら、どうなるか分かったもんじゃない。

失礼な事は考えるのもやめとこ。


「少しでも王女のお役に立てるように全力を尽くします」


髭の言葉に合わせて、わたしとレナが頭を下げる。


「では、中庭に行け。後から王女も来る」


「はい。行くぞ、お前達」


髭と一緒にドアを出ると、侍女が中庭まで案内してくれた。

この人ずっと待ってたのかしら、侍女の仕事も大変ね。




「さてと、お前達軽く体を動かしておけ」


「「はい」」


中庭に着くと、髭の指示で木でできた短剣を軽く振う。

しばらく体を動かしていると、モーリス伯爵とリベット、そしてお供を引き付けたソフィー王女が現れた。

なんか現れたって言うとモンスターと遭遇したみたい。

だけど、あれだけ人を引き連れてくると、現れたって感じがピッタリなのよね。

それはともかく、今日の王女はこの間みたいなドレスではなくて、動きやすいズボンとチェニックを着ていた。


「今日は遠い所まで来ていただいて、ありがとうございます。ご指導よろしくお願いします」


「こちらこそ、今日一日よろしくお願いいたします」


レナの挨拶に合わせて頭を下げる。


「アルノー」


王女が声を掛けると、綺麗な布に包まれた木製の短剣を差し出す。

王女がそれを手に取るとわたし達に微笑む。


「短剣を初めて持つのですが、握り方を教えていただけますか?」


そこからか!

げんなりして髭を見ると、決死の表情をしていた。

うわ~、わたし達が失敗しないか心配してるのがヒシヒシと伝わってくる。

不安を通り越して悲壮感にまで達してるわね。

でも、わたしは出しゃばる気がないし、レナが握り方を丁寧に教えてるから大丈夫よ。


「お上手です。今の感じであまり力を入れないようにして下さい。力を入れすぎると、振りが鈍くなりますから」


「分かりました」


「では軽く振ってみましょう。こんな感じです」


レナがダガーを振る。

こうやって改めて見ると、髭にはかなわないけどレナも結構鋭く振るわね。

フォームも綺麗だし、良い先生になるわ。

あ、わたしが見てるのに気づいたら、恥ずかしそうにした。

大丈夫と、微笑むとレナがはにかむ。

本当、かわいいわねレナは。


ソフィー王女のフォームを確認しながら、レナが繰り返し指導しているのを見ていると、腰に剣を吊るした男の人が歩いて来るのが視界に入る。

年齢は結構いってるわね。

まあ、わたしから見れば、ここにいる男の人はみんなおじさんなんだけどね。

でも、髭に比べるとだいぶ良い男ね。

服の上からでも鍛えられてるのが分かるし、なんか、歴戦の戦士って感じ。

アルノーやモーリス伯爵と挨拶すると、直立不動の姿勢でソフィー王女を見る。

鋭い眼光ってやつ? なんか緊張するわね。


「赤龍騎士団団長だ」


髭がそっと耳打ちする。

へ~、あの人団長さんなんだ。

って事なら、本当だったらあの人がソフィー王女に護身術を教えるはずだったんだ。

そりゃわたし達の事気になるわよね。

しばらく見ていた団長さんは、モーリス伯爵と何か話し始めた。

途中でリベットが加わると、しばらくして髭も呼ばれる。


「ソフィー王女、今日はここまでにしましょう」


アルノーが王女に声をかける。


「はい」


侍女の差し出したタオルで汗を押さえながら王女が答える。

もう終わりか、まあ、形だけのものって言ってたしこんなものか。

さてと、じゃあわたし達もお役ごめんね。


「お疲れ様でした、ソフィー王女。とても短剣を握るのが初めてとは思えないくらい素晴らしかったです。これからも訓練を続けていただければ、有事の際にきっとお役に立つと思います」


レナがソフィー王女に今日の感想を述べていると、難しい表情をした髭がやってくる。


「どうしたの?」


「ああ、オーヘン団長が手合わせをしたいと言って来てな」


ふ~ん、そりゃ自分の仕事を取られたんだから、面白くないでしょうし、王女に護身術を教えるのに相応しいかも確認しなきゃならないんでしょうね。

元はと言えば王女のわがままが発端なんだから、しょうがないんじゃない?


「それで?」


「まあ、受けなきゃしょうがないよな」


そりゃそうでしょ。


「しょうがないんじゃないの?」


「分かった、了解したと言ってくる」


「そうね、がんばってね」


わたしの激励の言葉に、髭が間の抜けた顔をする。


「は? 戦うのは俺じゃなくて、お前らのどっちかだ」


「何で!?」


思わず声が裏返る。


「だって、ソフィー王女に教えるのは、お前らだろ」


「あのおっさんとわたし達が戦うの? 勝てる訳ないじゃん!」


なに言ってるの髭? 普通に考えればわかるでしょ?


「そりゃそうだろ、誰も勝てなんて言ってない。腕前を見たいだけだ」


「腕前って、わたし達短剣もってまだ2年だよ! そんなの有る訳ないじゃん!」


「まあ、オーヘン団長に認められなかったら、呼ばれなくなるだけだ。気楽にやればいいだろ。俺はお前達が盛大に負けた方が気が楽だけどな」


むっ! なんかこうして言われると、それはそれでむかつくわね。


「いいわよ、やってやるわよ。ほえづらかかせてやる。って事で、わたしが行くけど良い?」


レナが頷くのを見て一歩踏み出す。


「君が相手か? 先ほど王女に教えていた子では無いのか?」


中庭の真ん中で待っていたオーヘン団長の低い声が尋ねてきた。


「わたしがお相手させていただきます」


「そうか」


腰の剣をするりと抜くと、太陽の光を反射して刀身が輝く。

……ちょっと待て。


「それ真剣ですよね?」


「騎士の心構えとして、常に戦場に在れと考えている」


「いや、わたしは騎士じゃないんですが……」


「王女の指南役としての心意気を見せてみろ」


だめだ、言葉が通じない。

助けを求めて髭を見る。


「オーヘン団長、その子は練習用の木製の短剣しか持っていません」


いや、そもそも貴族とか、騎士や衛兵以外は武器の持ち込み禁止だろ。

知ってるよな、おっさん。


「ならばこれを使え」


どこに持っていたのか、短剣を投げてよこす。

拾い上げて鞘から抜くと、もちろん真剣ですよ。

ちきしょう、やればいいんでしょ。

軽く短剣を振ってバランスを確かめる。

普段わたしが使っているサイズより大きいけど、何とかなるわね。


「じゃあ、これ借りるわね」


「準備はいいか?」


「ええ、いつでもいいわよ」


オーヘン団長がゆっくり剣を構える。

さすがに真剣だと思うと緊張するわね、手のひらが汗ばんでくるのが分かる。


「好きにかかってこい」


ずいぶん余裕ね、だったらお言葉に甘えようかしらっ!

真っ直ぐオーヘン団長に向かう。

もちろん相手が剣を振ってきたら避けるつもりだけど、最初からそんな事はさすがにしないだろうから、一気に短剣を突き出す。


「はっ!」


だけど、簡単に剣で受け止められる。

つばぜり合いになれば、力負けするのは分かってるからすぐさま横に回り込む。


「なかなか良い動きだ」


ほめてもらっても、うれしくないよっと。

続けざまに突くけど、これも簡単に受け止められる。


「そろそろこちらの番だな」


オーヘン団長の袈裟懸けに振るわれた剣を潜り抜けて、また突きを繰り出すけどやっぱり簡単に避けられる。


「ほう、これを避けるか」


当たり前でしょ、避けなきゃバッサリ切られるし。

それよりあなたも良く避けるわね、もう少し危なげ有ってもいいんじゃないの?


「あいにく身軽なの、残念だったわね」


「だったらこれはどうかな!」


早い!

先ほどとは比べ物にならない鋭さだ。

でも、避けるけどね。

少し距離を取ると、オーヘン団長が笑う。


「子供だと思って侮っていたわ! 手加減は無用のようだな!」


えっ! 今の手加減してたの?

一気に間合いを詰められて振るわれる剣を、なんとか避ける。

さっきより早いじゃん!

ちょっと待ってよ!

連続で振るわれる剣を何とか避ける。

あっ、今髪の毛にかすって切れた。


「クリスすごい。どんどん剣との距離が近づいてる。ぎりぎりの所で避けようとしてるんだ」


いや、レナ違うから!

本当に当たりそうなの!

避けるのが少しでも遅れたら、髪の代わりに首が飛んでたから!


「はははっ! これも避けるか!」


おっさん何笑ってる!

いたいけな子供を殺したいのか!?


「あいつ、これほどの攻撃を避け続けるなんて……」


髭! 感心してるな!

死んじゃうから! あ、また髪の毛切れた……


「お遊びはここまでだ! この一撃避けられるか!」


あんた、さっき手加減はやめたんじゃないの!?

気合の声と共に放たれた突きを奇跡的に間一髪で避け、そのままがら空きになったオーヘン団長の胴に短剣を突き立てる!


「へっ?」


勝ったと思った瞬間、手の中から短剣が消え失せていた。


「私の勝ちのようだな」


いつの間にかわたしの首に剣が突き付けられ、持っていたはずの短剣はくるくる回りながら落ちて地面に突き刺さっていた。


「負けたの? わたし」


自然と口からこぼれた言葉で、自分が目の前の男に敗れた事を理解した。


「女の身でありながら、その歳で大したものだ」


剣を鞘に納めながら、オーヘン団長が笑う。

なによ!

勝てるとは思ってなかったけど、やっぱり悔しくてにらみ付ける。


「いや、すまん。ケガは無かったか? 思わず興が乗ってしまった」


「……平気よ。ケガしないように手加減してくれてたんでしょ」


わたしは突きを避けたと思ったけど、あれはフェイントで、わたしの短剣をはじいた後、返す刀で首を狙ったんだ。

ぜんぜん見えなかった。

あ~もう、すごく悔しい。


「まさか奥の手を使わされるとは思わなかった。君とあちらの子はどちらが強いんだ?」


「レナとわたし? 訓練での勝敗は互角ってところね」


「そうか…… うん、今日の教え方と良い、それなら安心だ。これからも王女の事を頼む。俺達のようなむさい男達に護身術を教わるのは嫌がってな。仲良くしてやってくれ」


それだけ言うと、地面に突き刺さった短剣を拾って上機嫌でこの場を後にした。

なんか嵐のようなおっさんだったわね、悪い人じゃないみたいだけど。




オーヘン団長が見えなくなると、興奮しているからか、頬を赤らめていたソフィー王女が小走りに来た。


「すばらしい戦いでした、(わたくし)感動いたしました。それに、あのようにオーヘン団長が褒める事はめったに無いんですよ」


「あははは、あれは褒めていたんですか」


思わず乾いた笑いをしてしまった。


「良くがんばったな」


髭が珍しくわたしを褒める。

けちょんけちょんに負けた方が気が楽だって言ってたわりには、嬉しそうね。


「すごいよクリス! 戦ってる姿を見てドキドキしちゃった!」


「結局負けちゃったけどね」


レナ、そんなキラキラした瞳で見ないでよ。


「いや、あれだけやれれば大したものだ。だが、避ける事については言う事は無いが、問題は攻撃だな」


分かってるわよ、髭。あのおっさんに嫌というほど思い知らされたから。


「は~、帰ったら短剣の練習しよ」


「お、お前にしては珍しくやる気を出したな。じゃあ、うるわしの我が家に帰るか」


「あ、もう帰るのですか?」


なぜか悲しそうにしているソフィー王女を見る。

へ? だって今日の訓練終わりでしょ?

わたしがよほど不思議そうな顔をしていたのか、王女が口元に手を当て話を続ける。


「せっかくいらっしゃたんですし、お茶でもご一緒していただこうと思ったのですが…… お忙しそうですし、ご迷惑でしたね……」


しょんぼりするソフィー王女。

その時偶然王女の手が目に入る。

細くて長い綺麗な指だけど、今日の訓練のせいで手のひらの皮がむけていた。

そっか、わたし達も最初はこんな感じだったっけ。

慣れないなりに一生懸命やってたわよね。


「いえ、時間なら有ります。ぜひご一緒させてください」


組織であった辛い事を思い出したのか、思わず答えてしまった。


「本当ですか!? ではすぐに用意させますので、(わたくし)の部屋に行きましょう!」


ソフィー王女、ものすごく嬉しそうね。

こんなに喜んでくれるなら、付き合ってあげても良いわね。

ちらりとレナを見ると、しょうがないなって感じで笑っていた。

髭は、俺はどうするんだよといった感じでこっちを見る。

リベットと一緒にいればいいじゃんと思ったら、恨めしそうな表情をする。

だから人の思った事を勝手に読むんじゃないわよ。

まあいいわ。変な事を言われる前にソフィー王女の部屋へ行きましょう。

その間、後ろにぞろぞろ付いてくる連中はなるべく見ない事にしよ。




「うわ! すごい部屋ね!」


ソフィー王女の部屋に入った瞬間、思わず口にしていた。

だって、最初に入った応接間と同じくらい広い部屋に、花の刺繡のされた布を張った椅子に、たくさんの花の彫刻がされたテーブル、そして、奥には次の部屋への扉がある。

きっと寝室ね、天蓋付きの豪華なベッドが有るんでしょうね。


「侍女や家族以外の人が入ったのは初めてなのですが、普通の部屋とは何か違うのですか?」


思わずレナと顔を見合わせる。

さすが王女様ね。


「ソフィー王女お一人で使われてるお部屋ですよね?」


一応確認しておく。


「はい」


「わたし達の訓練所では、もっと狭い部屋を4人で使っています」


「そうなのですか?」


さすが王女様ね、驚く時も上品に口元に手を当てる。


「はい。訓練所に来る前に暮らしていた家も、この部屋より狭い家で家族4人で暮らしていました」


「ごめんなさい。お城から出る事もほとんど無くて、みんなさんがどのような暮らしをしているかも存じ上げていなくて……」


「気にしないで下さい。これで一つ知らなかった事が分かったって事でいいじゃないですか」


「ありがとう」


わたし達が話している間に、侍女がテキパキとお茶の用意を済ませていた。


「お茶の用意が整いました」


王女が侍女に頷くと自分の席に着く。


「クリスさん、レナさん、どうぞおかけになって」


「はい」


侍女の引いてくれた椅子に座る。

テーブルの上にはいれたての紅茶と、小さなお菓子が綺麗なお皿に乗せられていた。


「冷めないうちにどうぞ」


ソフィー王女が進めてくれるけど、手が伸びない。

だって、すごい素敵なカップだし、紅茶なんて飲んだ事ないし……

レナを見ると、綺麗な姿勢で紅茶を飲んでいた。


「?」


レナが不思議そうに首をかしげる。

とにかく、レナのまねをすればいいのか。

そっとカップを持つと、手がめちゃくちゃ震えて、まるで自分の手じゃないみたい。

でも、今を逃したらきっと二度と紅茶を飲めないだろうから、飲みたい意志で震えを無理やり押さえつける。

カップからこぼさない様に何とか口に含むと。


「おいしい……」


口内にあふれる香りと、自然な甘みに思わず口から言葉がこぼれていた。


「気に入っていただけたようで良かったです」


わたしの言葉に、本当にうれしそうに笑うソフィー王女。

この人良い人かも。

直感的に思う。

ソフィー王女のような人から見れば、わたしなんかきっと道端の石ころと同じに思われてもおかしくない。

でも、わたしが口にした事に、きちんと答えてくれる。

ちゃんと目を見て、笑ってくれる。

今自分が感じた事を、わたしも同じように感じたら喜んでくれる。

一人の人間として見てくれている。


「どうしました?」


思わずソフィー王女をまじまじと見てしまっていた。


「すみません。何でもありません」


「そうなのですか? てっきり何か言いたい事が有るのかと思いました」


「いえ、とんでもありません」


危ない危ない。わたしが良い人だと思うのはいいけど、王女様なんだからちゃんとしなきゃ。


「そうですか……」


なんとなく気まずい空気が流れる。


「あの、それでしたら(わたくし)からお願いがあります」


お偉いさんからのお願いか~、嫌な予感しかしないんだけど……


「なんでしょうか?」


「これから訓練が終わったら、一緒にお茶を飲んでいただけますか?」


へ? 

わたしが間抜けな顔をしていたのか、王女がもう一度繰り返す。


「その、(わたくし)と一緒にお茶をしていただけたらと……」


「あの、わたし達がですか?」


「はい」


別にいいけど、何で?

わたしが不思議そうな顔をしていたのだろう、ソフィー王女が照れながら説明する。


(わたくし)は外の事を知りません。王族として、いろいろな事を知る必要が有ると思っています。それに、同じくらいの歳の知り合いがあまりいなくて、お話しする機会を作るのがなかなか難しいので……」


友達がいないから話し相手が欲しいって事?

思わず王女をまじまじ見ると、手を握りしめている。

緊張してる?

レナを見ると、『クリスに任せる、答えは分かってるけどね』と目が語っている。

でも、わたし貴族とか王族に良いイメージ無いんだよね。

平民が苦しんでるのを見ないで贅沢してるって感じがして……


「わたし達でよろしければ、喜んでご一緒させていただきます」


え? 考えてる事と返事が違うって?

だって、手が白くなるほど握りしめてるんだよ。

すごい勇気を振り絞って言ったと思うんだ。

断ったら、かわいそうじゃない。


「ありがとうございます!」


王女めっちゃ喜んでるし。

レナはわたしの返事に『やっぱりね』と思ってるみたいだけど。


「でも、わたし達の話なんてつまらないと思いますが……」


「そんな事ありません。あ、良かったらお菓子もどうぞ」


にこにこお菓子を進める王女。

せっかくだから頂こうかしら?


「おいしい!」


めちゃくちゃ甘いよこれ!


(わたくし)も大好きなお菓子なんです」


「本当においしいです。わたしが普段食べているパンなんて硬くて歯がかけそうなくらいなんですよ。ね、レナ」


「それは、クリスが一度にたくさん口に入れようとするからだよ」


「そんな事ないよ、ジョンとヘンリーだっていつも文句を言ってるもん」


「それはクリスが男の子と同じ速さで食べようとするからだよ」


「だって、急がないと二人に取られちゃうじゃない」


「どっちかって言いうと、クリスが二人の分を取ろうとしてるように見えるんだけど」


「そんな事ないよ!」


もう、変なこと言うのやめてよ、王女様が笑ってるじゃない。


「このお菓子で良かったら、たくさんあるのでどうぞ」


ほら、食い意地が張ってるって思われたじゃない。

でも、おいしいから遠慮なんてしないけどね。

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