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「あれ、ここどこ?」
目を開けると、木の板が見える。
寝起きみたいで頭がぼうっとするけど、肩の痛みではっきり目が覚めた。
どうやら二段ベッドの下の段に寝ていて、上の段のベッドの裏を見てたみたい。
引きつれるような肩の痛みに声が漏れそうになるけど、唇を噛んで我慢する。
しばらくすると、だんだん痛みにもなれて来たような……気がする訳無いでしょ!
ベッドの中でひたすら耐える。
耐える。
耐え……
「おい! 起きろ! 食事の時間だ!」
「ふえ!?」
大きな声に驚いて起き上がると、天井に頭をぶつける。
「いったー!」
「何をやってるんだ、お前は……」
「あっ、髭」
「誰が髭だ! 寝ぼけてないでさっさと起きろ!」
あっ、天井に頭をぶつけたと思ったら、二段ベッドの上の段にぶつかったのね。
当たり前か、ジャイアントじゃないんだから。
もそもそとベッドから出ると、腕を組んだ髭と、狭い部屋に置かれた二つの二段ベッドからわたしを見る子供が三人。
「部屋を出て左に進むと食堂がある。お前が責任を持って全員連れて来い」
何でわたしが? と文句を言いたい所だけど、それを察したのかそそくさと部屋から出て行く髭。
まったく、しょうがないわね。
「こんにちは、わたしは……」
同室の子に挨拶をしようとしている最中に、タイミングを見計らったかのようにドアを開けて髭が顔を出す。
「今日からお前達は番号で呼ばれる。同室の者でもだ。名前で呼んでいるのを見つけたら、ここから死体で放り出される事になる。気をつけろ」
髭は言いたい事を言って顔を引っ込める。
「……わたしの番号は13よ」
ちくしょう、後で覚えてなさい。
「あっ!」
声の方を向くと
「レナ!」
思わず声をかけたけど、レナは悲しそうな表情を浮かべる。
「えっと……、私は14って付けられたみたい」
「そっか……」
名前を奪われた事が、わたし達が売られたんだという事を嫌でも思い知らせる。
どうやら表情に出ていたみたいで、レナが気を利かせて明るい声を出す。
「そういえばお礼まだだったね。これを取られない様にしてくれてありがとう」
胸元からロケットを取り出すレナ。
って事は、髭は約束を守ってくれたって事ね。
あんな見た目で結構律儀なんだ。
「大した事してないよ。それより、大事なものだったんでしょ? よかったね!」
なぜか赤らむレナ。
何か可笑しい事言ったかしら?
それよりも、初めて会ったときと比べて、表情が柔らかくなってる事が妙にうれしいわね。
「おい! 話は終わったのか!?」
レナと話していると、ベッドから降りた男の子がイライラした感じで割り込んできた。
「見ての通り、まだだけど何?」
思わず言い返してしまう。
「いや……、何って……」
そっちから話しかけて来て、口ごもるんじゃないわよ。
むっとして男の子を見ると、黒い瞳と顔には大分幼さを残していた。
あれ? もしかして年下?
「ねえ、あなたいくつなの?」
「九歳だよ」
やっぱり年下だ……
若干後悔しながらも、わたしは男の子に話しかける。
「ごめんさない。ここに来た時に知り合った子と同室なのが嬉しくて……。今日からよろしく!」
手を差し出すと、男の子は何度かわたしの顔と手を見た後、手を出しかける。
思わず口に笑みを浮かべたわたしは、男の子の手を強引に握り締める。
「よろしくね」
「ああ」
ぶっきらぼうに答えた後横を向く。
あれ、照れてる?
かわいいじゃない。
「なんだよ?」
わたしがにやにやしてたからだろうか?
不機嫌そうにするのがまたかわいいわね。
っと、髭に早く来いって言われてたんだ、急がなきゃ。
「ご飯食べに行きましょ。急がないと食べるもの無くなっちゃう」
「腹なんか減ってねえよ」
「だめだよ。食べられる時にはちゃんと食べないと」
「俺はお前みたいに無神経じゃないんだ」
「失礼ね。わたしは無神経じゃないわよ」
「さっきまで、ぐうぐう寝てたくせに。こんな時に寝られるのなんてお前ぐらいだ」
ぐぅ。
しょうがないじゃない、気付いたら寝てたんだから。
わたしは無神経じゃない、本当だよ。
「とにかく食堂に行きましょ。こんな所で言い合っててもしょうがないし」
わたしと男の子がにらみ合っていると、レナが慌てて言う。
しょうがないわね。
今日はレナの顔を立ててあげる。
まだベッドに残っていたもう一人の男の子に声をかけて、食堂に向かう事にした。
さっきの男の子も、ぶつぶつ言いながらもしっかり付いてくる。
その姿を見たら、エイミーの事を思い出してほんの少し悲しくなった。
「よく食うな……」
こちらを見ながら呆れたようにつぶやくジョン。
あ、ジョンと言うのは最初にわたしに話しかけてきた男の子の事。
付けられた番号は15だった。
もう一人の男の子はヘンリー、付けられた番号は16。
ジョンは黒い瞳だったけど、ヘンリーは青い瞳をしていた。
そして、当たり前だけどここにいる子供はみんな髪は黒い。
わたしが13でヘンリーが16って事は、番号順で部屋を決めているって事よね。
「何よ? あなたこそもっと食べなさいよ。大きくなれないわよ」
口の中の物を飲み込みながら答えるわたしを、レナが笑いながら見てる。
「落ち着いて食べたらどう?」
「だって、みんなもう食べ終わってるじゃない。待たせたら悪いし」
「柄にも無くそんな事考えてんのか、お前」
柄にも無くって…… 失礼ね。
お腹は減っていないと言っていたみんなだったけど、食事を始めてみると、用意された分は綺麗に食べ終えていた。
わたしはちょっと足りなくて、丁度いた髭に文句を言ったら嫌そうな顔をしながらも、お代わりを用意してくれた。
その間にみんなで話をしていたら、軽口を言い合えるくらいに仲良くなれた。
ただ、大きな食堂で話をしながらご飯を食べていたのは、わたし達のテーブルくらいだったけど。
「ごちそうさま~」
久しぶりにお腹一杯食べた。
ここに来るまでの間はもちろん、着いてからもご飯どころじゃなかったもんね。
「幸せそうね」
レナがくすくす笑う。
「呆れるくらいよく食べますね」
ヘンリー、口に出さなくても、あなた確かに呆れた顔をしてるよ。
隣で頷くな、ジョン。
あんたも十分呆れた顔をしてるから。
「そろそろ部屋に戻りましょうか?」
混みだしてきた食堂を見てレナが言う。
「そうね。戻りましょ」
わたし達は邪魔にならないうちに部屋に戻る事にした。
……部屋に戻ったのはいいけど、この後どうすればいいのかな?
ベッドに腰掛けながら思う。
もちろんみんなに聞いたって分かるはずも無いから、下の段のベッドに腰掛けながらお互い顔を見合わせていた。
わたしの隣にはレナが座って、合い向かいのベッドにはジョンとヘンリー。
だけど、このままお見合いしててもしょうがないわね。
「寝ましょうか?」
「お前、まだ寝るのか…… っていうか、腕が痛くて寝られねえよ」
えっ! だって他にする事ないじゃん、ジョン。
火傷だって、寝たら痛く感じないじゃない。
あ、そうか……
「じゃあ、なにか面白い話してよ」
「面白い話って……、急に言われてもな」
「しょうがないわね。わたしから話すよ」
興味なさそうな振りをしながらも、期待に満ちた目でわたしを見る。
ちょっと、レナまでそんな目で見ないでよ、プレッシャーかかるじゃない。
若干緊張しながら話し出すわたし。
もっとも、話自体はどこにでも有る様な話だ。
木になった果物を取ろうとしたら、足を滑らせて落ちた話。
小川で魚を取ろうとしたけど、全然取れなかった上、転んでびしょぬれになった話。
きっとみんなも経験した事のある話だろう。
それでも、楽しそうに聞いてくれた。
ジョンは、食い意地が張ってるって大笑いしてたけど。
そんな話をしているうちに、みんなはあまり寝ていなかったからか、目がとろんとしてきた。
レナはほとんど眠りかけていたので、下のわたしのベッドで寝てもらった。
ジョンとヘンリーはどっちかが床に落ちていた。暗くて見えないけど。
みんなが寝たのを確かめてから、わたしはそっと部屋を出る。
えっ? どこに行くのかって?
そんな事、レディに聞くんじゃないわよ。
廊下に出ると、ところどころ青白い光を出している石みたいな物が、壁の穴に置かれている。
もしかして、魔法ってやつかな?
青白い光に照らされた廊下を、目的の場所目指して歩いていると髭と出くわした。
「どこへ行くんだ?」
「こっちにはトイレしかないでしょ」
「そうか、他の連中は?」
「さっき寝たところよ」
「……」
「なに?」
「他の部屋を見たが、どの部屋の奴らも寝ていなかった」
「当たり前じゃない。こんな所に連れて来られて寝られるわけ無いじゃない。火傷の腕だって痛いし」
「お前はグーグー寝てたが……」
「ぐっ! いい? わたしの部屋の子達だって、寝られそうに無かったわよ。だから、わたしが子供の頃に失敗した話を、大げさに面白く話したの」
「だから寝られたと?」
「友達と遊びに来た位の気持になってくれれば、疲れもあって寝られると思ったの。だから家族を思い出すような話はしなかったんだし」
「……そういえば食堂で話をしたり、食事を全て食べたのはお前の所だけだったな」
「お腹一杯食べたら、眠くなるでしょ?」
「それを狙ったのか?」
「そんな訳無いじゃない。わたしは家にいた頃はあまり食べられなかったから、食べられる時は食べる事にしたの。この後どうなるのかもよく分からないしね」
髭は何か考えるそぶりを見せる。
なに? もしかして、ずうずうしい上に、食い意地も張ってるって思ってるの?
ふん、悪い?
「いや、感心した」
どんな時気でも食い意地が張っているって感心したの?
嫌味な奴!
「……それはどういたしまして。ところで、急いでいるので失礼してもよろしいですか?」
「ああ、悪かったな」
「では失礼いたします」
気に入らない相手でも、レディはきちんと挨拶するものね。
その場を後にしようとすると、髭が大きな声を出す。
「もらさないようにな!」
本当に人の神経さかなでるの上手いわね!
きっと大股になっていると思いつつ、足早にその場を離れる事にした。
「お前ら! 起きろ!」
「ふあっ!」
突然の怒鳴り声に驚いて飛び起きる。
鈍い音がしたと思ったら、頭に激痛がっ!
「お前…… 昨日も同じ事しただろう……」
涙目を浮かべながら見ると、髭が呆れた顔をしていた。
「おはよう」
「ああ、おはよう…… じゃねえよ! さっさと他の奴を叩き起して表に出ろ!」
急に苦虫をかみつぶした様な顔をする髭。
「何で?」
「今日から訓練を始めるからだ!」
「そうなんだ」
これからどうなるのかと思ってたから、とりあえず何をするか分かって良かったわね。
「とにかくさっさと用意して表に出ろ!」
「は~い」
わたしが返事をするとなぜか溜め息をつく髭。
「あいつと話すと調子が狂うんだよな……」
そのままぶつぶつ言いながら部屋を出ていった。
それなら話さなきゃいいじゃん。
あっ、それよりみんなを起こさなきゃ。
隣で寝息を立てているレナに声をかける。
「起きて、外に集合だって」
レナの体を揺すりながら何度か繰り返すと、突然家でエイミーを起す時の事を思い出した。
今まで考えないようにしていたけど、涙が溢れる。
この部屋で一番の年上なんだからちゃんとしなきゃ。
わたしがお姉ちゃんなんだから、と自分に言い聞かせても溢れてくる涙。
ここに来てから話し方も変えて、家族の事を出来るだけ考えないようにしてたけど、この部屋で一番のお姉ちゃんだと思って我慢してたけど、わたしだって辛くないはずない。
次々に思い浮かぶ家族の姿に、歯を食いしばり声を上げない様にするので精一杯だった。
「言い忘れたが、訓練用の服はベッドの下に……」
さっき部屋出て行った髭が戻ってきた。
わたしは泣いている事に気付かれないように腕で涙をふき取る。
「分かりました」
声が震えた。
髭は言いかけた言葉を続ける。
「ベッドの下に訓練用の服がある。番号が付いているから、自分の番号の服を着て来い」
そう言い残してドアを閉めた。
さて、外に行かなきゃ。
わたしは気持を切り替えてみんなを起した。
建物の外へ出ると、子供達が不安そうな表情を浮かべながら集まっていた。
みんな目が充血している。
きっと昨日寝られなかったんだろう。
「番号順に並べ!」
細身の、神経質そうに眉間に皺を作った男が声を張り上げる。
みんな従う様にのろのろと動き出すと、男の近くにいた男の子が殴り飛ばされる。
「早くしろ!」
叫びながら、近くにいる子供を次々に殴りだす。
「ちょっと! やめなよ!」
「なんだ貴様! 俺に文句があるのか!」
男と目が合う。
あっ! 思わず口から出てたのか。
真っ直ぐ向かってきた男が目の前で立ち止まる。
「もう一度言ってみろ!」
痩せこけた頬をピクピクさせながら、わたしを見下ろし睨みつける。
げっ! 結構怒ってらっしゃる?
子供に本気で怒るなんて、大人気ないわね~
わたしが黙っていると、男の顔はこれ以上赤くなる事はないってくらい赤くなっていく。
男が唇を震わせながら拳を振り上げ、わたしが体を強張らせると、横から出された手が男の腕を押さえる。
「リベット教官。こいつらを無闇に殴りつけて怪我をさせたら、この後の訓練に支障が出るぞ」
髭!
わたしは心の中で、リベットと呼ばれた男の腕を押さえた髭に感謝する。
だって、あのままだったら、リベットは思いっきりわたしを殴ってただろうから。
「ですがコルト教官長。こいつらの好き勝手にさせたら示しがつきません」
「初日から脱落者が出たら上ににらまれるぞ」
髭の言った事がこたえたのか、リベットは不満そうにしながらも、子供達を怒鳴りつける仕事に戻っていった。
「お前なぁ……」
リベットを見送った髭が溜め息をつく。
「ごめんなさい。わたし思った事口に出ちゃうみたいで」
「知ってる」
「ぐっ」
知ってるのかよ!
せっかくしおらしくして謝ったのに。
「お前が回りに気を使ってるのは分かるが、少しは自分の事も気にしないと潰れるぞ」
ん?
回りに気を使ってるってのは分からないけど、おとなしくした方が良いのは今回のことで良く分かった。
でも、そんな器用な事わたし出来るかな?
「でも、その時は助けてくれますよね? コルトさん」
見上げながら言うわたしから、視線をそらして頭をかく髭。
「なんでこんな時だけ名前で呼ぶんだ、お前は。いいからさっさと並べ。次はかばってやらないぞ。それと、俺の事はコルト教官長と呼べ」
やっぱりかばってくれてたんだ。
「はい。コルト教官長」
レナ達に声をかけて、急いで列に向かう。
「ちっ。素直にして笑ってればかわいらしいのにな」
ん? 何か言った?
まあいいか、みんなの所に行こう。
リベットの堪忍袋が切れる前に、わたし達はお行儀よく並んでいた。
「これからお前達に訓練で使う武器を渡す! 刃は潰してあるから変な気は起すなよ! 死体を始末するのも大変なんだからな!」
リベットの話が終わると、ナイフより大きい、ダガーと呼ばれる短剣を渡された。
初めて持つ生き物を傷つける道具に緊張する。
刃の部分を見ると、リベットの言う通り切れないように丸くなっていた。
「隣と前後の者との間が空くように、五歩以上間隔を取れ!」
わたしは13だから、二列目の左から三番目に立っていた。
先頭の一番左、1の子からみんな距離を取るために移動する。
全員が十分な距離を取った所で、髭が正面に立つ。
「全員周りの奴に当たらないように距離を取ったな」
みんなが髭に返事をする。
「よし、これからお前達にダガーの使い方を教える。最初に握り方だ。この中には手の小さい者もいるだろう。ダガーを振った時にすっぽ抜けないように、しっかりと握れ」
確かにわたしくらいの手の大きさじゃ、思いっきり振ったらどっかに飛んで行きそう。
持つ所の端が少し大きくなっているから、ここに小指を合わせれば抜けにくくなるかな?
「いいか、手の小さい者は柄頭の所に指を引っ掛けるようにしろ」
髭が柄の先の少し大きくなっている所を指差す。
へえ、そこは柄頭って言うのね。
持ち方は、わたしが考えた通りで問題ないみたいね。
「最初は右上から左下に向けて振れ。剣みたいに重さがないから、相手の首の位置を考えて鋭く振れ。こうだ!」
髭が合図してダガーを振る。
ここからでも、切り裂く音が聞こえてきそうだった。
伊達に教官長なんて呼ばれてないわね。
しばらく短剣を振る髭を見ていた。
「ではお前達、やってみろ!」
みんな思い思いにダガーを振るう。
が、所詮子供だ。
注意しても手からすっぽ抜けたり、ダガーに振り回されたり、自分の足に当ててみたり、お世辞にも訓練とは呼べる状況じゃなかった。
え? わたし?
それはもちろん……
「……」
「なに?」
目の前に黙って立つ髭を見る。
「……」
そのまま黙って立ち去る。
分かってるわよ!
こんな大きい短剣、ちゃんと振れる訳ないじゃない。
隣を見ると、ジョンとヘンリーもダガーに振り回されていた。
だけど、意外な事にレナがそれなりに扱えていることに驚く。
わたしが見ている事に気付いたレナは、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「気を抜くな! 俺が止めろと言うまで続けろ!」
うへ~、リベットが嬉しそうな表情をしている。
きっとあいつは、子供が嫌がる事をさせるのが好きなのね。
仕方がない、頑張ろう。
負けるな、わたし。
「負けた~」
ぱんぱんに張った腕を揉みながら、吐き出すように言う。
教官達はみんな、しばらく休憩にしろと言った後、建物の中に入っていった。
「お前、あの位で疲れたのか? 口は達者だけど大した事ないな」
ジョン、あなたこそ大きな口叩いてるけど、生まれたての子鹿みたいに足ぷるぷるしてるからね。
いちいち言わないけど。
それにしても、レナが以外に元気そうなのが驚きね。
「14、あなたあまり疲れてないみたいね」
「疲れてるよ。ただ、短剣は昔習った事あるから」
「そうなの? 意外ね。なんでそんな事してたの?」
わたしが聞くとレナの顔が暗くなる。
あ、聞かれたくない事聞いちゃったかな?
ここに来る子なんて、みんな何か有るもんね。
「ごめん。ちょっと気になっただけだから、言いたくない事は言わなくていいよ」
レナが気にしてそうなので、ヘンリーに話を振る。
「16、あなたも元気そうね」
「疲れてますよ。ただ、短剣は使った事はあるんで、15よりマシですけど」
ぷぷ、ジョン。ヘンリーにも辛そうにしてるのばれてるよ。
「16、おまえなんで短剣なんて使った事あるんだ?」
「うちの親は猟師だったんです。それで父さんの手伝いをするのに、多少は使った事があるんです」
そう言いながら広げたヘンリーの手のひらには、タコが出来てた。
「さわっていい?」
ヘンリーが頷いたので、触ってみる。
「硬いわね~。どの位でこんな風になるの?」
わたしが皮のむけた自分の手のひらを見ながら聞く。
「一ヶ月もあれば手の皮もむけなくなると思います。ただ、あんなに大きい短剣は使った事ないので、外れるかもしれませんけど」
そっか、だから扱いづらそうにしてたんだ。
「だったら早く慣れないとね」
「お前、よくそんな前向きでいられるな……」
「だって、今が辛いからって泣いていても何も変わらないじゃない。だったら、出来るだけの事をやって、それでもだめだったら、その時泣けばいいじゃない。今悲しんでいたりしたら、時間がもったいないじゃない?」
「……」
じっとわたしを見るジョン。
ん? 変な事言ったかしら?
それとも、こんな状況なのに悲しまない変な奴って呆れてる?
「それが人を殺すための努力だとしてもですか?」
ヘンリーが真っ直ぐわたしを見ながら聞いてきた。
「だってまだ殺してないじゃない。今考えても仕方ないから、その時考えるよ」
「……そうですね。確かに、僕達はまだ誰かを殺した訳ではないですもんね」
ん? ヘンリー笑ってるわね。
どうせ無神経だって思ったんでしょ。
いいわよ、別に。
そのまま地面に寝転がる。
「おい、こんな所で横になるなよ」
うるさい、ジョン。
休憩してろって言われたんだから、寝てても文句言われないわよ。
それから少しして、嫌そうな顔をした髭にたたき起こされ、一通り小言を言われた後、次の訓練のための場所に向かった。
そして、今わたしはピンチに直面している。
力なく座った椅子で大きくため息をつく。
肘はテーブルに付き、手の甲を額に当てる。
まるで、敬虔な信者が祈りを捧げている様に見えるだろう。
「誰がこんな物考えたのよ……」
わたしは手の中にあるそれを、握り締める。
すると、目の前に人影が立ち止まる。
「髭……」
目にうっすらと涙を浮かべながら、その人物を見上げる。
「髭ってお前……。まあ、誠に遺憾だが、俺もお前の思いは理解できる」
髭の言葉はまるで、雨雲の間から太陽の光が差し込んだように感じた。
「コルト教官長! だったら!」
「うぉっ! 呼ばれなれない呼ばれ方されたから、鳥肌立ったぞ!」
腕をさする髭。
わたしも気持ち悪い呼び方したから、鳥肌立ってるわよ。
そんな事より大事な事があるでしょ!
あせる気持ちを抑えて、髭に話しかける。
「そんな事より……」
「だめだ。鍵開けも出来ないんじゃ、仕事にならないだろ」
「ぐっ!」
練習用の錠前を更に強く握り締める。
「俺も鍵空けは得意じゃないが、今お前が握り締めているのは一番簡単な錠前だ。慣れれば5歳児でも空けられるぞ、ちょっと貸せ」
髭はわたしの手から錠前を取ると、テーブル越しに鍵穴をわたしの方に向けて説明する。
「いいか、慣れればこんな簡単な鍵は見なくても空けられる。鍵穴から先の曲がったピッキングツールを入れて、ピンに引っ掛けて回すだけだ」
鍵穴からピンを見ないで、手の感覚だけでピンを探り当てると、髭は簡単に鍵を開けた。
「やってみろ」
鍵を掛けた錠前を差し出す。
出来れば無視したいけど、錠前を差し出したまま待っている髭に悪い気がして、受け取る事にする。
大きく息を吐き出して、鍵穴を覗き込みながらピッキングツールをピンに…、ピンに…、ピン……
「出来るかー!!!」
「おい、落ち着け」
「うるさい! 何度やっても出来ないんだから! 絶対無理!」
「ゆっくりやれば、必ず出来る。だから落ち着け」
「出来ないって言ってるでしょ! 無理なの、無理! 出来ないなら死体で放り出すって言うなら、いっそひと思いに殺せー!!」
「お前ら! 見てないでこいつを押さえろ!」
「離せー! この世から悪魔の道具をなくしてやる!」
「すみませんでした……」
小さくなりながらみんなに謝る。
「鍵開けで暴れたのはお前が始めてだ」
顔に青あざを作った髭が言う。
「ぷっ!」
思わず噴出したわたしを髭が睨む。
「本当にいい迷惑だ」
髭の隣にいるジョンも青あざを作っていた。
「だから、謝ってるじゃない」
「態度がデカイ」
「ぐっ」
「大体鍵開けが出来なくて暴れるって、どんだけこらえ性がないんだよ」
「あんな小さな穴からピッキングツールを入れて、更に小さいピンに引っ掛けるなんて出来るわけないじゃない」
「俺も、14も、16も出来たぞ」
「というか、出来ないのはお前だけだったな」
うるさい髭、横から口を挟むな、今ジョンと話してるんだ。
「とにかく、人には得意な事と、不得意な事が有るんだから、長い目で見てよ」
「その度に暴れられたら、たまらないんだよ」
じと目のジョン。
「これから気を付けるから。ね、髭もいいでしょ」
すっかりささくれ立ったジョンを諦め、髭に話しかける。
髭はこれ見よがしにため息をつくと、気を付けろと言い残して席を後にした。
「ほら、髭も許してくれたじゃない。15も小さい事にいつまでもうじうじ言わないの。大きくなれないよ」
「背は関係ないだろ。大体、13は無神経すぎるんだよ」
「何ですって! わたしは無神経じゃないわよ!」
「まあまあ、二人ともその位にしてください」
ヘンリーがわたしとジョンの間に割ってはいる。
「なによ、邪魔しないでよ」
「そんなに怒らないで下さい。この後、壁登りの練習をしたら、夕食になるそうです。みんなもう練習場所に向かっていますから、僕達も行きましょう。遅刻して夕食抜きになったら大変ですよ」
たしかにそれは大変ね。
なんかいいように踊らされてるような気がするけど、まあいいわ。
「そうね、みんなを待たせたら悪いもんね。わたしたちも行きましょ」
さあ、急がなくっちゃ。
後で騒ぐジョンは無視無視。