18
「はぁ はぁ はぁ」
ソフィーの呼吸がだいぶ苦しそうになったころには、後ろの街はだいぶ小さくなっていた。
「ここまで来れば一安心かしら」
走るスピードを落としながら話しかける。
「はぁ はぁ よかった」
ソフィーは膝に手を付いて屈みこむ。
ここまでだいぶ走ったから辛そうね。
だけど、足を止める訳にはいかないから、少し休んだら出発しなきゃ。
周囲に目をこらすと、動いているものは見当たらない。
ここから先では、人以外に動物やモンスターにも注意しないとね。
組織で夜目の訓練してよかったって、こんな時に思う。
さて、ソフィーの呼吸も落ち着いてきたし、そろそろ出発しようかしら。
「ソフィー、動ける?」
「はい。もう平気です」
「じゃあ行きましょう」
お城から追手がかかる前に、少しでも遠くに行かなくちゃ。
辺りが明るくなったら遠くからでも見つけられちゃうしね。
ソフィーの体調の事も考えて、走るのはやめて足早に歩く事にする。
時々ソフィーに休憩をしてもらっている間に、近くの村にこっそり忍び込んだりして食料を確保して、あとは最低限の仮眠だけで歩き続けると、やっと南の森の入り口にたどり着いた。
「ここがレナと待ち合わせした場所ですか?」
ずいぶん無理をしてきたけど、それをわたしに感じさせない様にソフィーが元気に言う。
だけど、ほとんど休まないで歩き続けてきたから体力も限界だと思う。
「そうよ。だけどレナはまだ来てないみたいね」
周りを見渡しても人影が無いわね。
とりあえずどこか座れる場所を探そうかしら。
「あまり奥に入るとモンスターとかいるかもしれないから、どこか安全そうな場所を探して休憩しましょ」
「そうですね……」
ソフィーがどこと無く不安そうに森の奥を見る。
「どうしたの?」
「もしかしたら、ここは迷いの森と呼ばれている場所かもしれません」
「迷いの森?」
「はい。お城の南にエルフ達が暮らす森があって、奥に行くと二度と出られないように結界が張ってあると聞いた事があります」
「そうなの? でもなんで?」
「私達とエルフとの戦争が原因でしょう……」
「戦争? この国とエルフ達が?」
ソフィーが頷く。
「私が生まれる前の話ですが、エルフの他にもドワーフ達とも戦いがあったと聞いています。彼らの持つ物を奪い、彼らを奴隷として使うためです」
「そんな事があったの……」
「はい。それ以来、エルフは結界を張って人間を寄せ付けず、ドワーフ達は国を捨てたと聞きました」
じゃあエルフ達との仲は最悪って事ね。
助けを求めたら、逆に襲われるでしょうね。
「でも、あまり奥まで行かなければ逆に安全なんじゃない? 人はもちろん、モンスターだって近寄らないんじゃないの? 結界が人とモンスターを区別してるとも思えないし」
「……そうかもしれませんね」
お城を後にしてから、初めてソフィーがくすりと笑う。
「?」
「クリスって前向きですよね」
「わたし? そんな事考えたこと無いけど、そう見える?」
「はい。クリスと一緒だったら何とかなるような気がします」
気休めでも、そう思ってくれるなら良かった。
さて、休める場所を探さないとね。
ソフィーと一緒にある程度体を隠せる所まで森に入ると、よさそうな場所が見つかったので、周りに生えている木に当りをつける。
「何をしてるのですか?」
上ばかり見上げていたわたしを、ソフィーが不思議そうな表情で見ていた。
「休むのに良い木が無いかと思ってね。地面で横になったら、虫とか蛇が来るから」
「木の上で休むのですか?」
「ええ、ちょっと準備が要るけどね。この木でいいみたいね」
隣の木との距離や、枝の張り方を見て決める。
逃げる時に持ってきた荷物を降ろすと、材料集めに行かないと。
「ちょっと材料探してくるから、待っててくれる? えーと、もう少し森の入り口に近い所がいいかしら」
「あの木の陰で良いですか?」
ソフィーが指差した木を見て頷く。
あそこなら森の外から見えなさそうだからね。
「じゃあちょっと行ってくるわね」
ソフィーに手を振って森の中の探索に行く。
ちゃんと元の場所に戻れるように、木の幹に所々傷を付けながらね。
ただ、あまり奥に行くとエルフ達に見つかるかもしれないから、注意しないとならない。
さて、お目当てのものは・・・・・ あったあった。
しばらく素材集めに没頭する。
「こんなもんでいいかしら?」
両手で持ちきれないぐらい集めたし、ソフィーへのお土産もあったし上出来よね。
キャンプの予定地に戻ると、戦利品を降ろしてソフィーのいる場所へ向かう。
「おまたせ~」
「……お帰りなさい」
木の根元でぼうっと座り込んでいたソフィーが迎えてくれた。
「はい、お土産」
さっき採ったベリーを差し出す。
「これは?」
「そこになってたの。お腹すいたでしょ?」
「ありがとうございます」
ソフィーが受け取り、口に含むと眉間にしわが寄る。
「すっぱいでしょ?」
ソフィーがこくこく頷く。
「わたしが子供の頃家の近くの森で採れたの。すっぱいけど、お腹の足しにはなるわ」
「そうですね」
すごくすっぱいから、眠気が吹き飛んだみたいね。
森の入り口の近くだからといっても、突然動物やモンスターが出る事もあるだろうから、すぐ動けるようにしておかないとね。
「さて、元気が出たところで準備を始めましょうか」
二人で荷物を置いておいた場所に行き、森の中で取ってきた物を手に取る。
「それはなんですか?」
はじめて見るのかな?
わたしが手に取った物をソフィーがじっと見る。
「木の蔓よ。細くても編むと結構丈夫になるのよ」
ソフィーに見せながら蔓を編む。
あまり器用じゃないから結構時間がかかったけど、一本編み終えた。
「私もやってみて良いですか?」
何本かの蔓を渡すと、ソフィーがはりきって編み出す。
わたしより器用な事もあって、早いし何より、
「綺麗に編めてるわね」
「これでよろしいですか?」
「全然問題ないわよ。わたしより上手いぐらいだし」
「ありがとうございます」
「蔓を編むのはソフィーにまかせていい?」
「はい」
手を止めずに返事をしてくれたソフィーに後はまかせて、わたしは木に登ることにする。
ちょうど良いところまできたら、ダガーで幹に切り込みを入れる。
何本かの木に同じ様に切り込みを入れるとソフィーの所にもどる。
「どう?」
声をかけると、ソフィーが誇らしげな表情を浮かべた。
「全部出来ました。見てください」
蔓を受け取り軽く引っ張る。
「よく出来てるわよ。さすがソフィー」
照れくさそうにえへへと笑う。
「ありがとうございます。あとは何をすれば良いですか?」
「後はわたしがやるから大丈夫。ありがとう」
腰にソフィーの編んでくれた蔓を巻き付けて木に登る。
蔓の片側は切込みを入れた場所に縛って、反対側は同じく切り込みを入れた隣の木に縛る。
編んだ蔓をほとんど使うと、木々の間にかなり丈夫な目の粗い網が出来た。
その上に葉っぱを敷き詰めれば、立派なベッドの出来上がりね。
ソフィーが上りやすいように蔓で作ったはしごを垂らす。
「上がっていいわよ」
下に声をかけると、ソフィーがはしごを登ってくる。
「すごいですね」
ベットを見てソフィーの顔が輝く。
「立って歩くと底が抜けるから、そっと乗ってね」
ゆっくりソフィーがベッドの上に乗る。
うん、二人乗っても大丈夫そうね。
「どう? 寝られそう?」
「はい」
「じゃあ、ちょっと休みましょうか」
横になるとすぐにソフィーが寝息を立てだす。
さて、ソフィーにも休んでもらうことが出来たし、どうしようかしら?
レナと待ち合わせといっても、さすがに今日は来ないわよね。
しょうがない、今日はこのまま休みましょうか。
わたしも疲れてるしね。
木の幹に寄りかかりながら、先ほど採ったベリーを食べる。
「……懐かしいわね」
思わず故郷にいたときの事を思い出しそうになるのを、頭を振って振り払う。
このままぐっするり眠るわけにもいかないし、すぐに動けるように体を休める事だけを考える。
時々あまりの眠さに意識が飛んだ時間もあったけど、無事に朝を迎えることが出来た。
森の中にも光が届くようになると、まだ寝ているソフィーを起こさないように木の幹を伝って降りる。
森の入り口まで歩いて、辺りを見回すけれど人影は見当たらない。
「さすがにまだ来るわけないか……」
ソフィーと一緒だったから歩くスピードは早くは無かったけどね。
大きく伸びをしながら戻る。
お城からレナの分だと言って用意してもらった食事を持ってきたり、途中通りかかった村で食べ物を失敬したけど、そんなに長い時間ここにいる分はない。
明日まで待ってレナが来なかったら、森の入り口の木何本かに印を付けて南に進もう。
ソフィーの身に着けている物を売ればいくらかになるし、食べ物を手に入れたらまた戻ってくればいいわよね。
うん、そうしよう。
キャンプに戻ると、ソフィーが起きていたのでわたしは仮眠を取る事にした。
太陽が沈みだした頃に起きると、再度森の入り口に向かう。
「まだ来て…… あれ? あそこに見えるの人影かしら?」
かなり遠くの方に人影らしいものが見える。
目を細めて見るけど、遠すぎて分らないわね。
あの距離だと、ここに来るまで一時間位かかるかしら。
レナじゃない可能性もあるから、ソフィーにじっとしてるように伝えてこよう。
ついでに、軽く食事も済ませときましょ。
予定通り事を済ませて、時間を見計らって再度森の入り口に戻ると、木の陰から様子を伺う。
「人には間違いないみたいだけど。ただ…… フードを被っていて顔まで見えないわね」
もう少し近づくまで待ちましょう。
フードを被った人物は森の入り口近くまで来ると、辺りを伺うようにキョロキョロする。
相変わらず顔は見えないけど、体型的にレナじゃないような気がするわね。
でも、一人でしかも徒歩って事は、追っ手でもないんじゃないかしら?
どうしようか悩んでいると、フードの人物がフードを後ろに下げて顔を出す。
「あれ? もしかして、ジョン?」
なんで!?
ここにいる理由は分らないけど、本人に間違いないわね。
見える範囲に目を凝らして見渡すけど、他に人影は見当たらない。
「どうしようかしら?」
声に出してみるけど、ジョンがここにいる理由なんて思いつかない。
しょうがない、本人に聞いてみましょうか。
「ジョン。どうしたのこんな所で?」
森から出て近づいて行くと、ジョンは警戒した様子だったけど、わたしだと分るとそれも薄らいだ。
「13、お前こそどうしたんだ。14から聞いたぞ」
あ、レナに会ったんだ。
じゃあレナは髭に会えたのかな?
リベットの奴に南の森で待ち合わせてるなんて言う訳無いしね。
って事は、ジョンは連絡係に返り咲いたのかしら。
なんか緊張してるみたいだし、そうなのかもね。
「だってしょうがないじゃない、他に方法が無かったんだから。それで何か髭から伝言持ってきたんでしょ?」
「その前に、王女はどうしたんだ?」
「ソフィー? 森の中に隠れてるわよ」
「二人に直接伝えるように言われてる。案内してくれ」
「いいわよ。ついてきて」
森の中に入り、ソフィーが休んでいる場所まで行くと上に声をかける。
「ソフィー、下りてきて。仲間がこれからどうするか連絡しに来たから、二人で聞いてだって」
「分かりました」
ソフィーがはしごから下りてきてわたしの前に立つ。
ジョンはソフィーの事知ってるけど、ソフィーはジョンの事知らないわよね。
「ソフィー。後ろにいるのは……」
ジョンを見ていたソフィーの目が大きく見開かれる。
ん? なんだろ?
思った瞬間、ジョンがわたしの肩をつかみ突き飛ばす。
「ちょっと! ジョン!」
痛いじゃないと文句を言おうとしたけど、ジョンがソフィーにダガーを抜いて襲い掛かるのを見て体が硬直する。
わたしが一瞬作った隙に、ジョンは逃げようとするソフィーの髪をつかむとダガー振りかぶった。