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ソフィーの寝室のドアの前に椅子を置いて、一晩中寝ないで見張りをしてたけど、やっと昇りだした太陽が仕事の終わりを告げる。

椅子から立ち上がり大きく伸びをしていると、ドアをノックする音が聞こえる。


「こんな早い時間に誰かしら?」


つぶやいてから、寝ているであろうソフィーを起こさないようにドアをそっと開ける。


「おはようございます」


小さな声で朝の挨拶をするエルザが立っていた。


「おはよう。どうしたのこんな時間に?」


いつももっと遅い時間だったわよね。


「クリス様がちゃんと王女の警護をしていたかの確認に参りました」


「信用無いのね、わたしは」


「はい。クリス様が起きるのはいつも遅いので、心配になりまして」


「そう? だったらもう平気よ。見ての通りちゃんと起きてるでしょ」


「はい、安心いたしました。ですが、もし寝てたら起こすために使おうと思って持ってきたお湯が無駄になってしまいました」


「寝てたらお湯をかける気だったの?」


「はい」


エルザがニコニコ笑う。


「さわやかに笑いながら答えないでよ。そんなことされたら、大火傷よ」


「冗談です」


「本当?」


「実は、眠気覚ましのお茶の用意に伺いました」


「ありがとう! 内緒にしてたけど、ちょっと眠かったのよね」


「ではすぐ準備いたします」


部屋に入ると、いつもの様に直ぐにカップに温かいお茶が満たされた。


「エルザも一緒にどう?」


「……そうですね。今は仕事中ではないので、ご一緒させていただきます」


自分の分を用意すると、隣の席に着く。


「わたしが入れた訳じゃないけど、どうぞ」


「いただきます」


エルザは背筋を伸ばして優雅にカップに口を付ける。


「……少し渋みが強いですね」


自分の入れたお茶に不満そうな表情をする。


「そう? サッパリしてて美味しいじゃない」


「ありがとうございます。ですが、今度はもっとおいしいお茶を用意させていただきます」


「あら? 意外と負けず嫌いなのね」


「もちろんです。そうでなければ侍女など務まりません」


「へー、そうなのね」


「嘘です。侍女は素直な子の方が良いと思います」


「なんでやねん!」


ひょっとしてエルザっておちゃめさん?


「そんな事より、今日はソフィー王女にはゆっくり休んでいただこうと思います」


「そんな事って、まあいいわ。ソフィー、毎日忙しそうだったわよね」


「はい。体調も崩し気味だったので、丁度良いと思います」


「……」


だけど、レナが帰ってこなかったら、休みどころじゃなくなるのよね。

体調が良くないのに南の方に逃げないといけないし。

そもそも、その時になったらソフィーにどう説明すればいいのかしら?

この後の事を考えると、ほっこりしてる場合じゃないのよね。


「クリス様? どうかなさいましたか?」


「ごめんごめん。ちょっと考え事してた」


「申し訳ありません。長居してしまいましたね」


「いいえ。そんな事ないわよ」


「ありがとうございます。ですが、この後仕事がございますので、ここで失礼させていただきます」


「そう? 美味しいお茶ありがとう。お仕事頑張ってね」


「はい。クリス様も」


エルザが部屋から出て行った後、気合を入れるために両頬を叩く。


「さて、今日も頑張りますか」




「でも…… やっぱり眠いわね……」


エルザがいなくなった部屋にいると、静かすぎて眠くなってくる。


「だけど…… 今日はさすgggg」


こつんと脛に痛みが走る。

誰かが踏んだの?


「ふょっと、ション。わふぁしの足ふまなでょ」


今度は、はっきり分かるくらい蹴られる。


「いたっ! ジョン痛いってば!」


脛をさすりながら目を開けると


「あれ、ジョンじゃない?」


「あんた、喧嘩売ってんの?」


目の前には、不機嫌さを隠そうともしないアーダ。


「なんだ、アーダか。怖い顔してどうしたの?」


「……今日が何の日か分かってる?」


「えっ? ああ、ご飯の時間?」


「……」


アーダにめっちゃにらまれる。


「冗談よ。分かってるわよ。夜でしょ?」


「で、もう一人は?」


「ちょっと用があって出かけてるわよ」


「……なんで?」


「ソフィーに頼まれた事があってね」


「どんな事?」


「隣でソフィーが寝てるから言えないわよ。他の人に言わないでって言われてるし。でも、大した用じゃないから、気にしなくていいわよ」


心の声が漏れないように全身に力を込める。


「……分かった。食事の用意するからさっさと食べて」


不機嫌そうに食事をテーブルに置く。


「今日のご飯も美味しいわね」


お肉を口に頬張る。


「……早くして」


「せっかくのご飯だからゆっくり食べさせてよ」


実際、ご飯の味なんか分からないけど、いつもと同じように振舞わないとアーダに怪しまれる。

レナもいないしね。

あ、そうだ。


「レナの分ちゃんと置いて行ってね。帰ってきたら食べると思うから」


「……」


あっ、しゃべらなくなったわね。

なんでだろ?




その後、エルザがソフィーの様子伺いに来たりしたんだけど、ソフィーの具合があまり良くないようで食事にも手を付けないみたいだった。

そして、夕暮れ時になってもレナが戻ってこないと、さすがに不安で胸が押しつぶされそうになる。


「あれ? あなた顔色悪くない?」


食事の用意をしに来たアーダに話しかける。


「……あんた、何でそんなにバクバク食べられんのよ」


えっ? わたしそんなに食べてる?


「さすがに胸が一杯でいつもより食べられないんだけど……」


「そんだけ食べられれば十分よ」


うーん、いつもならあと三個はパンを食べるのに。


「アーダはもう少し食べた方がいいんじゃない? 青い顔してるわよ」


わたしがフォークにお肉を刺して向けると、あからさまにわたしの話を無視する。

別にいいけど。


「……レナって子は? 今どこ?」


「一度戻ってまた出かけたわよ」


アーダが眉間にしわを寄せる。


「大丈夫なんでしょうね?」


さすがに、何が? とは聞かずに答える。


「分かってるわよ」


「だったらいいけど」


「あ、レナの分のご飯置いて行ってね」


「……」


ちゃんと用意してくれた。

無言だったけど。




窓から空を見ると、とっくに太陽は沈み月が顔を出していた。

大きく息を吐く。


「そろそろかしら……」


もうアーダが来る時間のはずだ。

レナはまだ戻っていない。

どうしよう?

いや、どうするもこうするも無い。

ソフィーを守らなきゃ。

わたし達のような子供を作らないためにも、ソフィーのような偉い人が必要だ。

手が震える。

アーダはソフィーを殺そうとする。

だから、わたしはアーダを殺さなければならないかもしれない。


ドアからきしむ音が聞こえる。

すると、滑り込むようにアーダが室内に入って来た。

音を立てない様にわたしの目の前まで来る。

ちらりと室内を見回す。


「もう一人は?」


「……いないわよ」


「どういう事? ……まさか裏切る気?」


「……ソフィーはこの国に必要な人よ。わたし達のような子供を作らない様にしてくれる」


アーダがぎろりとにらむ。


「なに言ってるの? 組織の命令は絶対。仲間が殺されてもいいの?」


「わたしがソフィーを誘拐する。そうすれば仲間は殺されないかもしれない」


「な! ふざけないで! そんな事で仲間が助かる訳ない!」


「ソフィーが誘拐されたら、わたし達を処分する必要ないでしょ?」


「なに言ってるの!? 今日までに使えないって理由で何人殺されたと思ってるの!?」


「えっ…… 殺された?」


「なに驚いた顔してるの? あんた達の仲間だって、使えないと思われた子は殺されてきたでしょ?」


「事故で亡くなった子はいたけど…… 殺された子なんていないわよ」


アーダが表情を歪める。


「なにそれ? あんた達は誰も処分されてないの?」


「ええ……」


「そうか…… だからあんた達はお友達ごっこなんて…… ははっ、なにそれ……」


突然アーダが笑う。


「どうしたの?」


「なんであんた達が組織の命令を嫌がるか分かった。あんた達『犬』は、あたし達『猫』とは違う」


「『犬』とか『猫』とかなんなの?」


そういえば、最初に組織に来た時に髭がなんか言ってた気がする。


「『犬』は暗殺を行う者。『猫』は密偵。あたしはあんた達をサポートするために送り込まれた」


アーダがわたしをにらみながら話を続ける。


「あたしはここに潜り込むために、何人もの貴族に抱かれたわ。組織では、男を満足させる事も覚えさせられた。男がどんな趣味を持っていても対応できるようにね。出来ない子は処分された……」


「なにそれ……」


「それがあたし達の毎日。組織の言う事を聞けなければ、すぐ処分される」


「でも、ソフィーだったら、わたし達のような子供が出来ないようにしてくれるって……」


「はっ! あたし達のような? あたし達とおまえ達を一緒にするな! あたし達は、今まで地獄を見てきたんだ! 心が壊れた子だって! 病気で死んでいった子だっている! 死んだ方がいいって、自ら命を絶った子だっている! おまえは! おまえは今すぐあたし達を助けられるのか!」


「それは……」


「王女は殺す。誰にも邪魔をさせない」


わたし達がにらみ合っていると……


「クリス、どうしたのですか?」


奥の寝室からソフィーが入ってくる。


「ソフィー! 来ちゃダメ!」


だけど、わたしが声を上げた瞬間、アーダが懐から短剣を取り出してソフィーに襲い掛かる。


「キャッ」


ソフィーの小さな悲鳴が上がった瞬間、わたしは二人の間に飛び込みアーダの短剣を右手で持ったダガーで受け止める。


「じゃまするな!」


アーダが短剣に力を込める。


「お願い! 引いてアーダ! あなたを殺したくない!」


しばらくつばぜり合いをしていると、アーダが力ではわたしにかなわないと思ってか、距離を開ける。


「『犬』はずいぶんお優しい事で……」


アーダが小瓶を取り出し、中の液体を短剣にかけ投げ捨てる。

もしかしてアーダが言っていた毒?


「クリス。一体どうしたのですか?」


背後から振るえるソフィーの声。


「わたしの後ろに隠れてて。必ず守るから」


アーダから目を離さず答える。

このままいたずらに時間が経てば、誰か来るかもしれない。

それはすなわち、アーダが不利になるって事だ。

再度アーダに引く様に口を開けようとした瞬間、腰だめに短剣を構えたアーダが突っ込んでくる。

後ろにソフィーがいるから避ける訳にはいかない。

取り押さえようにも、毒の短剣じゃかすり傷でも受ける訳にはいかない。

ソフィーを守るためだ。


「ごめん」


口の中でつぶやきながら、右のダガーでアーダの短剣を受け、左手はダガーを抜くと同時にアーダの喉を切り裂く。


「ごふっ!」


口から血を溢れさせながらアーダが倒れる。

そして、何度か痙攣した後動かなくなった。

アーダが死んだ事を確認すると、ソフィーに話しかける。


「ソフィー、ケガは無い?」


ソフィーはアーダを見ながら言葉にならない声を上げる。


「あ、あぁ」


「ソフィー、しっかりして!」


両手でソフィーの肩をつかむ。


「ク、クリス。アーダが……」


「アーダはソフィーの暗殺をしようとしていたの」


(わたくし)を……」


「そうよ。ソフィーは命を狙われてるの」


(わたくし)の命を? ですが、なぜ?」


「それは分からない。だけど、アーダ以外にもソフィーの命を狙っている人がいるかもしれない」


「ひっ!」


ソフィーが身を縮こませる。


「ソフィー、一緒に逃げよう。このままここにいたら危険よ。アーダ以外にも誰かソフィーの事を襲ってくるかもしれない」


「逃げるといっても……」


「南に行けばレナと落ち合える」


「レナと?」


「そう。そしてその後の事を相談しよう。このままここにいても危険よ」


「ですが」


「わたしが必ずソフィーの事守るから!」


ソフィーが一度アーダの亡骸を見る。


「……また戻ってくるんですよね」


「ええ、もちろん!」


「……分かりました。よろしくお願いします」


「じゃあ、行きましょう」


「ですが、(わたくし)は今夜着で……」


「ここで見張ってるから早く着替えて」


「はい」


ソフィーが着替えてる間に部屋中の織物を集めて裂き、ところどころ結び目を作りロープにしてバルコニーから垂らす。

そうしてるうちにソフィーの着替えが終わる。


「わたしが先に降りるから、ソフィーは後から降りてきて」


訓練でいつもしているように下に降りる。

地面に両足がついて辺りに人影が無い事を確認してから、身振り手振りでソフィーに降りるように伝える。

ソフィーはしばらく躊躇した後、ゆっくりロープを伝わって降りてきた。


「お待たせしました」


「初めてにしては上手だったわよ。さすがソフィー」


ソフィーに声をかけた後、急いで裏口に回る。

建物の陰に隠れて様子を伺うと、夜になって門は閉じられていたけど


「門番は…… いないわね」


さぼってるのかしら?

でも丁度いいわね、今の内に失礼しよう。


「走るわよ」


ソフィーが頷いたのを見て走り出す。

無事に門にたどり着くと、かけられていた閂を二人で外し、ほんの少し押して隙間を作り外を覗く。


「誰もいないわ。行きましょう」


ソフィーの手を引いて再度走り出す。

月明かりを頼りに街中を進み、なるべく人の少ない道を選んで南に向かう。

体調の悪いソフィーの具合を見ながら街中を無我夢中で駆けると、辺りの建物がだんだん質素になり、遂には廃屋と言っても差し支えない建物しかなくなって来た。

周囲の様子に不安になったのか、わたしの手を握るソフィーの力が強まる。


「ここを抜けたら街の外のはずだから、一気に駆け抜けるわよ」


お城に向かう時に見てきた風景を考えると、多分ここはスラムのはずだから、もう町の外に出られるはず。

わたしの思った通り、少し走ったら辺りの建物もまばらになて来た。


「もう少しよ」


ソフィーを励ましながら、少しでも街から離れられるように走り続けた。

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