16
ソフィーを殺せと言ったアーダに詰め寄る。
「どういう事よ?」
自分でもよく大声を出さなかったと感心する。
「あ・な・た・達・が・王・女・を・殺・す。 分かった? それとも、あたしが言ってる意味が分からない位頭が悪いの?」
まるでわたし達の神経を逆なでするかのように、一文字づつ区切って答える。
「そういう事じゃないわよ。なんでソフィーを殺さなければならないか聞いてるの?」
「知らないそんな事。だいたい理由なんていらないよね。あなた達アサシンでしょ」
「それは……」
アーダが大きくため息を吐く。
「今まであんた達を見てたけど、いったい何やってるの? 仲良しごっこなんかして気持ち悪い。てっきり任務だから王女と仲良くしようとしてるのかと思ったのに、本気で友達にでもなったつもり? 薄汚いアサシン風情が? 笑わせないでよ」
「……」
忘れてた訳じゃないけど、アーダの言葉が胸に突き刺さる。
「とにかく、もう計画は始まっている。明日の夜、王女は貴族達との面会の約束は取り付けられない。部屋に戻って、寝た頃を見計らって殺す。その時にはあたしも来るから」
「ちょっと待ってよ」
「何度も言わせないで。あたし達はやらなければならない。もし逃げたりしたら、あたし達はもちろん、組織にいる仲間達も処分される」
「なんで!?」
「当たり前でしょ。あたし達に失敗は許されない。失敗したら処分されるだけ」
「……」
わたしが言葉に詰まると、今まで黙って聞いてたレナが聞く。
「あなたが話した内容が嘘じゃない証拠はあるかな?」
「なに言ってるの? 証拠が残るような物が有る訳無い」
「じゃあ、あなたは誰からの命令か聞いてる?」
「……リベット教官よ」
言わなければわたし達が信じないと思ったのか、アーダが考えた末答える。
「リベット教官? コルト教官長じゃなくて?」
「今回の件はリベット教官が取り仕切っている」
そういえば、王女に訓練を行うのもリベットが取り仕切ってるって髭が言ってたっけ。
って事は、最初からソフィーを暗殺するためにわたし達はお城に派遣されたって事?
それなら、今回の任務は組織からの正式な話って事になる……
わたしが考え込んでいると、レナがアーダに返事をする。
「分かった。どうやら本当の話みたいだね」
アーダがわたしを顎で指す。
「そっちのと違って物分かりが良くて助かる」
「ちょっと、レナ」
わたしの文句をレナが珍しく厳しい視線で遮る。
「私達は明日、ここにいればいいのかな?」
「ええ。明日の夜、あたしが毒を用意する。それをダガーに塗ったら決行よ」
「分かった」
レナの答えに満足そうに頷くと、アーダが食器を並べだす。
「それでは食事の用意をいたします。少々お待ちください」
そこには、今までとは打って変わり、人懐っこい笑みを浮かべる明るい侍女がいた。
無言で食事を終え、偽りの仮面をかぶったアーダの入れたお茶を飲み終えると、満足そうに「失礼いたします」と言葉を残してアーダが部屋を出る。
「レナ。さっきの話だけど、本気じゃないよね?」
ドアの向こうでアーダが聞き耳を立てている事も考えて、小さな声を出す。
「あの場はああ答えないと、アーダが納得しなかったと思う」
「でも、ソフィーを……」
「分かってる。だけど、私達がソフィーを守れば、組織に残った仲間が処分されるって言ってたよ」
「だけど!」
「クリス、声大きい」
「ごめん」
「教官長が突然呼び出されたのって、きっと今回の件を聞かせたく無いからだよね」
「わたしもそう思う。髭だったら、多分わたし達にソフィーを暗殺させるのは反対するはず」
「そうだね」
「髭に連絡取れたら、良い考え思いつくかな?」
「私達より組織の事詳しいからね。もしかしたら、いいアイデア出してくれるかもしれない」
「ちょっと髭の所行ってみようかな……」
「今から?」
レナに頷く。
「うん。相談するにしても、なにか行動起こすにしても、早い方がいいでしょ」
「だけど、クリスこの辺りの道知らないよね」
「どっちから来たかは分かるから、あとは何とかするよ」
「……それじゃあ、間に合わないかもしれない」
「でも……」
「私が行くよ。この辺りの道は知ってるから」
そういえば、前この辺りに住んでたって言ってたわね。
「レナにそんな事させられないわよ、危ないから」
「大丈夫だよ。それに、ソフィーもクリスがいた方が安心するでしょ。私の事は急な仕事が入ったって言っておけば大丈夫だから」
「でも、……分かった」
わたしが答えると、レナが真剣な顔をする。
「最後に確認しておきたいんだけど、クリスはソフィーの事をどうしても助けたいんだよね」
「うん」
「だったら、もし私が時間までに戻ってこなかったら、クリスがソフィーを連れて逃げて。そうすれば、少なくともソフィーは助かるかもしれない」
「えっ、だけど組織のみんなは?」
「多分、クリスは王女を誘拐した誘拐犯として手配される事になると思う。そうすれば、暗殺の事実が表に出ないからみんなは無事でいられると思う。ただ、クリスには追手がかかると思う」
「……」
「逃げてる途中で捕まれば、その場で殺されるかもしれない。もし殺されずに捕まっても、多分処刑される事になる。たとえソフィーがクリスをかばったとしても、暗殺の事実を知ってるクリスの口封じのために。それでも、ソフィーを助けたい?」
「……ええ」
決まってるじゃない。
ソフィーはこの国を変えてくれるんだから。
そしてなにより、わたしが勝手に思ってるだけだけど、大切な友達なんだから。
「分かった。じゃあ、二人で逃げたら南へ向かって」
「南?」
「そう。一度この国から出た方が安全かもしれない」
「別の国に行くって事?」
「ソフィーの命を狙ってるのがアーダ一人とは限らないし、逃げるのがたとえ敵国だとしても、王族だったらきっと保護されるはず。ソフィーが暗殺される様な事になってるって事は、今後この国で何かあると思う。そうなれば、なにか使い道があるって考えると思う」
そうなんだ。
レナすごいわね。
わたしが感心していると、レナはわたしの目を見て問いかけてくる。
「クリス、どうする? 自分の命を懸けてまでソフィーを救いたいと思う?」
「……うん。だってわたし、ソフィーを守るって約束したから」
「分かった。もし私達が別々に行動する事になったら、南に行くと森があるからそこで落ち合おうよ。そして、グランデル公国の首都を目指すの」
「分かった」
「それと、もし二日待っても私が現れなかったら、ソフィーとクリスは一緒に公国の首都に向かって」
「……えっ ダメよ。レナを置いて行ける訳ないじゃない」
「私が時間までに戻って来れないって決まった訳じゃないよ。万が一の時の事だよ。でも、そういうクリスの優しいところ大好きだよ。私が組織に入る時もかばってくれたよね」
レナが首から下げたロケットを握る。
「わたしは優しくなんかないわよ。レナの時はたまたまよ」
レナが小さく笑う。
「ふふっ。とにかく、クリスとソフィーが逃げる事は、私のためでもあるの。だから、必ず生き残ってね。私もできる限りの事はするから」
「ありがとう。でも、逃げる時は三人じゃなきゃ嫌よ」
レナを抱きしめる。
しばらくそうしていると、レナがゆっくり離れる。
「じゃあね、クリス」
「うん。気を付けて」
レナはそっと部屋を後にする。
部屋の窓から外を見るけど、もちろんレナの姿は見えない。
今夜は月が出てるから、レナに限って道に迷ったりする事はないと思う。
持久力はわたしより有るし、組織までたどり着けないって事はないでしょう。
物思いにふけっていると、ドアの前で止まる足音があった。
この時間ならきっとソフィーとエルザね。
「どうぞ」
わたしが声を掛けると、思った通り二人が入ってきた。
「ただいま戻りました。ドアをノックしてないのによく分かりましたね」
驚きを隠さないソフィーと、しれっと隠すエルザ。
あっ、ちょっと神経質になってたかしら?
「たまたまよ。それより今日はもう仕事は終わり?」
「はい。今日の予定は終わりました」
「毎日忙しかったから早く休んだ方がいいわよ。すぐ食事にしないとね」
「食欲が無いので、このまま休ませて貰おうと思います」
「えっ? 少しでも食べた方がいいわよ」
ちらっとエルザを見ると、エルザも心配そうにソフィーを見ていた。
「大丈夫です。明日は予定もありませんし……」
ソフィーの言葉を聞いた瞬間、体が硬直する。
だって、『猫』の言った通り、ソフィーが貴族達と約束出来なかったって事だから。
汗が噴き出した手を反射的に握りしめる。
「……ずっと忙しそうだったから、休みを貰ったと思えばいいじゃない」
「そうですね……」
ソフィーは失礼しますと言葉を残して寝室に向かった。
「ふぅ」
息を吐きながら椅子に腰かける。
不自然な態度を取っていなかったか、ソフィーに悟られなかったか、それを考えると落ち着かない。
窓から月を見上げていると、エルザがソフィーへの挨拶をすませ珍しくわたしの所へ来る。
「どうしたの?」
なるべく自然に振る舞うように気を付けなきゃ。
「レナ様はどうしたのですか?」
「ちょっと別の仕事が入って出かけてるわ」
ドキドキうるさい位に高鳴る心臓。
「でしたら、今日の警護はクリス様お一人で?」
「そうなるわね。でも問題ないわ。昼間しっかり寝ておいたから」
「そうですか……」
そこで会話が途切れる。
黙ってわたしを見るエルザに、嘘がばれないか心配になる。
「よろしければ、お茶を準備いたします」
「えっ? ええ、じゃあ、お願い」
一旦部屋を出たエルザは、ポットにお湯を入れ戻ってくる。
そして、いつもの様によどみのない動作でお茶の準備を始めるけど、ティーポッドにお茶の葉を入れた所でピタリと止まる。
エルザがしばらく動かないので、不安になって声を掛ける。
「どうしたの?」
エルザはティーポッドの中のお茶の葉を見ながらつぶやくように話し出す。
「このような事、お願いできる立場ではないのですが……」
前置きしたうえで、エルザがわたしを見る。
「ソフィー王女を助けていただけますか?」
「えっ!」
「ソフィー王女は、この国の民の為に何かできないかを自ら考えられ、この国の貴族に協力のお願いに伺っています。ですが、貴族達はソフィー王女の考えに否定的です。クリス様はソフィー王女から何か聞いていますか?」
一瞬『猫』から聞いた任務の事かと思ったけど、違ったわね。
心臓止まるかと思った。
「ええ、だいぶひどい事を言われてるみたいね」
「やはりそうですか……」
げっ、もしかしてわたしが聞いてたらまずい話だった?
任務の事じゃなかったから思わず答えちゃったけど、黙ってた方が良かった?
その思いが顔に出たのか、エルザは頭を振る。
「責めている訳ではないのです。クリス様達に出会われてから、王女は強くなられました」
「強く?」
「今まではお父上の言われた通りの事を、言われた通りにされていました。それが、近ごろは自分で考え、良いと思った事を口にし、実行するようになられました。クリス様達に会われて、王女は考えさせられたのでしょう。自分といくつも年の違わない人に会い、自分に何が足りないのか考えるようになったのです。きっと、クリス様達に負けたくないと思われたからでしょう」
「負けたくないって…… ソフィーは王女様よ。わたし達なんかと比較にならない…… わたし達の代わりはいくらだっているけど、ソフィーは一人だけじゃない。そんな風に思うはずないわよ」
「いいえ。ソフィー王女は、クリス様達の事を大切な友人だと考えていらっしゃいます。だからこそ、負けたくないのです」
「万が一、ソフィーがわたし達の事を友達だと思ってくれているなら、勝った負けたとか関係ないんじゃない?」
うを、エルザの口元に笑みが浮かんだ。
笑ってるとこ初めて見た。
「それは、クリス様だからそう考えるのです。ソフィー王女は、為政者に囲まれて育ちました。そこでは、役に立つか、役に立たないかで評価されます。必要とされないと、いる場所は無いのです」
「それは…… スケールの大きさは違うけど、わたし達と変わらないわね……」
「ソフィー王女の力になって下さい。いえ、話を聞くだけでもいいのです。クリス様が話を聞いて、一言励ましてくだされば、きっと王女は立派な方になられます」
「もちろんそのつもりよ。エルザに言われなくても、わたしのできる事はするわよ」
「ありがとうございます」
わたしに向かって深々と頭を下げる。
「そんな事やめてよ。それより、お茶は?」
「はい。すぐ準備いたします」
ティーポットにお湯をいれ、カップにお茶を注ぐ。
「やっぱりエルザの入れてくれるお茶は美味しいわね」
「私の願いを聞いてくれたので、クリス様が仰ればこの位いつでも用意させていただきます」
「お礼って訳ね。じゃあ、今度は一緒にお茶をしてもらおうかしら?」
「かしこまりました。前向きに考えておきます」
小首を傾げながらエルザが笑う。
エルザとの約束もしちゃったし、明日は何とかしなきゃね。
心の中で、改めて決意する。