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「おかえりなさい。クリス」


部屋の扉を開けると、ソフィーの声が出迎えてくれた。


「ただいま、ソフィー」


答えながら、ソフィーとレナが座る席に向かう。

すると、傍らに控えていたエルザがわたしの分のお茶を用意してくれた。


「ありがとう、エルザ」


席に座りながらお礼を言ってカップを口に運ぶ。


「おいしい」


思わず口から感動の言葉がこぼれる。


「良かったわね。美味しいですって」


ソフィーがエルザに言うけど「侍女の務めですから」とクールに返す。

だけど、エルザの澄ました顔を見ながらソフィーが小さく笑う。


「自然を装ってますけど、本当は喜んでるんですよ」


本当かな?

エルザに視線を向けると……

あっ そらした。


「ねっ」


言葉と一緒にソフィーが笑顔になる。


「コホン 王女、そろそろお時間です」


わたし達が笑っていると、エルザが小さく咳ばらいをしてソフィーに告げる。


「もうそんな時間?」


「はい。わざわざお時間を取っていただいた手前、私達が遅れる訳にはまいりません」


どことなくしてやったりといったエルザに、ソフィーが小さく頬を膨らませる。


「クリス、レナ。申し訳ありません。この後約束があるので失礼いたします」


「気を付けてね」


ソフィーは小さく手を振ると、侍女と一緒に部屋を後にする。


この後、ソフィーは何度か部屋に戻ったり出たりを繰り返していた。





「ただいま、クリス」


だいぶ遅い時間にエルザと一緒に戻って来たソフィーは、何度目かのあいさつを口にした。


「おかえり。この後も何か約束あるの?」


わたしの声に不安が潜んでいるのを感じ取ったのか、ソフィーが明るく答えてくれた。


「いいえ。今日はもうありません」


「良かった。それと、ごめんなさい。レナは先に休ませてもらったけど……」


部屋の片隅に運び込まれたベッドに視線を向ける。


「夜中の警護がありますものね。気にしないで下さい」


わたし達の挨拶が一息つくと、エルザがソフィーに着替えを勧める。

ソフィーが頷いて奥の部屋に向かう際


「着替え終わったら、一緒にお茶をしませんか?」


「でも……」


わたしが『早く休んだ方がいいんじゃないの?』と言うより早く、隣の部屋に行ったソフィーとエルザが、早や着替え大会があったら優勝するんじゃないかってくらいのスピードで戻って来た。


「お待たせしました」


いつもの席に着きながら、わたしにも席をすすめるソフィー。

そして、隣ではテキパキとお茶の準備に取り掛かるエルザ。

その動きには、さっきまで早や着替え大会に出場していたとは感じさせない優雅さがあった。


「どうかなさいましたか?」


「いや。エルザってすごなって思って」


カチャ


小さいけど、珍しくカップが当る音がした。


「お待たせいたしました」


エルザがいつもより硬い声でカップを置く。

いや、ソフィー。そこでクスクス笑ったらだめでしょ。


「ありがとう。後は大丈夫だからあなたは休んで」


「はい。失礼いたします」


そそくさとエルザが部屋を後にする。

自分の侍女がいなくなったのを見て、ソフィーが大きなため息を付く。


「……今日は疲れました」


休む間もなく部屋を出たり入ったりしてたんだから、疲れるわよね。


「こんな事聞いていいのか分からないけど……」


わたしの言葉を先回りしてソフィーが答える。


「貴族の方達とお話する約束をしていたのです。急に都合が悪くなった方達もいらっしゃいましたけど」


「……それって!」


もしかして、孤児たちへの炊き出しの件をあきらめてなかった?


「クリスが力を貸してくれるんですもの。途中であきらめるなんてできません。だって、恥ずかしいでしょう?」


「ばか。昨日ちゃんと約束したでしょ。ソフィーがわたし達のような子供を減らしてくれるなら、わたしはソフィーの力になる。なにがあったとしても」


「頼りにしています」


そこでソフィーが恥ずかしそうに小さくあくびをした。


「もう休んだらどう?」


「そうですね。明日もありますものね」


明日の約束もあるんだ……

わたしが驚いていると、ソフィーが立ち上がる。


「では休ませていただきます。おやすみなさい」


「おやすみ。ソフィー」


寝室に行こうとしたソフィーだけど、ドアノブに手をかけたまま動きを止める。

あれ? 言い忘れたことでもあるのかしら?

わたしが見ていると、顔だけをこちら見向ける。


「あの……」


「ん、なに?」


返事をすると、ソフィーがうつむいて答える。


「いえ、何でもありません……」


いやいや、そんな思いつめた声出してるんだから何でも無いって事はないでしょうよ。


「今さら気を使わないでよ」


しばらく考えたソフィーが意を決してわたしの目を見る。


「あの!」


それでも少し躊躇した後、言葉を続ける。


「一緒にいてくれますか?」


小さな声を何とか聞き取る。

一緒にいてほしいって……

わたしはずっとソフィーの力になるって言ったんだし、もしかして、今寝るのに一緒にいてほしいって事?

わたしがソフィーの言葉の意味を考えてると、

薄明りに照らされたソフィーの顔が赤い事に気付く。

って事は、そういう事よね。


「いいわよ。隣にいればいいのかしら?」


「……はい」


恥ずかしそうに答えたソフィーと一緒に寝室に行く。

ソフィーは、大人が二人は横になれるぐらい大きなベッドに潜り込むと、まだ恥ずかしいのか、掛け布団(キルト)から眼だけを出してわたしを見る。


「どうしたの?」


「……手を握ってもらえませんか」


わたしはベッドの端に腰掛けると、言われた通りに手を握る。


「手、震えてるね」


「怖かったから……」


言われて、わたしはソフィーがどれだけ頑張って来たかを改めて感じる。

貴族達と話し合うといっても、しょせんわたし達はまだまだ子供だ。

相手にしてくれない貴族に、必死で食らいついたのだろう。


「がんばったね」


空いた方の手でソフィーの頭をそっとなでる。


「うん」


ソフィーの震えが収まるまで、静かな寝息に変わるまでそっとなで続けた。




翌日、朝食を食べるとお城の外に行く。


「よう、何か変わった事なかったか?」


後ろから声を掛けられ、声の相手を見る。


「えっ どちら様ですか? ナンパなら他を当たってください」


「をい。ちょっとまてい!」


「やめて下さい! 衛兵を呼びますよ!」


「いやいや、こっちがやめてほしいわ!」


「ほんと、つまんない子ね」


わたしがため息を付くと、ジョンが空を仰ぐ。


「俺、毎回こんな目に合うのかな」


「ふざけないでよ。同じ事する訳ないじゃない。毎日違う事考えるわよ」


「やめてくれ……」


腰に手を当ててジョンを見る。


「そんな事より仕事は?」


「……報告してくれ」


「なんかおざなりね。まあ、いいわ。昨日の夕食も、今日の朝食もおいしかったわよ」


「分かった。食事は旨かったって報告しとく。じゃあな」


「『じゃあな』 じゃないわよ。ちゃんと聞きなさいよ」


「だってお前ちゃんと報告しないじゃないかよ」


「ごめん。ちゃんとまじめにやるから」


「……本当だな?」


「もちろん!」


胸を張って答える。


「じゃあ頼む」


「ソフィーのベッドがすごく大きかった!」


「……」


ジョンが無言で立ち去ろうとする。


「待ちなさいよ」


「お前な、いい加減にしろ」


「そうだ。こいつの言う通りだぞ」


横から声が聞こえたらと思ったら、


「髭!」


「ジョンとじゃれ合ってないできちんと仕事をしろ」


「ずっと見てたの? いやらしい」


まあ、髭が見てるのは知ってたんだけどね。


「『いやらしい』じゃない。ジョンが困ってるだろ。ちゃんとやってやれ」


「せっかく外に出られたんだから、少しでも気分転換になったらって思っただけよ」


「その割には、ジョンが涙目になってたけどな」


隣で「なってねえよ」とか言ってる人がいるけど、とりあえず置いといて。


「そっちには変わった事ない?」


「ああ、無いな」


まあ、そうよね。

と思った瞬間、髭がいやらしい笑みを浮かべる。


「いや、まて。お前がいないと張り合いがなくて、リベット教官があまり訓練の時顔を出さなくなったな。なあ、ジョン」


嬉しそうに頷くジョン。


「げ~、やめてよ。帰りたくなくなるじゃない」


一応みんなの事心配してるんだから。


「まあ、お前がいないからって、他の奴が目を付けられてる訳じゃないから安心しろ」


「別に心配なんてしてないわよ」


「ふ~ん、そうか」


髭がニヤニヤ笑う。

なんかむかつくわね。


「特に何もなかったから、さっさと帰んなさいよ」


「怒るなよ。お前が残ってるやつらの事心配してるのは分かるから」


そう言って、髭が生暖かい目でわたしを見る。


「……違うわよ」


「教官長。あまり言うと、へそを曲げるからもうやめましょう。こいつ結構根に持つんで」


それ、本人の前で言ったら火に油を注ぐって分からないのかしら。


「そうだな。じゃあ俺達は戻るか。じゃあ、気を抜くなよ。みんなにはお前が心配してたって言っておいてやるからな」


「……」


無言で二人を見送る。


「教官長。今日も市場に寄るんですか?」


「ああ、備品を買いたいしな。市場に行ったなんてみんなに言うなよ」


「分かってますよ」


……仲がよろしい事で。

帰りにスリにでも合えばいいのに。




「お帰り、クリス。どうだった?」


部屋に戻ると、レナが出迎えてくれた。


「ジョンの他に、髭もいた」


「そうなんだ。訓練所ではいつも一緒だったから、少し離れただけで結構会ってない気になるよね」


あ、レナもジョンに会いたかったのかな?


「ごめん。次はレナが報告して」


「いいよ。みんなが心配でしょ? 直接ジョンに変わった事がないか聞いた方がいいよ」


むぅ、レナにも同じこと言われた。


「別に心配なんかしてないよ」


「そう? ごめんね。てっきりクリスがいないから、リベット教官が他の人に当たったりしてないか気にしてるかと思って」


「そんな訳ないじゃない。リベットの奴に顔を合わさなくて済むと思うだけで気が楽よ」


「そっか。でも、明日も報告はクリスがしてくれないかな? 私はここでのんびりしてる方が

性に合ってるから」


レナがそう言うのなら仕方ないわね。


「分かった。じゃあ、明日もわたしが行くわね」


「うん。話がまとまったところで、アーダがお茶を入れるタイミングを計りかねてるから、お茶にしようよ」


そういえば、トレーを胸に抱えたアーダが右往左往してるわね。


「アーダ。お茶の時間にしましょうか?」


「はい!」


昨日もレナとわたしの二人の時は、アーダがお茶の用意をしてくれた。

エルザに比べるとぎこちない手つきだけど、一生懸命なのが伝わってくる。


「ねえ、アーダ」


わたしが声を掛けると、泣きそうな顔になる。


「申し訳ありません。見ててイライラしますよね……」


「違うわよ。わたし達しかいないし、一緒にお茶しない? 予備のカップ有るでしょう?」


「えっ でも、エルザさんに怒られます」


「大丈夫だって。今日もソフィーは出ずっぱりでしょ。もし、偶然エルザに見られても、わたしが無理やり誘った事にすれば大丈夫だよ」


「実際クリスが誘ってるしね」


レナも勧めてくれたことで、アーダは覚悟を決めた様子で予備のカップを出す。


「では、失礼いたしまちゅ」


緊張からか、いつも通りなのかは分からないけど、若干噛みながらアーダも席に着く。


「じゃあ、みんなでいただきましょう」


わたしとレナがカップに口をつけると、アーダも恐る恐るといった様子でお茶を口に含む。


「おいしい……」


「でしょ! お菓子もおいしいわよ!」


テーブルの上のお菓子の乗ったかごをアーダに押す。


「でも……」


両手を膝の上に置き、ちらちらとお菓子を見ながらも手を出そうとしない。

まあ、お菓子なんて高級なもの普通の人はめったに食べられないし、気持ちは分かるけどね。

かくいうわたしも、ここで食べたのが初めてだったし。


「大丈夫。今度はレナが誘ったって言えばいいから」


「そうだよ、アーダ。クリスの分を分けてあげるのは無理だから、私の分をあげるよ」


「別に、わたしの分でもいいわよ」


「ほら、クリスが食べ物分けてくれるって言ってるんだよ。食べても怖いけど、食べないともっと怖いよ」


「どういう意味よ、それ? とにかく、さっさと食べなさい」


二人に言われて、アーダが恐る恐る手を伸ばしてお菓子をつまむ。


「じゃあ一緒に食べましょう」


わたしの言葉を合図に、みんなお菓子を頬張る。


「おいしー!」


他にお菓子なんて食べた事ないけど、ソフィーが準備してくれた物なんだから、良い物なんだろう。

アーダなんか目にうっすら涙を浮かべながら食べてるし。

その後、アーダの時間の許す限りおしゃべりしながらお菓子をつまんだ。

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