12
次の日の朝。
髭に呼び出されたわたしとレナが髭の部屋(教官長室)に入ると同時に、偉そうな机の後ろで椅子に腰かけた髭に言われた。
「お前達に初仕事だ」
「は?」
思わずわたしが聞き返すと、髭が咳払いする。
「だから、お前達に組織から初仕事の命令があった」
髭の言葉を理解すると、思わず体が強張る。
だって、それは……
「誰かを殺せって事?」
きっと声が震えてたんだろう、髭がおちゃらけた言い方をする。
「いや、お守りかな?」
「……お守り? 誰かを殺したりするんじゃないの?」
「ああ。違うな」
あっ、今ほっとしてる、わたし。
「お守って、もしかして子供の面倒を見るの?」
「まあ、子供って言えば子供だな」
「妹の面倒を見てた事はあるけど…… 14は?」
「私は…… 私も無いかな」
だよね~
「髭、人選間違ってない?」
「間違っては無いぞ。守る相手は王女だからな」
「王女って、ソフィー!?」
「そうだな」
王女を呼び捨てにした事に苦笑する髭。
「なんでわたし達がお守なんてするの?」
「顔見知りだろ?」
「そうだけど……、騎士団とかあるでしょ?」
「嫌らしい。それでお前達に話が来たんだ」
「でも、ソフィーのわがままでわたし達がそばにいる訳にはいかないでしょ」
「だが、王女の希望だし、オーヘン団長もお前らだったら目をつぶるって言ってたらしいしな」
「いや、わたし達みたいなどこの馬の骨かわからない奴じゃなくても……」
「お前達はモーリス伯爵の組織の人間だからな。伯爵が身元保証人って事だ」
「でも……」
「なに、そんなに気にするな。王女の訓練一貫だと思え。それに、毎日いいもの食べられるぞ」
むっ、それは見過ごせないわね。
「教官長、なぜ急に護衛が必要になったんですか?」
おっ、レナいい事聞くわね。
食べ物の事で頭がいっぱいだったから、なんで護衛がいるのか考えなかったわけじゃないわよ。
本当だよ?
「一週間後に統一際があるだろ。その時王女も国民の前に立つからだろう」
「統一際?」
「おまっ、知らないのか!?」
大げさに驚く髭。
なに言ってんのよ、知ってるわよ。
「昔の偉い人が、辺りの人達に言う事聞かせられるようになった日のお祝いの祭りよね」
「……まあそんな感じだ。後でこいつに詳しく説明してやれ」
レナにため息を付きながら髭が言う。
失礼ね、そんな事聞かなくても知ってるわよ。
「後で説明するね」
レナがわたしの上着の裾をちょこっとつまむ。
「知ってるけど、14がそう言うなら後で教えて貰おうかな」
「うん!」
あら、嬉しそうね。
しょうがないから、後でレナの話を聞きましょう。
さて、護衛の件だけど、そんな理由が有るならしょうがないわね。
別に食べ物に釣られた訳じゃないけど、やってやろうかしら。
「わたしは引き受けてもいいよ、髭。14も一緒なら安心だし」
レナを見ると笑みを浮かべている。
レナも良いみたいね。
「よし、それなら早速出発するぞ」
「今から? ずいぶん急ね?」
「王女がノリノリらしいからな」
くすっ、ソフィーったら。
レナと顔を見合わせた後、三人で訓練場を後にする。
「お待ちしていました。クリス、レナ」
お城にあるソフィーの部屋に行くと、満面の笑みが迎え入れてくれた。
「今日からよろしくね、ソフィー」
「こんにちわ、ソフィー」
挨拶もそこそこに、さっそく侍女がお茶を用意してくれた。
「この度は急なお話で申し訳ありません」
「髭からソフィーがノリノリだったって聞いたけど?」
「統一際までクリスとレナと一緒にいられると思うとうれしくて。ぜひ話を進めてほしいとお願いしてしまいまして……。お二人の予定も考えず、ご迷惑でしたか?」
「まさか、わたし達の予定なんて訓練だけだし、一刻でも早く来たかったわよ」
「クリスは美味しいもの食べられるって聞いて、すごく嬉しそうだったよね」
「ちょっと、レナ。そんな事で嬉しがる訳無いじゃない」
三人で笑いあう。
「あ、そうそう。いつも差し入れありがとうね、ソフィー。みんなお礼を言う機会が無いけど、すごく喜んでるから」
「私には、この位しかできませんが……。お二人のお話を聞いてから、私がどれだけめぐまれた暮らしをしていたか痛感しました。今考えてる事があるのですが聞いていただけますか?」
「なに?」
「街の外れに親のいない子供達が暮らしていると聞きました。そこではその日の食事もとれない子供がいると……。ですから、その子供達にも食事を差し入れられたらと思いまして。お二人はどう思いますか?」
わたしも子供の頃はお腹いっぱい食べた事無いから。
「いいと思うよ! きっとみんな喜ぶよ!」
レナも頷く。
「本当ですか!? でしたら、お父様にお願いしてみます!」
「統一際もありますし、その前後に実施出来たらみんな喜ぶと思います」
お、流石レナね。確かに統一際に絡めてやったほうがいいわね。
そんな話をしていたらお腹が鳴った。
「あっ、もしかしてお食事まだでしたか?」
「そういえば髭から話を聞いてすぐ来たからご飯食べてないや……」
「それは申し訳ありませんでした。でしたら、紹介したい者もいますし、食事の準備をいたします」
ソフィーがそう言うと、いつもの様に後ろに控えていた侍女が一礼して部屋から出て行く。
しばらくすると、一人の女の子と一緒に戻って来た。
「クリス、レナ。今日からアーダがお二人のお世話をさせていただきます」
ソフィーの紹介に合わせて女の子が頭を下げる。
王女お付きの侍女はちょっと冷たい感じのする美人だけど、こっちの子はほんわかした美人で、わたしより少し年上かな。
だけど、お世話係って……
「ソフィー、わたし達は自分の面倒くらいは自分で見れるよ」
「お客様をおもてなしする位はさせてください。それに、アーダはお二人のお食事の準備もする事になっています。ですが、お二人がどうしても嫌だとおっしゃるのなら仕方ありません。簡単に用意できる食事を準備しなくてはなりませんね」
「王女。でしたら騎士団が遠征用で食べている保存食なら簡単に用意できるかもしれません」
侍女が考えるソフィーに答える。
「美味しくないと不満があるのは聞いていますが、仕方がありません。そうしましょう」
ヴぇ……
火を使って温めれば多少ましになるけど、保存食って美味しくないのよね。
全部カチカチで硬いのはいいんだけど、味が……
「冗談だよ、クリス」
レナが笑って言う。
「えっ?」
なんかソフィーもめちゃくちゃ笑ってるし。
あ、侍女も肩振るわせてる。
「申し訳ありません。食事の事でクリスがそんなに喜んだり悲しんだりするのかずっと信じられなくて。機会があったらレナが試してみればと……」
「そんな事話してたの!?」
「うん、訓練中にね。ソフィーの差し入れにレナが泣くほど喜んでるって言ったら、信じてもらえなくて」
「ソフィーの差し入れだよ! 嬉しいに決まってるわよ!」
「ありがとうございます」
ソフィーがなぜかお礼を言う。
わたし達が笑っていると、侍女がソフィーに声をかける。
「ソフィー王女。そろそろお時間です」
「あ、もうそんな時間ですか。楽しい時間は過ぎるのが早いですね。クリス、レナ、申し訳ありません。予定があるのでここで失礼いたします。これからの事はアーダが説明いたします」
アーダに一声かけると、ソフィーは侍女と一緒に部屋から出て行った。
わたし達は護衛しなくて良いのかしら?
まあ、後の事はアーダに聞けって言ってたし、聞いてみましょ。
「こんにちは、アーダ。わたしはクリス。隣にいるのはレナ。これからよろしくね」
わたしが挨拶すると、アーダは緊張した面持ちで答える。
「こ、こんにちは。アーダです。今日からお二人のお世話をさせていただきます」
「ありがとう。ところで、わたし達は護衛に来たんだけど、ソフィーに付いて行かなくて良いの?」
「はい。お二人は王女様がこのお部屋にいる時だけ警護をしていただくと聞いていまちゅっ」
お、最後噛んだわね。
「ふーん、それ以外の場所の警護は誰がしてるの?」
「騎士団の方達です」
ふむ、まあ当たり前よね。
そもそもわたし達が呼ばれる事がおかしいんだし。
「王女様が夜お休みになる時には、お二人にこの部屋で交代で警護していただきます」
「不寝番ってやつね」
部屋の前には騎士が見張りに立っているだろうけど、さすがに部屋の中まで入ってこないわよね。王女様なんだし。
まあ、最後の保険ってやつかな。
「大変だとは思いますが、よろしくお願いします」
「ま~かせて。それと、わたし達にかしこまらないで良いわよ。あなたの方が年上みたいだし」
「ですが、王女様のお客様ですし……」
「お客様じゃないよ。だから気にしないで」
「……わかりました。よろしくお願いします」
しばらく悩んだそぶりを見せた後、にぱっと笑ってくれた。
「こっちこそよろしくね!」
やっぱり女の子は笑ったほうがかわいいわよね。
「それで、お食事のですけど、本当に保存食でいいんですか?」
「……」
わたしが言葉に詰まると、レナが答えてくれた。
「ごめんね。普通の食事を用意してくれるかな?」
「ですよね。それじゃあ、急いで用意します」
アーダはそういい残して走って部屋から出て……
「いたっ!」
……行こうとしてドアにぶつかった後、ぶつけた額をさすりながら愛想笑いをして出て行った。
「かわいい子ね」
「そうだね」
それからしばらくレナと話をしてると、ワゴンを押してアーダが戻って来た。
「すみません。準備に時間がかかって遅くなりました」
「平気よ。久しぶりにレナとゆっくり話も出来たから気にしないで」
「クリス、ワゴンの上をじっと見ながら言っても説得力無いよ」
レナ、なんてことを。
じっとなんか見ていないわよ。
でも、パンはいつも差し入れてくれてる物と一緒みたいね。
食べ応えが無いけど味はいいのよね。
その他に具のたっぷり入ったスープと、美味しそうなソースのかかった肉料理が有るみたいね。
えっ? 見てるじゃないかって? 気のせいでしょ。
アーダがいつもソフィーとお茶をしてるテーブルの上に配膳してくれる。
「パンのお替りが必要でしたら言ってください。厨房から持ってきますので」
ラッキー。本当に至れり尽くせりね。
「お待たせいたしました」
アーダの準備が終わった合図と同時にパンにかぶりつく。
「やっぱり美味しいわね」
クスッと笑った後レナもパンを口に運ぶ。
「うん、美味しいね」
レナの感想を聞きつつ、スプーンを手に持つ。
「レナ! このスープ美味しい!」
「ふふっ、そうだね」
レナの返事を聞きながらも手を止めない。
「ふぁんといっふぉにふぁべるとふぉっとおいひい」
「ちょと落ち着いたらどう?」
レナの言葉を聞き流しながら、ソースのかかった肉料理に取り掛かる。
一口ほおばると、あふれる肉汁とソースが絡み合って
「レナ! レナ!」
「分かってるよ、クリス。美味しいんだよね」
レナに頷きながら肉を食べる。
「生きててよかった」
あれ、目から汗が流れる。
「クリス、泣かなくても。アーダが困った顔してるよ」
アーダ?
あっ、そうだ。
「アーダ、パンおかわり」
「あっ、はい……」
「お腹いっぱい……、動きたくない」
ひとしきり食べ終えたわたし達に、アーダがお茶を入れてくれる。
「パンを5個も食べたら食べすぎだよ」
「だって、美味しかったんだもん」
「でも、5個は食べすぎだと思います」
まあ、アーダに2回もパンを取りに行かせちゃったしね。
「分かったわ。次は最初から多めに持ってきて」
「食べる量を減らす気は無いんだね」
レナが笑うと、アーダも釣られて笑う。
だって、せっかく美味しいものが食べられるんだから、たくさん食べなきゃ損じゃない。
わたしだけかしら。
食事が終わってアーダが部屋から出て行くと、レナと二人だけになる。
いつもだと、同じ部屋にはジョンやヘンリーがいるし、そもそも寝室でじっとしていられる事なんてほとんど無い。
朝起きて急いでご飯食べて、訓練したら疲れきって寝る。
最近だとジョンに付き合って夜の自主訓練なんてしてたから、余計忙しくてこんな風に過ごした事無かった。
だから……
「暇だ」
思わずつぶやく。
部屋でただじっとしている事がこんなに辛いなんて……
「クリス、急にどうしたの?」
レナが目を丸くしてわたしを見る。
「えっ? 腕立て伏せしてるんだけど?」
「見れば分かるんだけど、何で急にはじめたのかなって……」
腕を止めてレナを見る。
「レナは暇じゃない?」
「まあ、暇って言えば暇だけど、たぶんクリスほど暇だと感じてないかな」
「そう、それは良かったわね」
レナに言うと腕立て伏せを再開する。
「いま良かったってすごく思ってるよ……」
訓練中の自己記録に挑戦しようかしら。
その後、アーダが用意してくれた夕食をレナと一緒に食べてしばらくしてから、ソフィーが侍女を連れて戻って来た。
「ただいま戻りました」
「お帰り、ソフィー」
「お帰りなさい」
挨拶もそこそこにソフィーが疲れた様子で椅子に腰を下ろす。
「顔色悪いけど大丈夫?」
「平気です」
ソフィーが笑みを浮かべようとするけど、弱々しい。
「ソフィー王女。お疲れのところ申し訳ありませんが、お召し替えを」
「そうですね。一度失礼します」
ソフィーが隣の部屋に向かった。
「だいぶ疲れた様子だったね」
心配した様子のレナに答える。
「そうね」
ソフィーの寝室の扉を見つめる。
しばらく待っていたけど、次に姿を見せたのは侍女だけだった。
「……王女はお休みになりました。警護をお願いできますか?」
お休みになったって、もう寝たって事よね。
「ソフィーはそんなに具合悪いんですか?」
だって、夕食食べないって事でしょ?
そんなに具合悪いなんて……
レナも心配してるし。
「少しお疲れになっただけです」
「でも、食事もできないなんて……」
どことなく冷たい感じの侍女が、この時ほんの少しだけ微笑んだ気がする。
「ご心配ありがとうございます。王様と伯爵達との話し合いで少しお疲れになっただけです」
「話し合いだけで? だって、訓練中だってあんな表情した事無いですよ」
「王女にとって訓練は楽しみな事でしたから」
「楽しみ?」
思わず聞き返す。
だって訓練が楽しみなんて、わたしは楽しいなんて思った事無いわよ。
「はい。王女の周りには、為政者達ばかりでしたから。たまに年の近い方がいらっしゃっても、それは政治的な繋がりがある場合がほとんどです。クリス様やレナ様の様に、何のしがらみもない方との交流は初めてだったんです」
「たしかにソフィーは友達になってほしいって言ったと思うけど……」
「それは王女の本心なのです。ただ友達が欲しかったんです。自分に取り入ろうとする人たちではなく」
そっか、たしかに周りにいるのが、おっさんや自分の地位を目当てにした人ばっかりだったら嫌になっちゃうよね。
「でも、侍女さんがいるじゃないですか?」
わたしが言うと、侍女は驚いた顔をする。
なぜかレナも驚いてるけど。
「私がですか? 私は王女に仕えるのが仕事ですから」
「でも、わたしにはただ仕事でソフィーに仕えてるようには見えなかったけど」
「……」
「たぶん、ソフィーが今まで頑張れたのも、侍女さんがそばにいてくれたからじゃないかしら」
「その様な事はございません」
「ごめんなさい。わたしにはそう見えたって事だから、気にしないで下さい」
わたしの言葉に侍女が頷く。
「私はこれで失礼いたします。このお部屋の合い向かいがわたしの部屋になります。何かありましたら、いつでも結構ですからお呼び下さい。では、ソフィー王女の護衛をよろしくお願いいたします」
綺麗に一礼して部屋を後にする侍女。
扉に手を掛けた所で、思い出したように振り向く。
「それと、私の名前はエルザと言います」
そう言い残して部屋を後にした。
「そういえば名前聞いてなかったのよね。侍女さんなんて呼んで気分悪くなったのかしら」
「嬉しかったんだと思うよ」
「何が?」
「仕事だから仕えてるように見えないって、クリスに言われて」
「よく分からないんだけど?」
レナが小さく笑う。
「そうだね。それより護衛どうする?」
「ん~、わたしが先に護衛当番でいい?」
「いいよ。でも、私はクリスみたいに訓練してた訳じゃないから疲れてないよ?」
「夜中に起こされるのが嫌なだけよ」
「ジョンに起こされるのはいいのに?」
「何の事?」
「時間が来たらちゃんと起こしてね。お休みクリス」
「おやすみ、レナ」
レナずっと笑ってたわね。