11
「おい、起きろ!」
目を開けると、誰かがわたしを見下ろしていた。
「ふぁ~、なに?」
「なに? じゃない! 訓練中に寝る奴がいるか!」
訓練場に寝ていたわたしが体を起こすと、西日がまぶしい。
「だって髭、休んでろって言ったじゃない」
目を細めながら声の主を見ると、髭が腕組みしていた。
自分で言ったくせに感じ悪いわね。
「寝ろとは言ってないぞ、俺は」
「時間を有効に使ったのよ」
「さっさと起きろ。夕食の時間だ」
ブツブツ言いながら髭が訓練生を集めて食堂に移動するように言う。
「残念だったね、13。今日はソフィーが食事を差し入れてくれる日なのに、教官との訓練で賭けをして負けちゃうなんて」
「リベットの奴逃げたのよ。今日の訓練はわたしが相手だからって」
わたし達が王女の事をソフィーと呼ぶようになった頃から、王女からの差し入れで月に一回ご馳走が食べられるようになった。
アメリアが亡くなった事をひどく気にしてたソフィーが、少しでもわたし達が元気になればと考えたんだって。(実際にソフィーに聞いてみた)
どうすればいいか悩んでたら、食べ物だったら喜ぶかと思ったって。(レナが笑いながらクリスだったらそうだねって言ってた)
その上、初めての差し入れの日には、ソフィーがわざわざここまで来て訓練生一人一人に感謝の言葉を伝えて、食事を手渡しした。
みんな王女からの差し入れだってすごい喜んでた。
あと、髭とリベットの仲が悪くなってる。
もともと仲がいい訳じゃなかったんだけど、アメリアが死んでから特に悪くなって来た。
髭はそうでもないんだけど、リベットが明らかに髭を避けてる。
わたし達が王女の所へ行く時も絶対一緒にいない様になったし。
「さて、今日の食事は何かしら?」
食堂に配膳するテーブルを見る。
「14! 今日は鶏のローストよ!」
レナがクスっと笑う。
「よく見えるね」
当たり前じゃない。
楽しみにしてるんだから。
訓練を早めに終えて、テーブルで食事の準備をしてた仲間の所に行く。
「その左の奴ちょうだい。ちがう、手前の奴。そう、それ」
鶏肉を受け取って、パンを一つつかむといつものテーブルに向かう。
レナはスープを配ってるテーブルにいるけど、わたしは教官との戦闘訓練で負けちゃったから、スープはジョンの物になった。
「ごめん、遅くなって」
レナが隣に座ると、食事を始める。
「美味しい!」
鶏肉を口に入れると、じわっと肉汁があふれる。
すかさずパンを食べると、いつもの硬いパンと違って、焼き立てのパンだから鶏肉のうま味が一層際立つ。
横を見ると、レナもまんざらでもない様子で食べていた。
「相変わらず早いな」
少し遅れて食事を持ったジョンが隣に座る。
「あんたが遅いだけでしょ」
肩をすくめてジョンも食事を始める。
「今日のもうまいな。それで今日のスープは何かなっと」
ジョンがわざとらしくつぶやくと、二つある器のうち一つに口を付ける。
「今日のスープは特にうまいな! いや、13の分のスープもあるから最高だな!」
くそっ、髭じゃなくてリベットが相手だったら私が勝ってたのに。
「13、私の半分あげるよ」
レナがそっとスープの入った器を差し出す。
「いいよ14。賭けに負けたのはわたしなんだし、14が食べなよ」
「ううん、私はこんなに食べないし、13食べてよ。じゃないと残っちゃうし」
確かにレナはそんなに食べる方じゃないけど、それでも月に一回の御馳走だし……
「スープ残ってるらしいぞ」
大分遅くやって来たクルトが前の席に座りながら言った。
クルトが来たって事は、全員食堂に集まったって事よね。
えっ、なんでかって?
アメリアが亡くなってから、どんな訓練でもクルトは最後まで残ってるの。
教官がもうやめろって言うまでね。
最近は教官達も放ってるんだけど、髭だけは付き合ってるんだ。
だから、髭がやめろって言わないと、たぶんクルトは真っ暗になるまで続けるんだと思う。
「本当? じゃあ取ってこよ」
なんかガラにもなく考えこんじゃったけど、今は食事の時間だからちゃんと食べなきゃ。
っと、その前に……
「15、空いた器よこしなさい。スープよそえない」
ジョンの返事を待たずに器を奪い取って配膳台に行く。
「大盛でね」
配膳当番の男の子に器を差し出してよそってもらう間に、硬いパンを手に取る。
ソフィーの用意してくれたパンは人数分しかないからね。
スープを受け取ると、席に戻って食事を再開する。
「俺は部屋に戻るからな」
食事を済ませたジョンがさっさと席を立つ。
「わふぁった」
わたしがパンを食べながら返事をすると、少し嫌な顔をしてジョンは食堂を後にした。
わたし達が部屋に戻ると、ジョンはもう寝ていた。
まあ、部屋に戻ってもする事無いんだけどね。
明かりも開けた木戸から入ってくる月明かりくらいしかないし、わたしも寝ようかな。
「じゃあ、わたしも寝るね。お休み、14、16」
「おやすみ、13」
「おやすみなさい」
布団をかぶって目を閉じる。
レナやヘンリーの毛織物のすれる音が聞こえてたけど、しばらくすると寝息に変わって行った。
すると、ちょっとしてジョンが体を起こして、音を立てない様に木戸から部屋を出る。
しばらく待ってから、わたしもジョンと同じように木戸を潜って外に出た。
音を立てないよに建物の壁沿いを歩いて、見張りがいない事を確認してから、人気の無い壁登りのための訓練場へ向かった。
「待った? ジョン」
壁の陰に声を掛けると、暗闇の中からジョンが出てきた。
「俺が出るの見てただろ? クリス」
少しだけ不機嫌そうな声色のジョンに少し笑う。
「うん。だけど、一応待ち合わせだしね」
そう、アメリアが亡くなってから、わたしとジョンは天気が良くて月明かりがある時にはみんなに内緒でここで待ち合わせする様になっていた。
レナは、なんとなくジョンとわたしの間に変化が有った事に気付いてそうだったけど、何も言われた事は無かった。
「二人には気付かれなかったか?」
「ええ、寝てたわよ」
ジョンが先に部屋から出たのは、二人が起きてないか見てからわたしが後を追うためだ。
わたしの方が体が小さくて、音を立てない様に移動するのが得意だったからね。
こんな所で訓練の成果を生かせるなんて変な話だけど。
「こっちにこいよ」
ジョンに頷いて二人で壁の裏に行く。
最初の頃とは違い、教官達はわたし達が逃げるなんて考えてないのか、それともただめんどくさいのか、何回か来るうちにここには見回りが来ないのを知った。
まあ、訓練施設の敷地を囲っている壁の外には見張りがいるかもしれないけど、同じグループの仲間が逃げたら残された仲間が処罰される事を知ってるから、まだ逃げ出した子はいないけどね。
いつもの場所でジョンが壁に背中を預けて座る。
わたしもジョンの隣に座ると、自然とつぶやいていた。
「……あれから一年ね」
「ああ、もうそんなになるんだな」
空を見上げるジョン。
きっと、アメリアの事を思い出しているんだろう。
最初の頃は、みんなアメリアが亡くなった事に落ち込んでいたけど、だんだん普段の生活に戻って行った。
それはしょうがない事だ。
一日一日を生きるのに精一杯だから。
わたしとジョンだって、少しずつアメリアがどんなふうに笑い、どんな声をしていたか忘れていってる。
「ジョン」
わたしが声を掛けると、ジョンは空を見るのをやめてわたしを見る。
初めて会った時と比べると、大分たくましくなったジョン。
もう力じゃ全然かなわない。
だからって訳じゃないけど、わたしは女の子なんだなって思う。
「クリス」
真剣な表情をするジョン。
小さく頷くわたしも、普段と違う表情をしているだろう。
「いいよ、ジョン」
「ああ」
ジョンはそう言うと、立ち上がって距離を取る。
わたしも立ち上がると、懐から木の棒を二本取り出す。
「さあ、どこからでもどうぞ」
わたしの声をきっかけに、少し長めの棒を持ったジョンとの戦闘訓練が始まった。
何でこんな時間にこんな場所で訓練するのかって?
ん~、たしかクルトに知られたくないとかそんな理由だったかな。
誰に説明してるんだろ、わたしは。
これもジョンの攻撃がぬるいからよね。
レナとだったら余計な事考える余裕も無いから。
「悪かったな、俺が弱くて!」
「そんなこと言って無いじゃない。ただ、ちょっとわたしの訓練にならないかなって……」
「同じ事だろ!」
ジョンの攻撃を左手の棒で受け流す。
棒で受けずに避けちゃうと本当に何の訓練にもならないし、右手の棒で攻撃する時はジョンが何とか受けられそうな時に攻撃する。
でも、実際二刀流にもだいぶ慣れてきたわよね。
最初の頃は左手だけでジョンの攻撃を受けるの大変だったし、受けるのに必死で右手で攻撃する余裕なんてなかったし。
レナが相手だとこうはいかないけどね。
本当、最近のレナは戦闘訓練で髭が相手だっていい勝負だし、もうそろそろ勝つ事だってあるんじゃないかしら。
わたしなんて、髭に勝つなんて考えられないしね。
でも、負ける事は無いかもしれないわね。
髭の攻撃を全部避ければいいんだし。
後は隙を見て、こう攻撃を
「痛て!」
やば! 思わずジョンにまともに入れちゃった。
「大丈夫?」
額を押さえるジョンを覗き込む。
「平気だよ!」
「でも、顔赤いよ」
当たったのは額なのに、月明かりでも顔真っ赤なのわかるよ。
「平気だって言ってるだろ」
「ちょっと待ってて」
「おい、どこ行くんだよ」
ジョンの言葉を残して走り出す。
そっと部屋に戻ると、古い訓練服を切って部屋の隅にある水瓶で濡らすとジョンの所に戻る。
「お待たせ」
ジョン隣に座ると、額に濡れた布を当てる。
「……サンキュ」
「どういたしまして」
さすがに今日の訓練はお終いね。
布を押さえるのをジョンに任せると、どこまでも広がる夜空を見上げそこで輝く星を見る。
しばらくそうしていると、突然ジョンが口を開く。
「なあ、クリス。俺最近考えてるんだ……」
「ジョンでも考える事があるの!?」
思わずジョンを見る。
「俺にだって有るわ! それくらい!」
「ふーん。で、何よ?」
「死ぬ時の事をさ」
「縁起でもないわね」
「こんな所にいるんだ、ろくな死に方は出来ないのは分かってる。でも、そんな中でも、意味のある死に方をしたいんだ。ソフィー王女の様に、俺達の事を考えてくれる人もいる。どうせ死ぬなら、そんな人のために死にたい。なんてな……」
「そんな事考えてるんだ。ジョンらしくないわね~。ソフィーの差し入れに変なものでも入ってたのかしら」
からかいながらも、ジョンの気持ちは分かる。
アメリアがあんな死に方をしたんだ、自分だってどうなるか分からない。
一部の教官にとっては、わたし達なんか野良犬と一緒なんだろう。
でも、わたし達は動物じゃない。人間だ。
せめて死ぬ瞬間には、自分がいままでやって来た事に誇りを持ちたい。
生まれてきた意味を持ちたい。
そして、どうせ死ぬのなら、自分たちの事を少しでも考えてくれる人のために死にたい。
それは、わたし達みたいな暗殺者には贅沢なんだろうか?
「クリス、いつもありがとうな」
「突然なに? さっきから具合でも悪いの?」
ジョンの顔を覗き込もうとすると、驚いた顔をされた。
いや、変な事言うから驚くのはこっちなんだけど……
「泣いてるのか?」
「へ?」
泣いてなんかないけど?
一応頬を触ると濡れてるよ!
泣いてんじゃん、わたし。
「大丈夫か?」
ジョンが心配してわたしに手を伸ばす。
「なんでもない、平気よ」
まぶたをこすりながら立ち上がる。
「クリス」
「ごめん、先に戻る」
はずかしさからジョンの顔を見ずに走り出す。
涙流すなんてどうしたんだろ、わたし。
「おはよう、13。今日は早いね」
ベッドでぼーとしてたら、上のベッドから降りて来たレナがびっくりしてた。
「おはよう。昨日寝付けなくって」
「何かあったのかな?」
「なにもないわよ」
「ふ~ん」
わたしが答えるとレナが含み笑いをする。
「なに?」
「別に何でもないよ。それより顔洗ったら? 目赤いよ」
「うそ!」
慌てて目に手を当てようとするけど、こすったら余計赤くなるよね。
みんなに何か言われたら嫌だし、どうしよう。
なんて考えてたら
「うそだよ」
「ちょっと、14」
「だって13隠すんだもん。ちょっと意地悪しただけだよ」
いつの間にこんな事するようになったのかしら。
「別に隠すような事じゃないわよ。ちょっとあっただけだから」
わたしなんの説明にもなってない説明してるわね。
「そっか、分かったよ」
えっ、これで分かるの?
わたしの気持ちが顔に出てたのか、レナが答える。
「昨日の夜、外で何かあったんでしょ。いつもより戻ってくるの早かったし」
気づいてたの? って気づくわよね普通。
もう一年近く続けてるんだし。
「でも、16は気づいてないかもよ。夜はよく寝てるし」
「みんなには内緒にしててね。15も知られたくないだろうし」
「分かったよ。二人が付き合ってるなんて、みんなに知られたくないよね」
「ちょっと14! 違うから! わたし達が夜出てるのは」
「訓練でしょ? 13も15も最近調子いいよね」
……をい
「からかわないでよ14。本当にわたし達が付き合ってると思ってるって、勘違いしたじゃない」
「私だけ仲間はずれにした仕返しだよ」
「ごめん。でも、15が陰で努力してるのを知られたくないって言うし」
「そうだね、18には特に知られたくないよね」
「うん」
「そろそろみんな起きる時間だね。食堂に行く用意しようか?」
レナの言葉を合図に訓練服に着替えだすと、ちょうどジョンが目を覚ます。
「おはよう、15」
「あ、ああ。おはよ」
ジョン、今ちょっと噛んだわね。
「どうしたの?」
「いや、なんでもねえよ」
ふ~ん、変なの。
「まあ、いいや。14ご飯行きましょ」
レナと部屋を出ようとすると、ジョンに呼び止められる。
「お前のほうこそ大丈夫なのかよ」
「なんで?」
聞き返すと、ちょっとばつの悪そうな顔をする。
「昨日、泣いてただろ……」
「15、あなたは何も見てない。いいわね」
「あ、ああ」
若干引きながら答えるジョン。
だって恥ずかしいじゃない。
なんで泣いたかわたしにも分かんないけど。
「あっ、髭。おはよう」
「教官長、おはようございます」
食堂に向かう途中に髭がいた。
二人で挨拶したけど、気付いてない?
「おはよう! 髭!」
「おぉ、おはよう」。
大きな声を出すと、髭がやっとわたし達に気付く。
「どうしたの? ぼうっとして」
「別にお前達に気づいてなかった訳じゃないぞ」
じゃあなんでビクッとしたのよ。
「ふ~ん、そうなんだー」
「本当だぞ、ちょっと考え事してただけだ」
それを気付いてないって言うんでしょうに。
「なに考えてたの?」
少し考えた後髭が答える。
「まあ、すぐわかる事だから言うが、今日の戦闘訓練では精霊魔法の対策を学ぶんだ」
「精霊魔法?」
「ああ。って、もしかして知らないとか言うなよ」
そんな事、聞くまでもないでしょ。
おほほほほほ……
「……座学ちゃんと聞け。こいつに説明してやれ」
髭がレナに向かって言う。
「精霊魔法はね、火とか水。風や土にいる精霊に力を借りて起こす魔法で、火の精霊に力を借りれば、火で作られた矢を飛ばしたり、風の精霊に力を借りれば、敵を切り裂く風を起こせたりするんだよ。ただし、近くに精霊がいないと使えなかったんだったかな?」
「そうだ。火の精霊の力を借りるには近くに火が必要だし、水の精霊の力を借りるためには水が必要だ。まあ、精霊の力を封じた触媒があれば、魔力のあるかぎりその精霊の力を借りられるらしいが、俺は見た事が無いな。大変貴重でべらぼうに高価らしいからな」
ふーん、そうなんだー。
あれ? だけど……
「魔法使いはほとんどいないんじゃなかったっけ?」
「ほぅ、お前にもかろうじて引っ掛かった知識があったんだな」
ふん、大きなお世話よ。
それより、早く続けなさいよ。
「魔法使いとは、古代魔法を使う者を指す。精霊魔法を使う者は、精霊使いと言うんだ」
「精霊使いはたくさんいるの?」
「魔法使いに比べれば多いな。亜人の中でも、エルフなんかはほとんどの奴が精霊魔法を使う事ができる」
「そうなんだ」
「ああ、だから今日は精霊魔法の抗魔訓練ができるんだ」
「抗魔訓練?」
「精霊魔法でも、古代魔法でも、魔法で攻撃された時は、攻撃を受けた者が体の魔力を高めて抵抗できるんだ。上手く抵抗できれば、受けるダメージを減らせる」
「ありがと。よく分かったわ」
「一度座学で説明したんだから、その時覚えてくれ」
「悪かったわよ。だって、魔法使う相手と戦う事なんて無いと思ってたんだから」
「そこなんだよな……」
髭が腕を組む。
「?」
「俺もお前達に抗魔訓練が必要だとは思わないんだよな。今回言い出したのがモーリス伯爵だっていうから無下にも出来ないし、今日精霊魔法を使える亜人が来るっていうからやらない訳にもいかないし」
ブツブツつぶやきながら考え込む髭。
そりゃ、白ブ……
おほん、伯爵がやれって言うんならやらない訳にはいかないでしょ。
あ、そんな事より朝ごはん食べなきゃ。
「14、食堂行こ」
「えっ、でも教官長……」
「いいから、食べる時間無くなっちゃう」
「もう、教官長怒っても知らないよ」
レナの手を握って食堂に向かう。
今日はメニューはなにかな?
「……やっぱり伯爵の言う事だからやらない訳にはいかないよな。って誰も聞いてねえよ!」
なんか髭がさわいでるわね。
いい年なんだからちょっとは落ち着きなさいよ。
朝ごはんを食べたわたし達は、いつも戦闘訓練をする広場に集まっていた。
髭に朝から捕まらなかったら、もう一回お替りできたのに……
そんな事考えてると、建物から出てくる教官達が見えた。
みんな怒られない様に急いで整列を始めると、教官の他にも何人か見かけない人がいた。
整列したわたし達の前に、教官の他に手かせをされ、首に縄を繋がれた人達が不安そうに辺りを見回している。
「ハーフエルフみたいだね」
隣のレナがわたしにだけ聞こえるようにつぶやく。
あそこにいるのがハーフエルフなんだ。
初めて見る人間以外の種族に、ちょっと興味を持つ。
だけど、何で縄につながれてるの?
わたしが疑問に思っていると、訓練開始の号令はいつも髭がやるんだけど今日はリベットが一歩前に出る。
「今日はモーリス伯爵の御厚意で、貴様達に抗魔訓練を行う。本当なら貴様達にはもったいない訓練だ。モーリス伯爵への感謝の気持ちを忘れず訓練を行え!」
いきなりそんな事言われても、どうすればいいかわからないみんなは困惑した表情をする。
もちろんわたしもだけど。
「教官長の話だと、あそこのハーフエルフに精霊魔法を使わせるんだね」
「そうだと思うけど、なんで縄でつながれてるんだろ? 見てて痛々しいんだけど」
「逃げ出さないようにじゃないかな? もしかして13は亜人を見るのは初めて?」
「いや、そんな事無いけど。でも……」
思わず見た事があるみたいに答えちゃった。
「そっか、13は都に住んでたんじゃないんだっけ」
「うん」
「都にいる亜人は誰かの奴隷だったりする事が多いんだよ。だから、逃げ出したりしないように縄で繋いだり、手かせや足かせをする事があるんだよ。魔法で逃げたりしない様にもできるけど、亜人を買うより高いお金を払わなければならないからね」
レナの説明に息を飲む。
「だけど、奴隷は手首に奴隷の印を入れてるから、逃げ出すなんてよっぽどのことが無い限りないよ。許可なく一人で歩いてたら殺されるからね」
「なんで!?」
「逃亡奴隷は殺しても罪にならないんだよ。逃亡奴隷を持ち主の所へ連れて帰れば、お礼はしてもらえるだろうけど、奴隷は持ち主に殺されるだろうし、持ち主としては誰かが始末してくれればお礼を払わなくていいから、帰ってこなくてもいいみたいだよ」
「なにそれ……」
「人間とエルフとの間にできたハーフエルフは、エルフにも人間にも疎まれるから、行き場が無くて奴隷になることが多いいからね」
言葉が出ない。
だけど……
「それじゃ、わたし達と同じって事ね」
「えっ?」
驚くレナ。
「14の話を聞くと、わたし達と大して変わらないじゃない。もし、お互いの事を名前で呼べるんだったら、わたし達より上かもしれないわね。ここにいるわたし達にはもう名前も無いんだから」
「……」
レナが絶句する。
なんか変な事言ったかしら?
あ、わたし達の状況を考えて悲しくなったのかな?
わたしはもう平気だけど、改めて言われるとたしかに辛いよね。
「ごめん、14。変な事言って」
「いいよ、13。確かにそうだよね……」
うつむくレナ。
余計な事言っちゃったな。
わたしが反省していると、縄で繋がれた列から一人のハーフエルフの女の子が、少し離れた所までリベットに引きずられていた。
「では訓練を始める! 1番から来い!」
呼ばれた子が列から前に出る。
「いいか! いまからこの亜人に精霊魔法を唱えさせる! 貴様は魔力を高めて抵抗しろ!」
言われた子は、どうしていいか分からずに不安そうにきょろきょろする。
それを見たハーフエルフもどうしていいか分からないみたい。
「早く精霊魔法を使え!」
リベットがハーフエルフの女の子を殴りつける。
「きゃ!」
「早くしろ! 殺されたいのか!」
殴られて地面に座り込んだハーフエルフの女の子に向かってリベットが剣を抜く。
「ひっ!」
目を見開いてがたがた震える女の子。
「ちっ!」
舌打ちして剣を振り上げるリベット。
剣が振り下ろされる瞬間目をつぶる女の子と、
「やめなさいよ!」
声を上げるわたし。
そして、目を細め頬を震わせたリベットがわたしをにらむ。
思った事を口に出す癖に、ほんの少し後悔しながら前に出る。
「また貴様か……」
「大丈夫?」
おびえる女の子の前に膝を着いて話しかける。
リベットが怒ってるだろうけど、髭が何とかしてくれるでしょ。
じゃなきゃわたしバッサリやられちゃうだろうしね。
「……」
おびえて声も出せない女の子に話しかける。
「わたしは13って呼ばれてるの。本当の名前は違うよ。あなたの名前はなんて言うの?」
「え、あ」
「えあ、って名前なの?」
女の子は首を振って小さな声で答えてくれた。
「……エムル」
「エムルって名前なの? いい名前ね。わたしも本当の名前を言いたいんだけど、怒られるからここの外であった時に教えるね」
頷くエルム。
「それでエムルはここへ何しに来たの?」
「精霊魔法を使えって……」
「じゃあ、エルムは精霊魔法が使えるのね!」
「私はハーフエルフだから……」
「ハーフエルフの人達は精霊魔法が使えるんだ」
「みんなじゃない」
「じゃあ、エルムはすごいんだね。みんなができるわけじゃないんだもんね」
「そんな事無い」
「だけど、精霊魔法が使えるのになんで言われた通りしなかったの?」
「怪我するから……」
エルムが最初にリベットに呼ばれた子を見る。
「そっか、あの子が怪我すると思って使えなかったんだね」
「うん」
「でも、このままじゃエルムがひどい目に合っちゃうよ」
後ろを向くと、リベットからわたし達をかばう様に髭が立っていた。
心の中でお礼を言うと、わたしはエルムを見る。
「じゃあ、エルム。わたしに精霊魔法を唱えてよ」
「だめだよ、怪我する」
「平気だよ。だってわたしはスケルトンやジャイアントスパイダーを倒したこともあるんだよ」
「本当?」
お、わたしを見たわね。
「本当だよ。あの位のモンスターだったらサクッと倒せるんだから。だからエルムの精霊魔法だって大丈夫だよ」
「……分かった。ちゃんと加減する」
おぉ、魔法も加減できるんだ。
よかった、ちょっと不安だったんだ。
自分の中の魔力を高めるってのも良くわからないし。
「決まったか?」
立ち上がって髭に答える。
「うん。それと、ありがと」
「なにがだ? いいから準備しろ。イライラしてる奴がいるからな」
後半はわたしにだけ聞こえる位の大きさだった。
「じゃあ、始めましょ」
わたしの言葉にエルムが頷く。
……
…………
………………
「おい、目の前に立たれたら魔法唱えづらいと思うぞ。ちょっと離れてやれ」
早く言ってよ、エルムが困った顔してるから、なんでか分からなくてあせったじゃない。
そそくさと離れる。
「さあ、いつでも良いわよ」
なんかエルム不安そうな顔してるわね。
ふむ、とりあえず笑ってみよう。
「……『サラマンダーの舌』を使う。あそこの松明から炎が出るから」
使う精霊魔法の説明をした後、教官の一人が持った松明を指さしたエルムが真顔で何かをつぶやき出す。
そして、わたしを指さした瞬間松明から炎が走る。
えっと、魔力を高めるんだよね。
でも、やり方分からないからとりあえず気合入れよう!
「バッチコーイ!」
叫んだと同時に、体の前で腕を交差させて炎を受け止める。
一瞬両腕が炎を包まれるけど、気持ちを奮い立たせて負けない!
すると、すっと炎が消え去る。
「13! 大丈夫!」
この声はレナね。
手の甲がヒリヒリするけど、大した事無いわね。
右手を握りしめて天に付き出す。
「全然平気! エルムが加減してくれたからね!」
そして、にっと笑う。
「よかった」
小さくエルムがつぶやくと、髭がみんなに向かって声を張り上げる。
「いいかお前ら、体内の魔力を高めれば加減した精霊魔法なんて大した事ない。魔力をどう高めるかわからない奴は、こいつみたいに気合を入れれば完全ではないが魔力は高まる」
みんな大人しく髭の言葉を聞いてるけど、張り詰めた空気は変わらない。
まあ、いくら平気だって言っても難しいわよね。
髭を見ると、口の端をほんの少し吊り上げる。
「だけどな、こいつみたいな変な掛け声を叫ぶんじゃないぞ。お前達は決められた呼び方で呼び合う事しかできないが、幸いな事に、それでこいつはバッチコーイってあだ名を付けられずに済んだんだ。もしそんなあだ名を付けられてから、誰かが部屋に行った時にこいつがいなかったら、『ヘイ、バッチコーイ。もしかして便所か? バッチコーイ』って呼ばれてたかもしれんぞ」
なんだか良く分かんないけど、みんなくすくす笑ってる。
「よし、じゃあ一人づつ行くぞ」
髭の号令で訓練が再開された。
「ご苦労だったな」
列に戻ると隣に髭が来た。
「別に。いつ通りリベットの機嫌を悪くしただけよ」
「そうだな、だいぶカリカリしてたぞ。それと、リベット教官って呼べ」
「それは残念。わたしが気付いた時にはもういなかったからね」
「苦虫かみつぶした様な顔をして部屋に戻って行ったからな」
「見てみたかったような気もするけど、まあいいわ」
「それより、お前のおかげで無駄な血を見なくて済んだ」
「?」
「あのままハーフエルフが座り込んでたら切られたからな」
「髭は止めなかった?」
「……お前はそれが嫌だったのか?」
「誰かが死ぬ所を見たい人がいるの?」
髭が小さく笑う。
「いない……んだろうな」
なんか歯切れが悪いわね。
「ただいま、13」
精霊魔法を受けたレナが戻って来た。
「お帰り、どうだった」
「うん、平気だよ」
レナがまくった腕を見ると、ちょっと赤くなってるだけね。
「緊張しなかった? 14も精霊魔法受けるの初めてだよね?」
「……そうだね」
「あ、15と16も終わったわね。15! 16! こっちこっち!」
「大きな声出すなよ」
「いいじゃないですか」