10
「おかえりなさい。レナ、クリス」
「どうだったんだ?」
最初のダンジョンに戻ると、ヘンリーとジョンがほっとした表情で出迎えてくれた。
「違うダンジョンにつながってたみたい。元々冒険者だったみたいなスケルトンが出てきたし」
「クリス! お前スケルトンと戦ったのか!? どんな感じだった!?」
つば飛ばさないでよ、ジョン。汚いな~
「動きは早くないんだけど、骸骨のくせに力が強かったり、妙に硬かったわね」
「へ~、そうなのか。俺も戦ってみたかったな」
「あんた骸骨フェチなの?」
「んなわけあるか! 冒険してモンスターと戦うなんてワクワクするだろ」
「緊張の方が強かったわよ」
「つぎは俺が行くからな!」
ジョンが張り切ってると、教官Aとの話しが終わった髭が言う。
「そろそろ出るぞ。遅くなると晩飯食えなくなるぞ」
今まで緊張で気付かなかったけど、言われてみたらお腹空いてるわね。
「じゃあ、さっさとキャンプ地に戻りましょ」
「クリス、一人で勝手に行くなよ。モンスターがいたらどうすんだよ」
そんなのいるわけないじゃん。
いたらあんたに戦わせてあげるわよ、ジョン。
ダンジョンの外に出ると、暗くなっていた。
「もう夜じゃない」
「ダンジョンの中にいると、時間の感覚が狂うからな。途中で松明を交換したりしたから、それで大体の時間を把握しないと、緊張で気付かないが結構疲労がたまっている事があるんだ」
確かに体が重いわね。
別に太ったって訳じゃないからね。
「髭のせいで足が重くなった気がする」
「俺のせいってどういうことだよ。今まで緊張で感じなかった疲労に気づいたんだ。ちゃんと自分の状態を把握しないと、モンスターと戦った時に思ったように動けなくて、思わぬ不覚を受ける事がある」
「たまには良い事言うわね。覚えとくわ」
「いつも良い事言ってるわ! 座学で聞いた事もちゃんと覚えとけ。いざって時に役に立つ事がある」
「分かってるわよ。それより、ごはんにしましょ」
「ちっ! 本当にわかってるのかよ。まあいい、それじゃあキャンプまで戻るぞ」
それから少し歩いて野営地まで戻ると急いで用意をして食事を食べた。
危うく餓死するところだったわよ。
その後、疲れもたまっていたこともあって、知らない間に寝入ってたみたい。
「クリス、起きろ!」
んあ、ジョン?
「もう朝なの?」
「お前の当直の番だ」
「ふぁ、眠いんだけど」
「俺も眠い」
しょうがないわね。
「さっさと寝なさい。わたしが見張っててあげるから」
「もともとお前の番だろ……」
男のくせにブツブツ文句を言いながらジョンが寝る。
わたしの当直の番が明け方という事もあって、少し肌寒い。
焚き火に薪を入れると少し炎が大きくなった。
一眠りして頭がすっきりすると、さっきまでダンジョンに潜っていた実感がわいてくる。
「緊張したな~」
思わずつぶやいていた。
それに、レナがいなかったらスケルトンもジャイアントスパイダーも倒せなかったかもしれない。
いや、たぶん倒せなかった。
髭がいたから、帰って来る事はできただろうけど、
「まだまだ弱いや、わたし」
クルトみたいに力があれば簡単に倒せたんだろうな。
すごく行きたがってたジョンも、わたしより力があるし。
ちょっと自己嫌悪になる。
「でも、みんなクリスみたいに敵の攻撃を簡単に避けられないよ」
「あ、ごめん、レナ。起こしちゃった?」
急に声をかけられたからビックリした。
「ちょうど目が覚めたところだから、気にしないで。それより、モンスターを倒せなかったのを気にしてるの?」
「うん、わたしじゃ敵にダメージを与えられなかった。レナがいなかったらきっと倒せなかった」
「クリスがモンスターの注意を引いてくれたから、私は全力で攻撃できたんだよ」
「でも、レナだったらわたしがいなくても一人で倒せてた」
「・・・・・・そうかもね」
少し考えた後にレナが答えた。
きっと本当の事を言うのにちゅうちょしたから変な間が空いたんだ。
「でもね、クリス。私はスケルトンやジャイアントスパイダーの攻撃は避けられるかもしれないけど、グールやキラースパイダーの攻撃は避けられないよ。だけど、クリスだったらきっと避けられる」
グールやキラースパイダーって、確かスケルトンやジャイアントスパイダーの上位のモンスターよね。
たしか、中堅冒険者が戦うような相手だったはず。
「いやいや、無理だって。わたしそんなに凄くないよ」
レナと話していると、横から声をかけられる。
「まあ、自分に不足している部分を見つめるのはいいが、いい部分もきちんと見てやらないとな」
「髭! 聞いてたの?!」
「聞いてたの? と言われても、もともと俺も当直なんだが……」
「女の子の話を盗み聞きするなんて最低―」
「だったら、もう少し小さな声でしゃべれよ……」
どことなく悲しそうな髭。
「何か言った?」
「いや、なんでもない」
「教官長とクリス仲いいね」
なに言ってるの?レナ。
「そんなことないわよ」
「そんなことないぞ」
思わず髭と顔を見合わせる。
「なに? 髭。わたしと仲良くしたいの?」
「冗談言うな、たまたまだ」
「そうよね。髭と息が合うなんて冗談じゃないわよ」
「まったくだ」
レナがお腹を押さえて笑ってる。
「本当、仲がいいね」
「そんなことないわよ」
「そんなことないぞ」
むっ。
「ちょっと、嫌がらせのつもり?」
「こっちのセリフだ」
髭とにらみ合う。
「もう十分分かったから」
笑いの収まらないレナにちゃんと言わなきゃ。
「ちょっとレナ、本当に仲良い訳じゃないのよ」
「大丈夫、分かってるよ」
本当に分かってるのかしら。
「それより教官長。クリスだったらグールやキラースパイダー相手でも戦えると思うんですけど、どうですか?」
レナが教官長に話しかけるなんて珍しいわね。
「ん? そうだな・・・・・・ 負けはしないだろうな」
負けはしない?
どういう意味かしら?
「相手を倒すのは難しいけど、やられはしないって事ですか?」
「レナの言うとおりだ。敵の攻撃は避ける事はできても、倒す力がまだ無いからな」
なるほど、そういう意味なのね。
でもそれじゃあ
「結局やられちゃうじゃない」
「やられる前に、逃げればいいだろ」
「逃げたら負けじゃない」
髭が真面目な顔でわたしを見る。
「クリス、死ななければ負けじゃないんだ。また力をつけて挑めばいい。お前はオーヘン団長の攻撃もしのいで見せただろ。最後に負けはしたが、その時次に勝つためにどうするかを考えていたじゃないか。生き残って最後に勝てばいいんだ」
「でも、どうしても勝たなきゃならない時だってあるよ」
「だったら、その時までに力をつけるんだな。まあ、必ず勝たなきゃならないような状況にしないようにする事だ」
それはそうだろうけど……
「でも、わたし達はアサシンになるんだよ。危ないからって逃げられるの?」
「今はまだ俺の教え子だ。俺にどこまでできるかわからんが、お前達を守る」
「どうせだったら必ず守るって言い切ってよ。まあ、そんな所が…… なんでもない」
あぶな!
わたし何を言おうとしてたんだろ。
気恥ずかしくなって、パチパチと爆ぜる焚き火を見る。
焚き火を見る。
焚き火を……
「おい、クリス! いい加減に起きろ! 何で俺の後の当直をお前じゃなくてレナがやってるんだよ!」
「ぅを! 急に大きな声出さないでよ、びっくりするじゃないジョン」
「びっくりしたのは俺のほうだ! 何で二度寝してるんだ、お前は!」
「寝てないわよ」
「口によだれついててもか?」
え? 本当?
口元をこする。
「ついてないじゃない」
「言われてこする時点で、寝てたって事だろうが!」
「くっ! ジョンの癖にこそくな真似を……」
「何でもいいからレナに謝れ。お前が疲れてるだろうからって、食事の準備もしたんだぞ」
あ、本当だ。
ジョンはどうでもいいけど、レナにはちゃんと謝らなきゃ。
かまどの前にいるレナの所へ行く。
「レナ」
「おはよう、クリス。ちょうどご飯できたところだから早く食べよ。今日はアメリア達と合流する日だから急がないとね」
レナの笑顔が朝日にも負けないくらいまぶしい。
わたしに気を使わせない様にしてるのよね。
「うん、早く食べましょ」
レナの差し出す器を受け取って食事をとる。
「どう?」
わたしの顔を覗き込むレナ。
「うん、おいしい」
「そっか」
ほっとした表情でレナも食事を口に運ぶ。
「あ、もしかして今日はレナが作ったの?」
「ヘンリーに手伝ってもらったけどね」
「そうなんだ! とってもおいしいよ」
「よかった。クリスは昨日の戦闘で疲れてると思って、がんばったんだ」
かわいいわねレナは。
なでなでしてやろう。
「クリス、くすぐったいよ」
「愛い奴じゃのう」
さらになでなですると、あきらめたレナが大人しくなった。
それならと、さらに好きなようになでようとすると髭がわたし達に向かって口を開く。
「そろそろ出発するから準備しろ! それと、好きなように呼ぶのはここまでだぞ」
「ちぇ、残念」
アメリア達を待たせる訳にも行かないし、何よりダンジョンでの事を話したいから急がないとね。
「ジョン! あんたさっさと食べなさいよ!」
離れた所にいるジョンが遅くならない様に注意する。
「名前で呼んでいいのは終わりだって言っただろ!」
ちっ、うるさいわね髭の奴。
「そろそろ17達との合流場所かしら?」
ダンジョンでのキャンプ地を出発した時に登り始めた太陽が、もう世界の果てに沈もうとしている。
「そろそろじゃないかな?」
レナが言うと、先頭を歩く髭が振り返る。
「そろそろ合流地点だ」
言われて目をこらすと、遠くに二つの明かりが見える。
「あそこに見えるの17達の焚火かな?」
髭がわたしの指さした方を見つめる。
「……そうみたいだな。下草に隠れた上に太陽の光で見にくいのによく気付いたな」
「そう?」
なんか感心する髭だけど、歳を取ったら目が悪くなるって言うし…… 余計なこと言うと怒るから黙っとこ。
「お前、俺が歳だとか思わなかったか?」
「な、なに言ってるのよ。そ、そんな事思う訳無いじゃない」
「……なんでかむんだ?」
「か、かんでないわよ」
男のくせに細かいわね。
べ、べつに歳だなんて思ってないし。
本当だよ。
「……ならいい」
最後にわたしの事見た目が完全に疑ってたわね。
これから気を付けよ。
それからちょっと歩くと、やっとアメリア達の野営地に着く事ができた。
髭と教官Aは少し離れたリベットの所に向かった。
しっかし、リベット達はよほどわたし達と一緒にいるのが嫌みたいね。
レナと一緒にお城に向かう時とか、この遠征中にも絶対離れたところで野営するし……
まあ、わたし達も一緒にいたくないからちょうど良いけどね。
それより、アメリア達の所に行ってダンジョンであった事を話さなきゃ。
「あれ? 17は?」
なぜか焚火の周りでじっとしてるクルト達に話しかける。
食事をした様子も無いわりには、準備もする様子も無いし。
なにより、クルト、ダニエル、フランクはいるけど、アメリアが居ないのよね。
もしかしてリベットの所にいるのかしら?
わたしが向こうに視線を向けると同時に、クルトが小さな声でつぶやく。
「……だ」
まあ、つぶやきってのは大きな声でするもんじゃ無いけど、何言ってるか分かんないわね。
「なに? よく聞こえないよ、18」
わたしの声が聞こえてるはずなのにクルトの返事が無い。
黙ってたら分かんないよ。
もう一度クルトに言おうとすると、今度はわたし達にも聞こえる声で言う。
だけど、クルトの言った事がわからなかった。
だって……
「17は死んだ。リベット教官に殺された……」
なんてクルトが言うんだもん。
「どういう事!?」
自分でも知らずに大きな声が出る。
「……」
俯いたまま口を閉ざすクルトの前に膝を着く。
「黙ってたらわかんない。どういう事?」
わたしがクルトの顔を覗き込みながら聞くと、地面を見たままクルトがぽつりぽつりと話し出す。
「ダンジョンにもう少しで着くって所で…… ゴブリンの集団に出会ったんだ……。俺達は逃げながら戦ったんだが…… 途中でアメリアが……」
「そんな……」
アメリアがゴブリンに殺されたって事が信じられないわたしは、頭が真っ白になる。
「せめて亡骸だけでも連れて帰ろうと思ったんだが…… できなかった……」
クルトが唇を噛みしめる。
ゴブリンは集団で行動する。
偶然移動中に出会ったんだろう。
だけど、ちゃんと周囲に気を配っていれば、そんな大集団に突然出くわす事は無いと思う。
だって、ゴブリンは見つからない様に静かに移動しようなんて考えないから。
「なんで気付かなかったの?」
クルトを責めた様な口調になっていたんだろう。
わたしの言葉にビックっとした後、うるんだ目でクルトがわたしを見る。
「リベット教官が馬で森に入ってゴブリンに見つかったんだ……」
「は?」
思わず呆れた声が出る。
馬で森に入った?
なんでそんな目立つことを?
なんで走る事もできない森の中に馬で?
なんで?
理解できない。
座学でも、森の中に馬で入るなって言ってたのに?
「それで、ゴブリン達に見つかったリベット教官が逃げ出したんだ。俺達を置いて」
「なんで!?」
今度は大きな声が出る。
教官が馬で森に入った挙句、モンスターに見つかって逃げ出す?
しかも、アメリア達を置いて?
それでアメリアがゴブリンに殺された?
どういう事?
理解できないのか、理解したくないのか。
クルトの言った事が頭に入らない。
「どうしようもなかったんだ…… 周りを囲まれて…… 17はゴブリンの持った剣に刺されて即死だった…… 沢山血が出て…… 俺達も逃げるので精いっぱいで……」
言い訳を口にするクルトに、気持ちを抑えきれずにわたしが言葉を吐く前に。
「お前がいながら何で守れなかった!」
ジョンが怒りを爆発させた。
「お前だったら、ゴブリンなんか楽勝だろ! ゴブリンの巣に行った訳じゃないんだろ! 移動中のゴブリンなんて、せいぜい数十匹だろ!」
「すまない…… すまない……」
ただ謝り続けるクルト。
それは、ジョンに謝っているのか、それとも、守れなかったアメリアに謝っているのか……
ただ、わたし以上に怒っているジョンを見て、わたしは若干の冷静さを取り戻していた。
ぼうっとジョンとクルトを見つめていたわたしを、レナが後ろから抱きしめる。
「14……」
「しょうかないよ…… だって私達は……」
レナの言葉がわたし達の状況を思い知らせる。
わたし達は、売られた子供だから。
わたし達は、偉い誰かの駒なんだ。
だけど……
わたしはレナの腕をそっと離すとリベットの所へ向かう。
「クリス!」
レナが声を上げる。
だけど、わたし達はおもちゃじゃ無い。
誰かの気まぐれで打ち捨てられるぼろ雑巾じゃ無い。
きっとわたしのしようとしている事は馬鹿な事なんだろう。
だけど、意味の無い事じゃないはずだ。
リベット達のいる所まで近づくと、大きな声が聞こえる。
「ふざけるな!!」
それと同時に、誰かが殴り飛ばされた。
焚火の明かりに照らされたのは、地面に這いつくばるリベットと拳を握りしめた髭だった。
「たかがガキ一人でなぜ怒る!」
立ち上がりながらリベットが髭に言う。
「そのガキ一人守れないで何が教官だ!」
髭の顔が赤いのは焚火の明かりのせいか、それともそれ以外なのか。
「前にもあなたに言ったはずだ、ここのガキどもは使い捨てられる運命だって!」
「仮にそうだったとしても、今、俺達の不注意で死んで良いという事にはならないだろうが!」
「はっ! あなたは甘い! そんな事で、アサシンを作りだせると思ってるのか!」
「俺は、ここには力のない子供たちを鍛えるために来た! 意味も無く殺すために来たんじゃない!」
「今日死んだガキに意味はあったさ! 弱い奴は死ぬって事をガキどもに知らしめたんだ! 十分役立った! 私にはなんであなたが怒っているか理解できないがね!」
「貴様!!」
髭の殺気が膨れ上がる。
周りにいる教官も、リベットも思わず後ずさる。
髭、本気で怒ってる。
ダンジョンでモンスターと戦ってる時とは比較にならない。
「髭!」
思わず叫ぶ。
「クリス?」
リベットからわたしに視線が向く。
「どうしたの?」
ワザときょとんとした表情で話しかける。
「いや、聞こえたか?」
「なんか大きな声出してたから……」
「そうか、それでお前はどうしたんだ?」
「17が死んだって聞いて…… みんなで祈りを捧げたいと思って……」
「ああ、そうだな。そうだ……」
「それで、出来たら教官達にも一緒に祈ってもらえたらって」
「俺達もか?」
髭が驚く。
「うん」
「だが……」
「そして、誓ってほしいんだ」
「誓う?」
「そう、もう二度とわたし達の中から犠牲が出ない様にって」
「……」
「もちろん、訓練中の事故とかあると思う。だけど、それでも誓ってもらえたら、17も浮かばれるかなって」
髭がしばらく悩む。
「……俺達が祈っていいのか?」
「うん。教官達も祈って下さい」
「……分かった」
答えた後、髭がリベットを見る。
リベットは面白くなさそうに、だけど小さくうなずいた。
「じゃあ、みんなで集まって祈りましょう」
わたしが戻ろうとすると、後ろにレナが立っていた。
「いいの?」
レナの問いかけに答える。
「17は、ここで争ってわたし達が傷ついたりしたら悲しむと思って」
「……そうだね」
レナが悲しそうに笑う。
「だから、17に誓う。少しでも犠牲を無くすようにがんばるって」
「17が聞いたら、そうしてって言うと思うよ」
「うん」
「じゃあ、皆にも伝えようね」
「だけど、なんで14も教官達の所に来たの?」
「だって、13が今にも戦いに行きそうに見えたんだもん」
ぐっ。
たしかに髭があんなに怒ってなかったら、リベットの奴に切りかかってたかもしれないけどさ。
「じゃあ14は心配して止めに来てくれたんだ」
わたしを見ながら小さく笑う。
「13が戦うっていうなら、止めるつもりはなかったよ」
「?」
「二人だったら、ドラゴンだって倒せると思うよ」
「冗談でしょ!」
「さあ、どうだろうね」
「ちょっと14。無茶しないでよね」
「それはこっちのセリフだよ」
「もう」
その夜は、みんなでアメリアの冥福を祈った。
ごめんアメリア。
だけど、もう無駄な犠牲が出ない様にがんばるから、今は許して。
ここでわたし達が教官達ともめたら、きっと訓練所のみんなも苦しむ事になると思うから。
「おい、起きろ13」
「おはよう、15」
訓練所に戻ったわたし達はいつもと変わらない日々を送ろうとしていた。
それは、アメリアの事をなるべく思い出さないようにするためだった。
「さっさと飯に行くぞ」
言い残してジョンがヘンリーと一緒に部屋を出る。
「14、わたし達もご飯食べに行きましょ」
「うん」
レナと一緒に食堂へ向かう。
「おはよう、18」
「おはよう、13、14」
食堂で先に席についていたクルトの前に座る。
ジョンは帰って来てから、クルトの事を避けるように離れた席に着くようになっていた。
「今日の食事は何?」
「いつもと変わらない硬いパンとまずいスープだ。急がないとおかわりがなくなるぞ」
「ありがと、ちょっと取ってくる」
食事が置いてあるテーブルに向かう。
「18達やっと落ち着いて来たね」
「そうね。帰って来た時なんて食事に手を付けられなかったし」
レナに答えながらパンを手に取る。
「13も食べなかったよね」
スープを器によそう。
「14だってそうじゃない」
「うん…… 初めてだもんね。誰かが亡くなるの。特に、親しい人が亡くなるのは辛いよね」
「そうね……」
「だから13。絶対死んじゃ嫌だよ」
「もちろんそんなつもりないよ。14の方こそ気を付けてよね」
「うん」
クルト達のテーブルの近くまで来たから、レナとの話をやめて椅子に座って食事を始める。
「13、今日はお城に行く日だったか?」
クルトに聞かれたけど、どうだったかな?
「そうだよ。戻って来てから初めてお城に行く日だよ」
レナが答えてくれた。
っていうか、今日お城に行く日だったんだ。
ばたばたしてて忘れてた。
「じゃあ、部屋に戻って準備しなくちゃね」
「もしかして13忘れてた?」
「あははははは」
笑ってごまかすと、クルトも付き合って笑ってくれた。
だけど、すごく弱弱しい笑みだ。
責任感の強い子だから、自分を責め続けてるんだろうな。
早く気持ちを切り替えられたらいいのにね。
きっとアメリアもそう言うと思う。
「じゃあ俺達は部屋に戻るな。王女様の相手がんばれよ」
「ありがと」
食事を終えたわたし達は、迎えの馬車に乗り込んでお城へ向かう。
お城の中庭でソフィー王女との訓練を終えた後、いつもの様に王女の部屋に呼ばれてお茶をする事になった。
「レナ、クリス、おかえりなさい。それで、野外訓練はどうでした?」
ソフィー王女がにこにこしながら聞いてくる。
一瞬レナと顔を見合わせると、王女の顔に影が差す。
「……やはり何かあったんですね。訓練中おかしいと思いました」
王女が思ってもみなかった事を口にするので、一瞬表情がこわばるのが自分でも分かった。
「何があったのですか?」
なんて答えか考える。
わたし達の訓練所から死亡者が出たなんて言いづらいし。
悩んでいると、レナが口を開いた。
「訓練中に別のグループの中から亡くなった子が出たんです。仲が良かった子なので、ショックで……」
レナがアメリアが亡くなった事を王女に言った事に驚いたけど、後で何で話をしたか聞いたら、クリスの顔を見れば王女が気付いたと思ったって言ってた。
そんなに顔に出やすいかな、わたし。
それより王女が思った通り悲痛な顔をする。
「それは…… 申し訳ありませんでした」
わたし達に頭を下げた。
「なんでソフィー王女が謝るんですか。わたし達の力が無かったのが悪いんです。頭を上げて下さい」
王女が気にするような事じゃない。
わたし達は、アサシンになるためにあそこにいるんだ。
そして、わたし達にもっと力があればゴブリン達に後れを取る事も無かった。
クルトも人一倍それを感じている。
だから、わたし達と関係ない王女が謝る必要なんてないんだ。
「いえ、クリスやレナ。そして亡くなった方は、この国のために尽くしていただいている大切な人達です。そのような方が犠牲になったのは、私の、私達の力が及ばなかったからです。私には、このような事しかできません」
頭を下げたままの王女。
「王女のお気持ちは十分わかりました。ですから、頭を上げて下さい」
っていうか、侍女の視線が怖いんです。
しばらくそのままだった王女がゆっくりと頭を上げる。
「亡くなった方の名前を教えていただけますか?」
名前?
「アメリアといいました」
「クリス、レナ。私は知恵も力もありません。ですが、誓います。少しでもアメリアの挺身に報いられる、皆さんが仕えるに相応しい為政者になります。ですから、私に力を貸してください」
再度頭を下げる王女。
「もちろんです。わたし達はそのために毎日訓練をしているんですから」
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
ほんの少し笑う王女。
「「はい。ソフィー王女」」
わたしとレナが答えると、王女は少し悩むそぶりを見せる。
「……早速ですが、クリスとレナ。二人にお願いがあります」
本当に早速ね。
思わずレナと顔を見合わせる。
「なんでしょうか?」
「私の事をソフィーと呼んでくださいませんか?」
「今も呼んでいますが……」
王女は小さく首を振る。
「お二人は『ソフィー王女』と呼んでいますよ」
そりゃそうだ。
だって王女だもん。
わたしとレナが不思議な表情をしていたのだろう。
王女はいたずらをしているような子供みたいな笑みを浮かべる。
「ソフィー王女ではなくて、ソフィーと呼んでください。周りに人がいない時だけになりますが」
呼び捨てにしろって事?
できるわけないじゃん。
そんな呼び方したら、そのまま牢屋行きだよ。
あ、だから周りに人のいない時なのか。
でも、さすがに王女を呼び捨てにするってのは……
「王女が言ってるんだから良いんじゃないのかな?」
レナは意外に大胆ね。
でも、わたし達だけになる事なんて無いわよ。
今も侍女がいるし。
わたしが視線を向けると、侍女はすました顔を崩さない。
これは…… 私の事は気にしないでって事かしら?
だったら、いいかー。
「うん、わかった。じゃあこれからソフィーって呼ぶね」
わたしが答えると、ソフィーは今まで見た中で一番うれしそうに笑う。
「では、改めてこれからもよろしくお願いいたします」
「ソフィー、こっちこそよろしくね!」
「よろしく、ソフィー」