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俳優の卵の場合
俺は俳優の卵。
演技でこの状況を乗り切ってみせる。
俺は
「おえっ、」
と、えずくフリをした。
今度は新聞から眼をあげた男に見せつけるように手を口にあてて
「うっ」
もう一度えずく。
息を止めることで顔の色を変え、呼吸も浅くなり、病人そのものにしか見えないだろう。
こんなところで吐かれたら困る。
と、周囲の人が俺から一定の距離をとりはじめたと同時に目の前に座ってた男も席から立ち上がり逃げ出した。
占領していた2席のうち一つを開けてくれればよかったんだが。
2つ開いた席にゆっくりと座り荷物に顔を埋める。
俺の隣に座ってていた神経質そうなサラリーマンも逃げていった。
両サイドの開いた席には俺が降りるまで誰も座ることはなかった。
もちろん降りるときも具合悪そうなフリは忘れなかった。
なんと言っても俺は俳優の卵なんだから。