閉じ込められた奴隷を助ける話
突如アドラム伯爵邸内に響き渡った何者かの悲鳴に、屋敷を訪れていた第一王子のアレンは首をかしげた。
悲鳴? なぜこんなところで悲鳴が聞こえるのだ?
防衛体制がしっかりしているここで悲鳴が聞こえたということは、緊急事態でも起きたのだろうか。
アレンは周囲を見回して隠れられるところを探すが、側に控えていた屋敷の使用人たちが全く動じていないのを見て、考えを改めた。
もしや、ここでは日常茶飯事なのでは? 日常的に起きている事態だからこそ、危険がないと分かっている。そうだとしたら、使用人が全く動こうとしない理由が分かる。
緊急事態でないのならば、一体何が起きているのか。悲鳴の理由が気になったアレンは、音源を探すことにした。
適当な理由をつけて応接室を出たアレンは屋敷を探索していた。すると、一つだけ何も置かれていない部屋を発見した。この屋敷のどの部屋にも物は置かれていたし、使用人も頻繁に見かけるので、部屋が余っているということもなさそうだ。しかも、先ほどからずっと聞こえている悲鳴の声がかなり大きい。こんな部屋があることを不自然に思ったアレンは、室内を検めていた。パッと見る限り、ただの空き部屋にしか見えない。だが、他の部屋と比較してあからさまに怪しいこの部屋には、隠し部屋があるのではないか。そう思い、アレンは床や壁を叩いてしかけの有無を確認する。そうしていると、木の軋む音をたてて壁の一部が回転し、空間が現れた。
案の定出てきた隠し部屋に口角を上げ、アレンは足を踏み入れた。
隠し部屋には地下への階段が設置されていた。
なんとも捻りのない隠し部屋だ。ちっとも面白くない隠し部屋に、アレンは気分を損ねた。この先の地下から聞こえてくる悲鳴も、それを助長させていた。音源は地下のようだ。
ここまで情報が出揃うと、何が行われているかも想像がつくというもの。恐らく、奴隷か何かを閉じ込めて拷問でもしているのだろう。
なんと勿体ない。犯罪者ならともかく、奴隷を監禁していたぶるなど、貴重な人的資源と時間、そして労力を徒に消費するだけの、実に愚かな行いだ。よもや、そのようなことをする者がこの王国内にいるとは、民から聡明だと言われているアレンにも想像し得なかった。
いっそう気分を悪くしたアレンは、表情を歪めながら階段を下りた。
地下室に広がっていたのは、いくつもの牢だった。そのうちの一つからは絶叫が聞こえ、その牢の前では男が鞭を振るっていた。アレンはその牢へ近づく。すると、男の顔が見えた。アドラム伯爵だった。
アレンは、邪悪に嗤って少女に鞭を打ちつけるアドラム伯爵に、さも不愉快そうに声をかけた。
「アドラム伯爵、ここで何をしている」
アドラム伯爵はビクッと肩を震わせて、手を止めアレンの方を向いた。
「殿下……? なぜ、ここがお分かりに……?」
「悲鳴が聞こえたので、音源を探していたらここにたどり着いた。何が起きているのかどうしても気になってな」
見るからに不機嫌なアレンに怯えるアドラムだったが、ハッとして、慌てて喋り始めた。
「ご、ご安心ください、殿下! これは亜人です! そこからだとよく見えないかもしれませんが、これは亜人です! ほら、ご覧下さい、亜人でしょう? ですから別にいいのですよ。これは、このようにされるために産まれてきたのですから」
必死で弁解するアドラム。しかし、亜人と聞いたアレンは、更に機嫌を悪くした。
「なるほど、そいつは亜人なんだな? 貴様、自分が何をしているのか分かっているのだろうな……?」
「えっ、ええ、はい。薄汚い亜人風情をありがたくも教育してやっているのです。証拠に、こいつもありがたがっております。なあ、そうだろ!?」
怒鳴って確認をとるアドラムに、亜人の少女は、震える声で肯定する。どうやら怯えているらしい。脅迫して肯定を強要し、必死に弁解をするアドラム伯爵を滑稽に思ったアレンはアドラムを鼻で笑い、腰に下げていた短剣を突きつけた。アドラムは怯えた。
「ヒッ!? わ、私が何かお気に触れることをしてしまったのでしょうか? お、お許しください!」
必死で許しを請うアドラムに、アレンはできの悪い生徒に教えるかのように答える。
「どうやら何をしているのか全く理解できていないようだな。貴様はそこの亜人に拷問をかけているのだ。これほど不愉快なこともあるまい」
「も、申し訳ありません! 今後このようなことは致しません! 亜人たちも解放いたします! ですから、何卒、お許しを!」
アレンは疑問符を浮かべた。どうやらこいつは勘違いしているようだ。
「何を勘違いしている。別に奴隷に拷問をかけていたから怒っているのではない。有能かもしれない者を監禁し、ろくに仕事もさせていないから怒っているのだ。そいつが無能な働き者ならば、私はこんなことで怒ったりはしない。だがね、君、そいつが無能かどうか、判断していないだろう? 君たちは亜人を薄汚い劣等種と罵り、毛嫌いしているようだが、私はそうは思わない。亜人と人間に知能の差はさほどない。しかも、亜人は人間より身体能力が高い! これほど労働に適した人材がいるのだ、有効に使わないでどうする! いいかね、人的資源というのは貴重なのだ。まして、亜人ともなればさらに貴重だ。これほど労働力に優れた人材を毛嫌いして遊び道具にするなど、実に勿体ないことをしている。なんと愚かだろう。私はそのように人的資源や労働力を雑に扱う無能が大嫌いなのだ。いくら働いても損害しか与えない君のような無能な働き者には心底辟易していてね。どうしようか常々頭を悩ませていたのだが……今、丁度いいネタがある。これで、君を堂々と処刑できるわけだ。いくら許しを請おうと許さんよ。君のような害虫をほったらかしにしておくと、いずれ国を蝕まれかねん」
笑みを湛えながらつらつらと語るアレンに狂気を見出だしたアドラムは、この場から逃げようとすることでいっぱいだった。しかし、足がすくんで動かない。恐怖に汗を滲ませガタガタ震えるアドラムに、アレンは気分よく語る。
「なんと気分がいい。今日を記念日に、改革を進めるとしよう。おめでとう伯爵、君は第1号だ」
アレンはそう言って、短剣をアドラムの喉笛に突き刺した。
短剣を引き抜き、辺りを見回して多数の亜人が捕らえられているのを確認したアレンは、満足げに呟いた。
「まさかこんなに労働力を確保できるとは……思わぬ収穫だったな」
眼前で繰り広げられた寸劇を見ていた亜人奴隷たちは、肩をガタガタ震わせて、心底恐怖していた。
初投稿です。いろいろ「なんかここおかしくね?」という点もあるかと思いますが、暖かい目で見ていただけると幸いです。