煙草
半年以上ぶりの短編です。
リハビリを兼ねてなので、文章が拙くても温かい目で読んで頂けると幸いです。
私は今日。生まれて初めてこの街から出ていく。
駅前の広場を両手に重たい荷物を持ちながら歩く。
誰かが吸ったのか、煙草の匂いがした。
駅前は随分と廃れてしまったようで、人はまばらに下を向いて歩いていくばかりだった。
足取りは重く、誰も見送りに来るものはいない。
それが余計に寂しさを募らせた。
明日から馴染みのない場所で1人で生きていかなければならない。
そう思えば思うほどに、私を迎えに来る新幹線までの時間が憂鬱であった。
離れてしまえば。新しい街に慣れるしかないから楽なのに。
思えば、この街を出ていくことを決めたのは親の束縛から逃れたいという高校生なら誰しも経験したことのある一種の親への反抗と、ついこの間別れた恋人との思い出が所狭しと溢れているこの景色を見るのが耐えられなかったからである。
恋人も煙草を吸っている人だった。煙草について話したことはないけれど彼を抱きしめる度にほんの少し煙草の匂いがした。
待っている間。
冬に近づくこの街に吹く冷たい風から逃れるように待合室に入った。
また、この憂鬱な気持ちを少しでも紛らわせたかった。
待合室の窓際の長椅子に座り、記憶に焼きつけるように街を見る。
やはり駅前の広場は寂しいままだった。
このままこの街は廃れていくのだろうか。
等間隔に植えられたイチョウ並木をぼんやりと眺めながらふと考えてしまう。
小さい頃は人が行き交い、賑やかだった。あの頃と比べるとやはり人も街も老いていることを改めて実感する。
私は意識を現実に戻し、立ち上がる。そろそろ迎えが来る時間だ。
指定席を取ったから慌てる必要はない。荷物を持ち直し、ゆっくり改札に向かう。
そして、最後の関所を抜けて1度だけ振り返る。
名も知らぬ大人たちが、黙って下を向いてこちらに歩いてくる。私が知る者は誰一人としていなかった。
前に向き直り、階段を上る。足取りは先程と比べると多少軽かった。
ホームに着くと既に新幹線が待っていた。
これから私を新しい街に連れていく。
まるで迎えに来たカボチャの馬車のようであった。
指定席に着くと、私は重い荷物を隣の空席に置いた。
隣の席も私が取っておいたので文句も何も言われない。
席の目の前にある小さな白いテーブルに、売店で買った駅前とお茶の入ったペットボトルを置いた。
仕事が忙しく見送りに来れなかった母にメールで無事予定通りであることを伝えた。
窓からホームを眺める。
ホームにある時計を見ると、出発まであと数分と迫っていた。
多かった人混みが新幹線に吸い込まれ、ホームには誰もいなくなる。
ちょうど発車を知らせるベルが鳴った。
窓から意識を逸らした瞬間、目の端で誰かがホームに走り込んでくる人影が現れたのを見た。
別れた恋人だった。必死な顔で私を探している。
つられて私も焦る。窓に向かって前のめりになる。
私はここよ。そう届かないはずの念を送る。
不思議なことに、私の思いが伝わって彼が私を見つけた。
動き出す新幹線を追うように私がいる窓まで駆け寄ってくる。
彼は、必死に何かを伝えようと口を動かしている。
声は聞こえなくとも伝わってしまった。
新幹線はホームを抜けて前へ前へと進んでいく。
最後の彼の顔は、私に言葉を伝えられて満足しているようだった。
寂しそうな、少しだけ泣きそうな変わらない懐かしい笑顔で。
そして、彼の口はこう動いていた。「待ってる」と。
私は1人、彼のいなくなった窓を見ながら泣いていた。
何度も頭の中で最後の彼の顔を、過ごした日々を思い出しながら。
禁煙のはずの車内では、馴染みのある煙草の匂いがした。
基本「私」は、煙草の匂いは好きじゃないです。
唯一、彼の服に染みついた煙草の匂いが好きなんですね。
まぁ、煙草の匂いが好きな人は珍しいような気はします……(-ω-;)
なにはともあれ、読んでくださりありがとうございました!!m(_ _*)m