Act.13 流水神楽の初陣とラビットファイアの陥落
澤村が廻栖野の手を離す。龍宮に歩み寄りながら、澤村は宣う。
「戦わないって言ったり、急に能力使ったり何なのさ」
ハル、まで言いかけたところで澤村の横っ面を龍宮の拳が捕らえた。「カヂャ!」と濁った声を挙げ、澤村の体が雑草の生えた傾斜を滑り落ちて行く。
川の岸辺で止まった澤村は、石に火を着けて龍宮を迎撃するべく待機させた。
監視役の高林から龍宮は廻栖野を奪い返し、一緒に傾斜を駆け降りてきた。構わず龍宮たちに向け、脱兎の如き火で石を射出する。しかし龍宮の構えた水の盾を貫くことは出来ない。
龍宮の後ろで見ていた廻栖野は、構築された水の力に目を見張った。
「バガな」
腫れた頬で上擦った声を出す澤村。廻栖野に「待ってろ」と言い、龍宮は澤村に駆け寄って腹部に拳を繰り出す。
「ラビットファイア! 我が体を加速させ待避せよ!」
澤村は自身に火を着けた。加速させて急激に後退し、回避する。龍宮はそれを追う。「くそが!」と澤村は火の着いた手で地面を殴った。
壁にするつもりで地面を隆起させた。ラビットファイアはブースターではない。火を着けたとき、それを加速させて動かせる能力。しかし龍宮の動きは想像以上に速く、せり上がる地面に乗り上げた。
勢いで意図せず跳ね上がる無防備な龍宮を澤村は逃さない。
「空中なら避けられねえよなあ!」
石をがむしゃらに射ち放つ。しかし龍宮の集めた水にまたしても遮られる。
「何でだあ!」
澤村の悲痛な叫びなど、意にも介さず着地した龍宮は距離を詰める。
廻栖野からは見えていた。脱兎の如き火のかかった石を受けた水の盾から、根や水脈を彷彿とさせる流動が龍宮を避けて流れていき、飛沫となって弾けるのを。
「水に流すアルターポーテンス」
廻栖野が呟く。ダメだ、ラビットファイアはもう底が知れている。それに対し、龍宮の能力のポテンシャルは未知数だ。龍宮が軽く川から集めた水の量から察するにまだ構築の余地がある未完成のアルターポーテンス。
ダメだ、と廻栖野は身震いする。ラビットファイアじゃ、太刀打ちできない。
「気持ち悪いんだよ、かっこつけ野郎が、俺に近付くんじゃねえ!」
手当たり次第に澤村が地面を隆起させる。龍宮はためらわず、小規模な岩の渓谷に踏みいる。
「追い詰めた」と廻栖野。
「射程圏内だ」
そう言って龍宮は澤村に接近する。澤村は両手に火を点して加速させてがむしゃらに龍宮に殴りかかった。
「ガードしろ、流水神楽」
澤村のパンチはことごとく水に止められる。
「うつむいて生きていけば良いのに、何でお前はまっすぐに俺を見やがる!」
「お前が見てねえところで俺だってうつむいてるよ」
龍宮が、まっすぐ澤村を睨む。
「お前が見てねえところで、色んな人に支えてもらって、ようやくここに立ってんだよバカ野郎!」
疲労が見えたところで龍宮は懐に飛び込んで、ぶん殴った。ラビットファイアで作った土壁に挟まれ、背後をとった水の塊が澤村の退路を断つ。
「バカはてめえだ! まだ上に逃げ場があるだろうが」
澤村がウサギのように跳ねる。
「ケツに火でも着いたかよ」
「あん?」
飛び上がった先にも水の固まり。澤村の背が触れるや否や、勢いが殺され、水柱が立ち上った。
落下する澤村に龍宮の渾身の右ストレートが迫る。
澤村は「あ、あ」と声を失う。
廻栖野はもう逆転の目はないと悟り、龍宮の死角になっている部分の澤村の火を堕天使の黄昏に上書きできるか試してみた。成果に対して廻栖野は、三日月のような笑みを浮かべる。
「オールオーケーだ。ぶちのめす」
澤村の腹部にのめり込んだ拳の衝撃が全身を駆け巡る。澤村は力なく倒れた。
隆起した地面が、元に戻る。
廻栖野が地面に伏せていた。土手の上に高林と、もう一人龍宮の見知らない金髪の男性が立っている。
「筒浦先輩、あいつが龍宮です!」
高林が指差す龍宮を眺めて、筒浦
は顎をしゃくった。
「なるほど、確かに生意気そうだ」
龍宮は水を集めて備えた。




