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【短編集・~2019.7】CREEDーHelter Skelterー  作者: HappyEndFreakz
【2015年】マイルドヤンキーとゴスロリ女【龍宮と廻栖野①】
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Act.10 赤い糸と電話

 ぶーん、というマジキッチのうなり声が聞こえてくる。


 必ず人目につくところにいることと、仮に澤村に見つかって何を言われても動かないよう廻栖野に念を押す。龍宮は去り際に「絶対、迎えに行くから待ってろよ!」と叫んだ。


 万が一、廻栖野の方にマジキッチが行かないよう、あえて声がする方に向けて敢えて突き進む。

 

 左眼は開けられそうにない。縫合されたとき痛みはなかったから、そういう効果を与える能力なのだろう。ジグザグと、まぶたが雑に縫い付けられている。メンヘラーちゃんを引き剥がそうと試みたが無理だった。


 マジキッチの視界に入り、龍宮は廻栖野がいない方に駆け出す。「追ってこい、くそ野郎」。マジキッチの足取りは心なしか嬉々としているように見えた。メンヘラーちゃんと繋がる糸を追尾してくることは間違いない。


「ぶーーーん!」


 消防斧を振りかざし、距離を詰めて来る。


 龍宮は排水溝から水を調達し、マジキッチがぶつかるタイミングで配置してみた。ぬいぐるみなら、水を吸わせて鈍化させることは可能か否か。結論としてはそう都合良くことは運ばなかった。マジキッチはぶるぶると水気を払い、俄然、突進してくる。


 しまった、この距離は近すぎる。回避しようと思ったとき、微かな違和感があった。マジキッチは斧を木刀のように構えている。剣の間合いを意識させられる所作だ。


「もっとこう、お前は雑に斧を振ってくる奴だと思ったよ、マジキッチ」

「ぶーん! ぶーん! ぶーーん!」


 上段に振り上げた消防斧を地面を這う糸もお構い無しに叩き込み、外れるや体勢を立て直して横一線。それを避けた龍宮に袈裟斬りを浴びせるマジキッチ。


「避けられないスピードではないな」


 龍宮は地面を這う赤い糸を拾い上げて両手で張り、消防斧を受け止める。能力で出した糸は切れないことはさっき確認した。刃に糸を巻き付けたあと、そのまま滑り込ませて、斧の柄の範囲に入る。右肩で柄を担ぎ、糸を左手に持ち変え、斧の動きを制限した。


「振り上げることも横に引くこともさせねえよ」


 マジキッチをショートレンジの右手で殴ろうとしたとき、メンヘラーちゃんが龍宮のワイシャツの右腕の肘と裾を地面に四方八方に渡って縫い付けられた。


「ぶーん!」


 気を取られた隙を突いて、マジキッチが力一杯、斧を振り払う。そして横に薙ぐ形で、確かに柄で横腹をぶん殴られた。


 服が破れて糸の拘束がほどける。龍宮は地面を転がった。メンヘラーちゃんが這う感触がして、また地面と縫い付けられては堪らないと、龍宮はよろめきながら立ち上がる。


「ありがとーよ、手加減してくれて」


 脇腹がずきずきと痛むが、立ち止まるのは危険だと思い、龍宮は走り出す。厄介なのはメンヘラーちゃんの糸の拘束によるアシストだ。どうしようか考えていたとき、「ぶーん」というマジキッチの耳障りなうなり声がした。


「脚が早くなった……?」


 メンヘラーちゃんとマジキッチをつなぐ赤い糸の量が減っている。


 なるほど、と龍宮は得心がいく。マジキッチは赤い糸を追尾してくる。距離が近寄った分、メンヘラーちゃんが糸を巻き上げ、それを縫合に転じる能力。


 龍宮は路地に入る。ゴミが散乱し、マジキッチの短い脚では足場が悪い。さらに龍宮は壁際に乱雑に積み上げられたビール箱を殴って崩した。マジキッチが空き箱の突破に苦戦している様を龍宮はほくそ笑んだ。しかし、逆に龍宮も赤い糸の範囲からは逃げられない。


 すると手の皮膚が張っている感じがした。まさかと思い、見やると右手の拳が縫合されて開かなくなっていた。むちゃくちゃに施術糸が飛び交っているが血は出ていない。


 龍宮はその手をじっと眺めた。


 なんでマジキッチは殴って来ないんだ。龍宮は疑問を持つ。『殺さないように、ちゃんと柄で殴るようプログラムしろよ』という高林の言葉が甦った。わざわざそんなことせず、殴らせれば良いだろう。あのとき三好が不機嫌になったのは、それが能力の条件に関わるからじゃあないか。龍宮はひらめく。


「鬼ごっこなんだ、これは」


 考えてみれば、メンヘラーちゃんとマジキッチは切れない赤い糸で結ばれているのだから、わざわざ追ってくる必要はない。間合いを意識させる消防斧の構え方も、マジキッチは踏み込んでほしくなかったのだ。だからメンヘラーちゃんは糸を大量消費して龍宮を地面に縫い止めた。


「マジキッチに俺が触れたら、鬼が移る。ゲームは終了する……のか?」


 やる価値はありそうだ。けれど、また地面に縫い止められるのは避けたい。


「ぶーーーん!」


 マジキッチのうなり声は怒気を孕んでいた。立ち止まってる余裕は無さそうだ。


 龍宮は水をかき集めながら駆ける。


×―×―×―×―×―×―×


 ファミレスで澤村たちはドリンクバーのみ頼んで、たむろしている。


「三好、ハルカちゃんはどんな様子だ」

「頑張ってるよ、龍宮。左眼と右手を縫われてるけど。あと服もところどころビリビリだね」


 そりゃ良いや、と澤村は肩を揺らす。


「そういえばハルカちゃんの彼女さ、あれレーラン生だね。肩に校章入りのワッペンを付けてたし、あのリボンの色は中等部の二年生だ」

「あのゴスロリって私服だろ。土曜なのに校章付けて何やってんのかね。つーか制服のこと熟知してんのはキモすぎるだろ高林」

「先輩にロリコンがいるんだよね。てかそれ言ったら、つるんでるハルカちゃんはどうなのよ」

「あいつは元からキモいって。カッコつけの腰抜け野郎」


 周囲のことも省みず、澤村と高林は声を立てて笑う。


「ああ、いよいよ追い詰めたね」


 三好が笑い声を遮るように言った。澤村が食い付いて身を乗り出す。「マジか。詳しく」。三好は、ウーロン茶を啜ったあと、マジキッチと共有している状況を伝える。


「見た感じだと高台のガードレール際だね。龍宮がそこにもたれ掛かってる。水の塊を携えてるけど」

「無理無理、ただの水で斧は止められないよ」

「マジキッチが切りかかった」

「ハルカちゃん死んじゃうんじゃないの」

「死んだらハルカちゃんの彼女は俺が慰めてやるんだ」


 ほんと最低だなお前、と高林は笑いを堪える。


 三好の視界には、『ぶーん!』と言ってガードレールを断ち破るマジキッチからの目線が見えている。ガードレールに寄りかかっていた龍宮の体がぐらりと傾く。伸ばした右手はすでに縫合されていて、何も掴めない。


「あのバカっ!」


 三好が柄になく、声を挙げた。いぶかしむ高林。澤村は眉をひそめた


『なあ、三好。お前、見てるんだろ』


 龍宮の声がマジキッチを通して聞こえてきた。三好は眼を丸くする。


『ホラー好きのお前の能力が、消防斧持った怪人に追い詰められる人間の姿を観れねえ仕様なわけがないよな』


 視界の中で龍宮は背面から落ちていく。それに伴い、糸が引きずられてマジキッチの体も中空に投げ出された。マジキッチは斧で壁面にブレーキをかける。しかし、身長一八○センチを越えるタッパーの男を支えてまで落下の勢いを殺すことはできない。


 それどころか龍宮は左腕で糸を手繰り寄せた。マジキッチの体がいよいよ宙を舞う。


空中(ここ)なら、何にも縫い付けられない』


 三好の腹部が、キュッと緊張する。落下の擬似体験。あり得ない浮遊感が気持ち悪かった。景色が高速で流れていき、目で追うものの処理速度が追い付かない。

 眼を閉じても共有された映像は途絶えない。がむしゃらに絵筆を走らせたような視界はどこまでも不気味だった。


 机に手を付き、三好は震えた。ウーロン茶がこぼれたことにも三好は気付かない。立ち上がった高林がなだめる。


 しかし地面が近付くに連れて三好の思考は先走っていく。路傍の石も雑草の一本一本も鮮明に見えた。少なくとも三好には、そのときそう思えた。


 龍宮の姿を視界に捉えた。クッションのつもりなのか、水の塊を背負っている。大きく振りかぶられる、糸で縫合された右の拳。


『右手は元から掴むためじゃなく、殴るために握り締めたんだ』


 左手で糸を引っ張られたマジキッチが龍宮に急接近し、視界いっぱいに拳が広がる。


『オールオーケーだ。ぶちのめす!』


 耐えきれず、三好は悲鳴をあげた。


 絶叫を聞き付けた店内にいる人間全員からの注目を浴びる。澤村たちは堪らず、三好を抱えて外に出ることにした。会計のときも眼を見開き、怯える三好の姿に店員が「救急車を呼びましょうか」と尋ねる。


 澤村は怒鳴る。


「良いから、早く釣りをよこせよ!」


 逃げるようにファミレスを飛び出した。


×―×―×―×―×―×―×


 龍宮は破けたワイシャツを脱いで、肩に担ぐ。下から仰ぐと、だいぶ高いところから落ちたことがわかる。


「よく助かったな俺」


 そう思いつつ、落ちたとき龍宮には漠然とした感覚だったが確かに、大丈夫だという手応えがあった。


 マジキッチは地面に突き刺さっていたが、しばらくして消えた。左眼と右手の縫合も同時に解除される。糸がくぐった傷は残っていない。


 龍宮はネクサスフォンを取り出し、廻栖野に電話をかけた。繋がらない。澤村たちが何かしたのかと思い、いてもたってもいられなくなったとき、メールが届いた。


『勝ったみたいね。

彼ら、悲鳴をあげて逃げていったわ。

いつものベンチのところで待ち合わせましょう。』


 なぜ電話に出ないかわからないが、龍宮は川沿いのベンチに向かう。


 隣り合う二つのベンチ。


 廻栖野はその片方に澄まし顔で座っている。傍らには赤い糸で結ばれた糸電話があり、ベンチのあいだの架け橋になっている。


 苦笑しながら龍宮は、もう一つのベンチに腰掛けて糸電話をとる。何も聞こえない。二人とも、耳に紙コップを当てていた。


 対応を間違えたらしい。龍宮は紙コップを口に当てて言った。


「メリーさん、このあとお食事でもどうですか」

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