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8.適正

 夜の荒野を、数匹の馬が背に人を乗せて駆け抜けていく。


「おい、もっと急がせろ!」

「駄目だ! 視界が悪くて馬も少しビビってる! これ以上は――」

「畜生、積み荷が全部パァだ! 大損どころじゃねぇぞ!」


 どうやら商人らしい男たちは、荒い息をしながら必死に馬を走らせる。本来ならば荷車を引いていたのだろう馬をだ。


「くそっ、駄目だ! 追いつかれる!」


 後方に広がる夜の闇の中から、何かが追ってくる。それも、商人たちの馬とほぼ同等の速度で。

 このままではどうにもならない。商人達もそれは分かっていた。


「おい、もうどうしようもねぇ! 森の方に突っ切るぞ!」

「大丈夫か!? グレイマターの結界があるっつっても、こんだけ遠ざかってると危険なのがいてもおかしくねぇぞ!!」

「こんなだだっ広いとこじゃあ追いつかれる! 一か八かだ!!」


 先頭を走る男が、手綱で馬に方向を伝え、より闇の濃い森の方へと走り出す。

 後ろの二人は顔を見合わせ、苦々しい顔をしながら、その後に続いた。


「とにかく少しでも街に近づくんだ! あの街のガキ共が気付きゃあなんとかなる!!」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 エリア15の端にある、手入れのされた様子のない、小さな庭付きの二階建ての小屋。

 それが、ゲイリー達に与えられた本拠地(クランベース)だ。


「しっかし、家具とか何にもないんですねー」

「そんなもんだ。お洒落なダイニングテーブルとチェア、ついでにティーポットあたりでも欲しかったか?」


 ガランとした小屋の床や窓枠を、ゲイリーとエリーが雑巾で磨き上げている。パルフェは適正検査、ラヴィは授業中だ。

 エリーは午前で検査が終わったため、こうして15エリアまで来てゲイリーの手伝いをしながら雑談に花を開かせている。


「まぁ、もう設置される家具は一つ……一つ? ……ワンセットありますよね」

「だな」


 エリーが見ているのは、空気の入れ替えのために開けっぱなしにしているドア。正確には庭の所に置かれている、馬鹿でかいキッチンセット。そう、キッチン。

 ラヴィ曰く、『キッチンを使いやすいように作りかえる』との事。美食馬鹿の極みである。


「……アイツ、ここに住むつもりじゃねぇだろうな」

「そんなこと出来るんですか?」

「まぁ……一応は可能だ。つっても退寮出来るわけじゃねぇから寮費はそのまんまだし、俺みたいな安いところじゃなければ寮が朝と夜は飯を出してくれるから、普通はそんな事しないけどな」


 せいぜいが仮眠室としての利用か、あるいは惚れた者同士の密会場くらいか。


「ベースは基本的にメンバーの集合場所と倉庫だからな。ただ、規模がでかくなれば実質、家みたいになる」

「……つまり、お引っ越しですか?」

「あぁ、多分な。中には周辺のクランベースを全部取り込んで豪邸にしたアホもいるが……」

「貴族様ですか?」


 頭の中で、だらしない顔をしている太った男を想像するエリー。


「いんや、平民だ。ただし、この街で指折りの金持ち」

「マジですか」


 平民と聞いて、エリーはギョッと目を剥いてゲイリーを見る。


「マジもマジ。このエリアじゃないけどな。33エリアの特待生。商学実習中に独自の交易ルートを作ってボロ稼ぎした奴でな。一度だけ会った事がある」

「どういう人でした?」


 ある意味で目標に近い生徒の話を聞いて興味を引かれたのか、エリーが少し身を乗り出して聞いてくる。

 ゲイリーは、どこか人懐っこい笑顔を浮かべた金髪の優男の顔を思い浮かべる。


「――猫かぶるのが大得意な人嫌いで、金こそが親友だと断言する、毒をこよなく愛する男子生徒だ」

「先輩、ソイツ絶対アタシに紹介しないでね?」

「頼まれてもせんわ」


 とたんに興味を失ったエリーに、ゲイリーはほっと息を吐く。

 触ってはいけない危険人物は先に教えておくに限る。


「あ、じゃあついでにもう一つ質問」

「なんだ?」

「なんで働きたくないの?」

「お前……それはなんで貴方は息してるの? って聞くのと変わらんぞ。怠け者だから怠けてるんだ」


 ゲイリーは、当然の事を聞くなという口調でそう返すが、エリーは納得しない顔で、


「いやいや、普通の怠け者さんだったら、それでもこういう環境だったらもうちょい上の所にいますよ。アタシの村の引き籠りもそうでしたもん」

「…………」

「ゲイリー先輩は、なんか頑張ってギリギリのラインに立っているって感じがします。なんでですか?」 


 無邪気そのものの顔で、エリーは聞いてくる。

 ゲイリーは、何か言葉を探すように少し口をパクつかせ、やがて諦めたように肩の力を抜く。


「俺が何か考え付いて動こうとすると、大体(ろく)な事にならないのさ。……出来る事なら、何もしたくない」


 ゲイリーは、何かを振り返る様な目でそう言う。

 エリーは、それに全く納得できなかった。何の答えか分からないし、この街にいる理由も結局分からないままだ。



 ただ、彼女の目には、ゲイリーが少し泣きそうになっているように映った。

 そして、それが気やすく触れていいものではないと言う事は――さすがに理解できた。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「では次。パルフェさーん、トカンタ村のパルフェさーん!!」


 今、パルフェはオリエンテーションの一環で、測定というものをやらされている。

 身長や体重、視力などといったものの測定から始まり、今度は外壁の外の用意されたコースを実際に走ってみて時間を計ったり、重い物をどこまで持てるかなどの運動能力を調べられていた。どうやら次は、魔法を使うのに必要な能力を調べるようだ。


「はい! 本来、まだ貴女達は魔法が使えませんが、この魔法陣の中にいれば一つだけ、基礎的な魔法である放出の魔法のみ発動出来るようになります! 炎しか無理ですが……」


 エリーはこの検査を午前中に終わらせたと、パルフェは聞いていた。なんでも、ほんの少しだけ火柱を出現させる事に成功したらしい。


「詠唱する呪文はこちらです。文字は読めますね?」

「あ、ハイ。大丈夫です」


 パルフェは、呪文が書かれた羊皮紙を受け取り、魔法陣の中央に入っていく。


「発動しない事もありますが、別に問題ないのでリラックスしてくださいね?」

「は、はいっ」


 ここで魔法の力に目覚めてくれないか、と少しパルフェは期待していた。なにせ、ゲイリーは戦闘する機会が0だとは言わなかった。副団長にあたるラヴィは、活発に動くことは滅多にないだろうと言っているが……。


「詠唱する時に、できるだけ遠くに、そして出来るだけ大きな火をイメージしてください。方向はこっちで」


 それに何より何か一つ、一つでいい。自分に出来る事が欲しい。パルフェは強くそう願う。

 ゲイリーと再会したあの日、門の外も中も少し見て回ったが、結局分かったのは、自分が変化しなければならない。そのために何かを選択せざるを得ないという事だった。


「わ、分かりました」


 だから、出来る事ならば――ここで、何かを掴めれば! 何かになれれば!


「それでは――どうぞ!」

「はい! ヴィ……『ヴィゾーフ・フォイア』!!!!」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「エーちゃん、ゲー君、ただいま」


 どうにか掃除は終えて、先日のクエストの報酬で買ってきたテーブルとイスをどうにか運び入れ、一息ついていた所である。


「おーう、お帰り。今日はお前テストだっけ?」

「肯定、調理学科の実技試験」


 ちなみにラヴィは一級調理士免許持ちである。


「……落ちる理由が見当たらねぇ……」

「ですねぇ」

 

 時々世話になっているゲイリーと、先日の露店で余った試食品を食べさせてもらったエリーは真顔でそういう。

 あの味を出せる生徒に落第点をつける教師がいたら、抗議活動を起こしても許されるだろう。


「とりあえず、キッチンセットは一応お前の設計図通りに組み立てておいた。まだ完全なネジ止めや溶接はまだだから、不満点があったら言ってくれ」

「ん、大丈夫。後の調整と仕上げは私がやる」


 そう言ってラヴィは、発火や流水のマジックアイテムの調子を確かめながら、調理の感覚を掴もうと調整も兼ねたイメージトレーニングを始める。


「……ゲイリー先輩の言うとおり、食材とかの料理関係専門のクランになりそうですね」

「一年後には、俺は弓使いからウェイターに転職してるかもな」


 妙に現実味のある未来予想図にゲイリーが頭を抱えていると、『トントンッ』と軽く玄関がノックされた。


「ん、パルフェも測定が終わったか?」


 ラヴィは調理のイメージトレーニングで聞こえてないようだ。ゲイリーはため息をつくと立ちあがり、ドアを開ける。


「よう、パルフェ。適正はどう……だ……った?」


 ドアの所にいたのはパルフェだ。だが、両手で顔を覆ってしくしくと静かに泣きじゃくっている。その後ろには、どういうわけかレティまで。


「なぁ……受付嬢さんや、何があった?」

「だから名前で呼んで……いや、まぁ良いんですけど……」


 レティも少し困惑している様子で、少し目を泳がせながら口を開く。


「その、測定の最終項目だった魔術適正の検査で、パルフェさんの魔力が例の魔法陣の容量を遥かに超えてしまってたみたいで、その……」








「西部の森の一角が、結界の一部と共に吹き飛んじゃいました」

「…………………………………………。…………はぁあんっ!!!!!?」





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