7.学生という生き物は大体ぶっ飛んでる
「お疲れさん。ゲイリーだっけ? 弓使い一人って聞いてたから正直不安だったが……いやぁ、中々やるもんだ」
「こっちとしては、出番がないと思ってたから驚いた。そして面倒だ。……ちくしょう、働いてしまった」
「どんな後悔してんだよアンタ、矢とか薬の代金は上乗せしとくから機嫌直しな」
「……失った時間は戻ってこないんだよ。労力も……くそ、俺が働いただと……っ」
「まったくもってよく分からんけどアンタさては面倒くさい奴だな!?」
時間は少しさかのぼり、ゲイリーがワームを捕獲した時間に戻る。
ゲイリーの今回の報酬は、3500ダリーと農学部が作った新種の作物。
新種と言っても、すでに検査をパスして商品として出回っているモノ。
ちなみにコンセプトは『不健康を抹殺! 死ぬほど栄養豊富な野菜!』だそうだ。
「で、アンタがクランを作るのかい?」
日焼けさえしてなければ研究者風にも見えるような男子生徒が、ゲイリーに茹でただけの野菜と塩を勧めながら話しかけている。
「あぁ、とりあえずは最低限の3人を揃えようって話なんだが……中々目ぼしい人物がいない」
「そこらへんの苦労はクランもギルドも同じか」
口ぶりからして、ギルドに所属しているのだろう生徒は、やや大げさに方をすくめて見せる。
「クランなら、報酬や取得物の分配とかで内側をまとめるのが大変だろ。ギルドの場合は、外側警戒してないと、酷い時は研究成果や技術を持ってかれたりするからな」
エリアによっては、他のギルドに内部秘を売り渡す『スパイ』までいたりする。
研究成果や技術等が財産になるギルドならではの話だ。
「それはまた……。で、我が物顔でそれを発表するのはデカイ派閥か」
「ご明察――っていうか、良くあることだからな」
どこにも悪党という人種は存在する。他人の成果を『消費』して自分達の勢力を伸ばす存在というのは。
そして、そういう勢力が人を集め、同じ色に染め上げていくのだ。
「それに対して、アンタは少しはまともそうだ」
「……欲に関しちゃ、大丈夫だ。たいそれた野望は無い」
ゲイリーは内心で『多分』と付け加えてそう言う。
この世でもっとも信用ならない人間は誰かと聞かれれば、ゲイリーは迷わず『自分』と答える人間だった。
「ホントの所は本と飯と酒だけで生きていたいんだがなぁ……」
茹でた野菜に塩を振りかけて齧っているゲイリー。まるで隠居した老人の様な雰囲気を出している。
「アナタは……本当に相変わらずですね。ゲイリーさん」
二人の背後から、女の声がする。ゲイリーにとっては、聞きなれた声だ。
「? なんでここにいる、受付嬢」
「いい加減名前を覚えてくださいよ」
振り向かずに答えるゲイリーに、15エリア役場の受付女性はこめかみを少しひくつかせる。
もっとも、ゲイリーは特に気にしないまま、
「ん、あぁ……えーと……」
「…………」
「……ケ、違うな。サ……ナ、ネ……」
「ゲイリーさん?」
「待て、ちょっと待て。大丈夫、大丈夫だからちょっと待って」
「まさか、人の名前を忘れたなんて言いませ――」
「思い出した! シェリダン。そうだシェリダンじゃないか。久しぶりだなシェリダン!」
「今朝会ってるじゃないですか!! しかも名前が違います! レティ=ハーシェルです!」
受付嬢――レティの大きな声に、ゲイリーはようやく振り向く。
「ん、そうだったそうだった。――それで、ミス・ハーシェル。何の用だ? クエストの達成報告は後でアドミニに顔を出すが……」
「そんなの当然じゃないですか。私はこちらのギルドに用事があって来たんです」
レティはただでさえ大きい胸を、さらに強調するように張って見せる。
ゲイリーは少し盗み見て、隣の生徒はガン見している。
「まぁ、その途中で色々あって……貴方に紹介したい人がいるんです」
「――俺に?」
珍しい。ゲイリーの感想は、その一言だ。
自分が基本、何か利益を生み出す生徒だと思っていないからだ。働け。
「俺を通したラヴィへの依頼なら断るぞ。……この言葉を使う事に屈辱を感じるが、当面の間俺もラヴィも忙しいからな」
だからゲイリーは、それが自分を通してラヴィに対して接触したい人間じゃないかと疑った。
「忙しいという言葉に屈辱を感じるのは貴方くらいですよ。そうじゃなくて……新設するクランの立ち上げメンバーを探してましたよね?」
そしてレティは、一歩下がって後ろにいる少女の姿を見せる。
「一応顔は知っているという事でしたが、どうやらすれ違っていたようですので……」
そこにいたのは、全体的に華奢な少女だ。
ゲイリーは少し首をかしげるが、少女の藍色の髪をみて思い出す。
「――この間の?」
「お、お、お、お久しぶり……です」
「……とりあえず、その吐きそうな顔は止めてくれ。心にくる」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なるほど、出来る事が多すぎて何をすればいいのか分からない、と」
「はい。見ての通り農家の育ちなので、それに近い生活が出来ればと思っていたのですが……」
「さっきの『あれ』を見てしまって困惑している、と」
「……まぁ」
レティに、ほぼ一方的にパルフェを押し付けられたゲイリーは、困惑しつつも話しかける事にした。
まずは改めて先日の謝罪から、続いて今パルフェが受けている説明会について色々と聞いてみたら、思ったよりは話が弾んでいる。――互いが互いに気を使いまくった結果でもあるが。
「その、なんだ……悪い奴らじゃないんだ。連中、ほとんどが何らかの理由で離村した連中だって話だ。その、蝗害とか冷害、干ばつとか」
「……だから、そういった災害に負けない作物を作ろうと?」
「ああ」
「それで、『アレ』ですか?」
「……あぁ、その……うん」
どこか冷めた目線でゲイリーに問いかけるパルフェ。
ゲイリーは目を泳がせ、
「あれだよ。熱意は暴走しやすいんだよ。うん。多分。ほら、誰だって真剣になると――」
―― やっぱり土に直接影響を与えた方が……
―― 前にそんなこと言って土を色々弄ったら雑草が魔物の変異して毒ガス騒ぎになっただろうが馬鹿!
―― それなら作物……いや、家畜を?
―― 作物を変える土壌、作物自身、そして家畜と連続してアプローチに失敗してるわ。発想を転換させましょう。
―― …………つまり?
―― 食べる側である私達を改造するのよ。何を食べても……いえ、何も食べなくても生きていけるように。
―― それだっ!!
―― お前さては天才だな!!?
「…………」
「…………」
聞きたくなかった会話を聞いてしまったゲイリーは、同じような顔をしているパルフェと顔を見合わせた後、無言で先ほどのワーム戦で使った麻痺薬が入った試験管を懐から取り出し、
無言で、渾身の力で、寸分違わず、マッド集団のど真ん中目掛けて思いっきりぶん投げた。
「――んんっ! まぁ、うん、あれだ。残念ながら真っ当な農業というのはここには無いかな。酪農学科が近いと言えば近いが、あそこは普通に魔物を手懐けようとしたりして危険だからな」
ゲイリーの後ろから、嘔吐の音やうめき声が聞こえてくるが、ゲイリーもパルフェも見事にスルーだ。
「この街には、碌な人間がいないんですね」
パルフェの言葉には、諦めと悲壮感が籠もっている。
今にも『明日世界が滅んでしまえばいいのに』とか言いだしそうなくらいに瞳の色が薄れていく。
「……まぁ、うん。なんか、ごめんな?」
せめて何か弁護しようかとも一瞬思ったゲイリーだが、結局何も言えず、ほぼ反射的に頭を下げてしまった。
「ただ、その、なんだ? 限りなく、パルフェの望みに近い生活を送ることはできる」
ゲイリーの一言に、パルフェは「酷いオチがあるんでしょう?」と言いたげな視線を送る。
酷い風評被害――でもないのが悲しい。
「やめてくれ、そんな目をしないでくれ頼むから。いや、一応キチンとした真面目な腹案だ。クランについては知っているか? 一応手紙でも説明はしたが……」
「……戦闘が主って聞いてますけど」
間違っていない。だからゲイリーは事前にラヴィと連携を高めるためにクエストを受けたりしていたのだ。だが、
「クランは、しばらくするとそれぞれに特色が出てくる。例えば、護衛のクエストをひたすら受けたクランは、当然護衛専門のクランと認識される」
そして中堅になり、情報が出回るようになった時には『こういう事が得意なクラン』という紹介をされ、クエストも得意そうな物が飛んでくる訳だ。
「ウチのクエストを選ぶのは――食べ物ってか美味しい物に目がない奴だ。希少な食材を集めて、自分で料理するのが大好きでな」
つまり、食材に関するクエストが必然多くなる。
この流れを理解してようやく、パルフェの瞳に少し光が戻る。
「ある程度デカくなれば、与えられる拠点が大きくなり、更に好き勝手出来るようになる。例えばそこで、必要だからと言えば――」
「私が、畑を持つ事が出来るんですか?」
「……農家の生き方とは程遠いだろうが、不可能ではない。やり方次第では、卒業後に農村で生活する事だって出来るかもしれん」
パルフェは、ゲイリーとの会話から、目の前の男が『変な人』ではあっても『悪い人』ではないと判断した。
そして、まだまだ遠いとはいえ、望みに近い生き方に至る方法を提示してくれた。
ついさっきまでいた女性――レティからも、安全な男だと太鼓判をもらっている。
「あの、ゲイリーさん」
「ん?」
「戦う必要はないんですよね?」
「……0とは言わない。というか、言えない。けど、危険な目に合わせないように全力は尽くす」
ゲイリーに言葉に、少し迷ったように俯くが、思い直した様に立ち上がり、
「そ、それなら……ご迷惑をおかけするとは思いますが」
そして、ゲイリーに向けて深く頭を下げた。
「これからよろしくお願いします。えっと――団長!」
「……ありがとう、パルフェ」
パルフェの入団宣言を受けて、ゲイリーはとりあえずどうにかなった事に安堵のため息をもらす。
ここにようやく、ゲイリーを長とする新興クランが誕生したのだ。
――限りなく、前途多難だが。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「こんばんわ、ノア先生。……この時間なら、ミスタ・フィメルゲイルと呼んだ方がいいかしら?」
教師としての仕事が終わった夕方。学校を出て、知り合いが良くいる飲み屋を訪れようとしていたノアに声をかける女がいた。年に似合わない長身に、白い肌。そして妙に似合う燕尾服。エマ=ノエル=フォン=ナッキネーヴ。
「……15エリアの最優秀生徒が、こんなオッサンに何の用だ?」
不審げな声を出すノアに、エマはおかしそうにクスクス笑う。
「いえ、少し確認をと思いまして……」
「確認? 俺とアンタに接点なんてなかったと思うが?」
この街に来ている貴族は、ほとんどが家とは絶縁状態である。勘当か、あるいは物理的に。
それでも貴族は貴族である。そんな人間に対してこんな口が聞ける教師は、そうそういないだろう。
「いいえ、ありますわ。貴方はそれを知っているはず」
「それってなんだ?」
「ゲイリー」
エマは、ボサボサ頭の面倒くさがりの名前を出す。
そしてノアは、その名前が耳に入った瞬間、まるで鼓膜が息を呑んだように耳をピクリと動かせる。
「彼にクラン設立を促したのが貴方だと聞きまして」
「……ぐーたら生徒に、追加で宿題出すのは当然だろう」
「えぇ、それが教師としてなら――」
エマは一歩、ノアへと近づく
「問題ありません」
さらに一歩。
「ですが、『私心』で動いたのであれば、これ以上の干渉は辞めていただきたい」
エマの口調が、丁寧な物から素の物へと、少しずつ変わっていく。
「生徒の評価は教師の評価。確かに私心っちゃ私心だが――」
「貴方のやり方では、彼を使いこなす事はできないわ」
だが、ノアもまた引かなかった。
真っ直ぐ立ち、自分と変わらない身長の女生徒の目を真っ直ぐ見る。
「若い子の言葉ってのは何を意味してんのかわかんねーんだよ。大体、アンタにゲイリーの何が分かるってんだ?」
「ほとんどの事は、分かりますわ。あの男がこの街に『残る』のは、見届けるためだということも、その理由も」
そしてエマは、唇に自分の指を添えて、囁く。過去を思い出しながら。
「婚約者でしたもの。彼の」