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5.煩わしい『選択』

「ノア先生、今日は残業ですか?」


 ストリリューツ総合技術学校。主に冒険や探索関連の技術、技能の教育を主とする学校。その職員室で、問題児ゲイリーのお目付役とされているノアは夜遅くまでデスクに向かっていた。普段ならばとっくに帰宅している時間である。

 心配して声をかけてくれた同僚の女性教師にノアは、軽く会釈して、


「えぇ、まぁ……先日の職員会議で決まったゲイリーへの特別課題に関してでして」

「あぁ、例のプランのお話でしたっけ。まずはクラン設立を目標としているとか」


 今ノアがやっている仕事は、近々ゲイリーが立てるだろうクランに斡旋するクエストの選別である。クエストはアドミニが提示する物と、このリストを合わせた物からゲイリー達が選ぶ事になるだろう。

 今の所まだメンバーが揃ってはいないようだが、あのソロで活動する事が多いラヴィニアと、今まで以上に一緒にいるという話を聞いている。――なぜか警備員から聞かされたというのが気にかかるが……。



「ゲイリー君、仲間を見つけられますかねぇ……あの子は出自の件もあって、貴族の子は恐れているでしょうし、平民の中にも彼を知ってる子がいるかもしれません」

「いや、その前に、アイツの存在を知らない奴が多いと思うんですが……」


 多分、名前ではなく『15エリアの図書館のヌシ』とか『古書の精霊』とか言った方がこのエリアの人間は納得するだろう。

 クラスメートでも、ひょっとしたら知らない生徒がいるかもしれない。ゲイリーは、気配を消す事や潜伏に関しては異常なまでの才能があった。それと弓の腕が合わさって、やろうと思えば狩猟などで難敵を相手にする事も少数ならば可能……な、はずである。……やろうと思えば。というか、やる気にさえなれば。


「それならなおさら、ゲイリー君に誰か生徒を紹介しなくてよかったのでしょうか? 多分仲間になるラヴィニアさんは、少々こだわりが強い事を除けば文句なしに優秀な剣士ですが、彼女も友人を作るタイプではないですし……」

「えぇ、私も最悪必要ならば誰かアイツらに合わせられそうな……攻撃魔法か、あるいは何か回復手段を持つ奴を紹介しようと思っていたんですが……」


 実は、今週末まで一人も仲間を集まらない場合に限り、一応紹介するつもりであった。

 というか、紹介させられる予定だった。エマ。彼女の『派閥』の息がかかった人間を、ゲイリーの傍に置いておきたいとこっそり持ちかけて来たのだ。


 ノアのデスクの片隅には、こっそりとゲイリーと組めそうな魔術師やヒーラー資格を持つ生徒をまとめたリストがある。

 もっとも、多少問題はあるようだが仲間を集めようと活動している様だし、このリストが陽の目を見る事はないだろう。

 そもそも、怠けものではあるが最低限の働きはする男だという事をノアは熟知していた。

 今回は必須事項にしてもらったし、問題はないだろう。


「でも、どうしてゲイリー君にクランを設立させようと思ったんですか?」


 怠け癖こそあるが、放っておいてもどうにかなる男。それがほとんどの職員のゲイリーに対する見解である。

 ゲイリー自身がそうなるように調整しているのが大きいが、生徒の評価が自身の評価になる大半の教師にとって、ゲイリーは毒にも薬にもならない生徒でしかない。


「……いや、実はウチのエリアからいくつかクランやギルドを選抜しろって言われてまして……」

「選抜……例の特区のですか?」

「えぇ、まぁ……ウチの学校からもクランかギルドを最低一つは出せと言われて……」


 ノアは、正直なところゲイリーをもっとも気にしている教師だった。

 本人の才覚を活かせる場が、このエリアには少ない事を感じていた。


(レベルの高い奴と組めばいい仕事をするんだがな……)


 今の所、共に仕事をする人間はラヴィくらいしかいない。

 ちなみにエマは仕事を押し付ける役目である。


「まぁ、ともあれ……アイツの傍にラヴィがいるなら大丈夫でしょう」


 最大の短所(怠け癖)に関してはまったく改善されていないが、まぁ何とかなるだろう。

 あのぐーたら男の傍に、誰かがいるのならば。


(問題は、あのゲイリーが連れてくるのがどういう奴かってことだが……)


「まぁ、今回の件がどう転んでもゲイリーにはいい経験になるでしょう」


 ゲイリーというぐーたら生徒が、強制とはいえラヴィも含めた他人と自ら関わろうとするのならば、それだけでノアにとっては大成功だった。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 カラコロ、カラコロと、数日前と同じようにパルフェは馬車に乗っていた。

 その時と違うのは、外の光景が殺風景な荒地ではなく、賑やかな街並み。そして徐々に穏やかな緑地へと変わっていく。

 今日は、希望するエリアの見学が可能という事で、パルフェは一応希望として農場エリアを見せてもらう事にした。

 エリーも先ほどまで同じ馬車に乗っていたのだが、門外広場で降りてしまった。

 昨日見かけたマーケットや、露店の仕組みを知っておきたいそうだ。


(やりたい事なんて、私には……)


 パルフェは、懐から今朝届けられた手紙を取り出す。二枚、それぞれ別の人間から届いたものだ。おとといの男と、昨日の女性から。

 だがしかし、奇妙な事にその二枚は内容が非常に似通っていた。

 主文としては謝罪、そしてさりげない『クラン』というものへの勧誘。


(……クラン、かぁ)


 目を覚ましてから気持ちを落ち着け、エリーと話し合った所、エリーは既にクランに関しての知識を持っていた。この街で学生が作れるグループの中で、比較的戦闘寄りの集まりらしい。


(話を聞く限りは『生産職組合(ギルド)』の方が私には合ってると思うんだけど……)


 男の方――ゲイリーからの手紙には、前線に出る必要はないので一考してくれないだろうかと書かれていた。それと同時に、クランの説明も簡素に書かれていた。メリットとデメリットそれぞれを分かりやすく。


(悪い人……じゃあないのかな)


 エリー辺りが聞いたら迷わず『チョロ甘』の称号を進呈するだろう事を内心思っていた時、


「やっぱり、この街は外から来た人には怖いかしら?」


 カゴの前の方に座っていた女性が声をかける。この街までの馬車に同乗していた、スーツ姿の女性だ。


「あ、いえ、あの……はい。今まで農業と……内職で生計を立てていたので、いきなり好きな道を選んでいいと言われてもピンと来なくて」


 食うためにここで働けと言われた方が楽だ。それが初めての仕事だろうと、それだけに集中すればいいのだから。

 だが、この街は学生の街。学ぶ必要がある。自分の、生きたい生き方を。

 その『選択』が、パルフェという少女にとって、なんと煩わしい事か。


「選べない、という方はやはりいます。そして、私はそういう人は偉いと思います」

「え……」

「この街に来る人は、特に考えずに武器を手に取って一攫千金を狙う人がかなり多いんです」


 そもそも、この学園都市が出来た最大の理由は、まだ終結して10年も経っていない大戦争の影響だ。

 このグレイ・マターが所属する国も含めた5つの大国が、互いに覇を競い戦略、戦術、そして陰謀を駆使して激突した大戦争。世間では『大陸戦争』と呼ばれている戦いのおかげで、この国は多くの大人を、兵士を失い、戦災孤児も多く出た。戦争で領地、あるいは資産や私兵といった権力を構成する物を失った貴族などなどなど。

 そういった影響から『国が支えきれなくなった人材』の受け入れ先として、ある商人が国の重鎮と手を組み、私財を投じて作り上げたのがこの街である。


「未だに野盗は多いですし、軍も魔物に対応できなくて被害はそこらかしこで出ているので、武力が求められているのは確かなんですが……」


 どうやら、女性は武器を扱うという行為に少し嫌悪を抱いているようだ。

 それが、行為そのものへの嫌悪なのか、幼い子供がそういう道を選びかねない事に対する嫌悪なのかは、本人しか知らない。


「まぁ、授業計画(カリキュラム)で武装に関する授業は必須なせいもあると思うんですが……」


 それも聞いていた。どの授業を取っても、自衛の手段という事で何か一つ武器を扱えるようにならなければならないと。


「あ、あの……ちなみに安全というか、治安の良いエリアってどこがありますか?」


 やはりこの街は噂通り物騒な街だ。パルフェはもう確信していた。

 そもそも、武器を覚えるのが必須だなんてもう軍隊とどう違うというのだろう。


「そうですねぇ……。私の知り合いが住んでるエリアはかなり治安がいいと聞いています。トラブルはあっても犯罪行為は少ない――というか皆無だとか」


 なら、せめて少しでも安全な方にいたい。それがパルフェの唯一の希望進路だった。


「ど、どこですか!!?」

「はい、15エリアです。……ど、どうしましたパルフェさん!? 酔ったんですか!? 吐きそうなんですか!?」


 そして、希望という物は得てして叶わない物である。

 無言のまま、吐きそうな顔で膝を抱えたパルフェを、女性は慌てて背中をさする。


「い、いえ、大丈夫です。あれなんです。私15って数字が、耳にすると反吐が出そうになるくらい嫌いなんです」

「そ、そうなの……」

「そうなんです」


 パルフェは、水筒の水を一口飲んで気を静め、


「それで、これから行く農場エリアってどういう所なんですか?」


 強引に話を変えた。スーツの女性は、顔を少し引き攣らせながら、


「あ、えぇ……そうね。農場エリアは、二つに分けられるわ。一つは普通の農場。こっちは、学生にはあまり関係ないわね。学生としては認められなかった人達を受け入れるために作った大きな農村よ。学生が関わるとしたら……お祭りがある時はもちろん参加できるし、逆に街中でのお祭りやイベントで食糧が欲しい時はここから多少は安く仕入れる事も出来るわ」


 普段は無理だけどね。と女性は言うが、パルフェは真面目にそこに入れてほしいと思った。


「で、貴女達学生とってはこっちがメインね。残り半分は学生達の実験農場。新しい品種の作製、発酵テスト、土壌の改善実験などが今行われているわ。他にも、家畜の改良とかもね」

「話を聞く限り、平和そうですね?」

「……えぇ、基本的には。ただ、たまに……たまに? まぁ――」


 女性が何かを言い掛けた瞬間、『どぉぉぉぉぉん!』っという音が響き渡る。馬車馬が驚き、嘶きながらその足に急ブレーキをかける!


「な、なんですか!?」


 慌てるパルフェと対照的に、女性を落ちついた……というか慣れた様子で。


「あぁ、いつもの事です。ほら、あちらです」


 そういって女性は手である方向を指し示す。ちょうどパルフェ達が向かっていた学生農場の方向だ。

 そこには土煙がもくもくと立ち上っていて、その陰からヌッと、大きな口のいくつもの巨大な牙を持つミミズの様な生き物が現れた。

 訂正、生き物ではなく化けものだ。



――おぉい! 土壌改善実験生物3号が逃げ出したぞ!



――だから魔物を飼いならして土壌改善ってコンセプトは駄目だって言ったんだ!



――うるせぇ! 前に家畜を使った土壌改善は結局時間かかり過ぎて失敗したんだ! 今度は短時間で効率的な



――農場そのものをぶっ壊すんじゃあ意味ねーだろうが!



「…………」

「これがこの街の実験農場です。ご理解いただけましたか?」

「……私が求めているモノとは違うということは良く分かりました。ええ、それはもうハッキリと」


 少なくとも、パルフェのいた農村ではいきなり地面に大穴があいたり、そこから化け物が出てくる事は絶対になかった。当たり前だ。


「まぁ、大丈夫ですよ。こういう時のために、農場はいつも警備の依頼を出しています。割と実入りがよくて、かつ何もない事も多いので戦闘が得意な生徒には結構……人気……」


 突然、女性は口を閉じてしまう。それからしばらく、何かを思い出すように眉をしかめ


「……そういえば、あの子も受けてましたね」


 そう呟くのと同時に、のっそりと動く巨大なミミズ――もはやワームと言っていい存在に複数の矢が飛来し、ほぼ同時にザクザクッ! と突き刺さる。



――くらぁ! 警備っていったら基本何もしなくてボーっと、そこにいるだけで価値のある人形みたいな仕事のハズだろうがぁっ! なんでこんな事になってんだ! 俺は働きに来たんじゃねーぞ!!



――クエスト受けて来たんだろうが貴様ぁ! 働きにじゃなかったらなんでここに来た!!



――楽して金とコネを作りに来たんだっ!!! 恥ずかしいから言わせんなっ!



――お前は存在を恥じろぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!



 矢、――加えてアホ臭い罵声が飛んできた方向にバッとパルフェが目を向けると、そこには先日声をかけて来た――そして、今朝手紙を送ってきた男が、弓を構えてそこに立っていた。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





「じゃあ、露店って学生なら誰でも開けるの?」

「あぁ、売る物があるんならな。ただ場所は早い者勝ちだし、授業中にも店を開いておきたいなら店番役を別に用意する必要がある」


 パルフェと別れて門外広場を見て回っていたエリーは、やはり気になっていた露店を見に来ていた。

 珍しい物も見れるし、露店を開いている学生からこうして商売についていろいろ聞ける。


「店番役かぁ……。やっぱり人が多い方がこういう事は有利なんだねぇ」

「あぁ、まぁな。なんだ新入生、商売したいのか?」

「うん、商売っていうか……珍しい物を見てみたいかな」


 要するに、珍しい物に関わりながら、食べていける方法を模索していると言った方がいいのかもしれない。露店を回るだけで思った以上に心が弾んでいることから、エリーはますますそんな生き方を希望していた。


「露店をやるなら、商品を揃えやすいギルドに入ってるといいんだが……珍しい物ならばクランの方がいいな」

「クランかぁ……」

「新入生でも人手が欲しいって所はいくらでもある。今からクランを建てたいって奴とかな――ほら、例えばあそこにいる銀髪の姉ちゃんとか、今ちょうど人手を探してるらしいぜ」


 店番の男子学生が顎で指し示す方向には、一つの露店があった。

 販売している商品を表す看板には、『珍しい食材、多数販売中』と書かれている。

 実際、肉や魚の燻製が吊るされていて、簡素な台の上に置かれたカゴの中には見たことない野菜が多数置かれている。

 その周りには、実際に調理でもするつもりなのか調理道具がいくつか置かれている。


「……珍しい食材、か」


 エリーが求めているモノとは少し毛色が違うが、珍しい物とあらば興味はある。

 エリーはその露店に近づき、


「こんにちわ、商品見せてもらっていいですか?」

「……来店、感謝。商品の説明や調理法を知りたかったら、なんでも聞いて」


 美食剣士と出会った。





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