16.討伐
「そういえば、貴方荒野に行っていたという話だったわね。痕跡を追ってここまで?」
「あぁ、ついでに追われていたっぽい商人共も確保してある。外側で魔術結界を展開している連中の所でパルフェ達と一緒に待たせてあるぞ」
ゲイリーは新しい弓に矢をつがえている。先日、ラヴィと共に大量に狩ったレーシー・ウッド。その素材を工房に持ちこんで作ってもらった一品だ。
「どう、ゲー君? 効果出てる?」
「うんや、やっぱ作ったばかりの新品だから馴染んでないな」
麻痺針も兼ねているレーシー・ウッドの根。その中で特に太く、頑丈な物を見つけ出し、魔物系の材木を強化する他の材料と共に弓に加工してもらったのだ。
今はまだゲイリーの魔力と噛み合っていないため、効果は出ていないようだが、使い慣れていけば木製の矢を使う事で、その矢に麻痺の効果を付与できるはずだった。
また、硬度もそこらの木材とは強度が段違いである。重さはさほど変わらないのが幸いだが、おかげで引くのに苦労する。その分、威力も射程も今まで使っていたレンタル品のショート・ボウとは比べ物にならない。
「お前の方はどうだ?」
一方でラヴィは、これまで使い続けている自分の小剣に改造を施していた。
柄の部分に、『契約石』という特別な魔石の一種を差し込む事で、剣に特別な効果を持たせる事が出来る。
例えば――
「良好。斬った所を凍結してみた」
先ほど斬り裂いた片翼の断面に、薄い氷の膜が出来ている。――いや、その中身まで完全に凍っている。
「燃やしてもダメだったのに……相性が良かったのかしらね。それにしてもラヴィニア、よく凍結系の武装を持ってきていたわね」
「当然。魔物にもよるけど、熱より冷却の方が、肉の鮮度を保つのに都合がいい」
「………………鮮度?」
「鮮度」
美食家剣士を舐めてはいけない。相手が魔物や動物である限り、それらはすべて敵であると同時に食材。それがラヴィニアという剣士の考え方だ。
「えぇ、うん……まぁ……貴女らしいわ。とても」
そうこうしている内に、ゲイリーが放った矢――とある蜘蛛型モンスターから採取した糸を圧縮した戦闘補助アイテムをくくりつけた物――によって地面をのたうちまわっていたストリクスは、その間に執事の指示によって矢やバリスタの連続射撃を受けている。次々に
「これでも死なないというのは大したものね。何を食べたらここまで強化変異するのかしら」
「ストリクスは隠れ住む魔物だ。多分、ずっと変異し続けていたのが運良く見つからなかったんだろう」
「……北部荒野、ウチで間引きをやった方がいいのかしら」
先ほどまでの緊迫した空気が、もはやない。
エマはゲイリーを信じている。それはいい。
が、ゲイリーとラヴィは正直普段とまったく変わらない。文字通りのいつも通りだ。お前らもう少し緊張感を持て。
「エマちゃん。個体の情報は?」
「自己再生の魔法持ちで、体力、魔力共に通常の個体より遥かに高いわ。バリスタや投石機の攻撃も結構入っているはずなんだけど……」
「それであんだけ元気なのか。生物学部の魔物関連の科に高値で売れるな、アイツ。ラヴィ、生け捕りに出来ないか?」
「可能。だけど拒否。あの生命力なら肉付きが良すぎて多分固いけど、良い味が出そう。……煮込みや出汁に向いている」
「…………貴方達」
全力で欲に全振りの馬鹿二人。それなりに二人と付き合いのあるエマも少しドン引いている。
――きぃぃぃぃぃっ! きぃぃぃいいいっ!!!
そんな会話を近いしようもないストリクスは、全ての傷を一気に治すために魔法を発動させようと、身体の全てを輝かせ始める。
「ん。ゲー君、お仕事の時間」
「……こいつを片付けたら、アドミニと真面目に交渉だな。せめてコイツの補充分くらいは稼がんと話にならん」
ゲイリーは、素早く弓をストリクスに向けて矢を放つ。取り付けられた試験管の中身は、先ほどと同じ物だ。
ヒュゥン! と真っ直ぐ飛来した矢は、しかしストリクスの皮膚に傷を付けるには威力が足りず弾かれる。だが、それでいい。割れた試験管から再び大量の蜘蛛の糸が爆散し、完全にストリクスの動きを止める。
こんな分かりやすい隙を見逃す人間がいるはずもなく、再び弓使い達が一斉射を始める。
「ラヴィ」
「ん」
そして、一斉射が終わる瞬間、ラヴィは一気に駆けだす。
「もう一回。『解放』」
ラヴィが呟き、そして蒼く光る剣を地面に突き刺す。すると、突き刺された地面がじわりと同じ輝きを放ち、次の瞬間、そこから氷の刃の波が生まれ、糸を外そうとジタバタもがくストリクスを一気に覆い尽くす。
「うわぁ……」
思わずゲイリーが声を漏らす。
分厚い氷に阻まれて良く見えないが、恐らく今頃、氷の重みで更に突き刺さった矢の数々と、氷の刃によって全身を貫かれた状態だろう。エグい。というか惨い。当然、ラヴィは狙ってやったのだろう。
体力を削りきるには間違いなく有効な手だが――
「む、それでもやっぱり頑丈か」
氷の山の一部からパキパキっとひび割れる音がゲイリーの耳に入った。
ゲイリーは素早く背中の矢筒から矢を引き抜き、今度は矢じりに薬品を垂らす。
そしてその矢をつがえ、待つ。
バキン! という音がして、氷の中から頭が飛び出す。ひたすら氷に頭突きをしていたのだろうか。だとしたら、彼には悪いが少し笑える光景だ。
ゲイリーはそのど真ん中――人でいう眉間の当たりを狙って矢を放つ。
この短時間で散々矢を撃ち込まれたストリクスは、反射的に回避を試みる。
氷と蜘蛛の糸に身体を覆われているためろくすっぽ動けはしないが、首を捻って直撃だけは回避する。
矢じりが頬の所をかすり、僅かな傷を作る。すでに常時自己再生を行っているのだ。当然すぐさまその小さな傷は無くなってしまうが――
―― ……っ!!!?? ギ……イィィィィッ……?
一拍おいて、突然ストリクスがもがき苦しむ。
「……毒?」
「あぁ。東部の方にたまに出る毒蛇の毒。局所的に血液を凝固させる毒だから、ラヴィからの使用許可も出てる。固まった血を取り除けば安全だしな。難点としては、これが効く中級以上の魔物があんまりいないって所だが……今回は元が下級だからな。毒に対しての耐性が低いのが幸いした」
先ほどの薬品が入った試験管を軽く振って見せるゲイリーに、エマはジト目で、
「……貴方達ってどうしてこう……嗜好とか知識とか戦術が変な方向に突っ走っているのかしら」
「? 便利だぞ? 毒って」
仕事は終わったとばかりに弓を下ろし、生あくびをするゲイリーに、割と本気のため息を吐くエマ。
優秀なのは分かっている、弓の腕はともかく、図書館で本を読み漁って蓄積している魔物や薬草、毒などに関しての知識は素晴らしいものだ。
だが、こう……もうちょっとだけスマートに、格好良く決めてほしいと思うのは、元婚約者として望んでは駄目なのだろうか? エマは眉間に指を当てて自問する。
「ゲー君、感謝」
もうほとんど血が回らなくなったのだろう、動きらしい動きが無くなったストリクスの首元。氷から突き出たその近くに、ラヴィが降り立つ。
危機感――いや、生存本能に突き動かされたストリクスが、残る翼に最後の力を込めて氷の膜を弾き飛ばす。そのまま翼に魔力を込めて、ラヴィを弾き飛ばそうとし――飛来してきた投げナイフが当たり、そして爆発、込めた魔力が霧散する。
ストリクスが目だけをそちらに向けると、退屈そうな顔のまま、何かを投げつけた態勢を戻そうとする男の姿が目に入る。
「……ヤバイ。想定していた出費の3倍強だ」
「火蜥蜴の牙の投げナイフ……。貴方、色々と買い込んでいたのはいいけど、なんで消耗品しか買わなかったのよ」
「万が一の時の備えで、今回は使わないと思ってたんだよ」
そんな会話が後ろでされているが、当然ストリクスには理解できず、そしてラヴィはまったく気にしていなかった。
彼女が片手で軽く振りまわす剣は、蒼い輝きをより強め、
「おしまい」
一閃。
振った後に音がしたと、錯覚するほど素早く、鋭い一撃の元に、
エマ達をさんざん苦しめた巨大なフクロウは、その首が斬り飛ばされていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……すごい」
パルフェは、その光景を茫然とみていた。
ゲイリーが戦う姿は前に見たことがある。あの時同様、ゲイリーの動きは地味だったが、それでも大きく貢献したのは間違いない。
そしてラヴィ。初めて見たが、圧倒的に強い。
――あぁ、アイツ時間と金かければ中級までのドラゴンなら一人で狩れるから。
以前、ゲイリーが冗談めかしてエリーにそんな事を言っているのをパルフェは聞いていたが、今ならば信じてしまうかもしれない。それほど、素人目にも鮮やかな剣技だった。
パルフェの周りにいる、先ほどまで汗だくになりながらも必死に水の膜を張っていた学生達も、パルフェと同じような目で二人を見ている。
中にはゲイリーを知っている人間がいたようだ。見た目からして教師だろう。彼らは茫然とした様子で、『あのゲイリーが……』と呟いている。
「あれ?」
そして、ふと気がついた。
こう言う時、真っ先に駆け寄ってくる友人が、エリーの姿がどこにも見えない。
「……エリーちゃん?」
慌てて当たりを見回すと、彼女だけではない。先ほど助け出した3人の商人も、その姿を消していた。




