14.Strix
「なにかあったら逃げようって話だったじゃねーか。いや、別に捜索を続行しているのが不満な訳じゃなくてだな」
奇妙な事に、吹きとばされている所とそうでない所の差が激しく、所々方向を判断しづらい所こそあったが、ゲイリー達は謎の魔物らしき痕跡を辿っていた。
「……お前らまで付いてくることはなかっただろうが。ラヴィを護衛に付けるから宿に戻っとけっつったのに」
「で、でも……万が一森を抜けて街で暴れられたら、私――っ!」
「仮にそれで被害が出た所でお前のせいじゃない……まぁ、そう言っても納得できないのも分かるけどさ」
ゲイリーのマントの裾を掴みながら、後ろをパルフェはテクテク歩いている。
一応護身として、パルフェとエリーには魔物用の毒を塗ったダーツセットを渡してある。
「そーいえばさ、結局結界ってなんなの? 強い魔物ほど寄れないみたいな話だったけど」
「んー……強い魔物ってどんなんだと思う?」
ゲイリーの問いかけに、隣を歩くエリーは少し考えて、
「大きい……とか?」
「あぁ、間違ってない。じゃあなんで大きい?」
「え? それは、えーと……そういう魔物だからじゃないの? それか……よく食べるとか?」
「意味合い的には合っているな。基本的に魔物ってのは精霊を取り込む――つまり、食べる事が出来てしまう生物だ」
ゲイリーは、腰の袋から干し肉を取りだす。クエスト出発前に、ラヴィが作り置きしていたものだ。
「人間の魔法が精霊の力を借りるのに対して、魔物は取り込み、力を自分の物にする。その結果、身体が変異したり、巨大化したり――酷い時は魔法を使う事もある」
「自分の中に取り込んだ力を使って?」
「そう。結界っていうのは、そういう『力』の強い奴が近づけば近づく程反発するような仕掛けになっているらしい。具体的にどの魔法をどういう風に使ったかは分からんが」
ゲイリーは、そっと干し肉をもう一つ取り出し、エリーへと差し出す。エリーはそれを恐る恐るといった様子で受け取り、
「ねぇ、先輩。これも魔物の肉だったよね? この間マーケットで相場見たら、普通のお肉に比べて相場が高いのって……」
「さすが商学科志望。調べてたか。そ、魔物系の食材は取り込まれてしまった精霊の影響か、食べると人もも強化される。……といっても影響は微々たるものでな、病気になりにくいとか、怪我が少し早く治るとかその程度だ」
「……戦闘専門の学科を取ってる人達には人気ありそうですね」
ゲイリーからもらった干し肉を、意外と豪快に噛み千切り、咀嚼するエリー。
「んー……さすがラヴィさん。程良いスパイスと肉の甘みが噛めば噛むほど……。これで身体も少しは強くなるって考えてみるとすっごい便利――ん?」
「どうした?」
しばらく無言のまま咀嚼し、そして飲み込んでからエリーは口を開く。
「あのさ、先輩」
「おう」
「それなら、魔物の肉を食べて育った魔物ってヤバくない?」
「――するどいな、エリー」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――カタカタカタカタ
通常の馬車よりも、二周りは大きい荷籠が門外広場を次々に通り過ぎていく。
それを引っ張っているのは馬だ。しかしただの馬ではない。全体的に緑色で、所々に苔や草のような物が生えている。モス・ホースと呼ばれる、非常に脚力の強い魔物だ。
彼らは広場を超え、道を外れてまっすぐ森へ、そしてその奥の開けた場所まで荷物を運んでいく。
「おーい、お次を持って来たぞ! お前ら、降ろすの手伝え!」
「お嬢を待たせるな! すぐに組み立てるぞ!!」
「石とボルトはこっちに分けて積め! クラン側で運ぶ!! 魔術師は組み立て終わった所の仕上げを!!」
すぐさま多くの学生が集まり、積み荷を解いていく。中身は木や鉄で作られた部品、それに多くの石や桁違いに大きなクロスボウ用の矢だ。
部品の方は、ギルドのメンバーによって次々に組み立て作業が始まり、石やボルトは一輪台車に乗せられ運ばれていく。
それに加わっていない人員も、装備の点検、周辺の警戒に協力に来た勢力の人員の配備整理と、忙しく動いている。
およそ70名前後。後方で万が一に備えている人員も合わせれば100に届くだろうこの学生たちこそ、エマ率いる『派閥』の人員である。
「エマ様、教師陣、及び警備員も準備に入りました」
「御苦労。ギルドの方も大丈夫みたいね」
いつも執事服でいるお付きも、今は完全に武装している。それはメイドも、そしてエマも同じ。
軍用作業服の上から軽アーマーを着込み、愛用の三日月斧を持ってきている。
「姐御にはいつも世話になっているから、こういう時に返せる恩は返しておくさ。ご注文通り、投石機と攻城弩砲をそれぞれ5台。それとバリスタを改造した例の奴も……こっちはすまねぇ、魔法を使える人間が少なくて形になったのは3台だけだ」
持ち運ばれたパーツは、一度に複数の石を投げ飛ばす投石機、巨大なボルトを発射するバリスタ。
そして、そのバリスタに改良が加えられた、より大型の物。所々に魔法陣が書き込まれており、矢も複数同時に発射できるようになっている。
「機構が複雑になって組み立てに時間がかかるが、その分照準を付けるのがより簡単になった、上下左右かなり楽に動かせる。魔術師がつけた風魔法のおかげで、動作もより軽くなったし耐久性も上がった。それに射程も威力も段違いだ! ドラゴンの皮だろうとぶち抜けるぜ!」
ギルドのリーダーは自身満々でそう説明し、エマのそれに満足そうにうなずく。
「十分よ。御苦労だったわね。作業が終わり次第、ギルドの人員は後方に下がるように――残念ながら、護衛の人員を付ける余裕はないけど」
エマがごめんなさい、と言うと、ギルドリーダーは逆に笑いながら、
「確かに戦闘はクランの方が専門だろうが、ギルドも素材を自力で取りに行く事はある。大丈夫、誰も怪我……はするかもしれねぇが、死人は絶対に出さねぇよ」
と返した。
正直な所、エマは彼がそう言うのが分かっていた。それでも、口にしておかなければならない言葉だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
組み立て、そして人員の配置は全て終わった。
「ギルドの人員も撤退。各兵器のチェックも終了し、全員配置に付きました」
兵器を操る兵士達、剣や槍などの武器を手に佇む兵士達、弓に矢をつがえて今か今かと待ち構える弓兵や同じ様子の魔術師達。
「エマ様、本当に敵はあれなのでしょうか?」
エマの隣に立つ女の弓兵――いつもはメイド服に身を包む女性は、エマにそう尋ねる。
「あら? 私の分析じゃ不安かしら?」
「そのような事は……いえ、正直。これほどの被害を出す魔物とはとても思えないのですが……肝心の商人達も見つかっておりませんし」
エマ達は、迷い込んだ何者かの追跡を一旦打ち切っていた。途中エマが、その何者かを追っていただろう魔物の痕跡を発見し、先にその魔物の対策を優先させる事にしたからだ。
「魔物は常に変異し続けているわ。結界近くにいるような弱い魔物でも同じ。それが、荒野の中間部に住む魔物なら、いつでも下手なドラゴンに匹敵するクラスになってもおかしくないわ」
エマは、懐から一枚の羽根を取りだす。灰色で、少し土埃で汚れている。あの大破壊の現場で見つけた物だ。
「あの破壊跡は凄まじかったけど、その痕跡は一続きではなくまちまち。恐らく、飛行が可能な魔物――まぁ、中級以上のリザード系の魔物みたいに飛び跳ねるタイプかもしれないけど」
エマは羽をよじり、回しながら言葉を続ける。
「森の中に生息する魔物の中で、飛行できるタイプは余り長生きしない。ここは蟲や爬虫類型の天下だもの。南の海はありそうだけど、こちらまで追ってくるようなタイプは珍しい。となると残るは――」
「北の荒野、ですか」
「えぇ、そこでこういう灰色の羽根を持つ魔物は……多分――」
エマは、答えを口にする前に、さっと手を高く上げる。作戦開始の合図だ。
それと同時に、先ほどまでの哨戒で狩ってきた魔物の死体を詰めた網袋が、部隊が配置されている前方の高い木に吊り上げられる。
同時に、魔術師達が何かを唱えるのと同時に、濃厚な血の臭いが一気に拡散していく。
「さぁ、来なさい」
――バゴォォォン!!!!!
遠くから、何本もの樹木がたたき割られる音がする。そして少しずつ近づく翼の音。
「吸血フクロウ!」
エマが叫ぶのと同時に、目の前の森が強烈な風の爆発で吹き飛ぶ。魔物特有の、でたらめだが強力な魔法だ。
――キィィィィィィィィィッ!!!
通常ならば10歳前後の子供くらいの高さのその鳥は、その何倍もの、飛龍に匹敵する巨体を魔法の風でなびかせながら、エマ達の前に現れた。