ERROR(エラー)
こんにちは~( ̄∇ ̄*)ゞ
昨日『にぼし』に話し掛けている自分に気付き、ショックから立ち直れていない狐野葉です(T-T)
因みに、今の期間だけ癒しを募集中です!
それではどうぞ~♪
「………」
「………ん」
「未来君――未来君!」
気付くと、自分は被験者に起こされていた。見知らぬ相手に起こされたことに少々驚き、ゆっくり周りの状況を確認する。
まず部屋にいるのはラボメン全員と被験者が6人だけ。ここは扉すら存在しない大きな部屋。これらの情報から導きだせる現在地は…仮想世界。当たり前のことだが、出入り口の無い部屋など存在しないという単純な理由からだ。
詰まる所、この部屋はシステム設定のミスか何かだろう。まあ、それでも仮想世界に来れたのだ。些細な修正は必要ではあるが、喜ぶべき状況には変わりない筈。…決定的なミスを犯していないなら。
そう、ラボメンの雰囲気からは喜びというものが一片の思いすら感じられない。つまり、考えられる事は今現在の状況が好ましくない方向にあるということだけだ。
「ここが現実じゃない事は理解した。けど、あまり良い状況じゃないみたいだね」
「え…起きたばかりなのにもうそこまで、凄いね。あ、僕の名前は白無、よろしく」
今更であるがラボメンも含め、被験者達全員も本名は明かしてない。全員が使っている名前は「現実はつまらないだろ常考」というチャットルームで使っていたニックネームだ。
どうして本名を明かさないのか?何かしら知っていることが少しでも存在すると些細な問題が生じるものなのだ。特に現代では面倒な恩着せがましい人間達で溢れかえっている。なら、個人を少しでも隠した方がラボメンにとっても他人にとっても都合が良いという理屈からだ。まあ、本名を明かしている未来にとってはどうでもいいことなのだが。
「ふざけんじゃねぇぞ!!!てめぇ!!!!」
突如、部屋の中心で怒声が響き渡る。そのような声を上げる理由はだいだい察しがつく。
そして、その声の主がどのような人間なのかも。
未来は仕方なく白無との挨拶を中断し、ならず者を諫めるために其方に向かう。
「餓鬼の分際で大人に調子こいてんじゃねぇえぞ!ここから出られない?てめぇどうなるか分かってんだろうなぁあ!おい!!」
いちいち耳の奥を突く様な耳障りな声を上げる被験者に対し、それに相対しているのは少女、おぎゃるだった。
歳は明らかに被験者の方が上で、今にも少女に飛び掛からんばかりの雰囲気を放っている。
それに対しおぎゃるは全然臆していないという態度であるが、手がわずかに震えているのは気のせいではない。
「ふ、ふん。お前の言ってる事は酷く抽象的過ぎて私には理解できんな。それに、こういう時こそ理知的に落ち着いて対処する必要があるというのに…お前のような奴が居たら事が進まんぞ」
おぎゃるの強気にでるその行為は一見火に油を注ぐようなものであるが、それがクレーマー相手だった場合は正しい判断と言えるだろう。だが、ここで注意しなければならない事が1つ。本当の意味で相対、または相対以上であった場合を除いては、逆効果であるということ。
つまり、おぎゃるは被験者に対する行動選択を誤ったのだ。
その事を理解したときには既に遅く、被験者は有無を言わさずおぎゃるに迫り、その手の先に固めた拳が少女の頭に振り下ろされようとしていた。その振り落とされる拳の速度は誰が見ても加減はされていない…狂気に染まった暴力。
そんな暴力がおぎゃるに降り掛かる寸前、ピタリと時計の針のように宙で止まる。被験者が自らの感情を鎮静し止めた訳ではない。其れ処か被験者は今も尚おぎゃるを睨みつけている有様だ。
なら、そんな暴力を静止させた人物はラボメンのメンバー…否、それも違う。
では誰が彼女を守ったのか。おぎゃる専属の執事、セバスである。
「貴方とはお初にお目に掛かりますね。私セバスと申します。…貴方の勇気ある果敢な行為、見事と称する他に言葉が見つかりません。ですが、生憎私はお嬢様の執事、貴方がその雄姿を皆様にご拝見頂ける機会は無いと定言させて頂きます。どうかお引き取り下さいませ」
執事独特のその口調は丁寧かつ穏やかではあり、周りの緊迫した空気までもを和ませる雰囲気があった。
が、この行為は飽くまで傍観者を誘発させないための抑止行為。この部屋にいる他の被験者の中にも、ラボメンに対して悪意を抱き始めている者がいない確証はない。そうであるが故にまだ暴動を起こしてない者は歯止めが効き、暴動を起こしてしまった者は食い下がりにくくなるのだ。まさに功利的手腕である。
「…なめてんのか?たかが拳の一発止めただけで、粋がってんじゃねーぞ!!」
こう考えると人間とはとても単純な生き物である。人間はある一定の行動原則と意志に基づき動いている。言うなれば、人間とは内外的な『行動』というのが原動力となっている機械なのだ。そのことを理解していれば、その者の行動を予想、または人的要因で行動を決めることができる。これが単純であるその証明。
被験者は、セバスの差し出す毒を受け止めざるをえないのだ。
「これはこれは…お褒めに与り光栄です。貴方のよう――」
「それをなめてるって言ってんだろーが!!!」
怒声を上げると同時に被験者はセバスに受け止められた拳で逆に手を拘束し、執事の顔面に蹴りを放つ。
しかし、残った片腕で難なくそれを防ぐセバス。暴力被験者は続けて流れるような動きで反対足の膝を執事の顎に勢いよく突き出す。またそれも避けられ直撃ならず。
あのタイミングで…なんだこいつ?
そう思ってしまうのも仕方のない事だ。何と言っても被験者は最高のタイミングで最大の虚をつくべく攻勢に転じた筈が、それを何の意を介さないかの如くいなされてしまったのだ。
悲しきかな。歴史に刻まれてきたこの現世、それは呪いの因果であるかのように物語っている。どんなに正当な理屈があったとしても弱者が淘汰される運命だと。
最も、今の現状のどちらが正しいかは定かではないが。
「…血気盛んで何よりですね。ですが老体である私程度の活力では貴方を満足させるに足らないでしょう。ですので、このあたりで辞めるというのはどうでしょう」
「このくそ爺…その澄まし顔ぶっ壊s」
被験者が新たな攻勢に転じようとした瞬間、突如、部屋の真ん中、正確には被験者とセバスの真横に何かが勢いよく落下し衝撃が走る。
「ぴぎゃっ!?、にゃにゃんにゃ(何だ)!?」
おぎゃるが驚いたように少し離れていた周りの人物も驚き、流石の暴力被験者もその落下地点から瞬時に距離をとる。セバスも驚きながらも主を守るべくおぎゃるの元に向かう。
この状況、それ程までに激しく、急なことだった。
そして、その原因となっている衝撃の中心から冷たくも透き通った声が響き、その部屋の全員の意識を一瞬だけ支配した。
『転送完了…システム損傷0.003%確認…修復無効…対象システム変換…対象ウイルス及びイレギュラー…血圧共に体温の上昇を感知』
何故なら、その声を体育館で全員が聞いたことがあったから。何故なら、もうその声の主はこの部屋に存在していたから。
『対象システム1名、龍様』
巻き上がった砂塵のから出てきた人物は、生気の感じない視線で暴力被験者改め龍を見据える。
「なんだその眼は?見下してんじゃねぇえぞてめぇえええええええ!!」
龍は砂塵から出てきた少女?に向かい走り出す。
この唐突な状況下で瞬時に動けたのは強靭な精神を持っていたからではない。怒りに身を任せ、思考が単純かつ合理的になっていたためだ。
もし、砂塵から出てきた相手が類似したおぎゃるでなかったなら、落ち着いた対応ができたかもしれないが。
『システム補正完了…龍様、申し訳ながら先に転送させていただきます』
丁寧ながらも冷たく言い放った言葉に謝意の念は込められていない。それはまさに形だけを繕った言葉。
それを類似したおぎゃるが口にした瞬間、龍の姿が一瞬にしてこの部屋から消失する。その消失時間は一秒もない程一瞬。
そんな光景を目にした被験者達は驚きながらも、その顔からは安堵の色が滲み出していた。転送と言ったからにはこの場所から移動させられたという事。そのことをこの部屋にいる誰もが理解できたのだろう。
これがもし目の前で殺されたなどだったら、混乱は当然、何処のサスペンスホラーだと心中喚いていたに違いない。
しかし、安心できないのは転送された先がどこなのかが分からないという事。
故に未来の身体は強張っていた。転送先が現実というのは希望的観測であり安直な考え方に他ならない。
そして周りでそれを理解している者は少ないようにも感じる。ほとんどの者が目の前の火種が消えた事により一時の安心という余韻に浸ってしまっているのだ。
これは自然を脱してしまったが故の驕りなのだろう。こういう存在は、時として先程の龍よりも面倒な輩になりかねない素質を持っている。
だが、それは極端に悪く考えた物事だ。逆に考えればこの部屋の被験者の中には、龍のように過激でもなく、暴動を起こす者はいないという判断材料として十分な表れである。
そうポジティブに考えを改めた未来は足早におぎゃるとセバスの元へと向かう。
「セバスさん、大丈夫ですか」
「おやおや、未来さん、お目覚めになったのですね。…私、実は自慢できることがいくつかありまして。その一つが毎朝のラジオ体操を欠かさないことなのです。ですので、これくらいの運動は平気でございます。こんな老いぼれを心配していただけるとは幸甚の至りですね」
いつも紳士然としたその姿は、先程の攻防の後でも変わらずに存在していた。
その上、こんな状況だからこそ軽い冗談を言うその優しさの徹底ぶりは、どんな相手も好感を持たせるのに充分な器量があるようにも思わせる。
だが、そんな完璧に思えるセバスにも、やはり欠点は存在する。まあ、その欠点が明かされるのは後々の話である。
『皆様初めまして、そしてダストルームにようこそ。私はここのシステム管理をしているAI(※人工知能)です。早速で――』
「はい!ストーップ!」
みなまで言うなと言わんばかりの強い口調が飛び込みAIの話は止められる。この殺伐とした雰囲気をぶち壊した存在はラボメン、自称天才ゲーマーこと多々羅。
ゲームの天才と名乗る者だからこそ、何か感じるものがあったのか、その顔はいつになく真剣な顔つきになっている。
そして、その口から発せられた言葉は…
「ここ、天井があるのに何処から現れたの?」
そのことに気づけば誰でも疑問に思う純粋なものだった。
「そして、今君はダストルームって言ったけど、何で俺達がそんな所にいんの?それって確かウイルスが何とかとか……何だっけ?」
惜しい。誰の内にもそう浮かぶ。最初の質問はただのアホであったが、次の質問は現状を理解する上でも知っておかなければならないことだ。
ここで補正。話を進め過ぎるのは愚かな行為と捉えられがちだが、それは早計。今はそれでいいのだ。未知の恐怖に怯えるより、話だけでも既知の恐怖を理解しておいた方が、人道的でいられやすいのだから。
『質問内容リサーチ…推測、それは――』
「はい!ストーップ!」
何ともこの流れがラボメン内で流行しているのか、立て続けにAIの話が遮断される。そんな行為に黙って従うAIは健気にも嫌な顔一つしていない。否、ここに来てから何一つ表情が変化していないのだが……。
まあそんなAIを創造したのも、今話を中断させたのも自称天才と名乗るおぎゃるであるわけだが、本人はそんなAIを見て不満全開の様子。
その理由として表情豊かなAIを作りたかったのだろうと、周りの者達は勝手に解釈するが、当人のその口から発せられた本心の言葉は…
「なんで!なんで!!なんで自分に設定した筈の【身長】と【胸】がAIに加算されてる!?」
前言撤回と訂正。やはり自称天才であったとしてもミスはするし、まだ子供だからこそ無邪気な発言もしてしまう。
仕方のないこと、多目に見るべきことなのだろう。が、そんな気を使うべき状態のおぎゃるに冷たい言葉が投げられる。
『申し訳ありません。それに該当する回答を持ち合わせて…………これは私のモノです』
「…いや!?おかしいでしょオオオオ!!」
流石はAI。人工知能と言っても結局はプログラミングされた人工システム。ある程度のマニュアルが存在するが故に、空気の読まなさはピカイチと言える存在だ。
そんなAIを創造したおぎゃるはというと、目を大きく開き「ありえない」というような顔つきになって放心状態に陥っている。
そして数秒後……。
「こほん…私としたことが少し取り乱してしまったようだ。では、こほん…疑問はだいたい予想がつくので、私が説明しよう。まずAIはここがダストルームと言ったという事は私達は駆除される場所にいるという事。簡単に言うならここはウイルスバスターのような所ということだ。そして何故私達がそのような場所にいるかは…これは推測なのだが“私達が一斉に大きな信号をインターフェイスに送ってしまい、強制シャットアウトがされる筈が、信号を一気に受信し過ぎた等なんらかの不具合が発生しシャットアウトできず、ウイルスと判別された”という感じかな。他にも今現在では2つの推測が考えられるが、可能性は低いから保留。で、そんな感じじゃないかな?我がAIよ」
おぎゃるは名誉挽回と言わんばかりに自身の考えを主張するその顔は、堂々とはしていたが赤面していた。
彼女の年齢は16歳。まだ学生である筈の年齢であるとはいえ、先程のことで羞恥を感じながらも姿勢を正すその姿は周りの者達にとても立派なものを感じさせていた。…その話を理解できたかはまた別の話であり……
(あれ?何処から現れたかはスルーなんだ…)
ただ一人、多々羅を除いては別のことを考えていた。
『おぎゃる様が説明した様に、皆様は本来ここに来れる存在ではありません。そして、システムセキュリティスイートとしての役割しかプログラミングされてないため、皆様をここからシャットアウトする事も出来ません。ここから、出る方法は確実なのが1つ。不確実なのが1つです。因みに、他の皆様は確実な方法を現在進行形で行動に移しております』
他の被験者達もこの世界に来ている、そう告げられた時のラボメン、被験者の衝撃は決して小さいものではなかった。
何故なら他の被験者たちは正規回路を通って本来の仮想世界にいると考えていたからだ。
このように決めつけをしていたのには理由がある。それは全員がVRMMORPGを一斉に起動したことによりデータの取り零しが発生、つまりこの取り零しが自分達だと考えていたためだ。
しかし、未来だけは違った。何故なのか。意味不明、理解不能、常識拒絶?…ただ、天真爛漫な子供のように受け止められた。
そして分からなかった。それは「無」と似て非なるもの。例えるなら、人の罪による背徳感を感じることができなかった、そんな感覚だ。
最近の自分は変な事が多くなっている気がする。これは……精神病の再発?精神科に行くべきか?――でもそれはそれで面倒臭い。
こう考えてしまうのにも理由がある。想像してみよう。18になるまで精神汚染検査及びセラピーを施してきた。自身の責務と化していたのだ。通う頻度は徐々に減っていったとはいえ、誰でも行きたくなくなる筈だ。少なくとも自分はそうだった。
それでもこのまま症状が悪化したらと思うと自分が信じれなくなるのも想像できる――いやいやいや!それは駄目だ!皮肉じゃないが精神患者みたいになったら頭イッちゃってる感が…。そう、未然に防げる結末は早めに解決しておいた方が良いに決まっている。それを怠り自爆した者は、頭に爆弾を詰め込み壊すに値する器として称賛を送ってやるべきだろう。
だが心配すべきは自分が称賛の対象になっていないか、という事だ。神経質と思われても仕方のない事だが、先程も変な夢を見た気がするのだ。
(…ヤバい、手遅れじゃないよね?…鬱になりそう。メランコリーメランコリー…メリークリスマスは聖夜の神秘♪……彼女、いなかった。駄目だ、鬱だ)(※メランコリー…精神科で使われる言葉で「憂鬱」という意味)
くだらない事を考え、くだらない事で悩み、くだらない事で意気消沈する。
これは現実でもあった日常という感覚。それを失ってないことを確認できただけでも未来は安心できた。ここが仮想世界だったとしても、それは変わらない日常のままだと信じることができたから……。
「他の皆が行動に移してるって言ったけど、ここには居ないよね。皆はどこに居て、何をしているのかな?」
疑問を口にしたのは金髪の日本人男性。その男の姿は飄々とした雰囲気があり、現状における不安は全く感じてない様子。その者は被験者の一人、「黒」という人物だ。
『はい。まず一つ目の質問ですが、ここは仮のダストルーム、他の皆様はダストルームの本体の舞台にて活動中です。そして二つ目の質問、ここから確実に出る方法はこのダストルームとしての機能を停止させること、つまりはダストルームというステージを攻略する事です。このダストルームの管理者を処理する事によりダストルームの存在意義が無くなり、強制的にシャットアウトされます。――分かっていると思いますが、皆様はウイルスとして管理者を処理するという事。要するに管理者も皆様を処理しにくるという事です。お気を付け下さい』
「Hai!Stooop!」
AIの話が終わったタイミングで静止の言葉が掛けられる。それもカタコトの日本語で。まずこの声を出したのが誰なのか、それはこの部屋の誰もが予想できた。この部屋には外人が二人いる。一人はおぎゃる。もう一人は…
「はは!流行りのジャパニーズトークデスカァ~?面白いので真似しちゃいました~~♡」
外人ではあるが日本語がペラペラであるためカタコトはわざとであるのが理解できる。愉快な人にも見えるが大人の頼れる女としての風格も感じられる。簡単に言い表すなら、子供に親しまれそうな感じということだ。彼女の名は「リリィ」。被験者の一人だ。
『…リリィ様、ご質問をどうぞ』
「おおっと、そうですネ。それでは――私達が管理者に処理された場合はどうなってしまうのデスカ?」
その質問は今現在の状況に最も大きく影響を表せざるを得ないものだろう。今の状況が落ち着いていたとしても、仮想の現実に目を向けなくては始まらない。…いや、違う。知っておかなければ崩壊は免れない、そんなイデオロギーのような関係が今の状況を取り巻いているのだ。
アニメ等の設定にある今の状況が最悪の結末を連想させてしまう。自分達は死んでしまうのではないか、と。
故に、明るく質問したリリィの頬にも冷や汗がうっすらと滲んでいた。
そしてそんな不安の中に放たれた言葉は以外な回答であり…残酷なものだった。
『処理された場合においても皆様は死ぬことはありません』
その言葉に安心できたのも束の間、次の説明で被験者の思考が凍り付く。
『…いえ、正確には死ぬことは出来ません。理由はウイルス情報としてシステムに取り込まれるからです。こうなってしまった場合は、ダストルームから出る事は不可能です』
・・・は???
「AIさん、私達は人の身なのですからシステムに取り込まれるというのは無理なのではないでしょうか?」
全くもってその通りだ。この場が仮想世界だとしても、理屈としてはコンソールゲームと一緒。情報伝達に必須の回路が塞がっている状態が実態であり、人の精神を取り込むことなど考えられる筈がない。
と、思考を決め付けてしまっている考え方をする程、ラボメンは愚かではない。
もしそれ以外のことを考えれなくなってしまっていた場合は思考の防衛反応、または停滞、心の脆弱性を意味する。長年付き合ってきたラボメンはそれ程柔な精神でないことをリュカは確信している。
つまり“取り込まれる可能性”を分かっての質問、被験者に理解してもらうための行為ということだ。
『リュカ様、それは違います。今の皆様はプログラミングの施された情報で形成されているのです。ですので、そ…ガガガ…ガ…申し訳ありません。説明を続けさせてもらいます。ですので、その情報を取り込まれてしまった場合はシステムによるウイルス対抗策が高まってしまうということになります。逆に皆様はシステムを汚染することしかできません。ですので――』
AIは何かを思念するように瞼を閉じると、全員の目の前に映像が投影される。
その映像の中には「ガチャ」というボタンが存在するだけのシンプルなもの。何にもそそられる要素がない上、何故ガチャ?と困惑しAIの知能を疑う目線すら出てくる有様だ。
しかし、この映像も見ただけでそのガチャの意図を理解する者もいた。
ここはダストルーム、本来の仮想空間とは違うがゲームの中である事には変わりはない。端的に言い表すなら“武器が手に入る”ということだ。
「これは……」
「ガチャきたあああああああああ!!!」
最もそれにいち早く気づいた多々羅は、心が躍り目は血走っている模様。そんな多々羅を一瞥する者はいたが、理解できてない者でも説明を仰ぐ者はいなかった。
『皆様はイレギュラー対象。ですので協力のためにこのシステムに既存されていた【Real Total Comprehensive High-performance Virtual World……R.T.C.H.V.W】のシステムデータ(※本来行くべき仮想世界)にアクセスし、皆様の戦力向上になると思われる複製データを構築し展開させておきました。注意事項としては、ガチャはそれぞれ一回までしかできないことと、出現エフェクトには気をつけて下さい』
ガチャのジャンルは二種類に分けられ、それぞれ『近距離』『遠距離』と書かれている。一回までという事は近距離一回、遠距離一回ということだろう。
本当に運が試される瞬間でもあり、更には自分達の命運まで左右されるというヘビィープレッシャー付き。
ガチャをする者にとっては胃が痛くなるような代物であり、世界中探してもここまで重いプレッシャーの掛かったガチャは存在しないだろう。
「おっっほおおおおお~!中々面白そうじゃん。じゃあ、『近接』の方でいっきま~す」
だが、電子のガチャはプログラミングされた確率でランダムに出てくる物が選択されるもの。このような場合に於いてのガチャへの迷いは精神的に成熟してない愚か者の行為と言える。
ソル・ガレンはその点に於いては全て把握している………訳もなく、本人の顔を見る限り、ただ本当にやりたいだけということが誰の眼にも理解できた。
そして周りでその様子を見守っているラボメン、被験者の中にソル・ガレンを引き止める者はなく、ガチャのボタンが押される。
するとガチャのボタンを触れた瞬間に目の前に突然銀色のアタッシュケースが凄いスピードで落ちてくる。
その勢いはAIが落ちてきた速度と同等のものではあったが、アタッシュケースには傷一つ付いていない。それと相反し顔が青ざめているソル・ガレンの足元の床はボロボロになっていた。
…先程の“出現エフェクトには気をつけて下さい”というAIの言葉はこれのことだったのだろう。
「…あのさ、もう少し普通のガチャにできんかった?」
「馬鹿野郎!普通のガチャじゃ詰まんねーだろ。これが連ガチャだったらアタッシュケースの雨…神秘ぞ」
「メテオだろ!何が神秘ぞ、だ!奇怪な光景になること確実の上、サディスティック要素しかねえじゃねえか」
他愛のないことで始まったソル・ガレンと多々羅の口論。
こんな状況でありながらそのようなことで喧嘩できる神経の図太さは、ある意味畏敬の念さえ抱かせられる限りである。
そして、それをいつもクールダウンさせるのが一人の女、リュカの役割だった。
「二人供~、私達の今現在の状況がかなり危ないって事、分かるでしょ?――ここでふざけ合う、ましてや喧嘩なんてしないよね?……今まで以上に私達は協力しあわなければならないんだよ。それは、分かってくれるよね♪」
穏やかに放つその言葉はお姉さんのような優しさを感じる反面、優しい顔の裏に禍々しいオーラが出ているのを幻視する。これは、リュカが怒ると怖いことを知っている者の性のようなもの。
それを幻視した二人の頭には危険信号が発令され、いつの間にか組体操の「サボテン」という技で仲良くしているアピールをしていた。…これはある種の防衛反応なのかもしれない。
「そ、その協力じゃないんだけど…まあ仲良くね」
リュカから放たれるオーラが払拭するのを幻視した二人は、脅威が去ったことによる安心感に包まれ、共に乗り越えた事による信頼関係が築かれていた。
そして、二人が抱き合った瞬間、ソルガレンの抱囲により多々羅の腰が砕け、その信頼関係は破綻する。実に3秒の信頼関係であった。
茶番を終え、次は多々羅がガチャをする事になった訳だが…。
「じゃあ俺は遠距離ね(…腰いてええええええええ!?)」
多々羅は腰を擦りながら映像のガチャのボタンをタップする。すると、今度は金色のアタッシュケースが普通の速度で降ってくる。
ここでもう一度確認しておこう。AIは確かに“出現エフェクトには気をつけて下さい”と言っていた。
大きさは変わらない。速度は遅い。だが、それが地面に着弾した瞬間、そこを中心に大きなクレータができると共に衝撃波が走り抜ける。
運が良いが悪いとも言える瞬間。多々羅はそのアタッシュケースの速度、アタッシュケースが金色だったことへの喜びにより油断していた。油断していたが故に、衝撃波と共に多々羅は笑顔で後ろへ吹っ飛んでいく。何の抵抗もなく、綺麗な湾曲を描きながら飛んでいき……床に着弾。
「Noオオオオオオオオオオオオ!!星型のばーちゃんが見えるーー!ちぬ(死ぬ)ーーーー!!」
「今更だけど、痛みって本当にリアルに再現されてるんだね~。ほんと~凄いね~」
「幻覚も見えてるようなんですが…兄」
「なんですが!!…妹」
「いや、そんな変なモノを見るような機能は付けてないが…」
広々とした部屋の中、1人は悶え苦しみ、他の12人はそれを見て各々の感想を抱いている様子、シュールな光景とはまさにこの事。
だが、AIだけはガチャの引き終わりの完了を認知すると同時に目を開き、再び説明を始める。
流石はAI。誰の内にも表情が変化しないのは動かぬ事実となっていた。
『説明の続きをさせていただきます。現段階においての皆様の特殊な武器は二つですが、システムエリア内には工夫すれば武器として使える物がある筈です。ですので武器を所持されてない方はそれをご利用下さい。それでは、準備ができたら声を掛けて下さい』
AIはシステムについての説明を終えると、その場でしゃがみ込み縮こまってしまう。その様子からはまるでこれ以上の事は説明できないとでも言うような雰囲気が漂っている。…なら、これ以上の説明はできないのだろう。
そもそもAIは言っていた。自分達の事を“イレギュラー”だと。
つまり、本来このような事をすることは管轄外ということだ。それでもAIとして状況判断し、導いてくれた結果が現状に至る訳だ。AIにとっても褒められる事はあっても、責められる義理は無いと信じている筈。
そのことを理解していたラボメンは、ダストルームの追及を断念し、アタッシュケースの中身を確認することにする。
最初は銀色のアタッシュケース。
ソル・ガレンが取っ手付近に付いているボタンを押すとアタッシュケースが消失し、中から刀身が赤紫に輝く日本刀が出てくる。
武器から投影される装備詳細には─
_______________________
『名称』
【妖刀村正】
『能力』
【飢えた刀】Lv1……味方の血を吸わせる事により強化されていく。
【血の残痕】Lv1……この刀に斬られた者は出血が止まりにくくなる。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「何かいきなりヤバそうなのが来てもうたーーー!?」
「…妖刀村正って不吉な事で有名な刀じゃ…あ!?き、急に、その、ごめんなさい」
今まで静かに見守っているだけだった女がその刀を見て、初めて発した言葉。落ち着きがあり、自信が無いようにも見えるが若くしてどこか凛としている立ち振る舞いが感じられる女の名は「葵」。被験者の一人である。
「おーい、謝る必要が分からんぞ…こちとらどんどん話してくれて一向に構わん!!ってことでよろ!」
「ど、どうも」
「ソルさん、それでこっちを斬ったりしないでね」
「…黒、なんかお前、名前の通り心ん中腹黒くないか?」
「当たりかハズレか微妙だったなw。よし、こんどは俺の!俺の!!を開けるぞ!お前との運の持ち味の違いを見せてやるよ。クックック」
多々羅は妙に強調するような言い方で自信ありありと金色のアタッシュケースをオープンさせる。
ここでもう一度、もう一度確認しておこう。AIは確かに“出現エフェクトには気をつけて下さい”と言っていた。
金色のアタッシュケースが開くと同時に強い風が中から外へ駆け抜ける。
そして、間近に座っていた多々羅は吹っ飛びはしなかったものの、バランスを崩し、後ろへ転倒。勿論、頭を打った。
「いぎゃあああああああ!!!たたたたたたたたたん瘤ううううううがああああ!!!」
「……あいつ、この先大丈夫か」
「ジャパニーズジョークがここまで苛烈とは…」
「ぷっ(これって妖刀のお陰?)。天才ゲーマー様、大丈夫ですかーww」
「私、ちょっと観てきますね」
「優しいな~…(…妹よ!)」
「優しいね~…(…お兄ちゃん!)」
「…じゃあ武器の詳細を確認しようか」
この茶番により時間は刻々と過ぎていく。そんな状況に何故か耐えられなくなった未来は自身が順々に事を進めることにする。
中に入っていたのは黒い拳銃。
しかし、その形状がとても禍々しい上、装飾として周りに紫の紐のようなものが巻き付いてる。普通の拳銃でないのは明らかな代物だ。
_______________________
『名称』
【フェンリルの嚇牙】
『残弾数』…40発
『能力』
【尾撃双牙】Lv1……2発の弾を一括に発射する
【繋縛嚇牙】Lv1……当たった相手の体内で炸裂する
『装備』
【サプレッサー】A+(射撃音をかなり抑える)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「これは中々良いじゃないか♪(…縁起悪いわ)」
「それじゃあ、ダストルームに行く前に、この刀と拳銃、だれが使うか話し合おうか」
「銃は俺に決まりで良いだろ、未来」
「あ、ついでに俺は武器必要ないから、妖刀村正…葵、興味持ってたみたいだけど使う?」
フレンドリー過ぎるソル・ガレンは何のお構いも無く葵に声を掛ける。
そしてそんな唐突な問い掛けに葵は少々驚きつつも、微笑しながら答える。
「わ、私よりソル君の方が扱いは上手いと思うけど…」
日本人ならではの譲り合い精神とでもいうのだろうか。それとも、人から勧められたことを素直に受け止められないその姿は日本人特有の謙遜心。いや、どちらも違う。
葵は知っているのだ。ソル・ガレンの運動能力が異常な事を。本人は忘れてしまっているようだが、葵はソル・ガレンに会った事があった。…まあ、この話が明かされるのもまた後の話になる。
「いや、俺は体を動かす事に関しては得意だし、適当な物使って何とかするから大丈夫」
「わ、分かった」
何の問題もなく着々と事が進んでいくというのは、ここにいる人材が優秀である証明。どんな状況に陥っても落ち着いて対処できる存在はどんな場所に於いても重宝される存在だ。
その点、日本は社畜社会とも言える国。優秀な者に通常以上の仕事を振り分けられるというのはざらにあることだ。それでも仕事を完遂させるのが業務としての務め。悩む時間があるなら、さっさと行動に移せというのが社会のモットーであり、サラリーマンとしての本分である。
これぞ、合理的で知的に組み敷かれた社会のレール、一種の弱肉強食の世界なのだ。
…優秀な存在?なら、生死の狭間に組み敷かれたレールであった場合はどうなるのだろうか?
人は、どんなに優秀であっても限界というものが存在する。そこには単純かつ明快な簡単な答えしか残されていない。
その事に気づいてる者は、まだこの時は誰もなく、ダストルームへと転送されていく。
─第1ステージ学校─
遠くから走る音が聞こえる。人間ではあり得ない程早く細かい足音が後ろから迫っている。
どうしてこうなった!どうして!!
どんなに悲観しても、それに同情する者はこの場に居ない。
男は必死に通路を走るが、後ろから迫る足音は近づくばかり。
「おい!だ、誰か助けて!!助けてくれ!!!死にたくない!!!皆!!正義!!鈴木!!パスト!!返事を─!?」
助けを請うが誰の返事も返らず、男の運は尽きる。
転倒したのだ。それでも男は自分の体に鞭打ち無理やり体制を立て直そうとし、気づく。自身の足が捕まれている事に。
「ヴァーーー……づばぁまうぇだ……“キュルルル”…ごべぇんね…ごべぇ……うまぞぅなにぐーー、ふぶうううぅぅああああかかかか」
「やめろ!!やめてくれ!!俺達、仲間だっ─」
瞬間、男はこの世の重りから解放されたような感覚を知覚すると同時に、体が冷たくなっていくのを感じ取る。…その男の上半身右側が削り取られ、無くなっているのだ。
それでも辛うじて生きている男は血反吐をまき散らしながら言い続ける。
「た…、たずけ…て」
「な、なあま?あは?あで?びぃんなは?……ごえんえ、ごえ…だんで?…、どこ?……どごおおお!!ごあいよおおおおお!!!“キュルルル”」
この時既に、先に来ていた者から犠牲者は出始めていた。
死と同等のモノが闊歩する世界へと赴くラボメンと被験者。次回はシステムと初対峙!
ここまで自分で読み返してみたけど、登場人物のほとんどが理想の落ち着きを持っていて…笑
(自分だったらどうなっているのだろうか…)