9.討伐
翌日、フランク家と一緒にサファリの森へと出発することになった。
明朝7時にアファネ城門前に集合だとリードさんからの報告を受けていたので、いつもより早起きをして昨夜仕度した荷物を持って城を出た。
後ろに控える騎士数名はお父様が同行する最低条件として連れてくように言われた者達で自室から出て暫くしたらいつの間にか後ろについていた。
―――チッ、気づかなければ置いていくつもりでいたのに。
あと当然の様にシルバもいつもの執事姿で控えている。
集合10分前に城門に着くと後ろについている騎士達とは異なる統一した鎧を着た者達がその場で待機していた。
総数はざっと見て2、30人ぐらいか。
門の出入り口からは離れているので通行には何ら問題はないのだが雰囲気が少々苛立っている感じだ。
すこし、いやかなり怖い。
入ってすぐにこの集団を見た商人が何事かという顔をして縮こまりながら速足で去って行く。
これでは不良の溜まり場だ。
行き辛くて足踏みしてると集団の中からリードさんがこちらを見つけて近づいてきた。
「おう、ウィレム。しっかり時間通りに来たんだな。遅れたら先頭に行かせたんだが」
「そこは帰ると言うんじゃ」
「それでいいなら俺はそれでも構わないぞ」
「冗談ですよ冗談、間に合ったんですからやめて下さいよ」
リードさんは昨日とさして変わっていなかった。
リードさんがいれば問題ないだろうと虎の威を借りて集団の中へ入る。
集団に入ると視線が飛んでくる。
非常に居心地が悪い。
中には殺気が出そうなほど鋭く睨み付ける者もいて怖いったらありゃしない。
本当に騎士なのだろうか?
リードさんが横に居るので襲ってくる事はないだろうが身体が強張ってしまう。
「悪いな。お前に朝方までに仕度するように言われたから部下には無理矢理に準備させたんだがその際に出た不安は握り潰したんだよ。
あぁ、命令は第七王子からってのも報告したぞ。
で、サファリの森にべヒモスなんている訳ないと思う連中が『嘘の為になんで急いで準備なんてする必要があるんだ』と文句を言ってきてな。その内容が気に食わなくて全員月給を減額してしかったんだが連中はまだ納得がいかない奴が多くてな、その八つ当たりが表に出てるんだ。腕は確かだが感情のコントロールがまだまだなだけで実力は保証する。討伐には問題ないから安心しろ」
リードさんはそう言って背中をバシバシと叩く。
甘んじて受け入れろと言われた気がした。
僕の方も気持ちの切り替えて視線を気にすることを止めた。
「紹介する。俺の部下で矛のジュバル・マチス――――『懺悔』」
「リード様、その二つ名は止めてくれ」
それからリードさんに紹介されたのは陽気そうで優しいおっさんのような人だった。
周りには筋肉隆々が多い中でこのおっさんは痩せているように見える。
どうも他の人達よりもすごいようには見えない。
だけどリードさんが敢えて紹介するからには見た目通りという訳ではないのだろう。
「初めまして殿下。ここへ来てから平和で技が鈍りそうだったんだ。いい腕試し相手を紹介してくれたようで感謝しているよ」
「こちらこそ協力感謝します」
あっ、この人、戦闘狂だ。
よく見た連中と同じ顔をしている。
ジュバルさんとの挨拶が終わるとその脇からマユキが顔を出した。
「やっほーウィレム。逃げずに来たみたいね」
「マユキはなんでいるんですか!」
確かに昨日マユキはリードさんに懇願していたが昨日の段階では同行は却下されていたはずなのだ。
「失礼ね。しっかりとお父様の許可はもらったわよ」
リードさんの方を見るとさっきまでの不敵な表情が崩れ渋々肯定したのだと頷いた。
娘の頼みを断り切れなかったのか、それとも同行を許可せざる負えなかったかのか。
とにかくマユキの同行は親公認なので僕がこれ以上どうこう言えない。
「それじゃあメンツも揃ったしお前ら出発するぞ!!」
出発の合図をリードさんが上げて集団は城門を潜っていったのだった。
サファリの森までの道すがら僕はマユキからべヒモスについての説明を聞いていた。
フランク家は周りにAランク指定の場所がゴロゴロあるような地域なので魔物の情報は図鑑でしか見た事のない僕なんかよりも多くの情報を持っている。
そうなったのはマユキからべヒモスの事を聞かれて説明不足だと言われたことからなのだがいい機会なので真面目に聞くことにしたのだ。
べヒモスは個体によって兜の角の長さによってその個体の強さは比例してくるらしい。
角は生まれた時から生えており成長と共に太く長くなっていくので長いと言うのはそれだけ長い間生きているという事を意味し生まれた時の個体より確実に強い。
また成熟すると体内に火炎袋を持つようになりドラゴン同様ブレスを放つようになる。
この辺が亜竜と言われる由縁でもあるそうだ。
そんな話を嬉々として話すマユキにウィレムは聞き逃すことが無いように一つ一つしっかりと聞いていった。
サファリの森に到着するとリードさんは兵の隊列を変更し進行の前方に偵察部隊を作って進むようになった。兵士の態度は相変わらず嘘だと思っている様で気が抜けていて渋々従っている様子である。
そしてそんな兵士たちの気持ちを後押しするかのように森に入ってからもあまり変わった事はなかった。
オークと一度遭遇したがそれだけ。
何人かが前に出て数分で終わらせたらしく後方は遭遇したという事後報告しか来なかった。
森はべヒモスがいるにしてはかなり静かだ。
入ってから2時間経っても収穫がない。
そのことに城門で苛立っていた者達がウィレムの嘘だったんだよという呟きが次第に聞こえてきた。
不満が態度だけではなく言葉で出てきた。
これは非常に不味い雰囲気であった。
嫌な汗が背筋を流れる。
そんな時、偵察部隊の男が走って戻ってきた。
「リード様」
「どうした」
リードさんは男の元へ駆け寄り何があったのか聞く。
それから男の案内の元移動していくと地面が不自然に沈んだ箇所に連れて行った。
「お父様……この跡って」
マユキが皆が観察している跡を見てリードさんに問いかけた。
「うむ……これは魔物の足跡だな。
少なくともここに生息するとされている魔物の物ではない。足跡の大きさから巨体の魔物というのも確定だな。
……それに土の塊具合から言ってまだそう時間は経っていない。ここからそう遠くには行っていないみたいだな」
足跡は森の奥へと続いている。この足跡を辿って行けばその魔物に辿り着けるかも知れなかった。
「お前ら!これで少なくともこの足跡を付けたっていう大型の魔物がいることは証明された。後はこれがべヒモスかどうかだが、違かったとしてもこの足跡から見て弱いってことは無さそうだ。万が一の為に戦闘準備だけは怠るな」
「「「「「おう」」」」」
リードさんの言葉に兵士達は元気よく返事をした。
さっきまでの不満な雰囲気はなく多くの者が大型と聞いて嬉々した表情になっている。
それに真剣みが増したのがはっきりと見て取れる。
「それからさっきまでウィレムを馬鹿にしていた奴。もしべヒモスだったら覚悟をしておけよ」
これに何人かが身体を震わせてこちらを見てきた。
僕は笑顔で応えると更に震えていた。
別に取って食ったりしないけどと思っているとマユキが後ろから近寄って来た。
「死刑とかは止めてあげてね」
「僕ってそんな怖い?」
愚痴言っただけで死刑とかしないよ?王子だからってそんなことしないよ。
そもそも僕が彼らの立場だったら同じこと思ったはずだしそれで罰にするのはかわいそうと言う物だ。
マユキの表情がちょっと真面目だったからなんか胸にグサッと来るものがある。
「こういう怒る場面で笑顔でいるのは内側が見えなくて寧ろ怖いのよ」
「そういうもん?」
平静を装ってそう返す。
確かにうちの姉上がキレる時って満面の笑みだったりする。
あれは本当に怖い。
あの時は僕は首謀者ではなく無理矢理付き合わされただけだったから直接の怒りは向けられなかったのに危うくちびり掛けた。
それを思い出したウィレムの表情は崩れマユキはその表情を見て噴いた。ウィレムは我に返ってマユキにどうしたと聞くがマユキは「なんでもない忘れて」と言うだけでウィレムはなぜ噴いたのか分からなかった。
マユキが一頻り笑っているので視線を外すとその視線の端でさっき報告した男がリードさんに近づき更にもう一つ見つけた物があると別の場所にリードさんを誘っているのが見えた。
「これは?」
「人の足跡です。それも大人数。……たぶんですが冒険者でしょう」
聞く耳を立てるとそういった会話が聞こえてきた。
大人数の冒険者……該当するのは一つしかない。
僕らよりも早く出たのか。
冒険者の出発時刻は分かっていなかったが朝方早くから出たので間に合うと思っていたが冒険者は僕の予想よりも早く出発していたようだ。
そうなると冒険者とべヒモスが遭遇するまでの余裕は少ない。
絶対にあれが起こる前にべヒモスを見つけなければ。
自然と体に力が入った拳を見つめ覚悟を決める。
足跡の発見から急に鬱蒼とした獣道に見え出す足跡の先へと進みだした。
隣ではマユキがさっきまで笑顔で会話をしてきていたが今では緊張した面持ちで着いてくる。
心なしかさっきよりもシルバの位置が僕に近づいたような気がする。
「全員止まれ!」
「どうしたジュバル」
「何かが暴れる音が聞こえた。ここから先しっかり守る者は守っておいた方がいい。戦う者はもう構えろっ!。おそらくこの先いつ遭遇してもおかしくないぞっ!」
最初に合った優しいおっさんという空気が微塵も感じさせない張りのある声で声を張り上げて言うジュバル。
全員が戦闘の為に覚悟を持って魔物のいる方向へと歩を進め出す。
そして次第にウィレムでも感じ取れるほどその魔物が近づいて来た。
ウィレムがそのことを周りに聞こうとしたとほぼ同時その進行する方向の草木が突然動き出した。
全員が瞬時に臨戦態勢に入る。
シルバ達が僕達を守る形で前へと守備を固めた。
影が出てくる。前衛を務める人達が逸れに向かって突撃した。
「助けてくれ」
「化け物だ。化け物が出た」
「ひいいいいいいいい」
草木から出てきたのは人だった。
それなりに整っていた武器を持った冒険者。それが叫びながら一目散に逃げようと走ってくる。
それも一人や二人ではない。十人は優に超えている。
いや、はっきり言おう。
彼らは確実に夢で見た探索に出た高位冒険者だった。
その涙を浮かべて泣き叫ぶ姿に高位冒険者という尊厳はまったく感じられないが夢で取り乱した冒険者達にはこの顔が妥当だと思える。
「おい何があった」
リードさんとジュバルさんの2人が近くを通過しようとした冒険者の腕を掴んで捕まえた。
それを捕まえた男は何をするんだと激しく睨み離そうと暴れるが離せられないと知ると捲し立てながらあった事を叫んだ。
「べヒモスだ!あの暴獣が出たんだよ!!お前らもさっさと逃げろ!今足止めしている連中も長くは持たねえ早く死ねぇと俺達もあいつの餌食になっちまうんだ!!」
「!?」
その叫びを聞いた瞬間ウィレムは今この状態がどういう状態かを理解した。
夢ではまずべヒモスと遭遇してまず一番に腰抜け共が一目散に戦闘放棄して逃げ出そうとしてその次に集団の指揮をやっていた男が殿を買って出て他の者は撤退する様に指示を出した。だが足止めの連中はこの男の言う通りあまり時間を稼ぐ事ができず……最後に焦った冒険者が女の子の足を蹴って転がし囮にしただったから………。
つまり時間がない!
「!?……ウィレム様!!」
「ウィレム!?」
僕は全員の視線が捕まえた冒険者に向く中冒険者が来た方向に向かって走り出した。
後ろではそれにいち早く気づいたマユキとシルバの声が聞こえる。
恐怖はある。
しかしそれでは身体が止める事はなかった。
冒険者がきた草木を抜ける。
そして……。
そいつの姿を捉えた。
―――でかいっ!
胴体に角二本を生やした兜のような頭を持った化け物。
夢で見た通りの姿、違うとすれば夢では視点となる冒険者の感覚だったのが今は自分の感覚で恐怖を感じているという事だけだった。
足が竦みそうになる。
これがAランクの魔物なのか。
べヒモスの足元は土煙が舞っていて視界が良くない。
最後にすれ違った冒険者の中に彼女を転ばした連中がいたが彼女の姿は見当たらない。
もう転ばされて集団から置いて行かれた後だという事だ。
それからの彼女は一人でべヒモスから逃げていた。
だからいるとすればあいつの前……。
(彼女はどこだ)
視線を凝らす。
まだ生きている事を願って走る。
べヒモスはこちらを見ていない。
それが標的がまだ死んでいない確証だと思って走る。
そして………見つけた。
身体が倒れてべヒモスから逃げようとしている彼女の姿が確かにあった。
しかしべヒモスが近い。
彼女の体勢は倒れ込んでいた。
確実に一回目の回避を終えてしまった後だ!
もう彼女が自力で回避するのは期待できない。
僕の心境に不安が一瞬過る。
彼女に追いついたとして助けられるのか不安な距離だった。
助けられるのはたぶん僕だけだけど命を賭けて行かなければいけない。
普通なら足が止まってもおかしくなかった。
だけど脚は止まらない。
ブレーキを掛ける事を忘れたように前へ前へと進んでいく。
べヒモスはあの巨体でありながらもう振り返っている。
彼女は自分の背後に来ているべヒモスに気がついた。
絶望した顔を浮かべている。
折角立ち上がった身体が崩れ落ちて彼女はその場から動かないでいる。
べヒモスの腕が振り上がった。
へたれ込む彼女。
振り下ろされる攻撃。
(間に合えぇぇぇぇ!!!)
「うあああぁぁぁぁぁ」
ズド――――ンという地響きが鳴り身体に痛みが走る。
肩からは転がった際に擦ったのか血が出ている。
上物の服などもうズタズタで見る影もなく破れてしまっている。
でもだ。
でも………僕の隣にはまだ息のある彼女の姿が確かにあった。
「うぅぅ」
彼女も身体を打ったか痛み越えを上げるが大怪我はしていない。
夢のギリギリで何とか助ける事ができたのだ!
やりきったのだと張り詰めていた緊張が解け身体から力が抜ける。
そしてそれが失敗である事にすぐに気がついた。
「ぐるるるるぅぅぅ………」
………あっ……しまった。
ここさえ助ければ何とかなると思ってたけどこれってゲームじゃないんだ。
これでべヒモスが消える訳もべヒモスの標的から外れる訳もない。
あの場面を助ける事だけ考えてその後の事を何も考えていなかった。
再びべヒモスの視線は避けた僕らの方を向き直った。
さっきまで動いた身体は再び力が入る事はなくその場から離れたいのに恐怖でいう事を聞いてくれない。
僕の頭上では腕をさっきと同様に振り上げ影ができ始めている。
逃げられる術が僕にはもう残っていない。
(やばい終わったなこれ)
振り下ろされる腕がスローで見える。
まさかまたこの光景をこの角度から見る事となろうとは……。
結局助けられてないしっ!
キ――――ンッ!!
べヒモスの攻撃で聞こえた音はそんな金属の高らかになった音だった。
身体からは強い力で抱きしめられたのを感じるが舞い上がった土が目に入って視界を遮られてしまっていて周りの状況がよく視えない。
何が起こっている?
さっきの音はなんだ?
彼女は無事なのか?
視界が閉じている間に抱きしめられた力は緩みその場に下されべヒモスの攻撃が来る事はなかった。
視界が徐々に回復していく。
瞼を上げて目の中に入った土を払う。
そして視線が回復するとそこにはべヒモスと戦っているリードさんの部隊の姿が映った。
「ウィレム様!!」
「!?」
視界が戻ったと思ったら突然後ろから叫ばれた。
その声音はいつも聴き慣れた低い声であったがその口調からは余裕と言う物が抜、け怒りの感情が直接伝わってくるのものだった。
「シルバ、説教は後でたっぷり聞くから」
「ええ、今は緊急事態ですから私だってそれぐらい心得ておりますよ。しかしこれだけは言わせてもらいます。そのヤバい状況に単身で、しかも無防備な状態で突っ込んで、な・に・を・考えているんですか」
「ごめんなさい」
「………………はぁ」
謝ったのになぜか溜息をつかれた。
表情はいつもの感じに戻ったが視線が残念な者でも見ているような視線で見てくる。
自分のやったことを思えば確かに常識ある行動ではなかったと思うがそんな表情をもらうほどではないと思うぞ。
「うぅぅ…」
おっと、忘れる所だった。
シルバとは逆の方を見ると助けた冒険者がうねりながら上半身を起こして状況を掴もうと周りをキョロキョロと見回していた。
そして僕と目が合う。
見た限り目立った外傷のようなものは見られない。少なくとも命に別状がないのは明らかだ。
「…………」
「あの大丈夫ですか」
目を見たまま固まってしまっているのでウィレムの方から声を掛けると彼女はようやく声を上げた。
「あっ……大丈夫。少し擦ってはいるけど動けないような怪我はないよ」
「そうですか。良かった」
「それでその……あんたが助けてくれたんだよね?あの時一瞬だったけど見えてた」
「いえ、その後結局また同じような状態になっちゃって、シルバが助けてくれなかったらどうなってたか」
「それでもあんたが助けてくれなかったらその人は間に合わなかった。私をあの場面で助けてくれたのは紛れもなくあんたでしょ?だから、その、……ありがとう」
口調は荒いがこちらに対して感謝しているの伝わってくる。
商人や農民の生活が安定している家の生まれならともかく大抵の家庭では子供に文字書きや計算を覚えていない者も少なくない。
作法や敬語は二の次としているので言葉が雑である事は仕方のない事だ。
それより結局最後はシルバに助けられたことで気落ちしていたので彼女の言葉は素直に嬉しかった。
夢の中では少し不愛想なイメージだったが素直でいい子に思える。
「こちらこそ間に合ってよかった。僕の名はウィレムといいます」
「申し遅れt―――ました。私はアファネでAランクの冒険者をしているリエラ、ですよ?」
リエラは急に口調を改め出したが上手く話せていない。
「無理に口調を改めなくてもいいですよ」
「あ、うん。そうする」
顔を赤くしてそう答えた後ウィレムは一度リエラから視線を外し戦闘の方へと視線を移す。
そこには今まさにリアルモンスター討伐の真最中であった。
剣の稽古をつけてもらっているが実戦経験のない自分では戦局がどちらの方が優勢かあまりよく分からなかった。ただ兵の人達がこちらへとべヒモスを越させないように誘導してくれている事だけははっきりと分かる。
まだ僕らの位置は戦闘範囲内にいる。
戦闘しているリードさんの部下たちから離れる必要があると彼女を起こして移動すべく手を差し伸べた。
彼女はそれを見てちょっと躊躇しながら掴み、起き上がろうとして身体の体勢を崩した。
ウィレムは咄嗟に身体を彼女の正面に来るように移動し身体で受け止める。
「!」
リエラは心臓がどきん、となったのを感じた。
顔は先程以上に熱く火傷でもしている様な感覚。
リエラは目が覚め辺りを見回したときにしっかりと戦闘も目に入っていた。
そしてべヒモスと戦っているのが冒険者や街の警備隊ではなく恰好からして貴族の兵であることがすぐにわかった。
それから横にいた私より少し年下に見える男の子の格好は明らかに上物であの兵士達を雇っている雇い主に見え、後ろに控えている執事姿の男は格好が執事服で戦闘とは離れた見た目だが確実に自分よりも強いという事を直感で理解できた。
その男が男の子の後ろに控えているのだ。
この子は貴族の子なんだと結論付けていた。
だから手を差し伸べたのですら驚いた。
貴族には民衆を馬鹿にする態度の者が多く、傲慢で自分勝手、そういうイメージが強かったから。
頭の中に子供の頃に街にやって来ていた吟遊詩人の物語が浮かび上がる。
物語に出てくる娘は平民でその相手は身分の違う貴族の騎士。そんな騎士が戦闘後に倒れ込む娘を抱きとめるシーンがあるのだが私はそれを馬鹿にしていた。
常識からいって貴族のお偉いお貴族様が私達のような下々の者を相手にする訳がない。
たとえ万が一にもそんなことが現実としてあったとしても私なんてガサツな女を相手にそんな事あり得ない。そう思っていたのだ。
しかし―――。
(今までそんなこと現実では起こらないよと馬鹿にしてきたみんな、すまなかった!本当に貴族とは自分の命を顧みず汚れた私ですら抱き止めてくれる存在だったんだ。うわ、か、顔近い!なにこれすごく恥ずかしい。うぅ今の私の顔見ないでぇ)
リエラは顔を隠しながらウィレムにお礼を言いながら離れる。
その行為がウィレムに今のは拙かったのかなと思わせてしまっているのだがそんな余裕は今の彼女にはなかった。
「それでシルバ。これからリードさんの元まで戻ろうと思うんだが」
「その必要はもうなくなったかと」
ウィレムはシルバの言っている意味が分からなかったがその理由はウィレムが問い返す前にやってきた。
「ウィレム様!大丈夫?」
べヒモスとの戦闘に巻き込まれない様に大きく迂回してやってきたのはマユキ。
護衛を数人連れてこちらまで来ていたようだった。
べヒモスの方を見ると戦闘場所がさっき見た時よりも離れて行っている。たぶんだがマユキをこちらに送った段階からべヒモスを誘導しながら戦っていたのだろう。
「うん。怪我らしい怪我はないよ。ちょっと汚れたけどこれぐらい洗えば問題ないし」
「そうですか。では心配の必要はありませんね」
「……え?」
「何を呆けた顔をしているんです?貴方の身の保証は私達フランク家が責任を持つことを条件に貴方のお父様からは貴方の同行を許してもらったのにその本人がいきなり走り出したと思ったら魔物に向かって突っ込んでいって、それで何をしたのかといえば女の冒険者を一人助け、いいえ助けようとして逆に絶体絶命のピンチに陥ったのよ。もしジュバルとそこの執事が間に合わなかったらあなたは今頃べヒモスの足の裏でぺちゃんこに潰れていたでしょうね」
マユキは早口でそれはもう僕を攻める様に強い口調で喋った。
今までと態度の一変した彼女にウィレムはついて行けずに呆然となって話を聞くうちに彼女が怒っているという事に気がつく。
「いやこれは」
「ウィレム様は何を考えてあんな行動をしたかは今はどうでもいいわ。でもねぇ、あなたはここにべヒモスがいる事を伝え私達に任せた身なのよ。その私達を無視してあんな行動を取った。べヒモスが見つかった時点で、……いいえ私はあの質問の返しを聞いた時からあなたを主として認めていた。その主に使われなかった家臣の気持ちが貴方には分からないでしょうね」
(…………ん?)
今度は本当にわからなかった。
ええと……要約すると主として認められたって事でいいのか?それで勝手したから怒っていると?
ううむ、分からん。
マユキは本気でお冠の様だがこればかりは首を傾げる事しかできない。
「……まぁいいわ。どうせまたお父様もお怒りの様だからその時にでも一緒にたっぷりと言い聞かせてあげるから」
マユキは表情をいつもの感じに戻して溜息をついた後ウィレムに対してまるで死刑宣告でもしているかのような口調でそういい、ウィレムは言いようのない不安が身体を駆け巡った。
その後ろでシルバがいいお灸ですね、と溢していた。あいにくと主の耳には聞こえる事はなかったが。
「それでそちらの方は?さっきは仲良さそうに喋っていたみたいですけど私にも紹介してくれないの?」
ウィレムの表情から脅すのはもう十分だとマユキはウィレムの隣にいるリエラに視線を向けた。
視線を向けられたリエラはビクリとして自分で紹介しようかウィレムに任せようかとウィレムの方を見た。
ウィレムは僕の方で話すと言う視線を送りマユキにリエラの紹介をした。
と言っても僕も知っているのはさっき彼女から自己紹介された事だけだけど。
「へぇAランクの冒険者なの?それにしては若いけどいくつ?」
「こ、今年で11歳、です。若いって言っても冒険者になって5年目だ。……じゃなくて、なので登録記録としてはそこまでめずらしくない、ですよ」
「はは、無理に敬語にしなくていいよ。さっきのウィレムと話していたみたいに崩していいから。それよりつまり5歳から冒険者をしてたって事?」
「はい。私身寄りがないん、ので自分で稼いで暮らす必要があっ、りまして冒険者をして稼いだお金で生活を立てていました」
リエラの答えは肯定で5歳で働かないといけない境遇だったらしい。
リアもそうだがこの世界にはこういった事が珍しくないんだよな。
マユキはというと答えには納得したようだがリエラが未だ緊張気味に敬語で話すものだから少し不服そうである。
「むう、私には崩して話してくれないの?」
「無理です!!」
「…………」
「くくっ」
もう一度普通でいいと言ったが見事に断られてマユキは呆然としてしまっていた。
その顔はいつもの余裕あるものでもさっきの怒った顔とはかけ離れたものでつい笑いが堪え切れずに声が漏れマユキにキッと睨み付けられた。
「まぁ、まだ初対面でもあるんだししょうがないか。でもウィレムとは普通の口調で話せるのに私に話無理なのね」
「ウィレム様は別です。マユキ様はなんかお嬢様みたいで恐れ多くて」
あぁ、確かに僕の格好は貴族よりも上物だけど地味で転んだりして汚れてるからな。マユキの服装は華がある。
しかし一応僕は王子なんだよ?彼女より偉いし、というか主になったらしいし……マユキ何勝ち誇った顔をしているんだよ。
うう、かなりショックだ。
「あ、でもウィレム様が偉くなさそうだからって訳じゃなくてなんか年下なのに包容力があって安心するっていうか自分を預けても大丈夫なんだって気持ちになるっていうか」
「確かにそうね。私も大人びてるって言われるけどなんか大人達と同じような雰囲気ってのがあるのよね。年相応の反応もするからギャップも激しいところもあるし」
「大人びてるってウィレム様とマユキ様はいくつなんですか?」
「二人とも同い年で7歳」
「7!?私と2つも違うんですか!?」
リエラは驚いてバッと顔をウィレムに向けて真意を求める。
ウィレムは話を聞いていなかったので何の話をしていたのか分からなかったが取りあえず七歳か聞かれたので頷いておいた。
リエラはそれを聞いてなぜかショックを受けている。とそこで今まで黙って見守っていたシルバが三人の会話に入って来た。
「ウィレム様、マユキ様。あちらの方が終わったようでございます」
「ん?」
言われてベヒモスを見るとベヒモスは身体中傷だらけで力なく倒れ伏しているところであった。
自慢の二本の角の片方は折れている。
戦った者たちの歓喜の声を上げているのが聞こえてきた。
隣の二人の表情を盗み見るとマユキは当然、といった自信に満ちた感じなのに対しリエラは少し複雑な表情にも見える苦笑を浮かべている。
どうしたのかと声をかけようかと迷っていると兵士達の中からリードさんがこちらへとやってきたので言葉を飲み込んでリードさんの方へと近づいていった。
「お疲れ様です」
「おう。なかなかだったぞ」
「ええ、いい肩慣らしになりました」
ウィレムはできるだけ爽やかに二人に声をかけると二人共機嫌の良さそうな返事が返ってきた。
「それは良かったです」
「お父様、何故ベヒモスの角が折れているのか伺っても?」
更に機嫌をとるように言葉を続ける前にマユキが追いついてきて話を遮るようにリードさんに問いかけた。
言われたリードさんの顔が引き攣る。
「ちょっとなり行きで……」
「なり行きで貴重な上級素材を折らないでください。あれじゃあ買い取りでも武器の発注でも叩かれてしまうじゃない。いつもお母様からもいい素材は品質を保て、と言われているのにお父様はまたアレをくらいたいの?」
「……折ったの俺じゃなくてジャバルだし、俺は関係ないし」
「ちょっとリード様!あんたが『あいつちょっと煩いから自慢の角を折ってやろうぜ』って言ったんでしょう!責任転嫁は無しですよ」
「お父様責任を取るのは上司の務め。部下に責任をなすり付けるのはカッコ悪いよ」
「ぐおおあお……」
リードさんは娘の言い分に反論できずにその場に崩れた。
「大丈夫ですかリードさん?」
「あぁ、彼奴は妻に似て容赦がねえからな。いつもこんな感じだ。……それよりお前はあいつの後処理が終わったらじっくり話をするつもりだから俺なんかの心配してないで自分の心配をしておけよ」
心配もとい機嫌を直して僕に来ると言っていた説教を回避しようとしたら逆に思い出させてしまった。
八つ当たりだ!と叫びたい衝動をグッと我慢する。
後ろではシルバがリエラと話していてそちらに逃げようとしたがリードさんに引っ張られ、もとい確保されていた所為でリエラとはその後話をする事ができないで終わった。
その後、僕の説教はリードさん、マユキ、ついでに何故かシルバまで向こう側についたため逃れる術はなく僕の気力がなくなるまで続くこととなる。
裏設定8
主人公は基本自分勝手な行動が多いです。
今回の行動も少女を助けるよりも夢を見たくないのが強かったですし。
前世の記憶が戻っても良くも悪くも王族だから仕方ありません。
ただ本人は他の兄を比較対象にしているので気づいていません。
兄達は常識人から変人までウィレム以上に自分の欲求には周りの迷惑を考えない人達なので