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8.お茶会~胃に穴が開きそうです~

 「またなのか」


 僕は頭を押さえながら身体を起こした。


 前と同様の夢なのに妙なリアル感覚が身体に残っている。

 違っているのは視点となる人物が変わっている事だ。


 今回の視点はAランクの高位冒険者。

 内容はリア達の襲ったオークが街道沿いに出た原因の調査中の悪夢。


 今回も死ぬ直前まで見せられた感じだ。


 ただ、今回の夢は前回と違う所がある。

 高位冒険者の森への探索を僕は知っている。

 昨日のリアとの会話の中に今回の後始末で確かに言っていた。

 そして行う日にちも知っている。


「確か……事件から三日後だったよな。今日が二日目だから、明日か」


 時間があまりない。

 もしかしたら夢は見て二日以内と言う予想もできるがまだ二度目。

 たまたまって事もあるだろうから確定はまだできないな。


 それに問題が自分で解決できる範囲を大きく逸脱している。


 オーク程度ならまだ遠乗りがしたいと言って従える騎士でもなんとかなったが今回はそれなりの数と実力者を揃えなければ返り討ちに合うだけだ。

 自分ではそれだけの兵力を用意する事なんてできない。


 最も困るのは今回の犠牲となっているのがアファネの冒険者の最高ランクという事。

 これでは冒険者に警告してもまったく意味を成さない。


 隣街から呼び寄せるにしても時間が掛かる上にべヒモスが出るという証明ができない。

 きっと正直にいった所で探索を中止にはしてくれないだろう。

 だから王国の騎士団又は貴族の軍隊を用意する事ができなければ、またシリアと言う少女と同様死の感覚が共有された悪夢を見て人の死を助けられなかった罪悪感に襲われる。


(………………っ。)


 身震いがした。

 今回はリアがいたからすぐに悲しみの渦から逃れられたがもしリアに合わなければあのまま鬱になって体調を崩していた可能性もあった。

 それに夢から覚めれば痛みは消えるが夢を見ている間の痛みは今まで感じた事もないような痛みなのだ。

 あんなの短期間に何度も味わってたまるか!って叫びたくなる。


 時間を見るとまだ起床の時間より早く起きた様で余っている。

 ウィレムはベッドから起きて机の上に置いてある魔物図鑑を取り出した。



 べヒモス:危険度Aランクの暴獣の異名を持つ魔物。


 頭部に角の付いた兜の様なものを持ち胴体が異常に膨れ上がっている。

 その見た目からは予想できない速度と破壊力、個体によってはAAランクにも届く個体もいる事から亜竜種ではとも言われる。

 ランクはAだが皮膚特に兜の部分は硬度が高い為、武器が並みの量産型では実力があっても攻撃が効かないので注意。

 生息地、基本的には人里から離れた洞窟や森の奥地を好む。

 ダンジョンのボスとして配置されている事も多い。

 またべヒモスは素材としても優秀で角は武器の材料として上級素材に部類し、胴体にある肉の一部は濃厚な脂の乗ったA級肉として愛好家からは絶大な支持を集めている。




 図鑑に載っているのはこんなところだ。

 問題解決の糸口になりそうなものは無いな。


 取りあえず騎士団を動かせないか掛け合ってみるしかないか……。


「ウィレム様。本日はお茶会があるのをお忘れですか?

 あなたは昨日も警備の目を掻い潜って城から抜け出していますからので今日はお茶会まで私の監視の元、部屋から出さないようにと国王様からの命令もいただいています。

 ……逃げるのは無駄ですので諦めて下さいませ」


 珍しくメイドの代わりにやって来たシルバに開口一番にそう言われた。


 シルバの奴、僕がお茶会を忘れている前提で話をしている。

 僕がそんなに信用できないかっ!

 それにお父様もそれに賛同しているというのがなんとも酷い話だ。


 確かにお茶会の事なんて昨日に置いて来てしまっていたがなっ!!

 そして覚えていたら確実に脱出計画を一回は練っただろうけどこんな扱いは心外だ。


「そんな、考えてないって」

「……ふむ、やっぱり忘れてましたね。国王に何を奢ってもらいましょうか」


 ……お父様、まさか息子の行動を掛けにしてませんよね。


 しかしなんてタイミングの悪さだ

 ただでさえ解決案がないっていうのに更に動きまで制限されたらもう打つ手無くなって|終わっちゃう(悪夢直行)じゃないか!


 この後どうにか部屋から出ようと試みたが悉くシルバによって阻まれ最後には手足を縄で縛られてお茶会の時間になるまで転がされた。





 ◆




 そんな訳で何も出来ないままフランク家主催のお茶会の時間がやって来てしまった。


 僕は着替えの際にようやく手足を拘束していた縄が外され、赤くなった腕を擦っていた。

 もう今更逃げ出したところで何もできないと抵抗を止めると言っても縄を外してもらえなかった。

 

「入るぞウィレム」

「すみません、もう少し待ってください」


 いつまでも擦っていた所為で着替えが乱れてしまっていた。

 誰なのか名乗らなかったが僕の事をウィレムと言う人物に該当する者は少ないし、声音が男性である事からお父様であると思われた。

 少し慌てながら扉を開けると予想通りそこにはお父様がいてそのまま入って来た。


「ふむ、なかなか似合っておるぞ。ウィレム」

「さっきの扱いがなければその言葉を喜んで受け取ったんですが」

「さっき?……あぁっ、それは許せ。お茶会を忘れたのは事実だろう?」

「うぐっ。……こちらも許しますよ。それで何でお父様がこちらに?今日は出席されなかったはずでは?」


 記録が間違っていなければ今日のお茶会は同年代の子どもによる茶会。

 主役は子供であり大人は別室にて待機することになっていたはずだ。

 それにそもそも出席欄にはお父様の名前はなかった。


「予定を忘れる未熟な息子の顔を見る為だが?」

「予定を急遽変える様な父の血を引いているからですかね」


 咄嗟の切り替えしにお父様の顔を見るとさっきまでの余裕の顔が若干引き攣った。

 すぐに戻ったがその一瞬で十分。

 どうやら当てずっぽうで言ってみたがどうやら間違っていなかったようだ。


「冗談はこのくらいにしてお前に忠告だ。フランク家は武家として有名だがどの派閥にも入っていない。何故か分かるか?」

「いえ」


 お父様からもらった資料には中立だという事しか書いていなかった。


「間違ってもらっては困るがフランク家は忠臣の家系だ。仕えるべき主を欲しているし家臣として欲しいと思った者は数え切れないほどいる。

 お前だけでなく全後継者候補にも今回と同じように催し物に招待されている。

 ……だが今まで当主を納得させる事ができた者がいなかった為に誰も自分の元に引き入れられずにいたのだ」

「それ今言う事ですか?資料渡した時とかに言ってくださいよ。そんな無理な家の茶会に出るだけ無駄みたいじゃないですか」

「そう言うな。これは恒例行事の様なものなのだ。親のいない状態をなれるのにもうってつけだぞ。

 それと言うまでもない事なんだがお前だから言っておこう。

 ……長女に失礼な事をしないようにな」


 お父様は言うだけ言うと部屋から出て行った。

 どうやら本当にお父様はお茶会には参加しない様で外から「国王、時間が押してます。馬車が用意されていますのでお早く」と言う部下の方の声が聞こえてきた。


 その後、会場に案内する者が来るまで大人しく待つ。


 因みに内心は、


(なんかお父様の所為で緊張感の前に疲れが出てきた。自分の婚約者候補とか自分の派閥の足掛かりとか思っていたけど恒例行事とかないわ~。兄様達で駄目なら前評判の悪い僕なんかが認められるわけないだろ。はぁ、もう帰りたい)


 完全に意気消沈していた。

 前世のように振る舞っていいなら椅子にもたれ掛かって手足を伸ばしきってだらけている。


 そして案内人が来て会場の扉の前まで案内されると僕は扉を開け放った。


 扉を開いた瞬間いくつもの視線が僕の方へと向いたのを感じた。

 会場のアナウンスで僕の入場が告げられる。


 するとすぐに何人かが僕の方に集まってきた。


「ウィレム様。今日はご機嫌麗しく」

「今日はお会いできて光栄です」

「初めましてウィレム様。こちらで話でもしませんか?」


 こちらの機嫌を伺いながら話す者、握手を求めて来る者、直線的に自分達のグループに誘う者と同年代の子どもなのでもっと気軽で考え無しに話してくるかと思ったが意外としっかりしている。

 子供なので大人より腹黒さはないので気が楽だと思ったんだが。


 取りあえずグループに誘った者には丁重にお断りの言葉を言って次の挨拶をしてくる者の相手をする。

 挨拶に中にはクロッカス侯爵の次男とかアゼン子爵の四男とか自分の事を売る為に家柄で名前、その後順番が回っていく度に自分をアピールする話が長くなっていく。


 正直全然覚えていない。

 寧ろアピールし出した瞬間聞く気が失せた。

 お父様やシルバと話すときには見せない顔面に一枚のお面を付けた様に表情を笑顔で固定して話半分に返答していく。


 暫くするとようやく挨拶の波が一旦緩まった。

 会場にいる人数にも限りがある。

 ようやく終わったと思ってお茶会なのでお茶を味わいだすと今度は男性ではなく一人の女性がウィレムの前へと声を掛けてきた。


「ウィレム殿下今日はお越し下さいました。私はフランク家長女マユキと申します」


 一礼する女の子を見る。

 相手はこちらの目を逸らすことなく見つめてくる。

 日本人でもありそうな名前に好感を覚え、彼女がフランク家長女というのを抜きにしてさっきまでの話半分の姿勢から意識を戻して対応する。


「ウィレムです。本日は御招き頂きありがとうございます」


 こちらの挨拶が終わると女の子―――マユキ、さん?はニッコリと微笑んだ。

 周囲の人だかりは間に入ってくる事はなく、一歩離れた所からこちらを伺うようにしている。


 もうフランク家の長女と一対一で対峙する状況になっている。

 僕は女の子と話をするのは前世でも今世でもないに等しい。

 特に今世では同い年の女の子で対等に話したのは姉、妹を除いてはリアしかない。

 ……いや親同伴の挨拶なら誕生会でもしたか。


 兎に角、不慣れだという事は分かって欲しい。

 その所為か最初の切り出し方が思いつかずにいるのだから。

 しばしの間お互い何も言わずに視線も逸らさずにいた。


 結局、先に口を開いたのはマユキの方からだった。


「少し質問をしてもよろしいかしら?」


 いきなり質問から入られたが僕は表情を崩さずに「どうぞ」と返す。


「貴方は戦う女性の事をどう感じます?」


 ……………はぁ?

 なんか予想外の質問が来た気がする。


 開口一番に戦う女はどうですかと言われた気がする。


 どうやら少し疲れているようだ。

 もう一度お願いしますと聞いてみる。


「戦う女性をどう思われるか聞いているのです」


 …………聞き間違いではなかった。

 普通ここはお茶会はどうですかとか、世間知らずだそうですねとかそういったのかと思ったのになんかいきなり茶会とは別の方向の質問が来たな。

 それもこの年齢でする質問じゃないだろ。


 ……しかし戦う女性ねぇ。


 どう答えたらいいのだろう……。

 真面目に答えた方がいいのかすら分からない。


「ウィレム様お答えを」


 返答を急かされる。


 ……と言ってもこの質問に回答ないだろ?

 主に正解は出題者の好みに合うかどうかだ。

 マユキにとっていい答えなど思いつかない。


 仕方なく思い浮かんだ言葉をそのまま口にした。


「マユキさんの言っている戦うが何を指しているのか分かりませんがその戦う事に誇りと覚悟を持って行っているのなら僕は男女差を感じずに好感を持てると思います」

「なるほど。変な質問に答えてくれてありがとうございます。なかなか面白い答えですね。普通戦うと言えば戦闘を思い浮かべるでしょうに」

「……それではこちらからも一つ質問をさせて下さい」


 マユキさんが納得したようなのでホッと安堵しつつ、今度はこちらが質問する。

 こんな意地悪な質問をしてきたのだからやり返しの意味も込めて悪戯込みで質問をした。


「君にとっての強いとは」

「…………」


 今度は向こうがポカンという顔になって言い淀んだ。

 

「マユキさんお答えを」


 さっきのお返しとばかりに同じ言葉で答えを急かす。


 マユキさんはすぐに答えが出ないのか考え込んだ。

 しかしなかなか答えは返ってこない。


 そして急に考え込んでいた顔が歪み、笑い出した。

 さっきまでの微笑ましい笑みではなく得物を前に歓喜するような微笑み。

 口元に手を当て笑う姿は会話の聞こえていない周りからは楽しく談笑して笑っているように見えるだろう。


「噂は真に受けない方がいいとよくお父様が言っていたけどその通りね」

「どういう噂かは大体わかりますがたぶん概ねその通りですよ」

「少なくとも今の質問は私を楽しませた。それが事実よ」


 マユキさんは顔がぶつかるぐらいに近づき周囲からはどよめきが起こる。

 僕の心臓も鼓動が上がった。


「後でお父様の元に案内するわ。貴方とはまた二人でゆっくり話がしたいから頑張ってお父様に気に入られてね。祈ってあげるわ」

「それって」

「あと私の事はマユキって呼び捨てで呼んで。さん付けは嫌いだから」


 僕の言葉は遮られ伝えたいことを微分だけ言うだけ言うと顔を話し回れ右をして周囲の人たちの輪の中に戻っていってしまった。

 一瞬輪に戻った後にこちらを向いてきた顔がしてやったり顔をしていた。


 僕はとんでもないミスを犯したのではないだろうか……。




 ◆




  マユキとの会話を皮切りに今度は女性陣の挨拶の波がやってきた。


 どうやら最初は男性陣が挨拶し後、女性陣に切り替わる代表としてこの中で主催者であり最も位が高いマユキが先陣を切った形になっていたようだ。


 野郎相手に対応するより女の子に詰め寄られる方が気分がいいに決まっている。

 女の子にチヤホヤされるなんて生まれる前を合わせても初めてだ。


 この後の事なんてお構いなしに楽しんだ。


 お茶会終了でお呼びがかかるまでの時間はただの楽しかったと言うだけの記憶が残っただけで内容など覚えていないが。


 茶会終了し再びマユキに呼ばれ会場から出て案内される。


「お父様、私です」

「入れ」


 図太い声の聞こえた部屋の中へと入る。


「マユキ。連れてきたようだが気に行ったか」

「えぇ。面白い方よ」

「そうか、もう着替えてきていいぞ。後は私と二人っきりで話すからな」


 マユキはそれだけ言って退出していった。

 僕はフランク家当主に促されるまま席へと座る。


「初めてだな。フランク公爵家当主リード・アルファ・フランクだ」

「ウィレム・ローグレイです」


 挨拶をした後、唾を飲み込んだ。

 座ってから闘気とか気迫の様なもので身体が押さえつけられたかのように膠着していた。


 フランク家の当主リードさんは顔は渋目で見た目から武官だなと分かる顔で切り傷の痕が右耳から口元付近まで延びているのが厳つさ2割増しにしている。

 身体の大きさも2mはある長身で筋肉隆々。


 そんな相手に1対1で睨むような視線を向けられれば恐縮してしまうのは当然の反応な気がする。


 主人公がこういった相手に会って恐縮するどころか筋肉ダルマと馬鹿にする作品を思い出したが少なくとも自分にはそんな真似できないと断言していい。


「しかしまさかあいつが連れて来るとはな」

「?」


 頬杖をついて開いた言葉は僕の事ではなく部屋を出て行った娘に対しての言葉だった。


「自分の娘だからって贔屓している訳でもなくあいつは成長が他のこと比べて早かった、考え方もな。それで去年からパーティーに同席をさせた。

 もう聞いていると思うが去年お前の兄にも今回と同じようにお茶会を開いて招待している」

「始まる前に聞きました(聞いてませんよお父様!)」

「それまでは直接俺が見ていたんだが、マユキは俺に認められるという事は自分の夫候補ってことを理由にまず自分が査定して認めさせろと言ってきた。俺はそれを認めてそれからお前の兄も含めて関係を持つ者との会場にはマユキを連れて行った。

 結果は酷い物で自分に言い寄ってきた者は全滅。お前の兄もものの見事に振ったよ。まぁ、俺もあいつは駄目だったから構わなかったが。

 それでこの1年間で俺の元まで来たのは逆らう気の無い従順な部下たちとなっている者だけだ。それも損得勘定で得のが強かったための及第点らしい。

 それでお前だ」


 リードさんは身体を乗り出し僕の目から視線を外さずに問いかけてくる。


「お前は前評判が悪い。他の貴族とのコネもなければ継承権も低く、世間知らずの問題児。それが俺ら貴族のお前の評価だ。損得で言ったか完全に損。俺はお前がここへ来る事はないと思っていた」


 僕の噂は予想通りだった。

 しかし期待されてもあのやり取りでマユキの何に琴線が触れたのか分からないので正直反応に困る。


「そう固くなるな。俺とこれから話す事はマユキと同じで俺の質問に答えられるかだ」

「また質問ですか」

「そう、俺の求める答えをお前が答えられたら俺はお前を主にする。できなければそれまで。無駄に話をしても腹の探り合いになるだけだからな。単純でいいだろ?」


 不敵に笑うリードさん。

 その表情はさっきの質問をしてくる前のマユキの表情とそっくりで親子なんだなぁと実感させられる。


 それにしても質問の答えで決めるってあんたの好きそうな答えを言えばいいって事だろ?

 簡単じゃ……ないよな、アレク兄さんの代からこの面談で質問していて納得いく答えを言えた人がいないってことだもんな。

 その中には当然リードさんの性格や状況を調べているのもいるはずで……ほぼ初見の俺にはさすがに無理じゃね?

 なんか無理ゲーを前にした感じだな。


「それじゃあ質問だ。お前からの俺へのプレゼントはなんだ」

「……………え?」


 プレゼント?

 なに?主にする代わりの催促ですか?

 なんか品物を持って来いよっていう……違うな、別に今日とか言ってないし。

 でも下に就いたら何をくれるのか聞いているのは間違いない。


 しかし献上品と言われてもな。


 俺の持っている物でフランク家の当主を満足させる物なんてないし、王候補として継承権が高ければ王になった後用意するともできるけどそんな都合よく僕の所まで継承権が回ってくる訳ないのに約束なんてできない。

 本当にどう答えるべきかな。


「因みにお前の長男のアレクの馬鹿は名誉とかほざいたからぶんなぐってやったな」


 あ~、なんか兄様らしい。


 何にしてもリードさんの質問に答える必要がある。

 俺のあるもの……あるもの……あるもの。


「……べヒモス」

「ん?」


(しまった!!!つい俺だけしかもっていないもので思考が逸れたのを言っちまった)

 

「何だ、続けろ」


 しかも小声だったのにしっかりリードさんの耳に届いているし。

 これじゃあやっぱ無しは出来ねえ。

 視線に鋭さ2割増しプラスされてもうヤクザに凄まれているように怖い。


 どうせ満足な物なんて考えても出ないんだからもうどうにでもなれ、と僕はやけくそ気味に言ってやった。


「危険度Aランクの暴獣べヒモス」


 今度は小声ではなくはっきりとした声が出た。

 それを聞いたリードさんの視線は細まり乗り出した姿勢は元に戻り頬杖をついた。その態度が興味を持ったのか失望したのかウィレムには判断がつかない。


「僕の貴方への提示できる物はその出現場所と討伐した素材だ」

「それはお前がべヒモスを飼っている。もしくは確定されているべヒモスの生息地の事を指しているのか?」

「僕がべヒモスなんて飼える訳ないでしょう。国王だって無理ですよ。それから出現場所を知っているのは今の段階ではたぶん僕だけです」


 リードさんの疑問を否定した所でもう一度反応を伺うとリードさんは首を傾げながら顎に手をやりしばし熟考する。

 リードさんはどう判断するのかを待ち。

 少なくとも興味を持ってくれたのだと安堵する。

 プレゼントと言って危険物を渡そうとしていれば最悪不敬だと怒らせるどころでは済まなかったかもしれない。良くても交渉終了かと思っていたので興味を示すことは予想以上にいい結果だった。


「なぜそれを情報に乏しいお前だけが知っている。そこに居ると言う確証は?」

「それはありません。ただこの場でそう言ったという事はそれを提示できるだけの自信があるという事すぐにばれる嘘をつくほど僕は嘘吐きではありません」

「こちらで判断しろってか」


 言っていて思うが大分身勝手な事を言っている。

 危険度Aランクの魔獣という無視できない脅威に対して根拠もなく判断を迫っているのだから当然リードさんは難しげに眉根を寄せ判断に迷っていた。


「べヒモスの生息地は本来洞窟や森の奥深くだ。その素材を持ち帰るまでに距離があって一部しか持ち帰れない。その素材ともなれば交渉材料には十分だ。

 しかし困ったことにそれを確認するのには軍隊を動かさないといけない。せめて軍を動かすだけの証明する何かが欲しいんだがな」


 再度こちらに確証を求めてくるがない物は無い。寧ろあればすぐにでも冒険者ギルドと騎士団に報告していた。

 リードさんはそんなウィレムの態度に不満を示して溜息を吐きウィレムに証拠を求めるのを諦めた。


「なかなか面白い贈り物だよ。マユキがここへ寄越しただけあるな」


 いえ、ただの偶然に思ってたことが零れただけです。


「少し返答を待ってもらおう。これを俺一人で判断するのは少々問題になる」


 リードさんは一度席を立って部屋の外に控える部下に指示を出す。

 それからしばらくして何人もの人間が部屋へと訪れた。

 

「流石はウィレム様。お父様に良い返答ができたご様子で」


 その中にはマユキの姿もあり向こうは僕の姿を捉えると近づいてきて会場であった時同様の笑顔を向ける。

 違う事があるとすればその服装がお茶会に合ったドレスから動きやすさを重視したラフな格好へと変わっていることだ。


 この世界の貴族の服装はより自分を際立たせるものを重視する。

 それに対してマユキの服装は貴族よりも騎士や冒険者よりであまり普段日としては好まれない服装と言えるだろう。


 やっぱりマユキはどこか他の令嬢とは変わっている気がする。


 僕としてはこっちの服装のがマユキに似合っていていいと思うので一向に構わないが。


「その格好でその言葉遣いは合わないからもっと砕いた口調でいいよ。そっちの方が気を使わなくて楽でしょ?」

「なら普段通りに喋るわ。やっぱりウィレム様は話が早くて助かるわ。普通ならこの格好にはしたないとか言ってくるのに見事にスルーしてるし」

「似合ってるから別にいいかなと」

「そう?ありがとう」


 マユキは満更でもなさそうにお礼を言った所で部下に事情を伝え終えたのかリードさんが咳払いをして会話を中断させた。


「マユキ勘違いするなよ。まだそいつの採点結果は出てないからな」

「ウィレム様の言ったのはなんだったの?」

「べヒモスに関する情報だ」


 それからリードさんが僕の言った事の確認のついでにマユキにも事情が伝わり部屋に入った者全員が状況を飲み込んだ。

 そして再度リードさんの部下から確証となる物の提示はできないのかと問われ否定するの流れを済ました後、本題である兵を出すかどうかの話へと切り出された。


「それでどう思う」


「確証もなく兵を動かすのは正直に言いまして賛同しかねますな」

「しかし本当に王子の言うようにべヒモスの素材を持ち運びできるなら行くだけの価値がある」


 前者が文官で後者が武官。

 ものの見事に意見が分かれた。

 リードさんは予想通りの答えだったのか大きく頷いた。


「どちらの意見も最もだ。俺もそれと似た理由で悩んでいる」


 それから出るか出ないかの話し合いは難航した。


 さっき上げた賛否両論以外にも意見は出たが決定する事ができずにいた。

 偶然零れた言葉でまさかこんなことになると思っていなかったウィレムだったがフランク家に協力を頼めるかもしれない今の状況は半ば諦めていた討伐のチャンスだと兵を出す方向にもっていこうと武官に賛同した。

 しかし下手打って逆に出さないになったら元も子もないので積極的に意見を言えなかった。


 それから兵を出す方の理由として挙がっているべヒモスの素材だがどうやらかなりレアな物らしい。

 魔物図鑑では簡潔にしか書かれていなかったがべヒモスの二本角の兜の部位は強度が鉄よりも固く武器武具の素材としては最適だと武官の人が熱く語ってくれた。


 もしこれがただのなんでもない素材だったらここまで結論が出ないという事にはならなかったのは幸運と言ってもいいだろう。

 そもそもべヒモスが相手なのも、それを知り得る悪夢を見る事自体が不幸なので喜んでいいのか微妙だが。


「お父様」


 論争が行き詰った頃、初めてマユキがリードさんへと声を発した。


「なんだマユキ。何かいい意見があるのか?」

「いえ。まぁ意見と言えば意見ですね」

「言ってみろ」

「それでは言わせてもらいますがお父様。……これってそもそもウィレム様の質問の答えなんでしょ?」

「うむ」

「ならそもそも行く行かないの以前にウィレム様がお父様が欲しがりそうなプレゼントを提示できた。ただそれが嘘なのか本当なのか判断ができないから本当だと証明できれば主として認めてもいいって話でしょ?」


 マユキの意見にリードさんは一瞬キョトンとした後「あぁ」と声を上げた。

 他の2人もそうだったという顔になっている。


「そうか、そうだったな。すっかり忘れていた。そもそもこれは討伐任務ではなく小僧の腕試し、確認しなければ嘘かどうかも分からん。

 もし本当ならべヒモスの素材が手に入って得をするし嘘なら大ホラ吹きだと他の貴族に触れ回ったうえできっちり落とし前をつけてもらえばいい。

 なんだ簡単じゃねえか」


 リードさんは面白いように豪快に笑いだした。

 ウィレムは話について行けずにいたがリードさんが兵を出すことに決めたという事は分かったので安心した顔をした。


「それでウィレム様。肝心な話だけどあなたの知っているべヒモスの場所を教えてくれない?さっきからあなたの言動を聞いていると少し、いえかなり焦っている。時間の猶予がないって感じよ」


 結論が出て一息入りそうになった所でマユキがまた切り出した。

 本当に7歳とは思えない細めた流し目にウィレムは末恐ろしいものを感じて思わず息が詰まりそうになる。

 だが確かにもう情報を隠蔽する意味もないので四つの視線が自分に集まるのを感じながらべヒモスについての情報を伝えることにした。

 

「はい。まず僕から討伐時刻指定をさせてもらうと明日に討伐を行ってもらいます。そして場所は……西方にあるサファリの森、中心付近だ」

「明日ですか!」

「サファリの森」


 文官があまりに急な要望に驚き、武官はべヒモスのいる場所に首を捻った。

 時間については曲げられない。明日出発をするのは最低条件でその後べヒモスと冒険者が鉢合う前にこちらが見つけて討伐しないといけないのだから。


「ドイル。兵をどれぐらいで出せる」

「明日の早朝……と言いたいですが昼前には出れるとしか」

「早朝から1時間の猶予をやる。それまでに仕度しろ」


 武官の人は頷くとすぐに部屋から出て行った。


「これで少なくとも朝方中には出れるようになるはずだ」

「ありがとうございます」

「行くと決めたからには当たり前だ。それに時間通りに行動しなかったから逃げられてしまったんですとか言い訳は無しだぞ」

「……わかっていますよ」


 なんか急に胃が痛くなってきた。


 べヒモスがいるって言ったサファリの森は生息地危険度Eとして指定されている。

 そう言っても比較がないので分からないだろうから説明するとその地域に生息が確認された魔物の平均値……ではなくその地域での探索帰還者のランクの事を指している。

 魔物の生息地というのは魔物にとって住みやすい場所に強い魔物は集まりその生息場所の外にはそこでは生きていけない魔物が必ず存在する。

 そう言った魔物を狙う冒険者は実際のところ最奥を目指す冒険者と比較にならない程多い。

 そこでギルドでは帰還したランクを記録し探索最低限のボーダーを決めている。


 これが生息地の危険度だ。


 これに奥の深い洞窟やダンジョンなどは区域危険度や階層危険度といった更に細かい基準があるがサファリの森にはないので今はいいだろう。

 話を戻すがつまり生息危険度EとはランクEの冒険者でも探索だけなら帰って来られるぐらい危険性が少ない場所なのだ。

 最も危険度がある最奥も一日中探索してBランクの魔物と遭遇するのが精々。それがサファリの森のレベルだ。

 そんな場所にAランクの、それもべヒモスがいると言っても誰も信じたりはしない有り得ない事なのだ。


 だからリードさんの様に疑う眼差しでこちらを見てきたのは当然の反応だといえる。

 だから、


「サファリの森?あんなところにいるの?本当?なら私も行きたい!」


 隣で僕の言う事を信じて嬉々して同行したいと言っているこの娘の反応には少し驚き、また少し救われた。

 さっきまでの質問や態度とは違ってとても7歳らしい反応だった。


 リードとの面会はこれで終了し、その晩お父様からの同行許可の報告と苦情の報告がシルバを通じて伝えられた。





裏設定7

現在の貴族の王家への忠誠度は10%を下回っている。

上っ面だけで忠実で陰で好き勝ってやっている状態だ。

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