7.暴獣”べヒモス”
首都アファネと西の街アヴィリを繋ぐ街道。
国の五大都市を繋ぐ重要性の高い街道の一つである。
そんな街道の隣にそびえる森林の中。
団体の冒険者達が木々を掻き分けて奥へと向かって進んでいた。
冒険者の殆どがアファネのギルドでは高位の冒険者に該当するBランクとAランクで構成されている。
事の発端は3日前。
街道沿いにかけて広がる初心者の討伐エリアの草原に本来なら現れないオークが現れた事から始まった。
発見した冒険者はまだ登録から一週間も経たない新米の冒険者で5人パーティーを組んで行動していた。
なかなか見どころのあり初心者エリアならまず問題ないレベルだったがオークを倒せるレベルには程遠い。
そのことにオークを見た本人達が一番肌で感じただろう。
自分達の実力とオークとの実力差は人数で補えるものでないとわかるとすぐに逃げる事を選択した。
リーダーの子は判断力も良かったのだろう。
足止めの為に身を挺して戦った。
オークよって一人が死亡。
残りのメンバーは逃亡には成功したものの2人が逃亡中に他の魔物に遭遇したようで死体を救助班が発見、1人は未だ行方不明のままだが……十中八九死亡したと思えた。
なんとか最後の一人が無事にアファネまで逃れ情報をギルドへと伝えた。
それから直ぐに新人の討伐クエストは中止。
翌日の朝の段階で情報を伝えたパーティーとは別にもう一グループに被害が出ていたことが判明。
オークの数が不確定な事から危険度よりも上のCランク冒険者が街道付近の探索及び討伐を行った。
ギルド上層部は今回のオークの街道沿いの出現が森の生態系の乱れではないかと懸念し、BランクとAランクの冒険者のクエストを日帰りの物だけに限定した。
そしてオークの討伐に行った冒険者からの結果によって森林地帯の魔物の調査を行うクエストを出すようにした。
その結果は以下の通り、
子鬼:40
狼:30
スライム:10
オーク:18
オークの発見が18と言うのが少ないか多いかは……私達がこうして森を探索しているので合点がいくと思う。
本来街道にオークが出る事はない。
もし出る場合には理由が二つ挙げられる。
オークの大量発生によって餌を求めて街道に出る場合とオークより強い魔物によって生息地を追われた場合だ。
そして今回は後者だという見解が濃厚だ。
大量発生の場合は本来の生息地でオークを狩っている冒険者のオーク討伐量が増える傾向にあるが今回はそれが見られない。
その為少なくともDランクのオークが逃げる魔物が新しく生まれたか余所から訪れたかのどちらかだと推測された。
最低でもCランクの魔物の群れが予想される今回のクエスト。
正直私は気乗りしなかった。
―――私一人で行動したいなぁ。
私は今までソロで上り詰めてきたので今回の様にパーティーを無理に組まされる様な事は嫌いだった。
たぶん私は集団戦より個人で動いた方が絶対に戦果を挙げられると思っている。
でも今回はギルドの要請だからこんな私情で断ることは出来ないしそもそも戦闘スタイルとはずれるからってここまで嫌がる事はない。
一緒になりたくない理由はもう一つあるのだ。
アファネの冒険者は言っては悪いが余所よりも弱い。
都市周辺の整備の良さと周りにダンジョンや竜の巣と言った危険地帯がない事もあってか高位冒険者にはあまり稼げない土地として嫌われ、逆に初心者向けの狩場が多い事から冒険者たちの始まりの土地なんて言われている。
その為Cランクになれば大抵の冒険者はもっと稼ぎの良い土地に移ってしまう。
冒険者のランクにはAランクの上にAA、AAA、Sとあるがこの街ではAランクが最高ランクである事からもそれは明白だろう。
私の様にAランクになっても街から離れない方が珍しいのだ。
そして私は最近ようやくAランクになったのだが高ランクになるにつれてある事に気づくこととなる。
それはこの街に残っているBランク以上の冒険者についてだ。
単刀直入に言おう。
この街の冒険者は寄生虫だった者の集まりだ。
さっきも言ったがこの街は冒険者にとって始まりの街とも言われている。
その為この街で冒険者になった際に同時期に冒険者になった者達でパーティーを組むことが多いのだがそのパーティー内には当然優秀な者と見込みのない者がいる。
本来なら力が劣る者はパーティーから離れるべきなのだが初めてのパーティーメンバーを解散させたくない優秀な者が力の劣る者の分まで頑張り、その結果劣った者を実力以上にランクを上げてしまうのだ。
そしていざ余所の街で活動する様になるとこれ以上はついて行けないと街に残るかついて行って挫折し戻って来ると言った事態になる。
つまり今こうして森の中を突き進んでいる冒険者の中にはランクより実力不足の者が多数存在しているのだ。
そんな人達に背中を預けなければいけないなんて不安で堪らない。
寧ろ後ろが気になってしまうだろう。
そんな連中と共闘なんてできれば避けたい。
―――――どうか高ランクの魔物が出ませんようにと節に願うだけだった。
そんな願いは魔物が現れた瞬間に裏切られる事となる。
その魔物は十メートル級の体躯、頭には二本の角の付いた兜に膨れ上がった胴体、それを支える為の幹よりも太い四足と尻尾を持った生物。
赤い瞳をこちらに向け、鋭い爪の生えた足を一歩踏み出しながら凄まじい咆哮を上げる。
「グルァァァァァアアアアア!!」
「ッ!?」
戦闘前の牽制の為の咆哮。
それだけで私の戦意が削られた気がする。
それだけこの魔物の放つ威圧感は凄まじかった。
私はこの魔物を初めて見る。
でもその魔物は私達冒険者であれば魔物を記載した資料の中で一度は目にするので間違いないだろう。
―――”暴獣”べヒモス
冒険者の武勇伝でよく対象として高く評価される高レベルの魔物。
危険度はAランクとされているがAランクの中でもAAランク寄りで討伐は集団戦を前提として行うのが基本とされている。
集団で役職をカバーしなければ倒しきれないからだ。
私は周りを見渡す。
べヒモスの咆哮で既に戦意が無くなっている者や逃げ出す者が出始めた。
逃げた者の殆どが先ほど言った寄生で成り上がった者達。
混乱しているのか武器を振り回して我先にとべヒモスから離れようとしている。
べヒモスを相手に戦えるAランクの冒険者が少ない。
贔屓目に見ても戦力不足だと言わざる負えない。
今の戦力では勝てないと分かった以上撤退するのには賛成だ。
このまま真正面で戦っても勝ち目がないのだから。
しかし撤退するのはいいがもうべヒモスはこちらを捉えている。
無策に逃げるのは余りにも危険すぎた。
このままでは多くの被害が出るだろう。
私はすぐにこの集団の指揮を任されている男を探した。
私がここで騒いでも周りの人は接点のない私の言葉など聞く耳持たない。
だから統率を取れるようにできる者に言ってもらうしかないと思ったからだ。
この集団の指揮をしている男は見つかった。
べヒモスを見て動揺してしまっていれ判断に困っているようだった。
私が近づこうとした瞬間、べヒモスは二度目の咆哮を上げるとその巨大な体躯でこちら目掛けて突進してきた。
「回避!!」
リーダーの男が声を発し逃げてた者も後ろを向いてギョッとしてべヒモスから急いで距離を取った。
べヒモスの突進は凄まじい衝撃波を放ちながら通った地面を粉砕していく。
「撤退だ!!俺達が惹きつける間に退避しろ!ギュラ!お前が撤退の先導をするんだ!」
べヒモスの突進を見てようやく撤退の命令が言い渡される。
さっきまで一心不乱に逃げようと思った者も突進の速さと威力に無暗に逃げても意味がないと思い知ったのかギュラと言われた男の先導に従って動き出した。
私もすぐにそれについて行く。
一瞬だがこれで撤退できるかもと思った。
だがべヒモスはそんな甘い魔物ではなかった。
自分の甘い考えなど一瞬で砕かれる。
後ろで暴風の様に荒れ狂った衝撃波が巻き起こして逃げていた者達がその衝撃で体勢を崩されていく。
風で舞った土埃が晴れるとそこにはさっきまで囮を買って出た指揮していた男がべヒモスの前足と地面の間に捕まり姥貝ていた。
呻き声を上げて何とか這い出ようと暴れるがべヒモスは全く堪えていない。
徐々に男を挟んだ前足へと体重が加わっていき男の身体から鳴ってはいけない音が鳴っている。
呻き声は悲鳴へと変わると最後には断末魔となってグシャリという音と共に声は聞こえなくなった。
囮をした男はAランクの冒険者だったはずだ。
それがこうも簡単にやられた。
男のサポートをしていた二人は自分達ではどうしようもできないと囮を止めて何とか逃げようと試みるがべヒモスはそれを許さず一人を尻尾で吹き飛ばしもう一人を突進で吹き上がらせて空中で身動きが取れない状態で角で串刺しにした。
瞬殺。
圧倒的な強さ。
否、これが集団で戦うのが基本とされている理由なのだろう。
囮になった男の役職は剣士で身軽な動きで懐に入り攻撃するのは得意だがベヒモスのあの体躯からの攻撃は身軽だからと躱せるものではない。
そういった攻撃を守れる守護者や足止めのをする弓使いなんかが必須になっていくのだ。
三人を殺したべヒモスはそれでもまだ満足しないのか視線を逃げる私達へと向けてきた。
低い唸り声を上げて獰猛な視線は私達を射殺さんと鋭く突き刺さるように睨まれた。
背筋に冷や汗が流れる。
三人のおかげで距離が開いているもののまだ射程圏内だと言わざる負えない。
―――このままでは逃げられない!
何かべヒモスの気を惹かせる必要がある。
でもべヒモスに効くような手段は思いつかない。
私は逃げている者達に何か考えがないか期待してべヒモスから視線を外して前を見た。
……見たはずが次に視界にあったのは地面だった。
視界の先にある地面が私に向かっていた。
一瞬何が起こったのか分からない。
足元に何かが当たった感覚を脳が受け取って反射的に手を伸ばして地面から身体を守った。
そして腕への衝撃でようやく自分がその場に転んだと理解できた。
何が起きたのかもすぐに分かった。
転ぶ直前にあった足元への感覚。
それがすべてを物語っている。
怒るように顔を上げた。
顔を上げた先にはべヒモスではなく私に視線を向ける者達がいる。
顔は気持ち悪い暗く不気味な笑みをしている。
その者達はその瞳は濁っていた。
「ハハハ。囮役頼むぜ」
「お前前々から……女のくせに……ちょっと調子乗ってたからな。……いい気味だ」
「ヒヒヒ。先輩の為に犠牲になってくれよ」
そうあの足元の感覚は足を引っかけられた感触。
今叫んだ三人の誰かが引っ掛けたのだろう。
交流もなく仲間もいない女で子供の私は彼にとってはいい壁役にされたのだ。
怒りで三人を殺したくなるが今はそれどころではない。
すぐに立ち上がり後ろを見る。
べヒモスもいつまでもその場にいる訳ではない。
私が立った時には確実に近づいている。
雄たけびの咆哮を上げ、その眼光はしっかりと私へと捉えてしまっている。
私はすぐにベヒモスから距離を取ろうと走り出した。
なりふり構わず逃げる。
冒険者の集団からはもう外れてしまっている。
どうにか自力で逃げ切るしかなかった。
しかし周囲に障害物になるような物はなくべヒモスの足を止める術がない。
必死の逃走も虚しくべヒモスとの距離は開くどころか徐々に縮まっていってしまう。
後ろから追ってくる音の大きさが大きくなってくるのに合わせて心の中の恐怖が増してくる。
そして……私の真後ろにべヒモスの影が迫ってきた。
もうべヒモスの射程圏内だと私は何とか身体を投げ出して必死に横へと飛び退いた。
直後私のいた場所はべヒモスによって砂埃が舞う。
土埃が私の身体を打ち付けて行った。
何とか避けられたがそれで精一杯。
顔を上げてまた逃げようと立った時には私の周囲の地面はまた影が出来上がっていた。
反射的に振り返る。
(あぁ、もう駄目だ)
立ってる間にもうベヒモスは引き返して私の後ろにまで戻ってきていた。
べヒモスが腕を振り上げている。
もう一度避けられる気はしなかった。
もう逃げれないと思い至って悔しさで歯を食いしばる。
せっかく立ち上がったのにまたその場にへたり込んでしまった。
悲しみからかその瞳からは涙が零れた。
裏設定6
ゴブリンや狼、スライムといったGランクの魔物最下層の餌はウサギやリス、鹿といった小型で戦闘力がほぼ皆無とされる動物です。
最弱と言っても魔物は魔物。流石に大半の動物よりは強いのです。