6.悪夢、そして・・・
草原の地
街道に現れる魔物の討伐をしにきた私たちの前にオークが現れた。
討伐どころか逃走すら絶望的な状況でリーダーがその場に足止めの為にオークに立ち向かい……屍に変わった。
私達はそれを目の前で目撃して恐怖し絶望する。
足が竦む中、オークから一人でも多く逃れる為に散りじりになって仲間と別れた。
一心不乱で逃げてオークからは逃げられたのもつかの間、今度は子鬼の集団に遭遇。
私はなんとか逃げる為に交戦したが多勢に無勢。
後衛の私では接近されるとなす術が無く武器は失い眼前に剣が突きつけられた。
逃げようにも足は疲労または恐怖で力が入らない。
もし仮に立ち上がるだけの力があったとしても周囲を既に子鬼によって囲まれてしまっている。
自力で逃げる事は不可能に近かった。
そう理解してしまっているがために恐怖で身体は絶え間なく震え、声にもならない声を発しながら額には涙が流れ落ちる。
いつ剣が振り下ろされてもおかしくない状況にたった数秒で精神は限界寸前にまで追いつめられていった。
数秒、いや数分経っただろうか。
もう何秒経ったのかは分からないがまだ振り下ろされない。
子鬼達は明らかに震える私を見て楽しんでいた。
だがそんな時間は永遠ではない。
遂にその時はきた。
額に向けられていた剣は次第に額から離れていく。
その行為は私を逃がすための物ではない。
突きつけた状態では斬りにくいから離れていくだけだ。
ほんの一秒にも満たないその一瞬が物凄く長く感じられる。
自分の死へのカウントダウンが刻まれているようにコマ送りで動いているように見える。
剣を持った子鬼は醜い笑いを上げながら遂に私へと剣が振り下ろした。
(あぁ……私は死んだんだ)
私はもう恐怖で現実を直視する事ができずに目を瞑った。
そしてグチャッと言う生々しい音と共に身体に今まで感じた事もない程の痛みが走り抜けあまりの痛みに閉じていた瞳が開いた。
叫び声が上がる。
そう絶叫したのだ
叫ぼうと思って出た声ではなく反射的に出た悲鳴。
その叫びが自分の物だと気づいたのは痛みを発する箇所を腕で押さえた後であった。
開かれた瞳に映ったのは大量に流れ出す血液と…今まで床にくっついていたはずの上腕から離れて転がっている腕であった。
―――死んでいない。
いやわざと生かされた。
殺せるのに自分達が楽しむためにっ!!?
痛くて腕で押さえた箇所は上腕骨の頚部から下が腕は無くなっている。
意識してしまうと余計に痛みが強くなったと感じてしまい、私は耐えきれずにその場でのたうち回り少しでも痛みを和らげようとする。
しかし痛みが和らぐ事はなく逆に更なる痛みが身体を襲った。
切り落とされた腕の方は剣を振った子鬼とは別の個体が嬉しそうな声で掲げて他の子鬼と燥いでいる。私の周りにいた子鬼の何匹化はそちらに意識がいって次第に私の腕の奪い合いを始めた。
そして最後に奪い合いに勝った子鬼が私の腕を捕食し始めた。
―――私の腕が食われている!?
私が死んだら私の体全部子鬼に食われる……。
そうしたら亡骸すら発見されず誰にも知られずに終わってしまうの。
泣き叫び無駄と分かっていても本能的に逃げるように身体を這わせる。
もう考えなどない。
ただ現実から逃げたかった。
グシャリと今度は何かが潰れた音が響いた。
さっきまでの痛みとはまた別の種類の激痛が身体を襲う。
私の傍らには子鬼がゲラゲラと笑い武器である棍棒を担いでいた。
身体を起こして確認しようにも身体が後ろに向けられない。
でも確認する事ができないが状況は容易に想像できる。
たぶん今度は足を棍棒で潰されたのだろう。
神経がやられたからか痛みは腕程無いが身体が寒くなったように感じる。
脚がやられてもう転げ回る事すらできず体の感覚は痛みを通り越して次第に薄れていく。
だがそれでは終わらない。
再三に渡り棍棒が私を襲った、
再び言葉にできない程の痛みが襲う。
もう意識が壊れそうだ。
先輩から死ぬ間際には走馬灯を見るというがあれは嘘だった。
こんなに痛いのに、こんなに体が壊されているのに、こんなに血を流しているのに、……………私は意識を失う事も死ぬ事もなくはっきりと現実に直視してこの永遠にも思える苦痛を与えられているのだから。
現実とも思えない現実の痛み。
私の心は急激に疲弊し限界を超えて無残に砕け散った。
早くこの苦しみから解放させて……。
もう意識はそれだけを切に願った。
そこには既に生への執着も見られない。
もうあと一発何かされれば死ねるだろう。
しかしそれからは攻撃は一向にやってこない。
子鬼達は私が苦しむ様を見るのが楽しいのか周囲を囲んで手を叩いて笑っている。
まるで子鬼の玩具の様だ。
自分の命を遊ばれている。
もう何もできない身体はそれでも屈辱から最後の涙を流した。
そして次第に全身に寒さが伝わっていく。
血を流し過ぎたからだろう。
冷たさが強くなるにつれて身体にもう何も感じなくなった。
子鬼の声も聞こえなくなっていき、視界がぼやけてきた。
もう何も感じられない。
………私はようやく意識を手放した。
◆
今日、僕は起床の時間を大幅にオーバーして寝坊した。
夜更かししたとか二度寝したわけでもなくいつも通りメイドが朝食の仕度ができた、と伝えに来たのだが魘されながら眠っていたそうだ。
メイドが擦ったり声を掛けたりして起こそうとしたが起きる気配はなく、苦しむような声を発し続けるだけであったらしい。
そして皆の心配の元、目を覚ました僕は寝ていたはずなのに激しい疼痛と疲労感に襲われ、朝食は喉を通らず、体調は目に見えて悪かった。
その為すぐに王家専属の医師が呼ばれ診察を受けたが異常なしで原因はただの疲労だと言い渡された。
明日は茶会がある。
体調不良で休むわけにはいかないとお父様とシルバの言いつけで今日は鍛錬と教養を休みにして身体を万全にする事となった。
もう完全に病人扱いだ。
起きた後も部屋で大人しく横になっているのが続いた。
昨日までの行動に特に疲労するような事はないのにも拘らず、ここまで疲労感が出た原因は分からず周囲は兎に角安静にさせようという考えの様だ。
用事がない時以外は部屋には誰も訪れてこない。
騒ぎも終わり何もすることがなくなったウィレムは夢についてを思い出した。
内容はこの前見た夢の続きのようだった。
前は視点となる少女がゴブリンに捕まるまでで今回は命を失った瞬間までを見せられた。
それも前と同じで感覚がやけにリアルで少女の恐怖や痛み、思いなどが伝わって来た。
起きた時、僕は右腕や両足の感覚が無くなったかのように錯覚を起こす程夢の影響を受けていたのだ。 消失した感覚はすぐに元の感覚に戻ったが気分はとても気持ち悪いものだった。
他の人にこの事を言った所で信じてもらえないだろう。
頭が可笑しくなったと騒がれるだけだ。
だが今回の夢で本格的にただの偶然に見た物だと思うことはできなかった。
誕生日の日から現れたこの夢が異能の力と関係あるのではと考えてしまう。
自分の事ならまだしも他人の夢を見せられるなんて能力があるのかと疑問に思うが否定材料もない。
だからまずは本当に現実で起こっているのか確認する必要がある。
頭の中に街であった瓜二つの少年達の姿が過る。
もし本当に現実に起きているとしたらあの少年達は街にはいない。
一昨日にあったばかりの少年達がそんなすぐ死ぬは思わない。
だがらこれはただの気のせいだとそう切に願った。
だが街を出るまでもなく夢が現実だと知る事となる。
確信を得るのは早かった。
ある程度気分も落ち着いてきたのを見計らってシルバが先日頼んだ物についての調査結果が纏まったと言うので聞くことにした。
頼んでいた内容は”あの街でぶつかった少年の冒険者と周囲の者達について”。
今欲しい情報だ。
頼んだ当初シルバは僕が仕返しでもしようとか考えているのではと思ってか渋っていたが無理矢理命令して頼んだので調査が終了した事を報告する必要はあると思ったのだろう。
終わった事だけ伝えて報告は後日に改めてにします、と言われたがそれを断ってすぐに結果を聞くことにした。
少年の素性は別に珍しくもない平民の出の息子で予想通り冒険者に登録したてのGランクの新米であった。
同時期に登録をした幼馴染の男二人と女二人の計五人のパーティーリーダーとして登録されており、今まで城下の雑用依頼をこなしていたようだが数日前より初心者向けの魔物の生息地で討伐を始めている。
武器はリーダーが大剣、他の男二人も前衛で女が後衛を務め、新米にしてはバランスの取れたパーティーメンバーだったと先輩冒険者からは評価されていたそうだ。
ここまでの話だけであの夢とあの街であった少年との接点が多すぎるほど出てきた。
恐ろしい程に情報が合致し過ぎている。
次第に聞くのが怖くなっていく。
そして最後にシルバはこう言って報告を終わらせた。
「しかしその者達は昨日の午前に街から出たっきりいつも帰ってくると言う時間帯になっても帰っておらず行方不明の為各個人の詳細は分かりませんでした」
シルバはこの事について僕が質問する前に部屋から出て行ってしまった。
――――行方不明になった?
シルバは死亡したとは言わず行方不明と言った。
しかし初心者の冒険者の狩場は安全、簡単、そして近いだ。
遠征や遠乗りをしている様な冒険者と違い行方不明になるような事と言ったら何かあったとしか考えられない。
そしてその何かとは……すなわち、
「おえぇ…」
僕はそう結論付けた瞬間その場で猛烈な吐き気に襲われトイレに駆け込んだ。
胃の中の物を全部吐き出し、それでも気持ち悪くて嗚咽を漏らす。
脳内には少女の最後がフラッシュバックしていた。
―――薄々気づいていた。
―――――気づいていて確信が欲しくて調べさせた。
――――――その結果……少女はあの夢の光景そのままの現実を受け死に絶えた。
この世界ではよくある現実。
魔物と戦うのに冒険者が死なないようなゲームの世界ではないのだ。
当然冒険者が返り討ちに合って死ぬ事もある。
―――頭では理解していた。
しかし前世の危険が少ない世界の常識がそんな簡単に人は死なないと楽観視させていた。
良くも悪くも僕の周りには死がなかったから本当に夢の痛みを味わう者がいるのか疑ったのだ。
――――1人になりたい
部屋に閉じこもるように布団を体に巻いて蹲る。
しかし朝の事で心配してか扉の向こうに大量の兵士が配置されているのを感じられた。
嫌という訳ではない。
寧ろ心配してくれている事はとても嬉しく思う。
でも今はそういった行為は受けたくなかった。
ここには居たくないと僕は昼食を取らずに秘密の抜け道を使って城から逃げ出した。
向かったのはよく行く見晴らしのいい丘だ。
そこまで広くないが見下ろせば街が一望でき、少し高い場所にある為か人気が少ない場所だ。
草がいいクッションになっていて斜面から流れてくる風がとても気持ちがいいのでいつもは昼寝スポットとして使っていた。
―――ここなら一人になれる。
そう思ってきたのだがこの日に限って先客がいた。
丘の斜面に景色を見る訳でもなく風を楽しむわけでもなく、ただ体育座りで顔を埋めている姿勢で自分の世界に入り込んでいる。
僕が近づいているのにまったく反応がない。
ある程度近づいて行くとその先客の肩が震えているのが見えた。
見ただけでは笑っているように見えただろう。
だがウィレムはそれを見て笑っているのではなく泣いているのだと判断した。
先客の方もようやくこちらに気づいたようで顔を上げてこちらを見た。
それによって僕はその先客が誰だか分かった。
「私に何か用ですか」
突き放つような攻撃的な声色。
一人にさせて欲しいというのがありありと伝わってくる。
その声に僕は心臓が握られたように苦しくなった。
こちらを見るその顔はまだ幼く子供っぽさが残っており、オレンジ色の髪を後ろでツインテールに結んでいるのがとても似合った少女。
知り合いではなく僕だけが一方的に知っているその相手は……夢のパーティーメンバーのもう一人の少女であった。
そんな少女の瞳は赤くなって目の下にはくまができている。
言葉とは裏腹に表情はとても弱々しかった。
僕は彼女の今の心境を理解した。
ならここに居て心を癒すのは彼女の方がふさわしい。
なぜなら彼女は当事者なのだから。
僕はすぐにそこから立ち去る事を選んだ。
「なにもないよ。すぐに帰るから」
ウィレムは来た道を戻ろうと身体を反転させようとした。
しかし身体は反転する前に身体が止まった―――否何かに引っ張られた。
振り返ると僕の腕が少女によって掴まれている。
離してもらおうと振り返ったが少女の方が先に言葉を発した。
先程の突き放すような声音ではなく表情にあった弱々しい声音で、
「貴方も何か失ったの?」
それは確信を持ったような疑問の言葉だった。
どうやら僕は表情が平然とした表情になっていなかったらしい。
こんな一瞬で気づかれるなんてそんなに酷い顔をしているのだろうか。
ポーカーフェイスはそれなりに得意だったと思っていたのになぁ……。
少女は立ち上がり僕の顔を覗き見る。
僕はそれをなすがままに受け入れた。
涙の痕に残る赤くなった瞳が僕の瞳を移している。
「…………私は今日大事な人達を失くしたの」
覗き込んだ視線と合うと少女はそう切り出した。
自分に何が起こった冒険談。
その失った者が何なのか僕は知っている。
そして君の友達がどうなったかも。
それでも僕は少女の話を黙って聞いた。
捕まれた手は自然に離れ、二人は座ることなくその場で立ちながら話し続けた。
「それでジョイ君が死んで……シリカとも…逸れちゃって」
少女の話で初めて知ったパーティーメンバーの名前。
夢の中の登場人物に名前がないのは当たり前とスルーしていたから気にもしなかった。
それから夢では分からない彼らの内面を一人一人話してくれた。
シリカはリーダーのシナルバの事が好きみたいで応援してたとか、シナルバは高位冒険者に俺はなると息巻いてたとか。
どうでもいい事もあったがそれも話す少女の仲間がどれだけ大切だったのかが伝わってくる。
話が進むにつれて僕はその場で崩れた。
たぶん夢の出来事を周りに言ってもただの偶然で僕には何も責任がないと言われるだろう。
もし異能だったとしても初めてなのだから仕方がないと言われるだろう。
そもそも夢を見るまで赤の他人で夢が現実に起こるなんて思ってもみない事だ。
だから僕は悪くない。
……でもだから何も思わずに普通に居る事は僕にはできなかった。
僕は彼らを出来事が起こる前に会ってしまっていて行動を起こすチャンスがあったのに何もしないでいた。
もしシルバに頼んだ内容が”彼らの素性を調べて”ではなく”彼らの動向を調べる”にしておけばもしかしたら彼らは助かったかもしれないのだ。
僕は罪悪感で下を向き蹲った。
本当なら僕より彼女の方が重症で励ます側のはずなのにそれもしないまま自分の罪悪感を優先する。
自分の事しか考えられない自分が不甲斐なく、意気地なしだと思うのに僕は自分の悲しみを抑える事ができなかった。
そっとそんな蹲る僕の体が抱きしめられた。
体温を感じる。
匂いがする。
息遣いを感じる。
顔が相手の胸元にあるのか心臓の動悸まで伝わってくる。
何秒間そうしていたのだろう。
人の温もりを感じたおかげかさっきまであった身体が縛られる様な感覚が薄れたような気がする。
そして自然と顔が上がった。
上げた先には抱きしめた少女の顔があった。
「もう平気?」
少女の瞳からはまた涙が流れていた。
なのに僕を優しく包み込むように優しく微笑んだ。
その笑顔はとても笑っているように見えなかったが沈んだ感情が少しだけ救い上げられたように感じた。
「ありがとう。それからごめん。僕より君のが悲しい筈なのに慰めて貰って」
「ううん。私の方こそつらい話を聞かせちゃったね。ごめんなさい」
お互いに身体を自然と離す。
「私はリアよ」
「僕はウィレムです」
まだ二人の顔は普段とはかけ離れたものだったがお互いに笑い合うのだった。
◆
それからしばらく僕らは二人で街を眺めるように丘に座り話をしていた。
「それじゃあオークはCランクの冒険者へと依頼されたんですね」
「うん。あと本来あそこではオークが出る事がないから森に何かあったのでは、って高位冒険者による調査もされるんだって」
話しているうちに大分暗い気持ちが心の奥に隠れていき、僕はリアから今回の事でギルドがどのような対応をするのかを聞いた。
今回オークが出た場所は交易に使う街道に近い。
被害が出る前にすぐに討伐隊を出そうとCランクのベテラン冒険者が向かう事になったらしい。
これで他の新人が同じ目に遭う事はなくなるだろう。
魔物の討伐は本職に任せるべきもので自分が関わる物ではない。
リアについてもいろいろ分かった。
彼女はこの街の出身で親は両方冒険者をしていたが、その親は物心ついてすぐに今回と同じで魔物との戦闘で亡くなったそうで今は宿を経営している叔父の家に居候させてもらっているそうだ。
しかし叔父の家も裕福とはいえず跡取りの息子がいるので叔父の妻からは冷遇され始めていた。
だから今年ジョイが友達二人と冒険者になると言う話をシリカが持ってきたのがきっかけで10歳までにお金を貯めて叔父の家から出て一人で暮らそうと思って冒険者になったそうだ。
その結果がこれじゃあどうしようもないけどね、と最後にはカラ笑いになりながら語ってくれた。
その世界では孤児の数も少なくない。
まだ叔父の家とは住む家があるのはまだマシだと言ってしまえるが、いざそういった者を直面すると同情心が湧いてくるのはしょうがないと思う。
「ウィレム様、探しましたよ」
「「!?」」
突然後ろからの声に二人して身体が震えた。
後ろを見るとシルバが僕らを見下ろすような形で佇んでおり太陽が影を作り、シルバの顔の渋さと相まってかなりの恐怖が沸き上がる姿であった。
案の定、慣れている僕はともかく隣のリアは顔を強張らせ張り付いた笑みになって足が震えてしまっている。
僕はそんな彼女を安心させるべく一歩前に出て返事をした。
「よくここが分かったね」
「ウィレム様の朝の雰囲気から街に出ることは考えられませんでしたから。そうなると行く場所はある程度予想が立ちます。
それでも何か所も回れば自然と見つかりますよ。少々時間は掛かりましたが」
どうやらシルバには僕の行動範囲を把握されているようだ。
今度から別の一人に慣れる場所でも探そう。
「まぁ、大分顔色も良くなったようで何よりです。…して後ろの者は?」
「偶然ここで合った者でリアと言う。僕の悩みを解決してくれた恩人だ」
「……ほぉ、恩人でございますか」
「……シルバ。なんだその目は」
恩人と言う言葉を言った瞬間にシルバの表情はそのままだがこちらに向けた視線の色が何となく変わったように感じる。
興味と驚きと好奇心。
たぶんそんな感じの感情。
ただ確実に言えることは一つ。
確実にシルバは僕を見て面白がっているという事だ。
「いえいえ、ウィレム様の恩人ともなれば家に招待なさってはと思っただけでございますよ」
もう一人になりたいとか何とか言っていられない。
何とかシルバとここを離れるべきっ。
そう結論付けたが一歩遅く、シルバに先を越されてしまった。
これで僕の口からもう帰るよと言う流れには持っていけなくなった。
僅かだがシルバの口元が上がったのは目の錯覚ではないだろう。
後ろにいるリアが僕の袖を引っ張る。
「ウィレム君って貴族の子なの?」
この世界では平民と貴族との差は激しい。
街で平民が貴族に無礼を働いたとして罰せられることもある世の中だ。
リアのさっきまでの言動に問題がなかったとしても何がきっかけで罰せられるか分からないと少なからず貴族を自分達とは違う世界の住民と捉えているのがこの世界の平民の貴族に対する認識だ。
ではそれが更に上の王族ともなればどうなるか。
答えはすぐに目の前で起こった。
「いえ、ウィレム様は王族の第7王子でございます」
「お、おう・・・じさま?」
「はい」
リアは脇目も振らずに平伏し出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい。王子様なんて知らなくって私失礼な事ばかり」
「ちょっとリア落ち着いて。失礼な事なんてしてないしむしろ助かったから」
「でもでも、嫌な話聞かせたりとか、抱き付いたりとかしちゃったじゃないですか!」
「リアさんほんと落ち着いて。それからシルバ!もう我慢できずに笑いが漏れてるからね。後で覚えてなよ」
僕はもうなんか訳も分からなくなっているリアを落ち着いてもらおうとあたふたしながらこうなることをわかっててやったシルバを睨み付けた。
しかしその視線は華麗にスルーされる。
それからリアが落ち着かせるのに大分時間を取った。
「リアもう一回深呼吸」
「すーはーすーはー」
「もう大丈夫だね?」
「はい」
大丈夫そうなのを確認し改めて僕の素性を話す。
今度はさっきの様な取り乱したりはなく普通に聞いてくれた。
「本当に王子様なんですね」
「隠していた訳じゃないけど驚かせてごめんね」
「それでウィレム様。さっきも言いましたがこの者を家に招待されませんかな?」
まだいうかこいつっ!
「その家ってもしかしてあのお城の事ですか?」
この丘からは城も見える。
リアは城を指しながら確認を求めた。
「はい、そうですよ。ウィレム様は友人らしい友人を持たれ無い方ですから多分連れて行けば皆から歓迎される事でしょう」
「いえ、私なんかが恐れ多いです」
「そうですか?ウィレム様の恩人に対して手厚く歓迎するのですが」
「シルバ、無理強いは良くない。またの機会があれば僕が招待する。今は城の者も心配しているだろう。もう城へと戻ろう」
「そうですな。ではまたの機会にしましょう」
なんか含みのある言い方だったがまぁいい。
これ以上ここに居てシルバのおもちゃになるのは御免なので僕はリアに「またね」と言って丘から後にした。
裏設定5
魔物とは別に動物は存在します。
ギルドの依頼に飲食店関係から捕獲依頼が来たり、ゾウやサイの様な大型は力もあるので討伐依頼も掲示される。ただし草食動物が大半なので町や村に被害が出たりしなければ討伐はされないので討伐依頼は稀です。