5.フランク家からの招待
翌日
この日は午前中鍛錬、午後に勉学と分かれているので昨日の様に外に出るような事はなく鍛錬の時間以外は部屋で過ごしていた。
椅子に座って眺めているのは昨日書庫に行って探そうと思っていた魔物図鑑。
シルバが朝部屋へ訪れる時に一緒に持ってきてくれた物で分厚いがそのほとんどが模写した絵が大部分を占めていて説明文は少ない。
子供向けの図鑑って感じだ。
知識が乏しい僕にはちょうどいいレベルではあるので文句なく淡々と読み進めていく。
この世界の魔物の特徴は体内にある魔石と呼ばれる物が存在する事である。
魔石と言うのは”魔物から獲れる石”と言う略で別に魔力を帯びている訳ではなく、高密度で魔物の成分物質が固まったものとも言われている。
この成分はエネルギーとして有能で昨日見に行った魔道具を動かす原料になっている。
魔石の大きさはその魔物の強さと比例し大きい程純度が高い。
また魔石は基本の白や灰色といったものだが稀に火を扱う魔物から赤色、雷を扱う魔物からは黄色の魔石などの属性魔石も発見されている。
そういった魔石は白や灰色の魔石と比べ色にあった魔道具には高出力を出すがそれ以外では極端に性能が落ちる。
少々魔石の説明のが長くなったがつまり体内にこの魔石を生成する生物を総じて魔物と呼んでいる。
魔物の種類は多くこの世界の生物の大半は魔物と言われている程である。
魔物図鑑に載っているのは全体のほんの一部。
強い魔物と言うのは総じて縄張り意識が強く侵入した者は襲い掛かって来る。
しかし何もしなければ縄張りから出てくることがないのでそう言った強い魔物がいる場所は未開拓領域として調査がされてなく未だ未確認の魔物も少なくない。
だが今回僕が見たい魔物は人間が認識する魔物の中でも代表格なので普通に魔物図鑑に載っていた。
見たい魔物と言うのは子鬼に狼、そしてオークである。
三種類とも図鑑の最初に載っていて探す手間は無かった。
まず子鬼はどの地域でも確認されている繁殖性の高い魔物で1匹見つければ30匹はいると言われるゴキブリの様な存在である。
夢で見たように棍棒や人間が扱うような武器を使用する魔物であるが頭は良くなく、力も体格も弱いことから魔物最弱の危険度Gに位置付けられている。
危険度Gとは武器が使える様になれば簡単に殺せるようになるレベルの魔物だ。
その弱さを証明する様に子鬼の魔石はあまりにも小さい。
その大きさは大きくて小指程で最悪見つからない場合もあり身体のどこにあるのかも確定してない事から冒険者ギルドでは子鬼の魔石の回収は厳守されていない。
上位種としてホブゴブリンやゴブリンキングなどがいる。
続いて狼は主に草原や森と言った森林豊かな場所に多く生息し種類が多く夢で見た狼は弱かったが図鑑では強い種族も載っておりAランクの魔物以上も確認されているので一重に強いとも弱いとも言えない魔物だ。
他の魔物と大きく違う点としては自分より強い存在について行く習性があり人間でも躾ければ飼う事もできるとされている。
最後にオーク。
危険度Dの中型に分類する魔物で力強く分厚い脂肪で皮膚は断ち難く、食欲旺盛で襲い掛かってくることがある。
食物を扱う商人には迷惑極まりない魔物で人里近くで目撃された場合すぐに冒険者の討伐対象とされる。
こちらも上位種にオークジェネラルやオークキングといった魔物がいるそうだ。
それからこれは補足だがそれぞれの書かれた模写は夢で見ていた通りの姿であった。
狼はともかく子鬼やオークは元の世界では空想の産物。その姿を見た事がないにも拘らずその姿が一致したことにあの夢がただの偶然である気が薄らいでいく。
「ウィレム様よろしいでしょうか」
本に熱中していると少々でかい声で声を掛けられた。
慌てて本を閉じそちらを見るとシルバが入り口の前で佇んでいた。
「勝手に入ってしまって失礼します。ノックをしましたが気づかなかったようでしたので」
「考え事をしてたから聞こえなかったのかな?それで要件は何、まだサランダ先生が来るには早いよね?」
サランダ先生が来るのは夕方だったはずである。
「はい。国王様がお呼びです」
「お父様が?分かった、場所はどこ?」
相手の名前を聞いてこちらが向かわないといけないと席を立つ。
部屋を出るとシルバを後ろにつけてやや速足でお父様の待つと言う部屋へと向かっていく。
お父様がいたのはエリック兄さんと一緒にお父様と会っていた部屋であった。
扉の前で一旦立ち止まりノックをして名を名乗ると中から通せ、と言う声が聞こえる。
一拍空けて扉を開くとシルバと共に中へと入った。
お父様の席の向かいに座りシルバは後ろに控えた形で立っている。
「よく来たなウィレム」
「お呼びとあればいつでも参る所存です」
いつも通りに気軽な挨拶をするお父様に僕は部下のするような礼儀作法に則った挨拶で返す。
普段とは違った受け答えにお父様は少し驚いた反応をした。
「ほう、そんな挨拶をできるようになったんだな」
「嫌でしたでしょうか?」
「そうだな。そういった言葉遣いは公務で嫌という程聞いているからお前達との会話は普通に話したいものだ」
「お父様。それでお話はなんです」
最初にお父様が話し出したのはパーティーで倒れた後の心配であった。
しかしこれが本題という事はないだろう。
お父様はよく二人で話し合う時は本題の前に世間話をして会話を楽しむ癖の様なものがある。
それにこんなことで態々呼び出すようなこともしない。
最初にいつもと違う挨拶をして緊張感を払拭しようとしたのも場の雰囲気が張り詰めていたように感じたからだ。
早く本題に入ってくれないかな、と思いつつお父様の世間話に付き合っていく。
「ところでウィレムよ。お前昨日は随分とやらかした様ではないか」
「昨日何かした覚えはないですが?」
「ふむ、気づいておらんか。昨日いきなり国の歴史について学びたいと言ったと思ったら鍛錬では内容の変更を求め、夕食を取った後も書庫で勉学に励もうとする。それも貴族について。皆からウィレム様が変でございます、と言う報告が上がってきておる」
言われて今までの行動と昨日の行動を比較した。
記憶が戻る前のウィレムは剣術大好きで鍛錬に不満がなく逆に勉強は終わればすぐに終了して遊びに行くような感じだった。
それに僕と言えば貴族に疎いは周りに知れ渡っている一般認識だ。今まで何度ももう少し知る様にしなさい、と言われても直さなかった事を急に変えたのだ。
自分のことながら確かに可笑しいように思える。
「理解はできたようだな。それで何があったんだ?いや何かを得たのか?」
お父様の言う得たとは異能の力の事だろう。
正直前世の記憶については話すか話さないか迷っている。
魔石を使わずに今より発展した技術は世界全体を革命すると同時に混乱させる。
自分がそういった技術について知っている事を周りに知られたくはない。少なくとも自分の身を守れるだけの準備を整えるまでは絶対に。
それにあの夢……。
「いえ、目に見えて変化と言う物はありません。ただあの倒れた後から価値観が少々変わった気もします」
「価値観か…。まぁ良い、この話はそういう事で納得しよう」
「ありがとうございます」
僕はお父様に何も話そうとはせずに濁すような言葉で返答した。
言った後もう少し言い方があっただろと思ったがお父様はこれ以上追及してくる事はなく頷いただけで話を終了してくれた。
「それからこれはフランク家の資料だ。
昨日書庫で調べようとしたようだが書庫にあるのは他家の歴史だけで現在の情勢や立場などは置いておらん。その家の内情と言うのは知られれば敵に家を潰されたり乗っ取られたりすることも可能もある重要な物で王家への報告だって各家事の公開されても問題ないと思った範囲内のみなんだ。
そう簡単に知る事ができると思わんことだ」
「それじゃあこれは」
「それは昨日セバスからお前が初めて貴族について調べようとしたを聞いて私なりにフランク家をまとめた物だ。
勿論その中にある内容は私がお前に伝えてもいい内容しか入っていないし情勢が変わっている可能性もある。今回は時間もないのと誕生日なのに無理をさせた代わりのプレゼントだ。
今度からは自分で上手く考えていきなさい」
お父様は言うだけ言って資料を俺に渡すと席を立って部屋を後にした。
手元に残った資料に目を向ける。
資料の量はそこまで多くない。10枚未満に絵が大半を占めている。
しかしこれだけの情報を自分の力だけで集めるとなるとどれだけ時間が掛かったかをお父様に言われて改めて思い知らされた。
今回は有り難く使わせてもらおう。
資料を読むのは自室でゆっくりしようと資料を視線から外し、後ろに控えたままのセバスの方を向く。
「セバス」
「はい」
「ありがとな」
「……もったいなく」
セバスは僕が感謝の言葉を伝えると思わなかったのか珍しく一拍、間が空いてから返事と同時に部屋の扉を開ける様に動き出した。
それから僕は何も言わずに自室へと戻ると呼ばれる前と同じように椅子に座った。
それからお父様からもらった資料を開いて目を通していく。
まずフランク家は武家の一家ではあるが侯爵ではなく公爵家であるという大前提から間違っていた。
―――僕の情報の無さは今更だからもう諦めて欲しい。
続いて、
フランク家は代々国の司令官や武将を多く輩出しフランク家本家の現当主はお父様の近衛隊の隊長の座についている。
今のそのフランク家の当主には娘が二人いるだけで息子は生まれていない。
今回の茶会はその二人の愛娘である長女が主催。
簡単に考えれば継承権の低い僕の許嫁候補としてお父様とフランク家当主が仕込んだものと思っていいだろう。
本気で許嫁にするなら既に話は来ているだろうからまだ決定はしていなくて顔合わせという意味合いが強いと言った所だろうが。
フランク家の家系図を見ながら僕は今回の茶会が断れない理由はなんなのか考えを強めながら次のページを捲る。
次のページからはフランク家の領土、国益、役割と言った物を簡単に絵と説明で書かれた物が続いている。
領土はここより西の海岸に面した領土を主としていてそちらは当主が王都にいる間分家の弟が切り盛りしているらしい。
海に面している事から魚類の輸出で稼げている様で金銭面では割と裕福なようだが近隣の森林地帯には王都周辺とはレベルが違う魔物が数多く生息し作物類では毎年被害が出てしまっているようであった。
その為フランク家は大量の兵士を雇い魔物から民を守っていく事を仕事としているのが強いようだ。
国としての発言力は公爵という地位に兵は屈強、当主も近衛の隊長を務める実力者、とくれば当然強いのは言うまでもない。
だがフランク家は現在どこの派閥にも属さず中立の立場にいるらしい。
最後にこれはお父様の主観であるみたいだが当主の性格と好き嫌いについてが書かれていた。
書いてあったのはこんなところだ。
今語った事の詳細はなくそれは自分で調べていけという事だろう。
資料を自分的にまとめた所で今度はサランダ先生がやって来たとシルバから報告を受ける。
もうそんな時間か、と思いながら魔物図鑑と一緒に机の引き出しにしまって椅子から立ち上がった。