4.変わり過ぎです
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
僕は飛び上がったようにベッドの上で目を覚ました。
額には汗が流れ、息遣いが荒くなる。
辺りを見回すとそこは昨日の寝た時と変わらないのを確認すると安心から一際大きな溜息が零れた。
「夢、だったのか……?」
額を手で押さえ今見た夢を思い出す。
5人の冒険者が依頼中に魔物に襲われたのをパーティーメンバーの一人である女の子視点で(たぶん)亡くなる直前まで見たのだろう。
ウィレムは夢に出た5人も心当たりはない。
そもそも前世のゲームなんかの冒険者は兎も角この国の冒険者については全く知らない。
冒険者がいるのは知っているが有名な冒険者と言われてもお伽話の英雄以外名前が出てこない程だ。
王城での生活と違い過ぎて現実味が無い感じだ。
しかし話はやたらとリアルで夢なのに現実感があった。
普段見る夢と比べるとなんとも言えない妙な感覚で本当に夢なのか疑いたくなる気分になる。
「まったくなんて夢を見るんだ僕は、前世の記憶が蘇ったからっていきなりこんな夢を見るなんて」
しかし幾らおかしな夢でも夢は夢。前世の記憶が蘇ったせいだと理由を付けて自分を納得させた。
頭を掻き毟りたくなるが時間がもう起床の時間になりかけているようだったので取りあえず顔を洗う為にベッドから体を起こした。
「城下に下りたい供をしろ」
「了解しました」
それから着替えた後、朝食を取り午後の習い事までの自由時間になると僕はシルバに街を見たいと頼み込むと二つ返事で了承された。
「いつもの事だけど王族ってそんな滅多に城下に行くものじゃないんじゃないの?」
「はい、ウィレム様の言う通りでございます」
「それにしては止めないんだね」
「いえ、止める時は止めますよ?今日はまだ王子としての仕事がないので嵐に巻き込まれる前の平穏な一時を邪魔しない様にと思っただけです」
僕の記憶が正しければ大事な話があるっていうお父様の申し出から逃げた時も見つけたのに見逃していたはずだが……まぁ行動を制限されないんだからいいんだけど。
それよりも、
「もう仕事来てるの!?」
「今のところ明々後日にお茶会の出席が来ていますね。参加自由なものです」
「誰から?」
「フランク家の長女が主催者となっております」
フランク家?…確か侯爵の武家の一家だったよな?
…………駄目だ。それだけしか思い出せないしそれすら怪しい。
後で調べてみるか?でも長女主催か…。
「シルバ、茶会は、」
「参加自由ですが国王様から必ず出席させろと承っています」
「…………それはもう強制だろ」
茶会については後に考えよう。
とにかく今は城下の散策だ。
特に今は前世の記憶が戻って近代社会を思い出した所為かこの世界の技術っていうのが気になる。
ここは首都アファネだ。
ここにある技術がこの国の最先端といってもいい。
いい判断材料になるはずだ。
それに嫌な夢だったが今朝の夢で少し冒険者に興味が湧いたので登録は無理なまでも覗いてはみたいと思っている。
「それじゃあ城下に出るよ」
「畏まりました」
◆
城下の街に下りると様々な色の屋根とレンガ造りの街並みが広がる。
高層ビルの様な高い家はなく高くとも2階に3階部分が小さな物置になっている家ぐらいだ。
改めてここが前世とは違う世界なのだと実感する。
自分で言うのもなんだが城を何度も抜け出しているがその時は高台とか広場とか落ち着けつ場所が多い住宅街の区画にしか行っていない。お店などはお父様が何か買ってくれると連れて行ってくれる時しか行かず、それも馬車で店に直行なので真面に商店街を歩いて行くのはこれが初めてだった。
本当に何も知らないな僕……。
まずは商店街全体を見て廻った。
この世界に車や電車、飛行機なんて物は無く、品物は馬車で搬送している。
アファネの農業は街全体の9分の1にも満たない。
だから食料を街だけで補うことは出来ないはずだ。
商店街の品数を見ればどれだけ他の街との貿易が行われているか自然と予想がつくはずだ。
流石に首都で食料が足りないって事はないだろう。
パンがなければケーキを食べればレベルではないよな……。
心配は杞憂に終わり商店街は予想以上に活気に包まれていた。
祭りの露店のような店が多かったが各店ごと品数は違っていて、品物の中には海から離れているにも拘らず魚介類(基本干物とかだが)を売っている店も少なからず発見できた。
飲食店では香ばしい匂いが立ち込めていて客の数も道を塞ぐほど溢れかえっている。
なかなかの活気だ。
街を歩く民衆の顔も明るく笑いがある。
少なくともお父様が悪政を民に敷いているという事はないだろう。
搬入もしっかりしているようだし食料の方は問題ないと判断して次は金物店が密集している場所へと訪れた。
最初に訪れたのは武器屋。
鍛錬では用意された刃を潰した物しか扱っていないので実戦の為の武器をこうして見に来たことは今までもあったが憧れ的な感じで見ていたので武器その物の技術力を改めてみると違った見方が見えてくる。
前まではデカい大剣や輝かしい鎧なんかが好きだったが今見ているのは遠距離用の武器に分類するロングボウガンやクロスボウガンの棚の前で立ち尽くしていた。
見た目は拳銃の銃口部分が弓になった物で基本的には片手でも扱えるサイズの物が一般的なようだが中にはライフル並みの大きさの物も展示されている。
形も様々で種類が豊富だ。
しかし他の武器と比べてやや値段が高い。
弓同様、矢の補充もしないといけないとあまり使う者はいないと思える。
城の兵士も使っているところを見た事がないしな。
後、目を引いたのは一本の槍だ。
通常の槍よりも長くそれでいて無駄がなく一目で業物だと分かる程惹きつけられる物であった。
こちらはボウガンより更にとんでもない値段をしていたがそれだけの価値があるように見える。
無理をすれば何とか手に入るだろうが自分では宝の持ち腐れになるだけだろうと見るだけで諦めて店を出ることにした。
次に入ったのは魔道具店だ。
ここは魔物から獲れる魔石を原料にした道具を主としている店である。
日用品から戦闘用に作られた道具がありこの世界には無くてはならない物となっている。
ただ暖房器具や照明器具など高い魔法具は城で使っている物ばかりなため今更驚くような物は特に無かった。
それから魔石を使わない道具は前世と比べてかなり劣っているな。
…………王城での食事で予想はしていたがやっぱり箸は見つからなかった。
「今日はいつもと違う物を見ておられましたな」
「いつもいつも剣ばかり見ているから他の武器にも興味が出たんだよ。そんなに珍しかった?」
「いえいえ、ですが何か物を見る目が変わったように思えたものですから」
相変わらずこの男は凄い観察眼だな。
僕の行動は殆ど変わらなかったはずなのに違和感を感じるなんて。
「それで後はどこを回られるので」
「あと冒険者の集まるギルドってところを見てみたいんだけど」
「ギルド……ですか。……それは依頼としてですか?それとも登録でしょうか?」
「いやただの見学だって」
冒険者ギルドに行きたいと伝えるとさっきまでの余裕のある顔から少し考え込む顔に変わり、こちらの目を見て問い返してきた。
いつもなら二つ返事で了承してくれるので少し予想外だった。
何かまずいのか?と思いながら答えた。
シルバは僕の答えを聞くと再び少し考え込む仕草をした後口を開いた。
「今日は止めた方がいいですね。全員とは言いませんが冒険者は荒くれ者や礼儀知らずの集まりが多い場。そのような場所に私一人しかついていないウィレム様を連れて行くわけにはいきません」
「どうしても駄目か?」
「こればかりは」
シルバにはシルバの仕事がある。ここで僕が駄々を捏ねてシルバを困らせる訳にもいかないので今日の所は折れることにした。
まだ機会はあるし次の機会まで待つか。
そうなると後見たいのは・・・・、
「おっと」
「あ!?悪い、すまん」
まだ少し時間があるのでもう少しどこか見て回ろうかと考えていると道の角から武装した少年達が飛び出してきた。直前まで姿が見えず慌てて避けるが躱した足が縺れて転倒してしまう。
少年達の中でぶつかりそうになった少年だけが足を止めて謝りこちらに手を伸ばしてきた。
僕はその手を伸ばそうとして少年の顔を覗き、途中で止まった。
僕とぶつかりそうになった少年の顔は夢で見たリーダーの顔と瓜二つであったのだ。
僕の脳内に夢の光景が蘇ってくる。
今日見た夢の登場人物に激似の人間にその日に会う。偶然にしてはあまりに出来すぎた状況に思考が纏まらず回路が停止したように固まってしまう。
手を差し伸べしたのになかなか握られず少年は困惑気味になってしまっているがなかなか現実に帰って来られない。
―――ガチャン
僕がようやく現実に戻れたのは僕の後ろで金属の音が鳴り響いたからだった。
「お前何しているんだ!?」
僕の後ろという事は少年にとっては前。
音が鳴って少年が顔を上げて僕の後ろの光景を見ると焦り声を上げた。
僕も遅れて振り向くと少年の仲間である二人が倒されてナイフを首筋に当てられていた。
それをやったのは第三者の襲撃者ではなく僕の執事のシルバである。
少年は仲間を助けようと近づこうとするがシルバがその動きに合わせてナイフを動かして動いたらこいつら殺すぞという目を向けて制した。それで動きが止まったのを確認するとシルバはこちらへと視線を向けて来る。
前世の記憶が戻って僕の人格が無くなったのならここは何しているの!?と驚いただろうけど今の僕は7歳の歳月を王族として育った中に前世の記憶が加わっただけである。
シルバの行動に驚かないし理由も理解できた。
そのうえで命令する。
「シルバ離してやれ。そちらの不注意だとしてもこちらも非がなかったわけじゃない。それに今はお忍びだ少しぐらいの無礼を僕は許すよ」
「そうですか。良かったですね。皆さん、主からの許しが出ましたので牢屋行きは免れましたよ。これからは前方には注意して走って下さい」
シルバは僕の言葉であっさりと二人を開放してナイフをどこかにしまった。
解放された二人は解放されたことが分かっていないのか立ち上がれずにいるのを少年が近寄って助け起こす。
まだ聞きたいことがあったがこうなったらこれ以上関わる訳にはいかないだろう。
「シルバ、もう店を回るのはいい。城へと帰るとする」
「はっ」
「お前たち悪かったな。……シルバ行くぞ」
そう行って早々にその場を後にした。
後ろから女性らしい声が聞こえたが振り返る事はせずにその場を去った。
その間シルバとの会話はなく無言で歩を進める。
そして城の自室に着き席へと座ると一息ついたところでようやく口を開いた
「シルバ」
「はい」
「調べて欲しい事があるんだけど」
◆
城下から帰ってきたウィレムは予定にあった教養の講義のため自室で講師であるサランダ先生とのワンツーマンで机に向かっていた。
教養と言っても礼儀作法、文字の読み書き、四則演算はすでに習得済み。
学園から出された夏季の宿題もすべて終わらせているので今行っているのは来年、再来年の科目の予習だ。
だがこれも前世の記憶で得た知識により難なくクリアできるようになった為に2時間設けられた時間の半分にも満たないうちに今日の問題集は終了してしまっていた。
「終わったよ」
「随分早いですね。まさか遊びたいからって適当に答えたわけじゃあ……全問正解です」
僕が問題集を渡すとサランダ先生は早すぎる事に疑わしい視線を送っていたが丸付けし終えた時に少し驚いた顔をした後、「よく出来ました、それでは少し早いですが今日の講義内容は終了です」と問題集を返してそう言って席を立った。
このまま部屋を出て行こうとしている様なので僕は慌てて声を上げた。
「あのサランダ先生。お願いがあるんですが」
「はい?なんでしょう」
「この国の法律と歴史についてを教えてもらいたいんですがお願いできますか」
僕は昨日記憶が戻りこの国について改めて整理した際、王族である家族と今年から通うようになった学園の事しか上げる事ができなかった。
街がどれぐらい賑わっていたかも今日確認するまで気にも留めなかったし、お父様の人柄は知っているが国王として何をなさっているのかも知らない。
更に今朝シルバから貴族の茶会に招待されていると言われた時、名前を聞いたが相手方の爵位すら覚えていない。
王族と言う立場でありながらあまりにも情報が不足し過ぎているというのを痛感したのだ。
今まで結構好き勝手していたがその行動のほとんどが一人を楽しむ物であり問題があるのは裏で誰かが処理していたんじゃないかと思える。
しかしこれからはそうもいかない。
お父様は自分の部下、貴族との繋がりを持っていく様にと言っていたのだろう。
行動を起こすのに自分の力もだが相手の力も分かっていないで大々的な行動は起こせない。なので僕はこれから地盤を作れるように周囲環境を知って整えなければならない。
いきなり情報集めを自分でするなんてできないし情報機関なんて作っても周囲にいらぬ反感を持たせて潰されるだけ、そして何より僕にそこまでの人脈はない。
だからまずは自分の行える行動の確認を行う必要があると考えた。
サランダ先生は学園で上位一桁台に入っていた秀才で僕の教師になる前は学園に留まり担任の助手をしていた。その科目は社会一般を担当していたそうなので自分の周りでこれ以上適任な人はいないだろう。
「法律と歴史はまだ早いかと思いますが」
「僕は寧ろ遅いかと思っています。今日の様に講義が終了して余った時間教えてもらえればいいんです、頼めませんか?」
「……分かりました。ただし講義の方を疎かにしたらすぐに止めますからね」
「それでいいです」
サランダ先生に無事了承をもらう事ができた。
まだ渋々感はあるが講義の方は当分は教えられる必要がないのだから一度引き込んでしまえれば問題はない。
問題があるとすればこの後なのだ。
◆
鍛錬の時間
「駄目だ」
僕の案は速攻で師によって却下された。
「なぜです!」
「殿下、言いたいことは分かります。百歩譲って、もし殿下が侯爵家以下の貴族でしたら儂も貴方様の意見を尊重したでしょう。
しかしです!。
貴方はまだ王になれる継承権第7位の王子。戦に出れば先陣を切り武功を上げて行かなければならない。そうなれば必ず剣技が必要となります」
「僕は別に一騎当千の武将になりたいんじゃない。戦場で相手の首を取るのは配下に任せればいい」
「だからと言ってですな。なぜ暗殺術なぞと言う。奇襲不意打ちの術を学ぼうとなさる」
そう僕は5歳から始まった剣術の鍛錬を止めて暗殺術の学ぼうと言ったのだ。
剣を学ぶのが悪いとは言わない。だが剣技は対人用の技がほとんどで魔物との戦闘では相当の技量がいるし状況にも左右され使い道が限られてしまう。
その点暗殺術は武器は小型のものが多いがそのほとんどが暗器。
身体に武器を忍ばしていられるし臨機応変に対応できる。
それに王族の死亡理由のベスト3に入る暗殺対策にもなる。
一石三鳥でこれ以上ない程最高の立案だと思ったんだけどなぁ。
「駄目なものは駄目ですぞ。王族たる者騎士たちに恥じぬ主であってもらわねば困りますぞ」
このじいさん、頭が堅いし自分の鍛錬方法が正しいと無理矢理押し付けてきてできなければ怒鳴り散らし自分の振りやすい型にしようとすると直ぐにそれは違うと直しにかかるからあまり好きじゃない。
まるで学校の勉強の剣技版でも受けているようで好きにはなれない人だ。
よく若い頃挙げた武功の数々を自慢してくるが武人としてはともかく教師としてはチェンジをお願いしたいと思っている。
……それができたらこんなに苦労はしないけど。
このじいさんを教師に任命したのはお父様で選んだ人物に不満があるとなるとお父様の選別に不満を持つことになる。そうなると色々と面倒ごとが出るから我慢する方が今はいいのだ。でも時が来たら自分の師を見つけてその人に教わりたい。
「分かったのでしたら、まずランニングと素振り1000回からその後型を一通り見て終わります。さっさと始めなされ」
無茶苦茶だっ!
言われたことをやり終える頃にはすっかり時間をオーバーしてこってり怒られ、すぐに夕飯の時間になってしまった。
でもまだ就寝までにはかなりの時間があるし問題ないだろう。
「シルバ。書庫に行くから」
「サランダ先生には講義の追加、鍛錬は剣技から暗殺術に切り替えようとして今度はなんですか?」
「茶会に招待された貴族のこととか、魔物の生態なんかを調べたいんだけど…」
「なるほど、分かりました。ではそれらの本を見繕い後日自室へと運ばせましょう」
シルバはそう言うとメイドに指示を出して僕は自室へと戻された。
当然のように僕は文句を言ったがシルバから返ってきたのは、「自重も覚えて下さい」と言う有無を言わさぬ一言だけであった。
裏設定3
一応剣技の教師は国では教師としても優秀とされている。
好きな物はお酒と熱血な生徒。
名前はまだない。