3.初夢
首都アファネと西の街アヴィリを繋ぐ街道。
文化圏に近く、魔物が住むには不向きである事から強い魔物は出てこないと商人が安全に通行できる道として知られている。
そんな魔物の出現が少ない街道だが別に全くいない訳ではない。少し離れた森林から逃げた低級の魔物が街道沿いに現れるのでそういった魔物の討伐の為に冒険者が探索に来ている。
遭遇する魔物は子鬼や狼、スライムなんかがメジャーで危険度のランクは最下位のGであるため下級の新人冒険者の練習用の狩場と認識されている。
そんな街道沿いでこの日私達は何度目かの魔物探索に来ていた。
まだ冒険者になったばかりの駆け出しで魔物との戦闘にようやく慣れ出したようなEランク。
仲間は幼馴染の友人四人とパーティーを組んで戦っている男子3女子2の混合パーティーだ。
私は親友の女の子と一緒に飛び道具で後衛を務め、気概のある男子3人が前衛で魔物と対峙している。
リーダーが大剣を持った男の子で強さは私達より頭一つ出ていてとても頼りになる。
「後衛遊撃!」
「「はい」」
今は子鬼と狼の集団と戦闘中だった。
私達より小さい身長で緑の身体をしたのが子鬼で数は15匹。
潰れた平べったい顔に頬まで裂けた大きな口に人より鋭い牙が2本飛び出ている。頭には襤褸切れの布を被り隙間から洗っていないのか油まみれの髪が伸びている。
服は頭同様襤褸切れの布や毛皮、又は草臥れた防具を着用している。
武器も拾ったからなのか色々な種類の武器を持っている。その中でも木で作った棍棒と盾が多い。
筋力は人間よりないから大きな武器はないが必ずこちらより数で優位になって攻めてくる。
その傍らにいる四足歩行のが狼。数は5匹。
狼は子鬼に飼われたのか子鬼の指示に従って攻撃してくる。
攻撃手段は噛みつきとひっかくだけなので速度に翻弄されることがなければ子鬼より相手にしやすい。
数はこちらの4倍。
数が多くて不利に思えるかもしれないけど子鬼は頭が良くない。
真正面に敵がいればそちらにしか意識がいかず男三人で正面を抑えているうちに私達が回り込み遊撃すると敵の数はあっという間に減少していった。
こちらを攻撃したことで子鬼達は怒ってこちらを向いて雄たけびを上げるが今度はさっきまで対峙していた男子陣から意識が抜け落ちているようで三人の近くにいた子鬼やウルフの数が碌な抵抗もしてこないで更に減少していく。
数が半数になると男子陣は2匹なら対等に渡り合えるのでこちらに向かってくる狼を先に狙い撃っていくといつしか数がこちらを下回った。
そうなると後は簡単で人数頼りの子鬼達は戦意が無くなって状況も関係なく逃げ出そうとするからがら空きになる背後を斬り捨てるとあっという間に全滅した。
人間より身体的にも劣る下級の魔物ではこんなものである。
戦闘が終わったらすぐに死体からギルドに提出する証明部位を切り落とす。
子鬼の提出箇所は右耳で、狼は牙と魔物によって箇所が決められている。
狼はともかく子鬼は臭くて私はこの作業が嫌いだ。
だから狼を率先して切り落としていく。
男子陣はそういった事気にしてないみたい。
「子鬼程度なら楽勝だな。これならもうFランクいけるんじゃねぇ」
「でも先輩達からはここで戦い方を確立してからじゃないと危ないって言ってたじゃないか」
「そうだぞ。もう少しここで戦闘していこう。ここで次に進んで無理して命を落としたくないからな」
部位を切り取りながらそんな話をしている男子の会話が聞こえ私達ももう少しここで戦闘をする側に賛同する様に会話に加わっていく。
「そうよ。自信過剰になるのは危険よ」
「せめてさっきのぐらい余裕に対処したい」
「はいはい、分かったよ。俺だって準備はしっかりしたいと思っているさ」
無事全部の部位の切り取りは終わった。
切り取った部位は後衛が持つのが決まりで私達が分担して鞄の中にしまうとまた魔物の探索を再開した。
上級の冒険者になると荷物持ち専用の冒険者なんかを用意することもあると言うので私達もいつかそんな冒険者になりたいと思っている。
それからしばらくしても魔物の気配がなく少し無駄口が増え出した頃、
「何か来たぞ」
唐突に緊迫した声で声を上げた。
すぐさま全員が声を出した男子の視線の先に向き、武器を構える。
「どこだ?」
「あそこから影が見えた」
指さす方向は森林との境目の先、木々で姿が隠れているようだが気配はすぐに私達でも気づく事ができた。
「敵が森から出るのを待て。出てこなければ抗戦は無しだ。数が分から無いのに突っ込むなよ」
「了解。後衛は合図と同時に先制してくれ」
全員が頷き姿を現すのを待つとその気配の正体が姿を現しだしてきた。
その体躯は子鬼とは比較にならない程、いや自分達と比べても倍以上の巨体を誇っている。
茶色い肌は古い皮が剥がれきれずに所々色が薄く見えており、装備は腰に巻いただけのボロ布に自分達と同じぐらいの大きさのある無骨な棍棒を握りしめている。
身体は大きいが筋肉質という事はなく丸々と太った脂肪塗れの肉付き、豚頭からは荒い息で『ブホッブホッッッ・・・』と呻き声を上げている。
その生物の名は”オーク”。
中型に分類する魔物で危険度Dランク。決して初心者が相手にするようなレベルの魔物ではなかった。
当然のように私もみんなもさっきまでの威勢は消えてしまい恐怖から身体が震えてしまっていた。
それなのに足は固まって動かず喋りたいのに口も震えで上手く喋れない。
まだ距離があるはずなのにオークの荒い息遣いが真直に感じるほどはっきりと聞こえてくる。
オークもこちらに気づいたのかその瞳ははっきりとこちらを捉えた。
「なんで、なんでこんなところにオークがいるんだよ」
さっきまでもうFランクにいけるんじゃねぇ発言をした男が現実を受け入れられず疑問を発した。
その疑問はたぶん全員が思っている事だ。
少なくとも私は聞きたい。
ここは初心者用の狩場で最下級の魔物しか出ないんじゃなかったの!?
『ブホッッッ―――!!!』
こちらが仕掛けてこないことに焦れたのかオークは甲高い雄たけびを上げてこちらへと向かってきた。
そこにあるのは戦慄する威圧と存在感。
その恐怖心に既に戦意はなくなり力を失った足腰は崩れてその場でへたり込む。
駄目だ逃げる事すらできない。
もう終わり……
「みんな、今すぐに逃げろ!あいつは僕が足止めする」
「でも……っ!」
「早くしろいけっ!」
現実を受け止められず混乱の中にあった意識に力強い声が私達に耳朶を打った。
前を向くと大剣を掲げ前に向かって走り出したリーダーの姿が映る。
そして理解したリーダーは自分の身を犠牲にして私達を逃がそうとしているのだと。
理解した他のメンバーが私を立たせると、
「逃げるぞ!」
たったそれだけ。
ただしその表情は苦痛と恐怖の入り混じった泣きそうな顔で私は何も答えられずその場から一歩でも離れようと走り出した。
額には涙が流れ出す。
「っ!?……ガッアアアアァぁ!!?」
それからすぐに後ろから悲鳴が木霊する。
その声は聴き慣れたはずのリーダーの声だった。……だったはずなのに聴いたこともない叫び声。
振り向くとそこには大量の血を流し、腕があらぬ方向に曲がり倒れ伏すリーダーの姿が映っていた。
利き腕が折れてしまっている。
あれではもう満足には戦えない。
私達より強かったリーダーが一瞬でやられてしまった。
もしかしたらリーダーならと思っていた矢先に現実の残酷さが突き刺さる。
再び恐怖が蘇ってきて身体を固くしようとする。
これ以上あいつを見ていたらまた足が止まってしまう。
額にはさっき以上に涙が流れて止まらなくなっている。
視線を再び前へと移すがさっきより霞んで見えた。
「みんな!ばらけて逃げるぞ!少しでも逃げる確率を増やすんだ!」
「「「はい(おう)」」」
みんなもリーダーの姿を見てしまったのだろう。
その案に全員が賛成してその場から四方に別れ出した。
逃げる。
力の限り地面を蹴りつける。
前を向いているのに後ろに感じる死の予感は強くなる一方で頭の中は燃えるように熱を発しているようだ。
まだそんなに走ってもいないのに汗は溢れ出してくる。
「はぁはぁ、はっ」
それからどれくらい走っただろうか。
呼吸は乱れ足は止まった。
後ろを振り返るとそこには何もいない。
逃げきれたのかと安心感が湧きだす。
もう街に帰りたい。そう思って辺りを見渡す。
ただ我武者羅に走った為現在地が分からないが街があるだろう位置は見当がつく。
―――私は助かるんだ。
そう思った。
瞬間……遭遇してしまった。
緑色の肌をした小さな鬼の集団。
その数は9とさっきまで戦っていた数よりも少ない。
しかし私の周りには仲間の姿はなく逃げようにも既に子鬼達は私の事に気づいてこちらへと向かって走って来てしまっている。全快ならともかくもう体力が限界の身体ではあの速度でも追いつかれてしまう。
さっきまで勝てていた相手。
最弱の魔物であり頭の悪い魔物。
それが今数の暴力によって私の前に近づいてくる。
私は焦ったように弓を放った。
死に物狂いで放った矢は二匹の子鬼を仕留めたが他の子鬼の速度は落ちず次の矢を放つ間にもう目前に迫って来ていた。
「ひっ、ひっいぃぃぃ」
私は悲鳴を上げながら弓を捨て腰に装備していた短剣を抜き放つ。
抜き放って己の武器が嫌に小さく感じた。
ちゃんとした前衛の武器を持っている三人で2,3体しか抑えられないのにこんな短剣で何ができるんだと自分の勝敗が分かってしまう所為で足元が震えてしまっている。
それでも死にたくないと剣を振るうが剣は一匹も倒すことなく簡単に、簡単に弾かれてしまった。
剣を弾かれ武器を無くした私はもう子鬼に抗う術がなく震えた足が崩れてしまいその場で尻餅をついて倒れてしまう。
子鬼達はそんな私の醜態に嘲り笑い出した。
そして一匹の子鬼が顔面の鼻先に剣が向けてきて笑いながらその剣は振り上げた。