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17.ウィレムの妹

 次の日もウィレムは1人でいた。


 昨日、首を突っ込もうかと言って勢い込んでおきながら今日は朝からずっと部屋から出られずにいた。


 今朝早速シルバに昨日の商人が襲われているって話が気になったので調べてと頼んだら調べる事自体は断れることはなかったが代わりに今日は一人での行動を禁止するように言われ約束してしまった。

 特に外出はもってのほかで固く禁じられてしまっている。

 なのでいつもみたいに城を抜け出して街へも出れない。


―――暇だ、凄い暇だ。


 部屋の外に護衛がいるのだろうが話をするには面識が少ない。

 関わりが少ない騎士達では王子である自分が相手だからと畏まって話されるから嫌だ。

 ……第3騎士団とかはもっと気にしてくれて構わないが。


 でも誰かと話をしたいな~、と退屈ついでに読んでいた本が全く頭に入ってこないので閉じたところでウィレムは自分の心境の変化に気がついた。


 リアとリエラが来るまで一人で過ごすことは多かったが別に一人でいることに苦痛はなかった。

 それが今は一人でいると落ち着かなくなっている。


 自分は随分と二人に執着していたようだ。

 それが可笑しくてクスッと笑いが漏れる。


 ――――トントン


 ノックが鳴った。

 外の護衛の者が室内へと入ってくると「侍女が来た」と伝えられた。


 僕の用事ではない。

 多分誰かの使いだろう。

 僕は中に入れるのを許可した。


 すると一礼を入れてメイドが一人入室した。


「ウィレム様今日はご機嫌がよろしい様で安心しました」


 開口一番の挨拶に含みがあるのでメイドの顔を覗くとメイドは前回のレオナさんの夢を見た後に吐いた時にお世話になったメイドさんだった。


「あの時の!えっと名前は確か……」

「キャフィアでございます。ウィレム様」

「あぁ、ごめん。それからあの時は助かったよ」

「侍女として当然です」


 キャフィアさんはニコリと微笑む。



 会話に入る前にややっこしくなりそうなので補足しておこう。


 彼女自身が言ったようにキャフィアの職業は”侍女”。

 僕はメイドと言っているがそれを彼女や侍女の役職の人に言ったら琴線に触れて王子という立場抜きにして認識を改めさせられるだろう。


 しかし僕はどうしても彼女達はメイドの方がしっくり来てしまう。


 彼女達の服装は主体は黒でロングと露出度は少ない普通の英国の映画出てくるような地味な服なのを自分好みに改造している。


 ある者は清楚で明るく、ある者は可愛らしく鮮やかに変えて全く印象の違う服になっていた。


 侍女としてかけ離れた服装にならない限りは何でも許されるのでロングを切ってミニスカ、ノースリーブにする者もいたり、中には戦闘を想定して金属類を詰めて防御服へと変えている者もいるほどだ。


 その姿を侍女かメイドかと問われれば間違いなくメイドだ。


 それにそういった改造をしている人は就職したばかりの20代前半、うら若き乙女達で年を重ねるにつれて元の地味な侍女服へと戻っていく傾向にある。

 50代のおばちゃん侍女達は配布された侍女服のままだ。


 若者と年配で比べると区別もしたくなるものだ。




「それで要件はなんですか?」

「アルティア様がウィレム様をご所望です」

「分かった。僕も丁度暇してたし」

「ありがとうございます。では」


 了解するとキャフィアさんがすぐに部屋から出て行った。


 僕はついて行った方がいいのかなと立ち上がると扉が閉まってからすぐにまた扉が開かれる。


「お兄さ――ま!」

「っっと」


 勢いよく開かれた扉からウィレムに向かって突撃してきた者を受け止めた。

 見た目5,6歳でウィレムと同じ金髪に紫色の瞳をしている少女はウィレムに抱き付くと顔を向けて笑みを浮かべる。

 非常に可愛らしい少女だ。


「久しぶり、アルティア」

「はい。お久しぶりです。お兄様♪」


 この子の名はアルティア・ローグレイ。

 僕と同じ王族で兄弟の末っ子にして僕にとっては唯一の妹である。

 第二夫人の子で継承権は8位。年齢は見た目通りの6歳とどちらも僕の一つ下だ。


「今日はどうしたの?」

「お兄様♪お兄様♪夏に入ってからお兄様の誕生日や初仕事で忙しかったから我慢していたけどアルティアはすっごく寂しかったのです」

「そういえば休みに入ってから構ってやれなかったな」

「だから今日はアルティアに付き合ってください」


 そこまで言うとアルティアは抱き付くのを止めてウィレムの手を握って引っ張った。

 もう彼女の中では同行が決定事項になっているのかもう返答なんて関係なく行かせる気満々だ。


「いいけどどこに行くの?」

「甘味屋です」

「へ~僕も知っているところかな?」

「なに言ってるです?お兄様が最近通っているって甘味屋にアルティアを連れて行ってもらうですよ」


 僕の良くいく甘味屋?……もしかしてイナリの事かなぁ?でも2回しか行ったことないんだけど。


「それってイナリの事かな?」

「名前は知らないです。でも最近できたっていう猫二人と行ったってキャフィアから聞いたです」


 どうやらイナリで合っているようだ。

 しかし猫二人って確かに二人は猫っぽいのを否定する要素がないから本人達が否定しなければ僕は構わないけど。

 あとキャフィアさんはなぜ僕らの行動を知っているのでしょうか。


「侍女ですから」

「今、口に出してました?」

「お兄様♪行きますよ」


 一瞬止まり掛けた足をアルティアが引っ張って無理矢理進めさせられながらキャフィアさんも含めた三人でイナリへと向かった。


 えっ、シルバとの約束?

 一人じゃないから問題ないでしょ。

 それに自分の執事<義妹なのは当然の選択だ。


 ただし今日は妹もいるのでお忍びで自分で歩いてという訳にはいかず馬車に乗っていく。

 普通は王族の城下周りは馬車が基本なのだが僕は久しぶりに乗った気がする。


 そんな道中は特に面白い話もないのでさっきの補足の続きを話そう。


 キャフィアさんがメイドで侍女だというのは分かってもらえたと思う。

 そこで今度はシルバの職業である執事、今のリアとリエラは従者と名称されるが、その使用人としての違いの話をしよう。


 まず使用人には男性では執事が、女性なら家政婦が主に仕える使用人を纏める一番上の立場となる。

 その下に侍女、従僕(執事の手足で従者とは別)、小姓や御者(ウィレムは持っていない)、その他の使用人(庭師や家畜管理人、料理人など)といく。


 城内では侍女と従僕しか見かけないが貴族の家では小姓や御者も多くいる。



 お気づきだと思うが今述べた中に従者が入っていない。

 職業として認められてない訳ではない。

 ちゃんと理由はある。


 それは役職に資格がいるか、いないかである。


 これからリアとリエラが僕と一緒に通うかもしれない学園での生活。

 僕達王族や貴族が選択科目に帝王学や騎士道学、平民の心得なんて科目を受けるのと同様に従者にも使用人の心得として選択科目を受ける事となる。

 その内容は分からないが兎に角その科目を受けて従者達は三流の従者になる。


 間違いではないのでもう一度言うが三流だ。


 幾ら学園を卒業したとしても卒業しただけでは従者は従者。

 新入社員が入社2年目になった様なものなのである。


 そしてこのままでは昇格しても他の使用人にはなれない。

 三流になった従者は三流になるまでの間にいくつかの道を決める。


 それが執事であり侍女であり専門使用人などだ。


 選択科目の内容にはその職業の為の更に専門の科目がある。


 その科目を履修し最後に初級試験を受ける。

 その試験に合格すると晴れてその使用人は資格所有者として高く評価されるようになり従者の枠組みから外され各職業の部署に名前を連ねるようになる。


 別に従者でも働けるんだろ、というとぶっちゃけ働ける。

 働けるのだがここに大きな違いがあり、資格のない従者は主人の身の回りの世話をすることはできても家の管理には関わる事ができない。

 これが従者と他の資格を持つ使用人との差だ。


 更に資格所有者は仮に主からクビを言い渡されても他で働く事ができるが従者では働き場所を見つけることはほぼ無理だ。


 資格を持った人はその後各主人の家で先輩使用人の元で働き腕が上がったら階級の昇格試験を受ける。


 補足として侍女と従僕の試験はない。

 侍女は家政婦、従僕は執事の試験の中に盛り込まれるからだ。


 シルバは一流の資格を持ち、キャフィアさんも若いながら二級と優秀である。

 王族に仕える使用人としては当然です、と謙遜しているが王族の身の回りの世話を任される使用人の数は城全体の一割にも満たない。


 あと当然だが普通は従者より専門の使用人のが断然給料がいい。


 話を戻そう。


 そんな訳で資格者と従者には大きな隔たりが存在する。


 ただし資格のない従者でも地位が高い者はいる。

 侍女に料理系と清掃系がいる様に、従者は側近や近衛という主に気に入られたり、能力が高い者には別の名称で呼ばれるようになり状況次第で発言力が執事や家政婦より高くなる時があるので資格がないから出来損ないと一概には言えないのだ。


 僕には関わり合いのない事ではあるが使用人も意外と複雑なのである。





 ……とようやくイナリまでついたようだ。


 イナリは安定した経営をしてはいるがその客層はあくまで平民出の者。

 王族である自分も来ているがあくまでお忍びで歩きだ。

 こんな豪華な馬車で来るような場所ではない。


 案の定、馬車から店に入るまでの間に通行人たちの驚くような顔が見て取れた。


「い、いらっしゃいませ。えっと、飲食でよろしいでしょうか?」

「ええ、空いている席にお願いします」


 店の中に入るとレオナさんが自分の上の前に馬車が止まったと聞いて厨房から出て接客をしたがどうも緊張しているのが見て取れる。

 アルティアとキャフィアさんを先に席に促すと僕はレオナさんに謝った。


「お騒がせしてすいません」

「あ、あのこれは」

「今日は妹が同行したいと流石にお忍びで来るわけにもいかずこのようになってしまいました」

「いえ、それなら仕方がありませんがちょっと驚き過ぎて。…………失敗しない様にしないと」

「緊張し過ぎですよ」


 どうもレオナさんはこういった突然のハプニングには弱いらしい。

 厨房に戻る足取りがまだ重く見えた。


「お兄様♪早く入るのです」

「あぁ今行くよ」


 店内は賑わっていたのかお客さんの姿が結構見えるがみんなこちらを気にしているのか口数が少なく感じる。

 王族が来ているのだから当然と言える反応なのだがどうも自分達が来たせいで迷惑をかけている気がして申し訳ないと思いながら席へと座った。

 座った席は偶然にも前回リアとリエラと来た時と同じ場所であった。


「もう頼む物は決まった?」

「意外と品数が多くてちょっと迷ってしまっているです。もう少し待ってください」


 てっきりもう決まっているのかと思ったらまだ悩み中のようである。


「いらっしゃーい!あっ、ウィレム様じゃないですか!ウィレム様もすっかりうちの常連さんですね」

「まだ3回目だよ」

「短期間に3回も来ていているんですから常連ですよ」

「まぁ美味いのは確かだから常連でもいいけど」

「ウィレム様は立派な常連客のお得意様です。……あっ、これ御冷ね。注文は?」

「まだだよ」

「それじゃあ他の人の所を回るからちょっと待っててね」


 そう言ってシオちゃんは他のお客さんの所に言って注文を取りに行った。

 その姿はいつもと変わらない明るい物で他の人達のような緊張も感じられない。


――――意外とシオちゃんって大物?


 いつまでもシオちゃんを眺めているのも失礼なので前に座る二人に顔を向けるとキャフィアさんが訝し気な表情をしてこちらを見ていた。


「ウィレム様」

「はい」

「あの娘少々態度が悪くありませんか?」

「そう?あれぐらい元気の方が僕は気が楽だよ。逆に周りの人みたいに緊張してこちらの様子を窺っている方が落ち着かないからね」

「………分かりました(ウィレム様はやはり少し年上が好みのようですね)」


 納得して頷いてくれたが何故だかキャフィアさんが妙な誤解している気がする。


「お待たせ注文決まった?」

「え~と……まだみたい」

「うん、いいよ。丁度お客さんの出入りも終わったからゆっくり決めて」


 シオちゃんの言った通りこの席以外注文を取る席は無いようである。席の横で立ったままでいる。


「それはそうと今日はまた新しい別嬪さんを二人も連れてきたんだねー。……リエラたちはどうしてるの?」

「今学園の入試の勉強の大詰めで」

「二人も大変なんだね。ウィレム様と一緒にいるのも苦労するんだ。……でそっちの子は注文決まった?」

「いえ、まだ決めかねているです」

「うちは全部美味しいからね。それにしてもウィレム様よりも幼い感じなのにしっかりしているのね」

「それほどでもないです」

「へーやっぱり貴族の方だからしっかりしているってことなのかな?私はシオンっていうのみんなからはシオちゃんって呼ばれているわ」


 キャフィアさんの視線が鋭くなり、僕の方でもちょっと嫌な予感がした。


「私はアルティア・ローグレイです。継承権は第8位でお兄様とは腹違いですが兄弟ですのでお兄様共々よろしくお願いしますですよ。シオちゃんさん」

「…………………………………


 あっ、シオちゃんが表情そのままにまるで時間が止まったかのように固まってしまった。


「…………ゲェー―――――――――――――ッ!!?」


 予想していた通りシオちゃんはアルティアの事を僕の付き添い貴族だと思っていたらしい。

 余りに普段通りで余裕のある対応ができるのだなと思っていたのだがただの鈍感なだけだったらしい。


 知らないのはある意味最強!を初めて目撃したなぁ。


 シオちゃんは現実に戻って来ると妹の名乗りを聞いて固まっていた足がその場に崩れてしまっていた。

 その姿にキャフィアさんの方は鋭い視線は消え失せ、その代わりに哀れな小物を見る目に変わっていた。

 周囲の御客や見物人はシオちゃんに対して合唱をしている。


「あ、あ、あ、あ……」


 シオちゃんの首がギギギと音を鳴らしそうな動きでこちらを見てくる。

 言いたいことは分からないがたぶん真意の確認を求めているんだろう。


「この子が僕の妹というのは本当だよ。歳は一つ下で第二夫人の娘」

「な、な、な、な……」

「なんでって僕が最近通ってる甘味屋に連れて行ってと言われて」

「そ、そ、そ……」

「それを早く言えって言われても周りはもう伝わっているみたいだったからシオちゃんも知っているとばかり」

「わ、わ、わ、わ……」

「私はさっきまでトイレ行ってて知らなかった?それはタイミングが悪かったね」

「……お兄様流石にそれは意思疎通し過ぎです」


 シオちゃんに説明を終えるとアルティアが頬を膨らまして抗議してきた。


 あれ?なんか標的が俺に移ってない?

 キャフィアさんもなぜここで呆れ顔になるんです。


「あ、あの数々のご無礼誠に申し訳ございません」

「なぜ謝るです?」

「それは……アルティア様は自国のお姫様ですよ。いくら何でも私みたいな庶民が言葉を慎まないでタメ口はまずいと思いまして。それにウィレム様の付き添いとかも言ってましたし」

「知らなかったんなら別に気にしないです。お兄様の付き添いというのも間違いじゃないですし私は上の兄上みたいに器は小さくないのですよ」

「それでもですよ。そちらの人は……」


 なんか長そうなので口を挟むことにした。


「それよりアルティアは早く注文を決めて、シオちゃんは許されたからこれ以上引きずらなくていいから」

「あ、すみません。それじゃあ注文は」

「僕はあんみつを」

「私はこのピモのケーキで」


 僕とキャフィアさんが決めた注文を言っていく。

 そして最後のアルティアだがまだお品書きを見て唸り声を上げながら悩み続けていた。


「決めかねているのか?」

「どれもおいしそうに見えてしまって。……シオンのオススメはなんです?」

「私の店のオススメの一番はお母さん特性のパイです」

「パイです?甘いですか?」

「家で最強です」

「じゃあそれにするです」


 アルティアも決まって注文を取り終えたシオちゃんは厨房に戻っていく。

 厨房ではレオナさんの怒鳴る声が聞こえてきた。


 あぁ、レオナさん厨房から出て状況を見ていたのか。

 あの緊張具合からいってもう心臓爆発寸前だったかもな。


 それからアルティアと談笑しつつ注文した品を期待しながら待っていると厨房からレオナさんが品物を持ってやってきた。


「ご注文の品お待たせしました」

「レオナさん、シオちゃんは……」

「あの子は今貯まってしまっている皿洗いをしてもらっています」


 すごい笑顔で言われたので追及は止めた。

 レオナさんはみんなの前にデザートを置いて行く。

 アルティアはそれを見て目を輝かせ、キャフィアさんも表情が少し緩いだ。


「これがパイですか。とってもおいしそうですね。匂いもおいしそうでいい焼き具合です。早速いただくです」


 アルティアはパイを頬張ると、


「美味しいのです!!」


 感嘆といった様子で声を上げた。


「ほんとに美味しい」


 隣ではキャフィアさんもピモのケーキの味に満足していた。

 その反応にレオナさんはほっとして息を吐いている。

 僕も遅れずにあんみつを食す。

 うん、いつも通り美味しいな。


 二人はデザートに夢中になっているのでレオナさんに話しかける。


「そうだ。レオナさん聞きたいことが」

「なんですか」

「最近商人が盗賊に襲われているらしいんですが街の方では被害って出てますか?」

「あの王族、貴族と関わりのある商人を狙うっていう盗賊の話ですね。街でも結構噂になってますよ」


 僕は昨日知ったばかりなんだけど……。


「そうですねぇ。たぶん街への被害はほとんどないですね。盗賊の人達は襲う商人を選別している様で街への被害はごく僅かで寧ろ城との接点が持てなかった商人が城からの買取で万々歳になっているって喜んで酒を飲むのを見かけています」

「最近羽振りが特に良くなった商人とかはいる?」

「羽振りが良くなっている商人は多いですけど飛び抜けてっていうのはいませんね。敢えて言うなら襲われる頻度が多い食材関係が一番儲けていると言えますが」

「それは事件の結果の範疇か……」


 盗賊が城に運ぶ商人ばかり襲うと聞いて他の商人が襲っているんじゃないかって昨日の話には出ていた。

 それで盗賊の数からいって雇うとなるとかなりの金銭を用意する必要があるのでそれなりに大きな商人が関わっている可能性がある。大きな商人なら事件を利用して自分にも利益を得ようとしてこの機に稼ぐと踏んでの質問だったのだがどうやら外れらしい。


 それがないというと盗賊自身の犯行か、慎重な黒幕が操っているかになるんだが。


「それから襲われた商人に話を聞いたっていう人の話ですと盗賊には(かしら)の他にもう一人ヤバいのがいるって言ってました。なんでもその襲われた商人は大事を取ってAランクを雇ったそうですけどそのAランクが二人がかりで互角以上だったとか。もう一人のAランクは盗賊の頭に殺されて均衡が崩れるともう抵抗できずに品物は根こそぎ奪われたとか」


 昨日の話に出てきた凄腕の護衛か。

 Aランク二人と互角ってリエラ二人分だろ。

 それだけの力量なら名のある傭兵かもしれないな。


「お兄様♪」

「ん、食べ終わった?」

「はい、大変おいしかったです」

「よかったね」

「でもこんなおいしい店なのに私には教えてくれなかったのにはちょっと不満です」


 不満といいつつ満足顔なアルティアに軽口で「ごめんごめん」といい長居は無用なので席を立った。

 レオナさんに事件の事も聞けたしいい時間潰しにもなったから満足である。


「お兄様♪また連れていってくださいね」

「そのうちな」


 こうしてまた店を出ると結構な視線を集めながら馬車に乗って城へと帰還するのだった。



 ◆



 ウィレムが商人襲撃を行っている盗賊に興味を持ってレオナさんに聞き込みをしている頃、街道では今日も城へと物資を運ぶ商人の馬車が盗賊達に囲まれていた。


「とっとと荷台を運んじまえ」

「「「おおおお―――!!!」」」


 少し前までは金属同士のぶつかる戦闘音が響いていたがもう聞こえてこない。

 聞こえるのは盗賊達の図太い声ばかりだ。


 馬車の中では戦闘に参加しなかった商人達が肩を震わせ呻き声を洩らしながら真っ青な顔で商売の品物が運ばれているのを見ていた。


 抵抗をしなかった訳ではない。

 商人も最近街道に出没する盗賊の事は知っていたのでいつも以上に準備をしていた。

 しかしそれでも見通しが甘かった。


 盗賊達の中に五人が転がっている。


 全員冒険者だ。


 そして五人ともすでに息をしていない屍になっていた。


 この冒険者達はBランク四人にAランク一人。

 王都への護衛依頼としては過剰なぐらいなのだがこの盗賊団はそんな冒険者を一蹴してしまった。


 盗賊達は震えるばかりの商人達を嘲笑いながら黙々と荷物を運び出していく。


「行くぞ」


 粗方荷物が運び終わったところで盗賊の中でも頭一つ体格のいい男が嘲笑っている部下に声を掛ける。


 用が済んだらさっさとその場を後にしようとしてその足を止めた。

 部下達にも聞こえない程度の舌打ちをする。


 頭の様子の変化に部下達も次々と気づき始めた。


 前方から全員大層な鎧と大剣を持った連中が構えながらこちらへとやって来ていた。


 アファネの守備隊の一つがこの街道で待ち構えていたのだ。

 守備隊の方もこちらが気がついたのを察したのか隠れるのを止めて守備隊の隊長が一歩前に出て声を上げた。


「貴様らが最近商人を襲っている盗賊だな!年貢の納め時だ!無駄な抵抗をせずに捕まるんだな」


 守備隊からの叫び声を聞いて盗賊の頭である男は鼻で笑った。


 周囲に意識を向けるが隠れて近づく気配は見られない。

 隠密で奇襲してくることは無さそうだ。


 となると兵は見えているだけ、守備隊の数は部下の数と同数。


「ハッ、お前らそんなもんで俺達に挑もうってか。てめえら精々守備兵だろ、状況を見て物を言うんだな。落ちこぼれさんよ」

「我らを侮辱するか!ええいっ!そこまで言うならこの剣の錆にしてくれる!」


 声を上げて激昂する男。

 いきり立って大層な剣を掲げているが頭は知っている。


 この男はエリート騎士に成りそこなった負け犬だったという事を。

 そして図星を突かれて誤魔化しているだけなのだと。


 相変わらず馬鹿な連中だと盗賊の頭は思った。

 幾ら負け犬といってもそれまでの間に平民では学べないような教養を学んでいるというのに頭にくれば怒鳴るしかできない。

 お互いの戦力差も理解していないようだ。

 まさに無能だなと評価した。


 これは自分が出るまでもないなと頭は守備隊には興味が無くなった。


 しかし相手の数は同数。

 馬鹿達では怪我人も出るかと盗賊の中で控えている者に顔を向けた。


「頼んだぜ。こんな時の用心棒だ。こんな奴らじゃ相手にもなんねぇだろうが賃金分は働いてくれよ」


 呼ばれた用心棒は無言で立ち上がり守備隊の前へと歩んでいった。


 守備隊は息を呑んだ。

 隊長は怒鳴って啖呵を切っていたが盗賊の頭は見るからに自分達より格上だと感じていた。

 そんな男が任せるような奴だ。


 いったいどんな奴かと身が震えていたというのにその姿は、


 身体は全身をローブで包んでいて顔も見えない。

 手元には何も持っていないようで丸腰に見える。

 そして何よりその体格はやたらと小さい。


 はっきり言ってしまえばどこからどう見ても子供だ。

 身長は自分達の腰ほどにしかなく押せば簡単に倒れてしまいそうであった。


 守備兵からさっきまであった緊張感が抜ける。


 あんな大層な事を言っていたがどうやらこいつを囮にしている間に逃げるつもりだな。

 こんなチビちゃんで時間稼ぎなんて俺らも舐められたものだ。


 団員の一人が指をさしながら用心棒の事を笑い出した。

 剣は持ったままだが不用意に近づいていく。


 しかし他の団員達も舐め切っていて止める気はない。


「おいチビちゃんアメちゃんやるからさっさとお家に帰んな」


 守備兵が手が届く距離まで来た。

 瞬間、用心棒の瞳に険を帯びた。


 近づいた守備兵は何が起こったのか分からぬまま糸が切れたように倒れ込む。

 他の守備兵は何が起こったのか分からず呆然としている。

 その間に用心棒は守備兵との間合いを一瞬で詰め間合いに入る。


――――ギイイインッ!


「「う、うわあぁぁ……!」」

「「ぎ、ぎゃあぁぁ……!」」


 二種類の声が上がる。

 一方は腰を抜かして手元の剣が途中からなくなって得物を失った者、もう片方はいつの間にか鎧の薄い関節部分に刃物が突き刺さっていて痛みで呻いて転がっていた。


 そして当の用心棒は腕を振りきった状態で止まっていた。

 今の一瞬で四人を無力化したのだ。


「き、きさま!」


 何をされたか分からないが兎に角攻撃されたと至った後続二人が用心棒を切りにかかる。

 その中を用心棒はまるで散歩でもしているように剣筋を避けながら二人の間を抜けた。


「「ぎ、ぎゃああぁぁ……!」」


 再び叫び声が上がる。

 二人の間を抜けた際に前の二人同様関節部を狙ったようで倒れている二人にも刃が刺さっていた。


 用心棒の手には何も持っていないはずなのにどこから武器が出てきているんだっ!


「子供相手に何をしてるんだ貴様らは!」

「このチビ調子に乗るなよ!」


「「ぎ、ぎゃああああぁぁ……!!!」」


 隊長とその隣で笑っていた男がやられた6人を馬鹿にしながら突っ込んであっけなく倒された。

 関節部には四人よりも多くの刃物が刺さっている。


「ば、化け物だ」

「何だよ……こいつ子供じゃないのか……」

「いてぇ……いてぇよ……」


 隊長含めて8名が傷一つ付けられずにやられたのを見て、残った守備隊は用心棒から後退した。

 用心棒はその場で立ったまま動かない。


「ガハハハハ!」


 その姿を見て盗賊の頭が哄笑した。


「だらしねえな。たった一人を相手に8人がかりでこの有り様だ。お前らそれでも守備隊か。その後は俺達も控えているんだぜ」

「…………っ!」

「どうすんだもう半数近くやられてるが任務の為にここで命を散らすか?それとも尻尾を巻いて帰るか?」

「お……


「「「「覚えてやがれ―――!!」」」」


 守備隊の連中は勝てないと分かると迅速に怪我人を担いで逃げていった。

 その駆けていく姿はまさしく負け犬である。


 盗賊たちは大爆笑している。

 盗賊の頭も笑いながら用心棒へと近付いた。


「張り合いのねぇ野郎共だ。それより相変わらずの腕前だな。子供のくせによ。……っ!」


 軽口を叩いていた頭が凍り付いていた。

 用心棒の身体がいつの間にか懐の中に近づいていて腹部には短剣を当てていた。


 さっきまでの丸腰だった手にはもう一本の短剣も持っている。


「二度目はないぞ」


 子供特有の甲高い声で精一杯ドスを聞かせていうと用心棒の手元には短剣が消えており離れていった。


「食えねえ奴だ」


裏設定16

アファネに面している湖はオーブ湖と言われオーブドラゴンと名付けられたドラゴンによって作られたという言い伝えがある。

遠くに行くにつれて広がっていく三角形の形をしている。

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