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12.借金

 外は真っ暗で人通りも少なくそろそろ閉店の時間も迫っていた。

 私はラストスパートとお店の厨房でパイを焼いていた。

 焼け加減を見ながら次の注文で足りなくなっている食材を保存用魔法具から取り出して捌いていく。


「お母さん!パイ追加とお酒二つにおつまみ一つ!」


 シオンは勢いよくやって来てお客さんから聞いたメニューを叫ぶ。

 その間にも持っていたお皿を洗い場の積み上がった皿の山に向かって慣れたように更に重ねていき、次のメニュー置いている場所にいくとその場にあった皿を両手を器用に使ってすべて持っていく。


「残りはあと少しで出来るから待ってもらって!お酒は私が持っていくから!」

「りょうかーい!」


 私の言葉に返事をするとシオンはまた厨房からまたお客さんの元に戻っていった。


 私もすぐにお酒の用意に取り掛かる。


 この店は5年程前に開店して私とシオンで切り盛りしているお店だ。

 店自体はそこまで大きくないが毎日お客さんがいるので繁盛している。


 シオンは今年で10歳になる私の娘で開店当初の5歳の頃から店の手伝いをさせている。

 まだ甘えたがりの5歳児に店の手伝いをさせるのは可哀想であったが当時はまだ禄な労働力にもならない五歳児の力でも借りなければすぐにでも店が成り立たなくなってしまうと思われる程切羽詰まった経営状況だった。


 特に開店当初は貧乏な上に女主人の店だからと舐められてお金を払わずに帰ろうとする客も珍しくなかった。

 何度この生活から逃げ出したいと思ったか分からない。


 その都度シオンに励まされながら、ようやくここまでやってきたのだ。


「お母さん!ラストオーダー!」


 娘の元気な声を聴きながら今日も無事に仕事を乗り切ったと溜息を吐く。

 この後、使った皿を洗ってたり店の掃除をする必要があるが取り敢えず最後の注文を出し終え最後の客が帰えるまで疲れた体を休める為に椅子にもたれ掛かった。


 …………………………。


「お母さん!」

「うん?」


 身体を揺さぶられ耳に娘の声が聞こえた。


「あぁ、ごめんなさい。ちょっと寝ちゃってたみたい」

「疲れてるんだよ。皿洗いはやっといたから」

「分かったわ。シオンはまた水汲みに行って貰わないといけないから先に休んでいて。店の掃除はお母さんがやるから」

「うん、お休みなさい」


 椅子から立ち上がるとシオンの言うように皿洗いは終わっていた。

 今が何時か分からないが積まれていた皿の量は凶悪な量だったはずなのにそれが終わらせているとなるとかなりの時間寝てしまっていたらしい。

 さっき言った水汲みは店に置いているタンクの水を補充する事で日の出前から起きて水汲み場から店までタンクが満タンになるまで何往復もしてもらう重労働で早く寝ないと寝不足で体が重くなってかなりつらくなる。

 だから前の日の片づけは免除で早く寝るように言ってあるのに……。


 いつの間にか娘は本当に頼れるまで成長したんだなと実感した。


 私は娘に感謝しながらカウンターの隅に置いてある掃除道具を取り出した。


「さてと」


 掃除用具を持っている手に力を込めて掃除を始めよう腰に力を入れる。


 すると店の扉が開いた。


 普段は聞きとれない扉の開く音もお客さんのいない今ははっきりと聞きとれた。


「いらっしゃいませ。申し訳ありませんが今日はもう閉店d………あっ…」


 既に店仕舞いしている事を伝えようと声を掛け来客者の顔を見て表情が歪んだ。

 思わず声まで出てしまって慌てて口元に手を当てる。


 そんな失礼な態度を取ってしまった私に来客の男は気分を害した様子はない。

 だが気味悪い笑みを浮かべながら近づいて来た。


「なんだよ。そんなに俺の顔を見るのが嫌だったか?そこまで露骨に嫌がられると流石に俺でも悲しくなっちまうなぁ」

「…………ごめんなさい。そう言うつもりはなかったの」

「まあいいよ。俺は心が広いからね。これぐらいで何もする気はないよ。それよりさぁ……」


 男の口元が更につり上がる。

 口元が上がるともう不気味を通り越して恐怖すら感じる顔です。

 あまりの気持ちの悪さに表情は更に強張ってしまっているのを自分でもわかってしまう。


 私がこの男をよく思わないのには理由がある。

 この男は借金取りだ。


 私の夫、今は元夫だがシオンが2歳の時に離婚したあの人は離婚したにも拘らず私名義で金を借りていてそれを使うだけ使った後に逃亡。

 その借金は私へと回ってきて5年前にも目の前の男とは別の男が突然私の前に現れると家の物の差し押さえを行った。


 しかし離婚したばかりで女手一つで子供を育てなければならなくなった私の家に金目の物などなく借金は多く残った。

 借金を返せないなら子供共々奴隷堕ちだと言われ私は焦った。

 シオンはまだ5歳にもなっていない。

 奴隷に落とされた子供の末路は知れている。


 私は何とかシオンを守ろうとお金をかき集めようとした。

 しかし借金を払えるだけの金銭は集まる事はなかった。


 途方に暮れていたそんな私に声を掛けてきたのが目の前の男だ。

 この男はギルドの職員で金貸しを担当する役職だった。


 私が借金に困っていると聞いて金銭援助を申し込んできたのだ。

 現在追われている借金グループへの支払いはギルドが受け持ち、その代わり借金の返済までギルドの用意した店を開店して借金の返済まで生活費を除く店の売り上げで返していってもらうという契約を要求してきた。


 店を潰したら払えないと判断され奴隷に引き渡すことになるが当座今すぐに奴隷に落とされる事はないと縋るものがなかった私はもうその契約にサインするしか選択肢はなかった。

 借金の総額を考えると6,7年はただ働きだがやらなければならない。


 私のこの店での生活が始まったのだ。


 それからこの男は5年間こうして月一でこの男は借金返済のお金を取りに来ている。

 最初の頃は稼ぎが悪いと暴力を振るってきたりもしたが最近は金を受け取るとさっさと帰っていた。


 だが男の金の受け取りは決まって月末。

 今日は来月までまだ日にちがある。

 いつもより訪れるのが早かった。


 まだ前回回収に来てから半月しか経っていないので返却金は貯まっていないのだが、男はお金を渡すまでいつまでも居座るので取りあえず今貯まっている分の入った袋を渡そうと金を取りに行こうとする。

 しかし男から放たれた言葉は私の予想を裏切る形になる。


「残りの借金耳揃えて返してもらいに来たんだよ」

「………え?……ちょっと待ってください。今残りって」

「ああ、残り全部今すぐ返せって言ったの?という訳で耳を揃えて返してくれないかな?」

「そんな……約束が……」

「言い訳は聞かないよ。さっさと有り金全部出してきてよ」

「……………」


 私は言葉を失った。

 私の懐には貯金なんて全くない。

 生活費以外すべてこの男が毎月持っていくのだ。

 調理器具や店自体もギルドからの借り物。

 私の持っている物なんて何もないのだ。

 ……払える訳がない。


「なんで……契約期間はまだ先だったはずじゃ……」

「情勢が変わっちゃったんだよ。知っているでしょう?今のギルドの状況。問題の解決にギルドとしてはあんたらみたいな金取を抱えている余裕はなくなったんだよ。俺としても悲しいんだけど仕方ないんだよね。俺にはどうにもできないし」

「そんな……何とかならないんですか」

「無理だね。そもそも君たち親子は5年前のあの日奴隷になるところを()が助けたんだ。いい5年間だったろう?生活は大変だったようだが娘と一緒に生活できたんだ」


 男の言葉に私はその場に崩れ落ちた。


 男の表情は残念そうな言葉とは裏腹に口元がつり上がってから全く変わっていない。

 この男が私達を助ける気なんて全くないと言うのが伝わってくる。


「………娘は?………娘はどうなるんですか!?」

「あぁ、もう払えないのを認めたんだね。分かってはいたけど悲しいなぁ」

「娘は!」

「うるさいよ。今説明してやるから少し黙れ。………で、娘だったな。どうなると思う?」


 黙れと言いながらいざ言おうとすると面白くて質問を質問で返してくる男。

 顔を近づけてケラケラ笑いそうな顔で私の反応を刺激する様に問いかけてくる。


 私は怖くて後ろに逃げようとしたが逃げた分だけ男は私に顔を近づけてくる。

 恐怖で顔の熱は一切引いてしまった。


「さぁ、早く答えてよ?」

「………奴隷」

「うん。正解。奴隷だよ。まぁ借金を返せなかった者の末路なんてそれしかないよね!」


 男は顔を遠ざけ意味深げな笑みを浮かべながら言ってくる。

 その笑みが更に嫌な予感を私に込み上げさせた。


 男の口がもう一度開くのを止めたい。

 両手で耳を塞ぎもう何も聞けなくしたい。


 そして嫌な予感は現実となり男は最悪の宣告を私に告げた。


「ただし半分正解!」

「……」

「正しい正解は性奴隷!あの子はまだ生娘だからね。高く買ってくれる店を紹介してあげるよ。美人さんだから脳のない豚貴族共が挙って買ってくれるだろうさ」

「そんな………」


 男がいった事は私が想像した中で最も悲惨な物だった。


 ただの奴隷ならまだいい主に巡り合えて幸せになる可能性があるが性奴隷が幸せになる事はあり得ない。

 1人の主ではなく金を払ってくれる複数人に買われ相手が終わったらまた奴隷商に戻されるを繰り返し返済が終わる前に廃人になってしまう。

 もし心が持ったとしても性奴隷だった烙印は残り、壊れた体ではまともな生活も送れなくなる。


 そんな中に娘が送られる。

 私の瞳から涙が止めどなく流れた。


「おいおい自分の心配はいいのか?娘だけ聞いて自分の聴かないとか自分は大丈夫だと思ってる?」


 私が今どんな心情だか分かっているはずなのに男は下を向き涙を流す顔を無理矢理持ち上げてくる。

 髪の毛を引っ張られ痛みで男の顔を見る。

 男は視線が自分に戻ったと確認すると私に聞き取りやすく私の末路を話し始めた。


「それでだ。お前はな、俺の奴隷になるんだよ。良かったな。どこぞの変人じゃなく俺がお前の主になってやっていってるんだ」


 …………この男は何を言っているのか言われてすぐには分からなかった。

 私がこの男の奴隷になる?


「分からないのか?鈍いなぁ。俺がお前を奴隷商に売らずに買う事になってるんだよ」

「…………」

「うーん、反応が薄いなぁ。娘を狙った方がいいのか?……おい!」


 私の反応がいまいちだったのか男は私から背を向けて店の外に向けて声を上げた。

 その声に応えるように扉は開き男達が何人も入って来た。


「この女が?」

「違う。こいつは俺のだ。お前らのはこの上で寝てる」


 男達が入って来て話し出したが私は入って来た男を見て言葉を失った。


 私は入って来たうちの一人を知っている。


 忘れもしないあの顔。


 もう5年も前なのに顔を見た瞬間に甦らせた。

 この男はあの時の借金取りだ。


 その二人が仲が良さそうに話をしている。

 私の中で嫌な仮説が浮かび上がった。


「おっ、気がついたようだぜ。どうするよご主人」

「もう隠す必要もねぇよ」


 私はその瞬間、発狂した。

 さっきまで崩れていた身体を起き上がらせて男に襲い掛かる。


 しかし私の行動は予想されていたのか男は私の攻撃を難なく躱して足を引っかけて転ばせた。


「お前ら」


 男の声に入って来た男どもが娘のいる部屋に向かって歩き出した。

 私は立ち上がって止めようとしたがその前に身体を男に抑えられて立ち上がれなかった。

 私は振り解こうと暴れましたが抜け出す事は叶わない。


―――シオン逃げて。


 私の頭はもうそれだけしか頭になかった。

 男達の手から何とか逃げて欲しいと切に願った。


 しかし私の願いは虚しく娘のいる部屋から娘の悲鳴が木霊する。


 そして私は背後からの痛みによって意識を失った。







裏設定11

アファネの冒険者Cランク試験はドスと呼ばれるイノシシのような魔物です。

香ばしい肉汁と弾力のある感触が人気の食材でもあり冒険者たちは合格祝いにドス料理で祝う。

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