前夜。
10日間程帰っていなかった我が家へと重い足取りで向かう。
外から見ても分かるほどにそこは
───荒れていて。
───狂っていて。
───荒れ狂っていた。
もう外壁のもとの色が分からないほどに真っ赤な家の、そのドアを開く。
時は深夜。さすがに昼夜暴れていることもできないだろうという夫の読みで月の明かり以外に何もないこんな時間に来ることになったのでした。
お化け屋敷、と言っても過言ではありません。
ただ、彼らにはもう、そんなことを怖がるような感情など無かったのです──────
「寝てる…か。」
「寝てる…よね。」
目配せでガラスの砂浜を進む。
厚底の靴の裏には無数の輝きが刺さっている。
そんな中、奥に倒れるように眠っているのは、愛すべき───息子でした。
「いいか?」
そんな問いに、無言で、頷いて。
彼が取り出したロープを2人で手に持つ。
【カサッ………】
彼らは太いロープを両手に抱えたまま、そこで固まってしまいました。
そこでもし起きてしまっていたのであれば、もうそれは今までとは比べものにならないようなものでしょう。
──────でも太郎は寝返りを打ったのでした。
安堵でその場に崩れます。
でもそうしている間にも、時間は無慈悲に進んでいくものです。
いつ、起きてしまうかは…………わかりません。
「うん……………」
決死の覚悟でロープを体に巻きつけていきます。
そんな彼らの手は真冬のように震えていて。
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「この、奥であっているのか?」
この家のある深い森の入り口に、どうやら誰かがいらっしゃったようです。
黒い、喪服のようなスーツでしょうか。
その胸元に輝いているのは、警官がつけているものと同じ───
「はい。ここの奥の壊れかけた空き家が、不気味だと…。郵便のものからです。
まあ、飛んだ戯言でしょうかね。」
そういって、手に持った<GPS>と言う近代の文化の結晶を頼りに奥へ。
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この30分ほど、熟睡した様子の太郎が起きることはありませんでした。
成人しているどんなに屈強な男性がもがいても解けないような、そんなに注意をする必要はないのかと思われます。
しかし彼らの<息子>への恐怖はそんなものではありません。
「できたの、よね…」
その場にへたり込んだ妻を抱えるように、夫もしゃがみこんでいます。
真っ赤な家に、月の光が差し込んで。
眩しいくらいにそこを照らしていました。
【カチャ………………………】
「!?」
唐突に、ノブの音が聞こえました。
誰もいないはずの…誰も来ないはずのこの場所なのに。
こんな時、人はその場に固まることしかできないものです。
2人は立ちあがることもせず、ただただドアを見つめていました。
ゆっくりと開いたそこから光が溢れてきます。
そしてその光の中には対照的な、真っ黒いスーツを着た2人の男性がいました。
「…………………っ!!」
その2人が、こちらの事を認識する暇もない程に、彼女は動き出していました。
太郎のよく使っていた、太くて赤い木の棒です。
全力で───振り上げて。
【ぼすっ…………】
真上から頭に振り下ろされた棒によって、信じられないくらいに呆気なく。
その人の頭は飛び散ってしまったのでした。
「苺みたい。」
それでも、壊れてしまった感情には罪悪感などというものはないのです。
案外、こんな事を思ってしまうのでした。
「牛乳を買ってこようか…?苺みるくができるね…!」
そんな事を言ってお出掛けの服に着替える。
「どっちが似合うかな?」
この場所が、ごくごく普通の民家に見えてしまうくらいでした。
くるりと一回転して、フレアスカートが揺れます。
「…………」
こんな時に、平常でいられた彼は、奇跡とでも言っていいものでしょうか。
妻を逆上させないように話を合わせるなんて芸当、この場でできるような人など滅多にいません。
「…すっごく、可愛いよ。」
「ふふ。大好き。」
純粋無垢な瞳で、彼女は彼を見つめています。
「じゃあ、お買い物の前にこれを見て?」
夫が指したものを見た彼女の笑顔は、一瞬にして消えた。
目の色までも変わったように見えたのは果たして錯覚なのでしょうか。
ほのぼのとした家庭から現実に帰ってきた妻を。
倒れそうになったその妻を、抱きとめる。
目は充血していて、呼吸も不安定だ。
「───────大好きだよ。」
空気なんて読まなくていい。
エタってしまってすいません。
これからもがんばって更新します。