いまある幸せを
幸せな夫婦。それが2人を表すのにはこれ以上ない程に合っている言葉でした。
まだ幸せの冷めきらない頃、2人の間には小さな命が宿りました。
祝福に恵まれ生まれた「太郎」は、周りの誰もが羨む素晴らしい家族を手に入れる───
はずでした。
その様子はもう人外とでも言ったものでありましょうか、体の成長は平常通りでありました。しかし。
─────生まれて1ヶ月で恐ろしい程の語彙力を持ち、更には2ヶ月で家の中を走ってまわれるように成り果ててしまった男児を、どうしたら平常と言えるのでしょう。
期待の目は奇異の目に変わり
羨望の眼差しは恐怖に
憧れは同情に
暖かかった周りの空気も
聞こえる音も
目に映る景色も
───────全て変わってしまった。狂ってしまった。
自分たちの居場所なんてものは案外あっけなく一瞬でなくなってしまうものでありました。
美しく微笑ましかった夫婦も、日に日に痩せ細りげっそりとした顔立ちとなりました。
それは周りの視線からか。
……………それとも。
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「きゃぁぁぁぁっ…やめ…てっ…」
もう居場所をなくしてしまった狭い街からは抜け出し、彼らが暮らしているのは深い深い森の中。
それこそ、お伽話の中のような。
現実に夢などはありませんでした。日に日におぞましい程の成長を遂げた太郎の暴力はもう既に、大人の男性も唸らせるほどのものとなってしまいました。
勿論のこと、両親はこの事に対して策を練りました。
それはもう、ただの夫婦喧嘩という域には入らないような酷いものでした。
狂ってしまった歯車は、温厚で誰からも愛されるような幸せな2人をも、全く変えてしまったのでした。