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簡単な講義

 ルナルナにここでの生活についていろいろ説明している内に、いつの間にやらもうお昼だ。このつかみどころのない女の子との仲を少しは進展させようと、セレスは口元に笑みを浮かべて空色髪の少女に向き直る。


「そろそろお昼の準備をしようか。ルナルナも手伝ってくれるかい?」

「児童虐待……やはり貴方はクズ先生……」


 とりつくしまも無い態度にセレスが困り果てたその時、ミーアが大声で叫ぶ。


「おししょーさまに対してそんな酷い呼び方はダメだよ、ルナちゃん!!」

「む……しかし……」


 予想外の反撃だったのか、ルナルナは困ったようにミーアを見つめる。しかしそんな視線ではミーアの気持ちは治まらなかった。


「ダメなものはダメ!! あたしルナちゃんのこと嫌いになっちゃうよ!!」

「!? わ、分かった呼ぶ呼ぶちゃんとした名前で!! ……セレス先生」

「あ、ああ……」


 ルナルナのあまりの変貌ぶりにセレスはあっけに取られて胡乱な返事をするしかない。ミーアは満足そうに微笑む。


「うん!! それでいいよ!! じゃあ、あたし野菜室からお野菜取ってくるね!!」


 ミーアは駆け出し、扉を勢い良く開けて出て行った。ルナルナはその消えた姿を未練がましく見送ったがやがて激しく舌打ちし、セレスの顔を不機嫌さを隠さずに見上げて呪詛のようにぼそりと吐き出した。


「クズ先生……」

「一瞬で元に戻ったね!?」


 セレスの悲鳴にも動じず、ルナルナは苦虫を噛み潰さんばかりの形相で続けた。


「当然……さっきのはあくまでミーアの為にしたこと……しかし何という手管……ミーアは貴方に全幅の信頼を置いている……これが洗脳というやつか……」

「物騒なことを言わないでくれ!! 僕は何もやってないぞ!!」

「ミーアを守るのが私の役目……クズ先生の好きにはさせない……」

「だから僕は別に何もやましいことは考えてないって!!」

「どうだか……私の目はごまかせない……忘れないこと……」


 対峙する二人の耳に軽快な足音が聞こえ、野菜を手にしたミーアが帰ってきた。途端にルナルナの顔から険悪さが消える。


「おかえり……私も手伝う」

「うん、一緒にやろう!!」


 ミーアは満面の笑顔で答え、ルナルナの眼差しもかすかに優しくなる。セレスも二人に微笑みかけた。


「僕も手伝おう」

「ク……セレス先生はお疲れ……私達に任すといい……」


 振り向いたルナルナの顔に、その優しさは一欠けらたりとて残ってはいなかった。



      ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 三人そろって昼食を食べ終え、円卓でミーアが淹れたお茶をそれぞれ飲んでいる最中、セレスはさりげなく講義を始めた。いざ授業をするぞ、という態度で臨むとすぐに集中力を失くす弟子が多かったので、それに対する手段として自然に身についたやり方だ。


「君達は魔物を見たことはあるかい? ミーアは昨日が初めてだったっけ?」

「はい……とても怖かったです……あの時は本当に助かりました」

「……どういうこと……?」


 事情を知らないルナルナが二人に訝しげな視線を向けた。ミーアは頬を朱に染め、もじもじしながらその疑問に答える。


「えっとね。昨日、森の中で魔物に襲われたあたしをおししょーさまが助けてくれたの」

「……そういうこと……」


 なぜかルナルナはセレスを汚らわしいものを見るような目つきで見た。


「襲われるミーア……そこをなぜか偶然通りかかった貴方が救う……してやられた……」

「ちょっと待て!! 君絶対になにか誤解してるだろ!?」

「誤解なんてしてない……むしろ理解した……貴方という人間の本性を……」

「だからそれは君の思い込みなんだって!!」


 二人のやりとりを今ひとつ理解できず、ミーアは困ったように両者を見比べている。氷のような少女の疑念を溶かすのは難しそうだと思ったセレスは仕方なく話を戻した。


「と、とにかく、ルナルナはどうなんだ? 魔物を見たことはあるかな?」


 しばらく己の師をじっと見つめていたルナルナだったが、ミーアが自分を促したのでしぶしぶ口を開く。


「……私は何度か魔物達との戦いに巻き込まれたことがある」

「そうなのか?」

「幸い大した相手ではなかった……私のアイスジャ……たまたま上手く発動した《氷飛礫アイスブラスト》に当たってくれた……」


 《氷飛礫》。氷の魔法のレベル2に相当する魔法だ。その名の通り、氷の礫を作りだして飛ばすことが出来る。抵抗力の弱い相手はそのまま氷の像となって絶命してしまうこともある。


「へえ、じゃあ一応ルナルナは魔法をちゃんとした形で発動することは出来るんだね」

「ええ、そうですよ。ルナちゃんはあたしと違ってれっきとした魔法使いです!」


 まるで自分のことのように胸を張り、誇らしげに答えるミーア。ルナルナは多少慌てた様子で口添えた。


「たまたま……ただの偶然……私もミーアとそんなに変わらない……」

「まあ、確かに失敗することが多い以上、まだまだ魔法使いとは言えないね」


 ルナルナはこくんと頷いた。


「で、魔物の話に戻るけれども、君達は今年、『戦慄の月夜』に参加して魔物達と戦うことになるだろう。僕達の魔法と同じように、連中にも三つの属性があるのはもう習っているよね?」

「はい。炎の魔物、氷の魔物、雷の魔物、ですね」

「炎の魔法は氷の魔物に撃つのがいい……氷の魔法は雷の魔物に……雷の魔法は炎の魔物に……」


 ルナルナが言うとおり、炎は氷に強く、氷は雷に強く、雷は炎に強い。この三すくみは魔法使いの間では常識だ。とはいえ、あくまで優位に立っているだけで絶対ではない。


 なお、三つの属性を持たない魔物もいる。それらは大抵が下級の妖魔であり、三種の魔法は本来通りの効果を挙げることが多い。ちなみに先日ミーアが遭遇したあの犬頭の生物も、その中に含まれている。


 優等生然とした二人の答えにセレスは微笑した。


「そうだね。じゃあここで質問。二人とも魔法がある程度使えるようになったという前提の話だ。ある時、君達二人が炎の魔物に遭遇した。周りには他に戦える仲間もおらず、逃げ道もない。さて、どうやって戦う?」

「はい。相手は炎の属性を持っているので、同属性であるあたしの炎の魔法はほとんど効果をあげません。ですからルナちゃんの魔法だけが頼りになります」

「雷ほどではないとはいえ……氷の魔法も多少の効果はある……私が戦うのが最良……」


 予想通りの返事にセレスの笑みが深くなる。


「ふふっ。じゃあミーアはどうする? ルナルナを応援するだけかな?」

「え、えーと……」


 ミーアはおろおろとセレスとルナルナの顔を交互に見やるしかない。ルナルナは氷の魔法使いに相応しい冷たい視線でセレスを睨んだ。


「ク……セレス先生は卑怯……学校ではこれで正解だった……」


 そう、学校の試験の問題としては二人の少女の答えで間違いはないのだ。セレスはこらえ切れずに小さく噴き出した。


「あはは、ごめんごめん。ルナルナは気付いてるみたいだね。ミーア、昨日のことを思い出してくれ。あと今日の朝のこともね」

「う、うーんと……」


 俯き、しばらく沈思黙考するミーア。やがて、その顔が弾かれたように上がった。


「あ!! ひょっとして、私が武器を持って戦うんですか!?」


 あの日、セレスが剣を振るって魔物を退治した勇姿は今でも少女の脳裏に焼きついている。そう、あの時武器を構えていた目の前の男は魔法使いなのだ。決して騎士や傭兵ではなく。


「その通り。やっぱりまだ学校では魔法で戦うことしか教えてないみたいだね」

「……あそこは魔法を使える者が偉いという風潮がある……仕方ないこと……」


 実際、その風潮のせいでこの二人は苦労していたわけだが。そのことを思い出したのか、ルナルナの顔に苦いものが浮かぶ。


「まあね、でも実戦ではそうも言っていられない。もしミーアが武術を身につけていれば、炎の魔物に対して有効なカードを持つことが出来る」


 ミーアは真剣な表情で頷いた。今日の朝までは武術の必要性というものがうっすらとしか分かっていなかったが、ようやくそれの価値が目に見えたのだ。


「ミーア、ルナルナ、君達二人は一つの属性に特化した魔法使いとして成長するだろう。もしかしたら《赤熱地獄クリムゾンインフェルノ》や《掌氷槍アイスジャベリン》のような高位の魔法だって使えるようになるかもしれない」

「……」


 二人は一言も発さずに師の言葉の続きを待った。ルナルナはまだ不信感があるのか、なにやら居心地の悪そうな表情を浮かべてはいたが。


「でもそんな高度な魔法も同じ属性を持つ魔物には無力だ。特化した魔法使いの弱点はそこにある」


 セレスは一旦言葉を切り、二人が聞き入っているのを確認すると満足そうな笑みを浮かべる。


「だから武器を用いて戦う術が必要になってくるのさ。ミーアにはすでに言っているけど、ルナルナ。君にもそういった武器の使い方をその内に教えるつもりだ。もちろん、まずは魔法の制御を完全に出来るようにするのが先決だけどね」


 ミーアは真剣な眼差しで頷く。ルナルナも特に異を唱えることはなかった。


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