色づく『黒水晶(モリオン)』
「僕の弟子になるのはいいんだけど、君は学校ではどんな生徒だったんだ?」
結局新たな弟子となったルナルナをミーアと同じ部屋に案内し――ここでも彼女はミーアの同居人となったわけだ――室内着に着替えて大部屋に戻ってきたルナルナにセレスは尋ねた。
ルナルナは相変わらず不遜な目付きでセレスを見返していたが、しぶしぶといった様子で口を開いた。
「……私もずっとミーアと一緒のクラス……Fクラスに所属していた……」
Fクラス。セレスの記憶に間違いがなければ、それは落ちこぼれと呼んでも差し支えのない連中の集まりだ。
入学して三、四ヶ月も経つ頃には各々の才能、もしくは努力の差が顕著になる。半年が過ぎるとそれぞれの能力によってAからEのクラスに割り振られるのだが、そのいずれにも属せない生徒がFクラスに集められる。ミーアは先日の薬草園炎上事件から推測するに、魔法強度に関してはおそらくAクラスに余裕で入れる才能はあるはずなのだが……制御出来ない強大な力はある意味無力よりも恐ろしい。
そして目前の不機嫌な少女も、そんな掃き溜めにずっといたという。
これは厄介なことになったなあ、とセレスは心中で一人ごちながらも、ルナルナに向かってさらに問いかける。
「まずは君が持つ魔力の資質を知りたい。『黒水晶』を持ってきてるかい?」
「いや……急いでたので忘れた……」
ルナルナはミーアをちらりと見ながら答えた。今朝の様子から考えるに、学校で紹介状をもらってからそのままの格好でミーアを追いかけてきたのだろう。実際、この少女はミーアと違って手荷物もほとんど持ってきていなかった。
「そうか……じゃあ『黒水晶』を取ってくるから、そこに魔力をそそいで欲しい。入学の時に一度やってるはずだから分かるよね?」
「弟子を取るのならその弟子の能力くらい一目で見破って欲しいもの……やはりクズ……クズ先生……」
「いや、無茶を言わないでくれよ!? さすがに『黒水晶』無しに才能までは分からないって!!」
舌打ちがセレスの悲鳴に対するルナルナの答えだった。やれやれと言わんばかりに首を振り、気だるげに自分の師となるはずの人間を見やってぼそっと呟く。
「面倒……でも仕方ないからやる……」
セレスは言いたいことがたくさんあったがぐっとこらえ、二人にここで待つように伝えて自分自身の家屋へと向かう。
それを見送ったルナルナの顔から険悪さが消えた。どことなくぼんやりとしたお澄まし顔。それがこのルナルナの常時の顔つきだった。やがてミーアの方を振り向き、その表情がいくぶん柔らかいものになる。とはいえ、この無愛想な少女のことをよく知っている者でないと気付かないくらいの変化だったが。
「ミーア……本当に帰らないの……?」
「うん。さっきも言った通り、あたしはここで一人前になれるように修行するよ。ルナちゃんだってそうなんでしょ?」
「……」
かつて寮の部屋でミーアからこの場所に弟子入りに行くと聞いた時、ルナルナは必死に止めた。しかし、その時もこの少女の決意を覆すことは出来ず、ミーアは荷物を抱えて出て行ってしまった。ルナルナは予想外に強情なミーアに対して驚きを隠せなかった。とはいえやはり心配で、こうして後から追いかけて来たのだが。
やがて扉が開き、セレスが戻ってくる。その手には小さな三足の台座と、布に包まれた球状の物が提げられていた。
「お待たせ。じゃあルナルナ、そこの椅子に座ってくれるか?」
ルナルナは言われた通り、円卓の椅子を一つ引いて腰掛けた。セレスは座った少女の前に台座を置く。そして手に提げていた布の下部を反対側の手の平でそっと支え、それを包む純白のシートを脱がしていく。
中から現れたのは、この世の闇を全て凝縮したような真っ黒の球。魔法使いの羅針盤となる『黒水晶』の、まだ魔力が何も注がれていない本来の姿だった。その黒い宝玉を台座の中心の円状になったへこみに嵌める。
「それじゃ今から『黒水晶』に力を集中してくれ。ミーアもよく見ておくんだ。将来、君が今の僕の立ち位置にいるかもしれないから」
「は、はいっ!!」
多少傍観者ぎみだったミーアは慌てて返事をした。セレスはルナルナの隣に立ち、漆黒のオーブに手をかざす。
「いいね? じゃあ始めてくれルナルナ。あとミーアも物音を立てないように」
こくこくと頷くミーア。ルナルナも小さく了承の答えを返すとセレスにならい、両手を『黒水晶』に突き出して目を閉じ、魔力を込め始める。やがてセレスとミーアの目の前で、宵闇よりも暗かった宝石に色がついていく。
ミーアは心の中で感嘆の声を上げた。まるで朝日に照らされる大海のように、先刻まで黒一色だった宝玉に少しずつ青の色彩が広がっていく。ルナルナによって生み出された海の色はブルーサファイアのように鮮やかだ。変容していく景色の美しさに見蕩れるだけだったミーアの耳に、セレスの発した「そこまで」という声が届いた。
やがてルナルナは目を開ける。そこには彼女が入学当時に見たものと全く同じ色に輝く水晶があった。
「これは……またずいぶんと綺麗な青だな……」
セレスは前日に見たミーアの宝石の輝きを思い出した。色そのものは全く違うけれども、色に深さというものがあるのなら、ルナルナの『黒水晶』はミーアのそれと同じようにその深遠へと達していた。
「まあミーアほど極端じゃないけどね」
「そ、そうなんですか? 前にもルナちゃんの『黒水晶』と比べあったことがあるんですけど、色が違うことを除いたらあたしと全く同じにしか思えませんでした」
「ルナルナのこれにはちょっとだけ赤が混ざっている。ミーアの『黒水晶』は僕にも今ひとつ判別がつかなかったけど、慣れれば違いが分かるよ」
ルナルナがじっと自分を見ていることに気付き、セレスは気まずそうに咳払いをした。
「ごめん、ちょっと話がわきに逸れてた。学校でも伝えられてると思うけど、君は氷の魔力が一番強い。『黒水晶』が示す通り、炎の魔法も少しは扱えるようになるはずだけどね」
「……間違いがあったら笑ってやるつもりだったけど残念……その指摘は学校での指摘と同じで恐らく正しい……」
セレスの口がやや引きつったものの、何とか続きの言葉をひねり出す。
「……ミーアは炎の魔法使いに、君は氷の魔法使いに育てあげるつもりだ。何か問題はあるかな?」
「大丈夫……その方向性で問題ない……」
「うん。了解した。じゃあそのつもりで今日からやっていこう……ところで、ちょっと気を悪くするかもしれないけど聞いておきたいことがある」
ルナルナは首を傾げてセレスを見た。それを肯定の返事だと受け取ってセレスは続ける。
「君が僕にわざわざ弟子入りしに来た理由だ……Fクラスにいた理由と言い換えてもいい」
「……私も魔法の制御に失敗することが多い……それで他の子達に氷のつぶてを浴びせることがよくあった……」
無愛想かつ無感動にそう述べるルナルナとは対照的に、セレスの顔はますますひきつっていった。
「な、なるほど……分かった。僕も全力を尽くす。君もミーアと一緒に頑張ってくれ」
「言われるまでもない……」
本当に面倒くさいなこの子。
というのがこの数時間で出した、ルナルナに対するセレスの結論だった。




