少女は駆ける。新たな夢に向かって
やがて別れの日がやってきた。予想通り、リルドラからの召還状がセレスの元に届いたのだ。ミーア、ルナルナの二人はあくまで特例としてセレスの弟子となっているだけであり、その指示に従わないわけにはいかなかった。クナイもこの大陸をもっと見て周ることを新たな目的とし、数日前から出発の準備を整えていた。そしてこの三人の弟子はここを出ることを決めた時に、ある頼みごとを自分達の師匠にしていた。
「おししょーさま。それじゃあそろそろ行きます。名残惜しいですけど」
「……世話になった……」
「我等は同じ月の下にいるものなり。いつの日かまたまみえん」
「クナイの言う通り。会おうと思えばまたすぐに会えるさ。僕はいつだってあの家にいる。また訪ねてくるといい」
セレスは悲しみを払うように笑顔を浮かべ、一人一人の頭を撫でた。毎回のことだが、弟子と別れるこの瞬間にはいつまでも慣れることが出来ない。
アルサンデの街はまだ外壁の修理が行われているものの、それ以外はかつての日々と同じ喧騒に包まれていた。もうすぐ隣の街へと向かう馬車が出る。少女達はそれに乗ってこの街を去っていくのだ。すでに街の人達への挨拶をすませ、あとはもう時間が来てしまえば三人の弟子と一人の師匠は別々の道を行くことになる。
「それで……あの……」
突然ミーアがもじもじとしだした。
「ん? ああ、あれのことだね? もちろん持ってきてるよ。はい。まずはミーア」
セレスは身につけていたバッグから一つの箱を取り出した。それを開けると、中に入っていたものをミーアの首にかけてやる。それは、銀色の小さな鎖で出来た首飾りであり、炎を象ったペンダントトップがついていた。
「えへ……嬉しいです」
「? 裏は見ないのかい?」
「えへへへ……後で見ます!!」
師からもらったそのペンダントを指で摘み、上気した顔でじっと見つめているミーア。セレスは気付いていなかったが、ミーアからするとそれは初めてセレスからもらった贈り物であった。
セレスはペンダントを入れる為の小箱をミーアに手渡すと、続いてルナルナの正面に立つ。
「じゃあ次はルナルナ。はい」
「ん……」
ルナルナは素直に首を傾け、セレスに首飾りをかけてもらう。その意匠は雪の結晶をあしらったものであった。
「……ありがとう……大切にする……」
「まあ、実は越権行為なんだけどね」
「いいんですっ!! これはあたし達が望んだことなんですからっ!! 学校には文句を言わせませんっ!!」
鼻息荒くまくしたてるミーア。かつての気弱な少女の姿はもうどこにもない。リルドラに戻っても、きっと押しつぶされたりせずに学業をまっとうするだろう。
セレスはクナイに向き直る。
「はい、クナイ……あ、でも首飾りが二つになっちゃうね」
「問題なし」
「そ、そうかい? じゃあ……」
硬い顔をしているクナイだが、ただ単に仲間はずれが嫌なのかもしれない。セレスは最近なんとなくその人となりが分かってきた異国からの弟子へとそのアクセサリーをかけてやる。そのペンダントの形は稲妻をモチーフとしたもの。これも少女が語る雷神のお守りとなってくれるだろう。
その時、丁度馬車が彼らの側へとやって来た。ついに、別れの瞬間が訪れたのだ。
「それじゃあ、みんな、元気でね」
「はい。本当に御世話になりました。おししょーさま」
「……また……いずれ……」
「お達者で」
やがてルナルナ、クナイが馬車の幌へと乗り込み……しかしなぜかミーアは後に続かず、代わりに荷物だけを載せて二人へと囁いた。
「あたし、まだおししょーさまに伝えてなかったことがあるから。悪いけど後から行くね」
「……分かった……」
ルナルナはなぜか溜め息をつき、馬車の御者に向かってもう出発してもらっても問題ないと告げた。やがて鞭の音が響き、二人の少女を乗せた車輪が石の道を転がっていく。
「ミーア?」
疑問の言葉を投げたセレスに、ミーアは小さく微笑んだ。
「ルナ殿の心中、お察し申す」
「クナイ……何も言わないで……」
クナイの言葉に、ルナルナは自分でも整理のつかない心の中を覗きこもうとしたが、そこにある感情が何なのか、まだ少女には分からなかった。
大事な友達を取られてしまった寂寥感か、それとも……。
ルナルナはセレスが首にかけてくれたペンダントトップを摘み上げ、視線の先でそれを裏返した。雪の結晶を象ったそれにはある言葉が刻まれている。三人の弟子達が頼みこんでセレスに作ってもらった、ミーアとルナルナにとって本来はリルドラから与えられるはずの卒業証書。そこには、師が己の弟子に授ける二つ名が刻印されていた。
ルナルナはその言葉をそっと呟く。
「絶対零度の監視者……」
自分に相応しい名だ。ルナルナは口元に笑みを浮かべた。ミーアの気持ちはもう知っている。もしミーアがまたあの男の元を訪れるなら、自分もこの名の通り、あの二人に間違いがないようについて行って側で見張ってやろう。そんな考えが浮かんだのだ。
「おおっ!! 漆黒の電光石火!! こ、これは拙にぴったりの名に候っ!!」
ルナルナの隣では他の乗客に迷惑になっていることに気付かずに、大声を上げてはしゃいでいる忍びの少女がいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
人が歩く程度の速度で馬車が去っていく。紅色髪の少女はそれに乗ることなく、なぜか己の師匠の前に立っていた。柔らかな風が少女の髪をくすぐっていき、その可憐な娘は手でほつれた毛先をそっと整えた。
「……ひょっとして忘れ物でもしたのかい? ミーア」
セレスはおろおろと遠ざかっていく馬車と、なぜか目の前で微笑む少女を交互に見つめた。ミーアはそんな師匠をいたずらっぽい笑みで見上げる。
「えへへ……実はまだおししょーさまに言ってなかったことがありまして……それを伝えないことにはまだ立ち去ることは出来ません」
「そ、そうなのかい?」
馬車の速度は子供が走っても十分追いつける速さだ。セレスも一旦馬車のことを頭から追い出し、眼前の弟子をじっと見詰める。ミーアはやがてその愛らしい唇を開いた。
「その……あたしはこの場所でようやく一人前の魔法使いになれました。学校にいる頃からずっと抱いていた願い……それが叶ったのはおししょーさまのおかげです」
ミーアの感謝の言葉をセレスは何も言わずに聞き入っていた。ミーアは両手を自分の胸の前で重ね、言葉を続ける。
「そして願いが叶ったその時……あたしには新たな夢が生まれました。おししょーさま、聞いてもらえますか?」
「……うん」
セレスはこくりと頷いた。ミーアは魅惑的な笑みで答える。
「ええっと、じゃあ、ちょっと耳を貸してもらえますか?」
「? 分かった」
セレスは少しだけ上半身を倒し、耳を傾けた。しかしミーアは首を小さく振る。
「もう少し、顔を近づけてもらえると」
「そ、そうかい?」
セレスは膝を少し曲げ、ミーアの口元に顔を近づけた。その少年に少女が取った行動、それは。
「えいっ!!」
「!?」
セレスは目を見開き、慌てて上半身を起こす。目の前には顔を赤らめ、にこにこと微笑む少女。セレスは呆然と頬を撫でる。たった今、少女が口づけをしたその場所を。
「あたしの新しい夢は……おししょーさまのお嫁さんになることですっ!!」
そう大声で宣言した少女はそのまま後ろを向くと、最早振り返ることなく駆けていった。あとには頬を押さえたままのセレスが取り残される。
「え、ええっと……」
辺りは少女の起こした騒動にざわめき、通りがかったセレスの知り合い達はにやけた笑みを浮かべて彼へと近付くと、肘で軽くそのわき腹をつつくのだった。
少女は走る。夏の太陽が照らす、石造りの道をただひたすらに。顔はだらしなくにやけ、先ほどの師の顔を思い出すたびに口から喜びの言葉が零れていく。
「えへへ……言っちゃった……言っちゃった……!!」
遠くにやがて友人を乗せた馬車の姿が見えてくる。鍛えられた少女の足は苦もなく距離を詰めていく。この健脚も、師の元で手に入れた大事な宝物だ。
――今度は弟子としてではなく、一人の女の子として会いに行きますからっ!!
あの街にはライバルがいる。その名はハイネ。胸が大きくて優しく、美人で料理も上手。
まさしくマーブルドラゴン以上の強敵だ。あの豊かな双丘は特に。でも、負けるもんか。
やがて少女の小さな胸元で銀のアクセサリーが踊り、炎の飾りが裏返る。
――燃え盛る情熱。
その二つ名の通り、少女は決して諦めることなく前へと突き進み続けるのだ。
――終わり――
これにて完結です。
最終話までお付き合いいただき、ありがとうございました!
感想等いただけると幸いです。




