闇夜を切り裂け三色の魔力よ!
「お、おししょーさまがあのドラゴンと戦ってるっ!?」
内門を破られまいと戦う兵士、魔法使い、そしてミーア達の活躍で、幸い魔物の集団が街の中心部へと到達することは無かった。少しずつではあるものの敵の攻勢を押し返すつつあるアルサンデの戦士達。
そんな中、戦場を駆けていたミーア達は破壊された外壁、そしてその向こう側の平原で戦う己の師匠の姿を見た。
「そんな……一人じゃ無理……」
「まさしく……無謀に候……」
あえぐような声を出す少女達。しかしその師の選択は決して過ちとは言えなかった。ミーア達は初めてあの魔竜の絵姿を見た日から、何度もそのドラゴンのページを開いては読みふけっており、あの竜の力を全て知っていた。
咆哮によって属性を次々と変えるドラゴン。そして、さらにこの竜を恐るべき魔物たらしめている特長。それは。
「マーブルドラゴンは属性を変更することにより、弱点属性以外の魔法を完全に無効化する」
「……そして弱点の属性ですら侮れない防御能力を持つ……具体的には5レベル以下の魔法を全て防いでしまう……」
「マーブルドラゴンを傷付ける方法。それは弱点属性を6レベル以上の魔法でもって攻撃することなり」
この街にいる6レベル以上の魔法の使い手。それはセレス、パサラン、ミーア、ルナルナの四人だけである。しかしパサランは激戦区で生徒達に鼓舞を飛ばしながら街の門を守っていた。今彼が戦場を動いたら再び振り子が魔物側へと傾いてしまう恐れがある。
「……やろう。ルナちゃん、クナイちゃん」
ミーアの瞳に込められた決意に、ルナルナとクナイが頷き返す。クナイは二本の刀をそれぞれ二人に差し出した。
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「はあ……はあ……これはちょっとやばいかな……」
セレスは息を切らしていた。魔法使いを見下ろすドラゴンも決して無傷ではない。セレスによっていくつもの箇所が穿たれ、また焦がされていた。しかし、動きは鈍くなっているもののまだまだ戦闘は可能なようだ。それに引き換え、セレスは体内の三種の魔力が段々底を尽きかけてきている。魔竜は自分の魔力が無尽蔵な為、目の前の相手もそうだと思っているのだろうが人間の魔力は有限だ。ずっと単独の属性で挑まれていたら、セレスはもっと早くに対抗手段を無くしていたはずだ。
しかし、それは何の慰めにもならなかった。まだ夜明けまではもう少しかかるし、たとえ魔物が苦手とする太陽が昇ってきても、この竜にはそれほどの影響もないだろう。実際、昔戦った時はまだ太陽が沈む前だった。朝になってもこの竜が棲み家に帰るとは思えない。
竜は赤いオーラを全身に這わせ、目の前の男を見る。そしてついに雌雄を決する時が来たことを悟ったのか、魔力を練って口蓋へと集めた。火球のブレスで止めをさすつもりなのだ。
セレスは剣を構えた。しかし、その剣を覆っていた強化魔法もすでに効果を失い、ただ微弱な光を放つだけのものに成り果てている。これではたとえ鱗の隙間を貫いてもその体を抉ることは不可能だ。やがて竜の両顎が開かれ、灼熱の炎が飛び出そうとしたその時、凛とした声が響いた。
「稲妻の護符よ!! その力で汝の敵を打ち倒せ!!」
少女の言葉と共に彼方から飛来した雷光が竜の頭を打った。ドラゴンは突然のことに首を振り、己に傷を付けた第二の存在へと敵意の視線を向けた。崩れた壁の側に立つのは手に持った何かをこちらにかざして臆さぬ目で見つめている、紅の髪を持つ少女。先ほどまで自分を苦しめていた相手よりもさらに卑小な存在だった。竜は怒りとともに激しく咆哮し、やがてその姿が緑色のオーラに包まれる。雷の力を使う相手には同じ雷かもしくは氷の魔力を纏えばよい。魔竜はそうして今までの戦いに生き延びてきたのだ。しかし、その竜にまた別の方角から迸る声が聞こえる。
「《氷柱杭撃》!!」
7レベルに相当する氷柱の鋭い切っ先が竜の背を抉る。
魔竜はまたしても吠えたけった。しかし今度は痛みでだ。竜は全身でその新たな声の主へと振り向く。そこにいたのはまるで氷のように冷たいイメージを持つ空色髪の少女だ。ドラゴンはまたも咆哮によって己の色を変化させる。今度は氷の青色へと。しかし、竜は知らなかった。先ほど稲妻を放った少女が得意とするのは、その氷を溶融させる灼熱の炎の魔法なのだ。
「《灼熱溶岩流!!》」
成長著しい少女はもはや高レベルの魔法を完全に使いこなしていた。地面が割れて焦熱のマグマが竜の腹部へと襲い掛かる。苦痛にのたうち、次の行動を模索するドラゴン。しかし、その思考はまたも遮られた。何者かが己の脚を切りつけたのだ。怒りに燃える隻眼でいつの間にか忍び寄っていたその存在を睨みつける。
「拙の名は苦無。その名の通り、敵を速やかに苦しみから解き放つのが拙の本分なり」
6レベルの強化呪文により赤熱した刀を構え、死にゆく相手へと言葉をかけるクナイ。もう一方の手にはこれまたルナルナの魔法によって力を与えられた青い氷の刃が握られていた。
マーブルドラゴンは混乱の極みに陥った。自分をこれほどまでに苦しめた相手はあの日の二人のみ。それも最終的には撃退したのだ。この魔法の鎧によって。それが今、完全に撃ち砕かれようとしている。
いったいどうすればいいのだ。火炎の力を纏うか。それとも氷雪のオーラか。もしくは雷光の鎧か。
動揺から回復せぬまま竜は属性を入れ替える為の咆哮を上げた。どの属性にするかなど、もはや竜の頭にはない。それと同時に羽ばたき始める。今はただただ逃げるのだ。この小さな生き物達から。
「クナイ!! 離れるんだ!! ミーア、ルナルナ、行くぞ!!」
セレスは竜を囲む弟子達に叫んだ。それだけで全てを理解したのかミーアとルナルナはそれぞれ魔法の詠唱を始める。
属性を変化させる能力。確かにその力は厄介だ。しかし、その能力には致命的な欠点がある。長い咆哮によるその時間が、魔法使い達に強力な魔法を行使する時間を与えてしまうのだ。
セレスの師が導きだした、この魔竜を仕留める為に最も適した手段。それは。
「《百条落雷》!!」
「《火山爆天嵐》!!」
「《氷河雪崩》!!」
――広範囲かつ高威力の魔法を三種同時にぶちかませ。
セレスの言葉が文字通り百もの雷を魔竜の体に落とし。
ミーアの作り出した火山の噴火のごとき灼熱の炎が荒れ狂い。
ルナルナが放った巨大かつ無数の氷塊が雪崩のように押し寄せた。
やがて、魔竜はその咆哮を断末魔として倒れ伏す。巨大な質量に大地は揺れ、大気は震えた。その後は嘘のような静寂が辺りを包む。魔法使い達が固唾を飲んで見守る中、しばらくしてその体は数多の光の粒子となり、朝露のように消え失せた。
「お、終わった……のか?」
セレスが洩らした小さな呟き。
その声に応えるように大歓声があがる。セレス、そして三人の弟子達は弾かれたようにアルサンデの街を見た。そこにはいつの間にか兵士、魔法使い、そして門を開けて戦いに参加していたのか、得物を持った街の住民達であふれていた。皆が四人の英雄を見ていた。
ハイネ。ヴァーゼル。パサランとその生徒達。街の長。肩を並べて戦っていた兵士や魔法使いの面々が。
やがて太陽が地平線からその姿を見せ始め、まだ残っていた何体かの魔物も月の加護を失い、ちりぢりになって逃げ去った。
ようやく、長い長い夜が明けたのだ。
=第7章 終わり=




