竜と相対す
「片目の竜だと!? まさかマーブルドラゴンか!?」
ここまで伝わってきた騒動の主の姿を耳にし、パサランは滅多に出さない動揺に満ち満ちた叫び声を上げた。
以前セレスの口から聞かされた、かつて己の師とセレスの二人が激しく戦った魔竜。なぜ、この街に!?
パサランは躊躇した。あの竜の能力が以前教えてもらった情報通りなら、この街であの竜に対抗できるのはセレスと自分、そして未だ未知数のセレスの弟子達のみである。高度な魔法の武器を持つ者も何人かいようが、その刃をあの恐ろしい魔竜に向けてくれるかどうかは分からない。
しかしパサランが迷ったのは一瞬だった。セレスの弟子達と同じく、自分にも守るべき生徒達がいる。そして内壁の向こうにいる無辜の民達も。そんな自分がこの場を動くわけにも行かない。竜の加勢によって力づけられた魔物達がどんどんと押し寄せて来ているのだ。
「せ、先生!! 俺達はどうすれば!?」
先日ミーアにつっかかってきたあの生徒が叫んだ。魔法使いとしての自負も大規模な戦の前に砕けたのか、顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。
「俺達はこの場を守るのが仕事だ!! あの竜はきっと俺の知ってる奴が何とかしてくれる!! 一隊は兵士達の武器への属性の付与を怠るな。二隊は氷の魔法で雑魚どもを氷づけにして足止めしろ。無理に倒すな。バリケードとして利用するんだ。三隊はそれを抜けてきた連中を各個撃破だ!! いいか!? 分かったら返事をしろっ!!」
「は、は、はいっ!!」
いい返事だ。パサランはにやりと笑う。
油断なく目を辺りに配りながら、パサランは同門の士である男の顔を思い浮かべた。
――セレス……絶対に死ぬなよ!!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
大きな爪のついた、たくましい前脚が振るわれる。セレスはそれを転がりながら回避し、立ち上がると同時に竜の鱗の隙間へと剣を突きたてた。肉が抉られるその感触にドラゴンは苦痛の声をあげ、怒りと共に口から雷光のブレスを吐き出した。
「くっ……」
まばゆい光を放つそれはセレスの体をかすめ、今度は魔法使いが苦悶の声をあげるところだった。しかし、悲鳴をあげては魔法を撃つこともできない。続けざまに口から生み出される雷の一撃をセレスはからくも回避し続ける。
セレスが以前使った、優位な属性に対して効果的な打消しの魔法もこの竜の力には全く役に立たないだろう。そう見て取ったセレスはひたすら回避行動を取りつづける。業を煮やして飛び掛ってきた竜の脚の間を何とかすり抜け、竜の側面へと躍り出た。強烈な振動によろめきながらも振り返り、何とかチャージスペルを口ずさむセレス。やがて完成した氷の魔法を解き放った。
「《氷柱杭撃》!!」
上空に生み出されし巨体なつららがその重量で白竜の胴体を串刺しにした。
ドラゴンは吠える。もはや以前とは違う。この男に対して雷の鎧は何の力にもならない!!
咆哮が終わった竜は赤のオーラを纏っていた。
「今度は炎か……」
セレスは己の剣を見すえ、新たに魔法をかけるかどうか躊躇したが、結局そのままにしておくことに決めた。セレスが武器の強化に使った魔法のレベルは6。かけた魔力が失われるのはまだまだ先だ。魔法をかけなおしてまた属性を変えられたら魔力の無駄遣いになる。
弟子達は無事でいるだろうか。街の中は持ちこたえているだろうか。
セレスは心に泡のように浮かぶそれらの言葉を閉じ込め、目の前の敵に集中する。このドラゴンさえいなければ、ここらの魔物にそうそう負けるようなことは無いはずだった。
「やられるわけにはいかない。今度こそは……」
以前、ある集落を襲っていたこの竜に遭遇した時、結局痛手を負わせるのみで最終的に自分と師は敗走せざるを得なかった。被害を最小限に食い止められたのがせめてもの慰めではあったが。
「《雷蔓地這》!!」
様子を見るためか動かない竜に向けて、セレスが魔力を練り上げ、解き放つ。地面を這う蔓のような無数の光条がドラゴンへと襲い掛かる。しかし、竜はそれを小さく飛翔して回避し、逆に口から火の球を吐いてセレスへと反撃した。からくも避けるセレス。遠くに着弾したそれは大地を爆発四散させた。再び地面へと降りてきた竜はその口元に不敵な笑みを浮かべているように見える。
「マーブルドラゴン……厄介な奴だよ、まったくさ」
セレスもやけくそな笑みを滲ませ、魔竜へと相対した。




