闇に閉ざす
「《連鎖雷撃》」
セレスが唱えた雷の魔法が敵の集団へと炸裂する。その光の帯は落雷が木へと向かうように近くの敵へと殺到し、その敵を蹂躙すると新たな敵を求めて飛び立つ。計十体の魔物がその雷光の餌食となって消滅した。
――雑魚を巻き込んだか。
十分な戦果だというのにセレスの顔には苦いものが含まれていた。倒した敵の半数はコボルドやゴブリンなどの、下位の魔法で簡単に殲滅できる連中だったからだ。最初に狙った敵以降、どこに雷光が向かうのかを指定できないのがこの魔法の欠点だった。
セレスは再び身を乗り出し、負傷した弓兵の持ち物だった弓に矢を番える。矢じりにはすでにセレスによって氷の魔力が付与されており、冷たい輝きを放ちながら飛んでいったそれは雷の属性を持つ一匹の魔物を串刺しにした。
三種の属性を武器に与える魔法は便利なのだが、矢という消耗品で戦う弓とはすこぶる相性が悪かった。何しろ一本一本個別に魔力付与を行わないといけないのだから。
セレスは強化を行わずに最後の矢を下級の魔物に放つと、胸壁の裏側に引っ込んで辺りに視線を配る。特に、三人の弟子達へと。
クナイは至って冷静に敵に向かって雷撃を打ち込んでいた。それも、雷の魔法使いが優先して狙うべき炎の魔物を的確に狙ってだ。今も全身を火で覆われた魔獣、フレイムハウンドを素早い二連撃で仕留めていた。決して雑魚とはいえないその魔物を屠る手際は、見習いとは思えないくらい鮮やかなものだった。
ルナルナ、そしてミーアが特に顕著だったが、二人は本能的な恐怖をぬぐえないのか、飛んでくる矢から身を隠す為に壁の陰に隠れていることが多い。たまに顔を出して攻撃魔法を撃つものの、狙う相手も的確とは言いがたかった。とはいえ、少女達はこれが初陣なのだ。それを考えればよくやってくれている。
セレスは周りの兵士や魔法使い達の様子を確認する。もはや空を舞う敵の数も減り、魔法使いに武器を強化してもらった弓兵の矢が地を這う魔物にも殺到しだしている。とはいえ、その矢筒の中身もだんだんと尽きてきているし、魔法使いの魔力にも限りがある。
セレスの視線に気付いたのか、彼らもセレスの方を向き、分かっていると言いたげな首肯で返す。
そろそろ城門を開け、外壁と内壁の間で敵を迎え撃つ頃合だ。各小隊のリーダー達がそれぞれ合図を繰り出そうとした刹那、その変化は起きた。
突然、辺りに影が差した。黒の月が放つ不吉な色すら完全に塗りつぶすような漆黒の闇。かがり火がなければ兵士達は何も見えなくなっていたであろう。
慌ててセレスは天空を振り仰いだ。そこにあるはずの黒い月がない。いや、違う。何か巨大な物が、月の輝きを遮っているのだ。その影はどんどんと大きく膨れ上がっていく。いや、違う。その巨大な影が、この街に向かって急速に近付いてきているのだ。
やがて、その影から耳をつんざくような音が発せられる。驚き戸惑うこの街の住人達の中で、セレスだけが知っていた。その音の正体を。聞く物を震え上がらせる、その顎から放たれる咆哮を。
――まさか……まさか、まさか!?
呆然と見上げる者達をあざ笑うようにその巨大な魔物は一度旋回し、加速してから街の外壁へと体当たりをした。幸いそれはセレスや三人の少女達の近くではなかったものの、ここまで届いた振動に壁の上の者達は倒れ、もしくはしがみ付く。
その一撃は今まで長い間この街を守ってきた石壁をあっけなく半壊させた。その崩落に巻き込まれて幾人もの兵士達が倒れ、または瓦礫の下敷きとなる。
セレスは我を忘れて駆け出した。後ろから自分を呼び止める少女達の声も届かないまま。
やがて崩壊している壁の元にまで辿り着いたセレス。その壁の亀裂からは続々と魔物の群れが侵入してきている。だが、セレスの意識はそれを捉えていなかった。ただただ、その巨大な生物の姿をその瞳に焼きつけていた。崩れた外壁の隙間へと血気盛んに雪崩込んで行く魔物達とは裏腹に、月光によって暗色に染められた平原に悠然と降り立った恐るべき異形。
全身は無数の鱗に覆われており、がっしりとした四本の脚はその巨体を力強く支えている。そしてその背に生える大きな飛膜。長い首の先にはぎざぎざの牙が無数に並ぶ大顎。
首を天へと振り仰ぎ、勝利の凱歌のつもりかその魔物は大きく吠えたけった。倒壊している数多のかがり火がその姿を不気味に映す。やがて正面を向いた、赤い炎に照らされるその面貌は。かつて二つあった目の内の一つは大きな傷によって抉られている。
「マーブルドラゴン……」
己とその師が名付けた大理石のように白い魔竜の名を、セレスはかすれた声で呟いた。




