力比べ
やがてセレス達はカラフルベリー亭を後にし、街の中を歩いていた。とはいえ無意味な散策を行っているというわけではない。まだアルサンデの構造を完全に把握しているとは言いがたい弟子達に対してセレスが地理を教えているのだ。街の内円部にまで敵に侵入されたことは久しくないのだが、知っておいて損することは無いのだから。
いくつかの大通りに分割された街並みを歩く四人。そんな魔法使い達がある区画を通りかかった時、揶揄するかのような言葉が彼ら――正確に言うと一人の少女――に投げかけられた。
「あっ!! 炎の暴帝が来たぞー!!」
「……!?」
リルドラ魔法学校でいつもぶつけられていた悪罵を突然耳にしたミーアは身をこわばらせた。おそるおそる振り向くとそこには顔に笑みを張り付けた少年少女の姿がある。
ルナルナはミーアを庇うように前に出る。セレスも足を踏み出し、見下すような視線でこちらをみている子供達を見返した。
「君達はリルドラの生徒か?」
「そうさ!! あんたが噂の師匠ってやつかい? 俺もいっぺんあんたの講義ってやつを受けてみたいぜ。凄腕の魔法使いなんだろ? なんせ学校の問題児二人を抱えてまだ無事でいるくらいなんだからな!!」
その言葉にどっと周囲が笑う。やがてその少年はくいと親指を立てた拳で空き地の一点を示した。そこに立っているのは分厚い石の一枚板であり、魔法の練習に使われているのかところどころ焦げ目がついたり欠けたりしていた。
「でさ、あんたの弟子の力を目の前で見せてくんねーかな? ほら、俺達肩を並べて戦うでしょ? その仲間の実力を知ってたほうが何かとやりやすいんすよ」
生徒達はその言葉にまた笑う。まだミーア達が魔法を使えないと思っているのだろう。その表情には隠すつもりのない嘲りがあった。
「おししょーさま……」
「……どうするの……」
「どの国にもこういった手合いはいるものなり」
悲しそうな目で師の後ろ姿に問いかけるミーア。ルナルナは無表情の下に隠しようもない怒りを覗かせてリルドラの生徒達を睨みつけ、クナイも軽蔑の言葉を呟いていた。
しばらく微動だにしなかったセレスだったが、やがて厳かな顔でその口を動かす。
「魔法使いは常に世の為人の為に働くもの……かつて君達にも言ったこの言葉は、僕が師より伝えられた言葉でもある。そして師はこうも言った……魔法使いはむやみやたらにその力をひけらかすものじゃない」
その台詞に、やはりなといった表情を浮かべ、魔法学校の生徒達はさらに囃し立てた。三人の弟子は暗い顔で頷く。そんな少女達を知ってか知らずか、セレスは続けた。
「でもね、この言葉には続きがある……しかし突っかかってくる阿呆には別だ。力の差を見せ付けろ。ねじ伏せ、二度と馬鹿面を見ないですむようにしてやれ……だそうだ」
言い終えたセレスはニッと笑い、突然の変貌に唖然とするリルドラの生徒達に背を向け、ミーアの肩に両手を置いた。
「と言うわけだ。ミーア、力を見せてやれ」
「い、いいんですか? おししょーさま」
「いいのさ。言われっぱなしは癪だろう? いや、君が嫌でも僕がやれと命令する。可愛い弟子を馬鹿にされて黙ってるなんて僕には出来ないのでね」
可愛いと言われたミーアは顔を赤らめて俯く。
「ルナルナ、連中のクラスは?」
「……私が学校にいた時のままならおそらくC……顔ぶれがほとんど変わってないから間違いないと思う……」
「Cか。じゃあせいぜい2から3ってところかな。よし、ミーア。耳を貸してごらん」
セレスはそっとミーアに囁き、少女が頷いたのを確認すると頭をぽんとかるく叩いて愛弟子を送りだす。リルドラの少年達は予定と違っていたのか戸惑ったが、やがて気を取り直して空き地の中央へとミーアを案内した。セレス達もミーアの背に続く。
「んじゃやるか。まあせいぜい失敗しないようにな。炎の暴帝さん」
被害を恐れてか、ミーアから距離を取って目標と向かいあう少年。もっとも、ミーアから離れているのはリルドラの生徒達全員に共通することだったが。
「んじゃ俺からいくぜ。我が手に集まれ、猛き炎よ……」
少年は手の平を的に向け、自信満々にチャージスペルの詠唱を始めた。少年もミーアと同じ魔法を得意としているのか、体内の炎の魔力が活性化し始める。やがて、その口が魔法の言葉を解き放った。
「《火炎弾》!!」
生み出された炎の球が壁の一部へと命中し、爆ぜて消えた。少年は自信満々にミーアへと振り返る。
「どうだ。次はお前の番だぜ」
ミーアはこくんと頷き、呪文を口ずさみ始めた。
「我が手に集まれ、猛き炎よ……」
その言葉の一言一句は少年のそれと同じで、《火炎弾》の魔法を使おうとしていることを窺わせる。とはいえ、ここまでは学校でも散見されていたし、問題はこれからだ。少年と学校の生徒達は期待に目を輝かせて少女の姿を見つめていた。
「燃え盛る弾となり、存分に焼き焦がせ……《火炎弾》」
やがて魔力がミーアの手に集まり、赤々と燃える火弾へと姿を変える。
「って何だそりゃ!?」
少年が驚いたのも無理はない、その火弾の大きさは少年が生み出したそれとは天と地ほどの差があったからだ。唖然とする少年とその悪友達との目の前で、ミーアが放った赤熱の炎は石の壁に炸裂し、轟音に生徒達は首を竦めた。
やがて少年達が見たこともないサイズの焦げ目を残し、炎は消えうせた。唖然とした表情で少年のそれとの差を見つめる生徒達。
「さてと、続いていこうか。次は……《業炎球》かな」
セレスの言葉に頷くミーア。対照的に少年達はびくりとなる。
《業炎球》。《火炎弾》よりも高威力の火球を放つ4レベルの魔法だ。もちろん、少年達には使えない。というか、4レベル以上の魔法を使えるものなど、リルドラ魔法学校の生徒でもそこまでは多くない。そもそも4レベルの魔法が使えれば、世間ではかなりの使い手だと認識されるのだ。
「ま、待ってくれっ!!」
詠唱を始めたミーアを、少年は慌てて遮った。《火炎弾》ですらあの威力だったのだ。それが《業炎球》になったら……考えるのも恐ろしい。
怪訝そうにこちらを見やるミーアに、少年は視線を泳がせて言葉を探し、やがて大声でまくしたてた。
「お、俺達今から会議があるんだよ!! す、すっかり忘れてたけどな!! お、お前らなんかに構ってる暇はないんだ!! じゃ、じゃあな!!」
と言い捨てるやいなや少年は魔法学校の宿舎としてあてがわれているらしい建物に駆け出し、他の生徒達も泡を食って続いた。
言うまでもないが、ミーアの勝ちである。セレス達は紅髪の少女の下へと近付いた。
「よくやった、ミーア。ま、連中もこれで少しは大人しくなるだろうさ」
まだあっけに取られていたミーアだったが、師の言葉に頬を朱に染め、笑顔で頷いた。
「……先生は意地が悪い……あいつらが4レベルの魔法を使えないのを知ってたくせに……」
ルナルナの呟きにセレスは肩を竦めた。
=第6章 終わり=




