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魔法使いの住処

 あの邂逅から少し後。

 街道に沿って森を迂回し、やがてその石畳をそれてしばらく道なき道を進むセレスとミーア。二人の行く手には時折吹く風を受けて気持ちよさそうにそよぐ黄緑色の草原が広がり、色鮮やかな蝶が両者の側を踊るように飛んで行く。途中、ミーアがセレスの手を借りて跨いだ細い川では、小魚が背に太陽の光を煌かせてのんびりと泳いでいた。


 そんなのどかな風景の先に、ようやく人の住処と思しき建造物が見えてくる。


 ――ここが、セレスさんの住処……。


 ミーアはやがて立ち止まり、首を右から左へと動かした。

 住宅として使っているのか、木材によって造られた家屋が一つ。

 その建物が三軒は納まってしまいそうな長方形の平屋が一つ。

 あとは物置か何かに使っているのか、窓がついてない石作りの建物が一つ。


 獣除けか――それとも先ほどのような魔物に対する備えか――木で出来た柵や石で出来た壁に囲まれているのはその三つの建物と、後は野菜や薬草でも植えられているのかさまざまな色をした植物がならぶ庭園だ。ここに来る途中に聞いたのだが、セレスはあの時薬草を探す為にあの森を訪れていたらしい。本当に幸運だったと言った彼にミーアは何度も頷いたものだ。


「さ、こっちだよ」


 きょろきょろと辺りを見回すミーアに声をかけ、セレスはまばらに並んだ柵の間を抜けると住宅と思しき建物の扉の前に立ってその戸を開けた。覗きこんだミーアの目にまず映ったのは、壁に掛けられている見たこともない道具類。本棚にところ狭しと並ぶ書物。そして乱雑に物が載せられた小さな木製の丸テーブルに二つの椅子だった。部屋の隅にはベッドがあり、ここが生活の場であることを窺わせる。ミーアは気後れを覚えながらも足を踏み入れた。年代ものらしき木の板がぎしっとなる。


 ちなみに二人とも泥や汗で汚れていたため、一旦街に寄って先に公衆浴場に入って来た。一応セレスの住処にも似た様な設備はあるのだが、さすがに今日出会ったばかりの少女に自分の側で裸になってもらうわけにもいかない。


 ミーアを家の中に入れたセレスはまず椅子をすすめ、自分は飲み物の用意をするために隣の部屋へと向かった。


 セレスは部屋の隅にある木の箱を開ける。するとたちまち冬のような冷気が溢れだした。


 氷の魔法の応用で、セレスはいくつかの果実を絞って作った飲み物を常備していた。今回のように来客があった時の為であるのはもちろんだが、どちらかというと自分の嗜好を満たすのが主だった。まだ春も半ばでそこまで暑くないとはいえ、この冷たい飲み物は少女の疲れを癒す清涼剤となってくれるだろう。


 興味深げに周囲を見回していたミーアだが、戻ってきたセレスが少女の目の前にジュースが入ったカップを置くと瞳を輝かせ、食前の挨拶を口にして早速手を伸ばした。一瞬冷たさに目を丸くしたものの、勢い良くこくこくと飲み下していく。


 セレスは自分も果汁を味わいながらその様子を見守っていたが、やがて少女が一息ついたのを機に切り出した。


「それで、リルドラ魔法学校から来たって言ってたけど、ひょっとしてパサランの紹介とか?」


 セレスはリルドラ魔法学校で講師を勤めている友人の名を出した。リルドラ魔法学校はここから徒歩で三日ほど歩いた街の中にある、この国で一番大きな学校であり、そこから輩出される魔法使いには高名な者も多い。ミーアは勢いよく首を縦に振る。


「はい、そうです! パサラン先生が言ってました! きっとセレスさんなら私の力になってくれるって。紹介状も預かってきました。ちょっと待ってくださいね」


 ミーアは脇に置いている鞄の中から四角に折りたたまれた紙を取り出す。もちろん、それはあの時魔物達に追いかけられながらも死守しようとしたものだ。


 やや厚みのある真っ白の紙は赤い蝋によってリルドラ魔法学校の紋章が刻印されている。かすかについていた泥をミーアはそっと払うと、まるで奉げ物のように両手でセレスへと差し出した。


「はい、これが紹介状です」

「ありがとう。見せてもらうね」


 セレスは封蝋されたそれを丁寧に開いた。書きなぐったかのような荒々しい文字が目に飛び込んでくる。


『この子は俺からお前へのプレゼントだ! 好きにしろ!!』


 紙面を埋めていたのはこの文章だけだった。

 少女が命がけで守ったそれにふさわしくない文面にセレスは軽い眩暈を覚えながらも、何とかミーアに問いかける。


「……君が預かったのはこの手紙だけかな?」

「……? はい。そうですけど」

「そ、そうかい? う~ん……」


 ――あいつならこんな冗談もやりかねない。


 悪友の笑みが自然と脳裏に浮かんでくるセレス。少しの間ためつすがめつしていたが、自分の手の影に小さな文字の羅列が隠れていることに気付き、持ち手を動かした。


『お前がこの書き込みを見つけたってことは、もうすでに俺はこの世にいないってことだろう……』

「一発殴っていいかな?」

「え!?」

「あ!? ち、違う違う!! 君に言った訳じゃないからね!? この手紙を書いた奴に対して言ってるだけで……」


 側にミーアがいることを忘れてつい口走ってしまったセレスは慌てて弁解の言葉を述べ、紙面に目を走らせる。そこに書かれている文字は嫌がらせのように小さくびっしりと並んでおり、凄く読みづらい。


『……まあ軽い冗談はおいといて本題に入ろう。お前がよく知っている通り魔法学校には二種類の生徒がいる。決められた教育カリキュラムに上手く適応できて成長していけるやつ。そしてそういったものに適応出来ずに終わってしまうやつ。平たく言えば落ちこぼれだな。残念ながらこの子は後者だ。それもある意味とびきりの、な』


 セレスは身じろぎせずに待っている少女をちらりと見たが、結局何も言わずに再び書面へと視線を落とす。


『この子の熱意だけは少なくとも一人前だ。このまま朽ち果てさせたくはない。お前の力を貸してくれ……ああ、もちろんただでとは言わん。特別処置で本来なら学校に支払われる金の一部をお前に払うことになっている』


 セレスは少しだけ驚いた。セレスが知る限り、リルドラ魔法学校がそんな特別措置を取るようなことは決して無かったからだ。普通、彼が言うような落ちこぼれはほとんどがそのまま捨て置かれ、やがて名ばかりの卒業をすることになる。もしくは周囲の視線に耐えられず、自分の意思で学校を立ち去るか、だ。


『この子を導いてやって欲しい――パサランより愛を込めて』


 言うまでもないがパサランは男である。セレスの表情がなんとも言えないものになった。

 手紙を下ろしたセレスに、ミーアが切実な表情で尋ねる。


「あ、あの……どうなんでしょう……やっぱり駄目なんでしょうか?」


 少女の眼差しは期待とおびえが半々だ。セレスはうんともいやとも言わず、逆に質問する形で答える。


「とりあえず、いくつか確認させてもらっていいかな?」


 少女はこくり、と頷いた。


「君はあの学校に入って何年になる?」

「えっと、今年で二年になります。でも未だに上手く魔法を発現できなくて……他の人達はみんな自由に使えてるのに……」

「二年生か……じゃあ、『戦慄の月夜ブラッドムーン』に参加しなければいけないということか」

「はい……。ですから、それまでになんとかあたしを一人前にしていただけないでしょうか?」

「ん……」


 二年にもなってまだ魔法の発動に手間取るというのは正直珍しい。大抵の場合、遅くとも魔法の勉強を始めて半年もあれば一定の力を上手く行使出来るようになるものだ。


 ――もしかして……パサランはあの理由で僕にこの子を寄越したのだろうか?


「ミーア、一つ聞きたいんだけど、君は一体どの属性の魔法が得意なんだい?」


 あることに思い当たったセレスはそれを確かめる為ミーアに尋ねる。聞かれたミーアはなぜか慌てた。


「と、得意な魔法ですか!? え、えーと、その……得意と言っていいかどうか分からないんですけど……あ! そうだ!!」


 ミーアは鞄の中に手を差し込み、未だ乱雑なままの中身をかき回す。やがて目当ての物を見つけたのか、瀟洒なデザインの小箱を取り出した。それを手の平に載せ、セレスに向かって開いてみせる。中の台座に収められているのは宝石のように美しくきらめく小さな球体だった。


「これがあたしの『魔法使いの黒水晶マギウスモリオン』で……っ!?」


 ミーアは言い終わる前に息を飲んだ。先ほどまで柔らかい表情を浮かべていたセレスが、とても冷たい目をして少女が持っている物を見据えていたからだ。


「あ……あの……? セレスさん……?」


 恐る恐る声をかけるミーアにようやくセレスは正気に返り、慌てて目の前の少女に頭を下げた。


「ご、ごめん!! ちょっと考えごとをしてた!! それがミーアの『魔法使いの黒水晶』なんだね?」

「は、はい……」


 ――『魔法使いの黒水晶』。


 各々の魔法の資質を探るのに使われるマジックアイテムだ。魔法使い達は主に炎、氷、雷といった三属性の力を操ることが出来るが、個人個人には得意不得意というものがある。それを判別するのがこの道具の役目だ。大抵の魔法学校では入学後にこれを用いて本人の資質を探る。使い方はそれほど難しいものではない。目を閉じて精神を集中し、この宝石に手をかざせばいいのだ。そうすれば流れ込む魔力に反応し、色彩によって彼ら彼女らに眠る才能を教えてくれる。


 ミーアが捧げ持つ宝石箱に入っている丸い宝玉の色は赤。

 赤色が示す資質は炎。


 大抵の魔法使い達が持つ水晶の色彩には多少の色の揺らぎがある。炎を操る才能がもっとも高い場合でも、氷や雷に対する資質に反応して、青みがかった赤になったりするものだ。


 しかしミーアのそれは、最高級のルビーかと見まがうばかりに深みのある赤だった。この大人しそうな少女の中に眠る才能はそのイメージに反し、荒れ狂う炎を操る力が高いということを示している。もちろん、裏を返せばミーアは氷や雷を呼ぶことがほとんど、もしくはからきし出来ないという事実も同時に映し出していた。


「なるほど……ちょっと驚きだな。こんなに綺麗な赤色は初めて見たよ」

「あ、ありがとうございます……」


 ミーアは頬を朱に染め、小さく俯いた。

 一瞬セレスは物言いたげにミーアを見たが、やがて何かを振り払うように首を振り、言葉を続けた。


「『黒水晶モリオン』が示す通り、君はおそらく炎を操る力を伸ばしていくのが向いているはずだ。学校でもそのように教えてもらってると思う。前もって言っておくけど、僕も君を炎の魔法使いに育てあげることしかできないだろう。ひょっとして氷の魔法や雷の魔法を使いたいのかな?」


 それならこの子が魔法を上手く発現できない理由は明白だ。進むべき道が正面にしかないのに右や左に行こうとしているようなものだ。その先はおそらく行き止まりでしかないというのに……。


 しかし、ミーアは首を左右に振る。


「いえ、あたしも炎の使い手になりたいです」

「そうか。じゃあ何が上手くいかないのか、聞かせてもらってもいいかな?」

「えっと……魔力の制御が上手くできないんです……何ていうか……」

「なるほど……初歩的なところでつまづいているということかな。うん、ちょっと待ってて」

「え? あ、あの……」


 ミーアはまだ言葉の途中だったが、セレスは立ち上がり、隣の部屋に行ってしまう。後には何か言いたげな少女だけが残された。

 やがてセレスが戻ってきた。その手には小さなものが握られている。


「よし、じゃあちょっと実践してみようか。ついておいで」

「は、はい……」


 まだ肝心なことを伝え終わっていないミーアは不安げな表情を浮かべていたが、さっさと外に出てしまったセレスの後を慌てて追いかけた。


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