ベストメンバー
パサランがセレスの下を訪れたその日の夜。
いつものように食卓を一人の師と三人の弟子が囲んでいた。
それぞれの食事がひと段落ついたのを見計らい、セレスは切り出す。
「三人ともよく聞いて。『戦慄の月夜』がいつになるか分かった。今から丁度十五日後だ」
その夜に備えるためにセレス=クランベリに弟子入りしたミーアと、彼女を追いかけて来たルナルナは当然熟知していたが、一人だけその言葉に怪訝な反応を返した者がいる。それはもちろん、出身地も風習も全く違う少女、クナイだ。
「『戦慄の月夜』……とは何のことで?」
セレスは少女が異国の出であることをすっかり忘れていたのか、頭をかいた。
「そういえば説明してなかったね。この大陸……少なくとも僕が行ったことのある範囲では、黒い月が白い月を覆い隠す時、魔物どもの凶暴性が増し、一丸となって街や村を襲うのさ。その夜のことを『戦慄の月夜』と呼んでいる」
「ああ、なるほど。それならば拙の国にも似たようなことがあったので分かり申す」
「僕達魔法使いはね、その戦いに参加することが義務付けされているのさ。そしてそれは大きな魔法学校の二年生も例外じゃない……つまりミーアとルナルナのことだ」
見習い期間の終わった魔法使いは国や街からの要請があった場合、様々な魔物達との戦いに身を投じなければいけない。『戦慄の月夜』はその各種の戦いでも最も大きなものだった。実際、魔法学校の生徒といえども、二年生ともなれば普通はその辺の新米魔法使いと大差ない、もしくはその生徒の才覚しだいでは熟練の魔法使いとも比肩する者すらいる。そんな戦力になる者達を放っておけるほどの余裕はいずれの国にもなかった。
ルナルナはともかく、ミーアは今から緊張しているのか表情がこわばっている。クナイは皆の顔をぐるりと見回し、やがてぽつりと言った。
「なるほど……しかし拙はどうなるので?」
クナイは魔法学校の出身でもなく、まだ見習いの期間も終わっていない。その疑問が出てくるのも無理はなかった。
「……魔法使いの師匠として答えるなら、クナイはその戦いに参加する義務はない」
セレスの答えは歯切れの悪いものだった。実際、クナイはまだ1レベルの魔法だって使えはしない。
「残念に候……」
クナイはがっくりと肩を落とす。
「ただ……」
そんなクナイを見てセレスはあることを言いかけたが、やがて口を閉ざした。その代わりにその戦いについての簡単な説明を始める。
「それじゃ今からその日までの段取りについて簡単な説明をする。クナイも一応聞いておいてくれ。来年の戦いには参加している可能性もあるからね」
落ち込んでいたクナイは面を上げ、ミーアとルナルナも真剣な顔で己の師の言葉を待った。
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パサランが去ってから七日。セレスはある人物のことを考えながら外を散歩していた。
その人物とは異国からの訪問者、クナイのことだ。あの日、セレスがクナイにかけようとした言葉。それは魔法使いとしてではなく、武器で戦う者として参加して欲しいというものだった。しかしただの少女に過ぎないクナイにそんな頼みごとをするのは気が引け、あの日は何も言わずに済ませたのだ。
果たして彼女をアルサンデを巻き込む戦いに連れて行っていいものか、そのことが最近よくセレスに沸き起こる思考の内の大きな一つだった。
二刀を操る少女の実力はセレスも認めている。その力は今度の魔物達との戦いにおいてもきっと効果を発揮するだろう。しかし、あくまで魔法使いとして少女のことを見ると、まだ初歩の魔法も使えない、ただの一人の見習いに過ぎなかった。
それに少女はこの街の、引いてはこの大陸の出身でもない。少女の故郷で魔物達がどのような存在なのかは知らないが、この戦いに巻きこむのは気が進まなかった。
――やはり連れて行くべきじゃないよなあ。
そんなことを考えてながら歩いていたセレス。そこに前方から駆けて来る姿があった。今セレスの胸中を占めるクナイその人である。
「セレス師! お見せしたいものがあり申す!! いざ、こちらへ!!」
「え? ど、どうしたんだい?」
「それは見てのお楽しみに候!!」
クナイはずるずるとセレスを引っ張って行く。その大声で気付いたのか、ミーアとルナルナもやって来た。
「どうしたのクナイちゃん?」
「クズ先生に何かされた?」
「おお、姉弟子!! ご両人にもぜひ!!」
いつになく元気のいいクナイに導かれ、セレス達は魔法の訓練に使うあの壁が立つ場所にやってきた。最近になってミーアとルナルナがつけ出した新しい焦げ目やへこみが生々しく残っている。
「なになに?」
尋ねるミーア。クナイはそれに答えず、三人から離れていそいそと壁の的に向き直る。
「とくとご覧あれ」
そう言うとクナイは右手を的の一つに向かって伸ばし、その口から朗々と言葉を紡ぎ始めた。
「我が手に集まれ、黒雲を這う雷よ……」
――は?
セレスはぽかんとした。それは紛れも無いチャージスペルの詠唱だったからだ。しかもそれと共に少女の中の魔力がその手の平に向かって集まっていく。
「……光を放つ矢となり、瞬く間に貫け」
クナイの目が細くなり、ただ一点を見据えた。
「《雷光矢》!!」
やがて黒髪の少女が発した魔法の言葉がその手に雷光を呼び出し、轟音と共に壁の新しい焦げ目となって消え去った。セレスはもちろん、ミーアとルナルナも開いた口が塞がらない。クナイは三人を振り返り、自信満々に唇を動かした。
「いかがで?」
放心していた三人。それぞれ、そのショックから立ち直れないままにどよめいた。
「ば、ばかな……まだ弟子入りしてせいぜい二ヶ月くらいだよな……?」
「クナイちゃん、すごい……」
「信じられない……」
《雷光矢》は《氷飛礫》と同じ2レベルの魔法だ。かつて二ヶ月で魔法を取得したという魔法学校の伝説級の生徒ですら、その時使ったのはおそらく1レベルの魔法のはずである。
「やはり拙はタケミカヅチの化身に候っ!! きっとこれは雷神の御導きなりっ!!」
何かに憑かれたような恍惚とした表情で天を振り仰ぎ、首にかけている『黒水晶』が入った袋を紐ごと取り外して頭上に掲げるクナイ。
師匠と弟子はそんな姿に若干の恐怖を覚えながらも、次々に賞賛の言葉をかけた。
「あー、その、実際大したものだよクナイ。僕も鼻が高い」
「うん!! よかったね、クナイちゃん!!」
「ん……おめでとう……」
三者三様の言葉にクナイは『黒水晶』を首にかけ直すと礼をもって答え、そっとセレスに近付くと二人の弟子には聞こえない声で囁いた。
「セレス師……拙も『戦慄の月夜』にお供いたす」
「!?」
自分の逡巡に気付いていたのか? 弟子を驚愕の眼差しで見返す師匠に、黒髪の少女は微笑んだ。
「魔物達との戦い……拙の力も多少の役に立つはずに候」
「クナイ……ありがとう」
セレスは不覚にも涙を流しそうになった。数日前には数える程しかなかった雷を操る修行につきものの小さな焦げ目が、クナイの両腕に大量に付着していたのだ。




